梅雨の終わりを求めた日々から・・・酷暑の終わりを求める日々に・・・

人っていうのは、我儘なんですね・・・やっぱり。

流石に機能の夕立は、幾分の「涼」を運んでくれました。

虹も綺麗だったし・・・イイこともある、そうでないこともある。

風情って、生きていく術なんでしょうね・・・

 

さて・・・

 

知恵を捻るのと、知恵の輪を捻るのと。


似ているようで、ちょっと違う。


ちょっと違うようで、とても似ている。


何の変哲もない、

小さな知恵の輪を捻ってみせましょう。

そう、

例えば、大きくするのです。


巨大化して、

20キロくらいの知恵の輪にする。


重すぎて、

一人では外すことができません。


だから、

何人かで協力して、外すのです。


すると、

それは単なる知恵の輪から、
協業力と体力を計るツールへと変わります。

これを採用に使えば
面白い会社だと噂が広がり、応募者が増える。

・・・かもしれない


オブジェとして会社の入り口に置けば、
口コミで噂が広がり知名度がアップする。

・・・かもしれない

以上。

 

知恵の輪を捻る、という知恵の捻り方でした。

 

・・・てなわけで

人を紹介するときには、ちょっとした捻りを加える。


それが、私の流儀です。


私は何事も、素直には出来ないのです。

でも、

私が出会いを捻るのは、
性格がひねくれているから、・・・というだけではありません。


新たな価値を生み出すためです。

例えば・・・

 

AさんをBさんに紹介する場合。


こちらAさんです。


こちらBさんです。


あとは二人でよろしく。


これでは、話が盛り上がりません。

もちろん、最初からお互いのニーズがマッチしていれば、話は別です。

Aさんが、Bさんから得るもの。


Bさんが、Aさんから得るもの。


それが、明確であり、お互いにメリットがあれば・・・


放っておいても、話は盛り上がります。

でも、

そういうケースは、とても少ない。


ほとんどの出会いは、単なる出会い。

 

温度差のある、名刺の渡しっこ・・・


ニーズとか、メリットとかまで、発展しない出会い。


だから、

私はそこに、捻りを加えるのです。

まず、

Aさんが持っているもの(価値)と、
Bさんが求めているもの(ニーズ)を比較する。


次に、

Bさんが持っているもの(価値)と、
Aさんが求めているもの(ニーズ)を比較する。

どちらかの持っているものと、
どちらかの求めているものが一致していれば・・・


放っておいても、会話は進みます。


問題なのは、

それが、一致していない場合。

この場合、

価値とニーズを加工する必要があります。


Aさんが持っている価値に捻りを加え・・・


Bさんのニーズにもちょっと手を加え・・・


二つの形が、

ピタリと収まるように、微調整するのです。

ちょっとした、余計なお世話です。


この人は、

私の価値を高めてくれる。


この人は、

私のニーズを分かってくれる。


この人は、

有益な人を紹介してくれる。


そういう人の所に、人は集まって来るから。

これは、

人と人との出会いに限りません。


人と会社の出会いや、

人と商品の出会い、
商品と商品の出会いなど・・・


捻りの技術は、

あらゆる出会いに有効なのです。

では、

捻り力を磨くには、どうすればいいのか。


重要なのは、常に考えることです。妄想かもしれません。


この人には、

どういう価値があるのか・・・


捻れば、

どういう価値に変化するのか・・・


この人のニーズは、

何によって満たされるのか・・・


捻れば、

どういうニーズに変化するのか・・・


知恵の輪を捻るように、目の前の人を捻るのです。

 

さあ、妄想の世界にようこそ(^^)/

 



 

酷暑っていうんでしょうね・・・(;^ω^) 酷い暑さです。

例年は、カミさんの実家に泊まってゴルフなんですが、

コロナ禍の中、帰ってくるなと言われたらしく・・・仕事しています(*^^*)

 

・・・さて

 

パンダは可愛いですけど。


うお~!何じゃこりゃ~!
・・・と、驚くほどではありません。

ツチノコは、

単なる太ったヘビですけど。


うお~!何じゃこりゃ~!と、驚くかもしれません。

なぜならば、パンダは実在しているから。


現実離れしているけど、それは紛れもなく現実だから。


ツチノコは、実在していないはずだから。


単なる太ったヘビだけど、それは、現実ではないはずだから。


実在しているか、実在していないか。

それが、

私たちに大きな影響を与えているのです。


でも、実在って何なのでしょう。


一体誰が、

そのボーダーラインを決めているのでしょうか?


私は、

そのボーダーラインを自分で決める人でありたいのです。

私は今、
新商品の開発や新規事業の立ち上げを
お手伝いするサービスを考えています。

開発とは言っても、
商品をゼロから作る訳ではありません。


今ある商品やサービスに、新しい解釈を付け加える。


それが、私の役割です。

解釈を変えることによって、
事業や商品は新しく生まれ変わります。


つまり、

新商品や新事業の誕生。


それは同時に、

新しい顧客と
新しいマーケットを生み出すのです。

物事の解釈を変える。


それは、

私の特技とも言えます。


人には、どうしても、

その経験なりの、先入観や常識というものがあります。


それが、

見方を固定してしまうのです。

私の場合、都合のいいことに
その資質というか、欠点というか、
まあ適性が備わっていた訳です。


たとえば、次のようなこと。

とても、非常識であること。


物忘れが、ひどいこと。


性格が、ひねくれていること。


物事の見方が、ズレていること。

正直、このような性質が、
世の中の役に立つとは思いませんでした。


どんな人にも役割はあるのだなあと、
私は自分を見ていて、そう思います。

私はひねくれているので、
素直に受け止めることが出来ません。


この業界は変わらない、とか。


広告に頼る以外にない、とか。


顧客は絶対に安い方を選ぶ、とか。

そんなセリフを聞くと・・・


ふつふつと反逆心が湧いてきます。


ようし、それなら変えてみせよう。


・・・と、スイッチが入ってしまうのです。

私は、もう5年近く、
この事業構想(妄想!?!)を考えています。


そして、58年もの間、
このひねくれた人生を生きています。

その私が、断言できること。


それは、

答えは必ずある、ということ。

飛行機が、飛んでいることも・・・


パンダが、実在していることも・・・


小学生が、スマホ持っていることも・・・


今では・・・当たり前の事実。

でも、ちょっと前までは、
そんな事実は、存在しなかったのです。

 

残りの人生で、

何とか形にしたいなって想っています。

(^^)/

 

 

夏本番ですね・・・40℃  体温より高い(;^ω^) ヤバい。

一日に何回着替えることになるか…(;^ω^)

体調管理に注意しなければ・・・

 

さて・・・

 

アイデアは出し惜しみしない。


それが、私の信条です。


見返りは求めないし、人も会社も選びません。

会話したくないくらい嫌い。


さすがに、

そういう相手は無理ですが・・・


仕事と関係がない相手でも・・・


報酬を期待できない相手でも・・・


一向に構わないというスタンスです。

なぜなら、

アイデアを出すのは、自分自身のためだから。


まず、アイデア出しは、発想の訓練になります。


そして、集客の武器にもなります。

私は、

アイデアを求める人が来たら、全力でアイデアを練ります。


一切出し惜しみはしません。


「ここから先は有料」 みたいなラインもありません。

それで商売になるのか?


時間の無駄じゃないのか?


明らかに損じゃないのか?


なぜ、お金を取らないんだ?


・・・という意見をよく聞きます。

でも、これらは全て、
やったことのない人の意見。


やった人には、分かるはずです。


このやり方が、いかに合理的か。


どれほど楽で、楽しいか。

まず、

アイデアを出すことは楽しい。


閃いた時の気持ち良さは、
美味しいものを食べた時とか、
美味しいワインを飲んだ時に近い。


脳みそが喜ぶのが分かります。

次に、

良いアイデアは喜ばれる。


誰かのために、考えたアイデアなので、
当然のことながら、相手は喜んでくれます。


褒められ、感謝され、一目置かれます。


これが、また気持ちがいい。

さらに、

アイデアは拡散します。


アイデアは商品に取り込まれ、
集客に組み込まれ、
販売に生かされます。


そうやって、

アイデアが広がるのです。

そして、

アイデアは戻って来る。


無償で差し上げたアイデアですが、
不思議なことに戻って来るのです。


人は、アイデアの源泉を探しているから。


拡散されたアイデアを辿り、
人が、どんどん集まって来るのです。

アイデアは、出せば出すほど、湧いて来ます。


そして、

あげればあげる程、戻って来ます。


情けは、人の為ならず。


アイデアもまた、

人の為ならずなのです。

 

梅雨明け十日と言いますが、暑いですね…(;^ω^)昨日も34℃

今日も予想最高気温34℃・・・溶けそうです(*^^*)

長い梅雨とコロナ、そして猛暑。次は台風でしょうか・・・備えて参りましょう(^^)/

 

さて・・・

 

何もしなくても、お金が入ってくる状態と、
嫌なことを我慢し続けて、お金が入ってくる状態。


だったら、

何もしない方がいいに決まってます。

では、

何もしなくても、

お金が入ってくる状態と、
好きなことをやって、

お金が入ってくる状態だったらどうでしょう。


私だったら、

好きなことをやりたいですね。

もし、

お金が空気みたいな存在になったら、
何もしなくても、手に入るようになったら、
人は一体何をやるのでしょう。


やっぱり、

好きなことをやるんじゃないでしょうか。

そして、

できれば好きなことで、
人の役に立ちたい、

人に喜んでもらいたい。


結局人は、

自分自身の楽しみのために、働くようになるのです。


私は

プラウドという株式会社の
代表取締役社長であり、
全株式を所有する
筆頭株主でもあります。

私の他にも株主がいましたが、
彼らは、

アーリーステージの仲間、
言わば共同経営者でもありましたが

皆、手放し・・・私が買い取りました。

出資者(オーナー)であり、
経営者でもある私たちには、
共通の利害があります。


それは、

会社の収益性を高めて、
私たち自身の収益も増やすこと。

でもね、

申し訳ないのですが、
私が目指す姿はちょっと違うのです。


会社の収益性は、あまり考えていない。


儲けて、それを配分することも、
あんまり考えていないのです。

最初から、そう考えていた
という訳ではありません。


ガッツリ儲けて、皆で分けよう。


そう思っていました。


でも変わってしまったのです。

まず私は、人を雇うことを諦めました。

 

出来るだけ、少数で・・・

出来るだけ、ハッキリと割り切れるように・・・


雇用することによって金儲けする、
というのが嫌だから。


とても、時代遅れだと感じるから。

そして、

権利収入を取ることもやめました。


株主である、社長である、というだけで
報酬をとっていく自分が嫌だから。


オーナーだけが、潤うような仕組みが嫌だから。

今、私が作りたいのは、
株主であり、経営者である私たちに、
安定収入が入ってくる仕組み。


では、ありません。

私が手に入れたいのは、
自分という労働者が楽しく働き、
安定して、それなりの報酬が取れる仕組み。


私以外の人も、同様に働ける仕組み。



つまり、

私は株主利益も、
経営者利益も捨てて、
労働者として最良の仕事と報酬を
享受できる会社を作りたいのです。

全ての利益が
顧客と労働者にために使われ、
全ての仕組みが
顧客と労働者のために作られた会社。


資本家も、経営者も、必要としない会社。

・・・とは言え、プラウドは株式会社です。


普通に登記しているし、
私には代表としての責任もあります。


でも、私はその責任を超えたい。


株式会社という、枠組みを超えてみたい。


社長をなくした、最初の社長になりたいのです。

 

暑さで妄想が暴走しています(^^)/

 

 

今日の秋葉原は、かなり蒸し暑く、クーラーが大活躍しています。

香港の報道も下火になり、GoToなんちゃらとコロナ関連の話題で、喧しい今日この頃ですね・・・

必要な調達は行いましたが、やはり、前向きな展開のために、お金を使いたいものです。

 

さて・・・

 

人に搾取されるのは嫌です。


特に嫌なのは不当な搾取。


なぜ、この場面で・・・

 

なぜ、こいつに・・・搾取されなくてはならないのだ。


そう考えると腹が立ちます。

人に

プレゼントするのは好きです。


特に好きなのは、見返りを求めないプレゼント。


下心なく

誰かに与えるのはとても心地いい。


搾取も、贈与も、自分が損をするのは同じ。

でも

気持ちは全然違います。


意思を持って与えるのか。


意思に反して奪われるのか。

人生は

四択なのかもしれません。


奪う人と、奪われる人と・・・

 

与える人と、与えられる人。


この中の

どれか一つを選ぶ。


選ばない人は、

誰かに役割を押し付けられてしまうのです。

そんなこんなで・・・

ギブ&テイクという本。


執筆者は忘れましたが、
なかなか興味深いことが、書かれています。

世の中には
ギバー(惜しみなく与える人)と・・・


テイカー(受け取るだけの人)と・・・


マッチャー(バランスを考える人)がいる。


一番成功しているのは誰?・・・という本。

まあ、

ギバーだと考えますよね。


それは、

その通りみたいです。


・・・で、面白いのは、


一番失敗しているのも、またギバーという部分。

つまり

成功するためには・・・


他人に与える必要があるということ。


これは、分かりやすい。


ただし、

相手を選ばなくてはならない、・・・ということなのです。

何か、腑に落ちないですよね。


だって

偉人というものは、
損得抜きに、誰かれ構わずに、
ひたすら与え続ける人、というイメージ。

成功するためには、相手を見て与えなさい。


これは

神様が言いそうにはないセリフ。


でも統計では、

それが事実であるということ。


では、

私はどうすればいいのか。

返ってくる見込みがあるから与える。


これは

与えているうちに入りません。


とても打算的な、計算されたギブ。


こういうのは、好きにはなれません。

では、

自分は誰にでも与え続けているのか。


そう聞かれたら、イエスとは言えない。


それが、本当のところです。


やっぱり

私も相手を選んでギブしています。

見返りとか、損得とかを、
計算している訳ではありません。


でも、やっぱり、テイカーには
ギブしていないような気がします。

自分に返ってくるかどうか。


それは

本当に、どうでもいいのです。


ただし、

自分は受け取るけど
人には与えるのは嫌だという人。


そういう人には、

ギブする気になれません。

私は、

神様じゃありません。


施すことを使命だなんて思ってない。


自分が気持ちいいから、やっているだけ。


だから

テイカーにはギブしない。


だって

気持ち良くないですから。

私は、

与える人にこそ、与えたい。


その人が、

与えているよりも、
もっと、

たくさん与えたい。


もしかしたら

神様も、
同じ気持ちなのかもしれませんね。


 

今日はメッチャ暑いですね(;^ω^) 朝から大汗で、シャツを変えました。

もうすぐ梅雨も明けるでしょう・・・様々な災難も打ち止めにして頂きたい、今日この頃です。

 

・・・さて

 

春の次には夏が来て、秋の次には冬が来る。


そこに

異論を唱える人はいないでしょう。

では

春と夏の中間点、秋と冬の中間点は、何処にあるのか。


これは

意見が別れるところでしょう。

日程的な中間点なのか、
それとも

気象庁が決めた中間点なのか。


中間点を

無理やり決めることは可能です。


1日前は春。

 

1日後は夏。

でも

それを実感することはかなり難しい。


人は

変化の中間点を実感することが出来ないのです。


私たちが

それを実感するのは、明らかに変化が終わった後。

通り過ぎてから、分水嶺を認識するもんです。

 

さてさて・・・


宿題をやらせると、
むしろ頭が悪くなる。


・・・ということが最近の研究で、解ってきたそうです。

答えを

暗記する学習には意味がない。


むしろ

本人の好きなことや、得意な分野を伸ばした方がいい。


それが、昨今の風潮。

いやいや、今更かよ・・・と言いたくもなりますよね。


でも

私は言いません。


暗記も、宿題も、やらなかったから。(;^ω^)

先生には、怒られてばかりでした。


君の考えは、おかしい。


みんなに迷惑をかける。


言われた通りにやりなさい、と。

 

ニッコリ笑って、胡麻化していましたが・・・

勉強だけではありません。


そんなのは、我慢して当たり前。


当時はそう言われました。


でも

今だったらパワハラと言われて、大問題になります。

どちらが正しいのか、・・・という問題ではないのです。


正しいことは、固定化されない。


時間とともに変化する、・・・ということ。

昔は

駅で普通にタバコを吸ってました。


ポイ捨ても当たり前。


飛行機の禁煙席に座っても、前の座席の人は吸っている。

今だったら、とんでもないこと。


でも

その当時は普通のこと。


その逆もあります。


当時は、とんでもなかったこと。


でも

今だったら、ごく普通のこと。

受験せずにバンドマンだった時代も・・・


22歳でS急便に入社した時も・・・


オフィスにガチャガチャを置いた時も・・・


周りからは異様な目で見られました。


でも

今だったら普通のことばかり。

周りが、どう思うか・・・


そんなことは、どうだっていいのです。


何をやれば、安泰か。


そんなことは、誰にも分からないのです。


では

どうすればいいのか。

指針は、外側にはありません。


それがあるのは、自分の内側。


やりたいことを、やる。


やりたくないことは、やらない。

 

嫌な奴とは付き合わない。


私たちが頼るべき、最も精密なセンサー。


それは

自分の心なのです。

 

 

 

東京都で124人の新規感染者・・・(;^ω^) でも、その数字自体に大した意味などない

発表時間・検査数・・・・などなど、判断に必要な情報の開示が為されていない中、

一喜一憂しても仕方がない、自身が為すべき行動を確実に為していこう(^^)/

 

さて・・・

 

人間と、それ以外の動物。


あなたは、どこで見分けていますか。


言葉をしゃべるかどうか。


服を着ているかどうか。


仕事をしているかどうか。

それは、

人間の特徴ではあるけれど、本質ではない。


言うなれば付属品みたいなもの。


言葉をしゃべるインコや、
服を着ている犬や、
駅長として働く猫は、
やっぱり、人間ではありません。

インコに悪口を言われても、腹は立たないけど、
人間に悪口を言われたら腹がたつ。


猫駅長に肩を揉めと言われても、パワハラだとは感じないけど、
会社の上司に言われたら訴えたくなる。

腹が立つ。

許せない。

訴えてやる。


・・・という負の感情。


それを抱くかどうかが、
人間とのボーダーラインなのかもしれません。

人にぶつかられると、腹が立ちます。


でも、

タヌキにぶつかられても、腹は立ちません。


人は人にしか、腹を立てられない。


これは、

私が45歳の時に発見した法則。ww

人に腹を立てたって、
人のせいにしてみたって、
何の解決にもならない。


そんな事は、

みんな分かっているのです。

分かってはいるけれど、
腹を立てずにはいられない。


それが、人間という動物なのです。


そして、人間の私たち。

では、どうすればいいのか。


人間を特別視しないこと。


これに尽きます。


動物を見るように、人間を見る。


これが、

最強の処世術なのです。

なぜ、同じ失敗を繰り返すのか。


それは、自分の非を認めないから。


つまり、

自分以外の人間に、
失敗の矛先を向けてしまうから。

人間社会で成功するコツ。


それは、

人間を人間と思わないこと。


人間を特別視するから、
人間の罠に陥ってしまうのです。

給料が安い。

 

休みが少ない。


仕事がつまらない。


上司とそりが合わない。

なぜ、そうなってしまうのか?


こう考えるのは、成功への近道。


誰のせいで、こうなったのか?


こう考えるのは、失敗への近道。

人のせいにするな、
・・・という話ではありません。


人を人と思うな、という話。


人を人と思わなければ、
人生は、きっと、もっと、うまくいくのです。

私を楽しくするのも、
私をつまらなくするのも、
私を金持ちにするのも、
私を貧乏にするのも、私次第。

結局・・・答えは明白なのです。


問題は、

それをどうやって実行するのか。


私が編み出した、その画期的な手法。


それが

「人類タヌキ化計画」なのです。

人生の不幸を、

牛や豚のせいにする人は居ません。


犬や猫や熱帯魚のせいにする人も居ません。


でも・・・

 

誰か(人)のせいにしてしまう。


それは、

人間だけが特別だと思っているから。

人間なんて、

そんなに偉いものではありません。


洋服を着て、靴を履いた、タヌキ。


その程度に、

認識しておけばいいのです。

 

個人的な意見ですが(*^^*)

 



 

今日は、よく降りますね・・・巷ではユニクロのマスクに大騒ぎ

とはいえ、マスク常時着用が世間の流れ、冷感マスクを探す今日この頃です。

ヨネックス、ミズノ、布団の西川まで・・・早く手に入れたいなあ…(;^ω^)

 

さて・・・

 

プレゼントをあげるのと、プレゼントをもらうのと。


どちらが嬉しいですか。

 

そりゃあ、もらう方が嬉しいよ。


・・・という人が多いのではないでしょうか。

(今週父の日ですね)

でも・・・世の中には、あげ好きな人というのがいます。


人に何かをあげたり、してあげたりするのが、大好きな人。


そっちの方が、

遥かに気持ちいい、
・・・ということを知っているから。

銀行にお金を預けるか、銀行からお金を借りるか。


これだったら預ける方がいいですよね。


いずれは、利子がついて返ってくるから。

実は、

プレゼントをあげるのも、ご飯をおごるのも、
人に親切にするのも同じ。


きっちりと利子がついて返ってきます。


それが、

良い循環の仕組みなのです。

似て非なる話も・・・


値下げは自分を安売りする行為。


だから、

私は値下げをしません。


でも・・・タダ働きは、時々します。


それは、

自分の価値を上げるため。

タダなんて、究極の値下げである、
・・・と言いたくなるかもしれません。


でも、

それは大間違い。


タダと値下げは、全くの別物。

そもそも安売りとは、
金を欲する行為に他なりません。


安くてもいいから、買ってほしい。


少しでもいいから、お金が欲しい。


つまりは、そういう事。

でも、

タダ働きは違います。


だって、

タダなんですから。


一円も受け取らないわけですから。


金なんて、

ハナから欲していないのです。

タダほど高いものはない。


なんて・・・言いますけど、その通りです。


それは、

とてつもなく大きな借り。


あるいは、

とてつもなく大きな貸し。


貸し借りは、

いずれ、きちんと清算されます。

食べれば、太る。


運動すれば、筋肉がつく。


上に投げれば、落ちてくる。


それが、

自然の摂理。

タダ、なんてものは無いのです。


それは、

人間が作った幻想。


単なる思い込み。


不自然極まりないルール。

私たちは、

お金に縛られすぎ。


だから、

見えなくなっているのです。


お金以外の流れ、というものが。


それは、

とても自然な流れ。

何かをやる、

・・・という作用には、
その反動として、何かが起こる、
・・・という反作用がついて回ります。


どんな事にも、必ず。

タダで仕事をすると、人に喜ばれる。

 

感謝される。


人に喜ばれ、

感謝されると、自分も嬉しい。

 

気持ちいい。

不思議なエネルギーが
自分に向かって流れ込み、
やる気が満ちてきて、
運が良くなり、スキルもアップし、
人との出会いが頻繁に起こる。

それは・・・

科学では、証明できないけれど、
お金という物差しでは、測れないけれど、
確かに行われる等価交換。


この宇宙を形作る法則。


ギブアンドテイクと呼ばれるもの。


タダほど、素敵な話はないのです。

 

たぶん( ^ω^)・・・

 

 

今日はメッチャ暑いですね・・・朝から暑くて堪りませんわ(;^ω^)

WITH コロナって・・・どうなんでしょうね・・・(>_<)

なかなか考えに、手ごたえを感じられない今日この頃です。

 

さて・・・

 

どうやったら合格するのか。


何をやれば、金持ちになれるのか。


そういう時に、求めているのは正解です。


こうやったら合格できる、

こうやったら金持ちになれる、
という正しい解。

何のために生きるのか。


どうなったら幸せなのか。


そういう時に、求めているのは答えです。


私が納得できる、私だけの答え。

正解とは、

共通解なので、教えてもらうことも可能です。


でも・・・答えは、

一人ひとり違うので、
自分で見つけ出すしかありません。


何のために、働くのか。

 

なぜ、学校に行くのか。

そこに必要なのは、正解でしょうか。


それとも、答えでしょうか。


正解と答え。


その二つを、

決して取り違えてはならないのです。

・・・

本質的な話に触れて

「それは違う」
・・・と言う人は、あまり居ません。


「水は高いところから、低いところに流れる」
・・・という話には、異を唱えようがないからです。

でもハウツーには、
異を唱える人がたくさん居ます。


「こうやったら売れる」

「いや売れない」


「こうやったら成功する」

「するわけない」


・・・という具合に。

ハウツーは、

言うなれば端的な答え。


分かりやすいけど、

その分薄っぺらい、

小手先の手段に見えてしまうのです。

確かに、

あまり考えていない
誰かの受け売りのような・・・


何か言っているようで
何も言っていないような・・・


そういう、ハウツー本もあります。

でも・・・中には、とても役に立つ、
素晴らしい内容のハウツー本が
あることも確かです。


にも関わらず、ハウツーは疑問視される。


それは、何故なのでしょうか。

例えば七つの習慣は、
ハウツー本なのでしょうか。


それとも、本質論なのでしょうか。

緊急ではないけど、重要なこと。


それを実行できるスケジュルを組む。


表面的には、ハウツーに見えます。


でも・・・言っていることは、とても本質的。

なぜなら・・・

 

「緊急ではないけれども、重要なこと」とは、

本質的なものだからです。


例えば、

健康とか、家族との関係とか。

そんなの良い方がいいに、決まっているじゃん。


でも、そこに時間をかけられないのが、問題なんだよ。


・・・と、ツッコミを入れたくなります。

本質的だけど、ハウツー本に見える。


アメリカ人は、

こういう本を作るのが、とても上手。


日本人は、

すぐに哲学書っぽく作ってしまう。


だから、良い本だけど売れないのです。

結局のところ、本質とは普遍的なもの。


人類全てに共通する法則みたいなもの。


だから、

当たっているのは、当たり前なのです。


当たり前だけど、とっても大事なもの。

そして、ハウツー。

 

こちらは、真逆。


万人に共通するハウツーなど、無いのです。


しかし、

ハウツーは虚像ではありません。


それは実在する、と私は断言できます。

必ず成功するハウツーは、実在します。


ただし、

それは、一人一人違う。


だから結局、私のハウツーは、
私自身が見つけるしかないのです。

 

たぶん( ^ω^)・・・

 

 

 

 

 

4月の業績は、ガックリでしたが・・・

5月の業績には、超ガックリ _| ̄|○ 気分を変えて、仕切り直しですね・・・(;^ω^)

 

さて・・・

 

西洋人は、幽霊が怖くないそうです。


死んだ人を怖がる理由がないから。


でも、彼らは悪魔が怖い。


人に災いをもたらす者だから。

私たちは幽霊が怖い。

 

化けて出てきそうだから。


でも、悪魔は怖くない。


だってそんなの、いるわけがないから。

何を恐れ、何を怖がるのか。


それを決めているのは、自分自身なのです。


恐ろしいものだと認識している。


でも、実際には見たことがない。


そういうものが一番怖い。

実際に触れてしまえば、

恐怖の珍獣の正体は、
パンダのように可愛いヤツかもしれません。

 

やはり、自身で確認しなきゃね・・・(;^ω^)

 

さて・・・

若い時は、続けることが苦手でした。


勉強も、趣味も、続かない。

 

サッカーは続きましたね・・・(≧▽≦)


すぐ飽きる、すぐサボる、すぐ逃げる。


それが、30代までの私。

その代わりと言っては何ですが、
好奇心と冒険心は旺盛でした。


小さい時から1人で、なんでもやってみました。

 

沢山失敗しました(*^^*)


37歳で会社を作った時も、
不安など微塵もありませんでした。

失うものが何もなかった。


それが正直なところです。


資格も、学歴も、財産も、
何ひとつ持っていなかったのです。

持たないものは強い。


そして、知らないものは強い。


それが私の実感です。


無いものは失えないし、
知らないことは、怖がりようがないのです。

45歳を超えた辺りから、
私は少しずつ継続力を身につけました。


大人になったとも言えますし、
コツをつかんだとも言えます。

でも一番は、勇気だと思います。


例えばツイッターや、facebook、ブログ。


何年やっても、大した変化は起きない。


目に見える成果がもたらされない。

こんな事をやっていて、
果たして意味などあるのだろうか。


そういう不安を抑え込む勇気。


それは、

経験がもたらしてくれるもの。


この道は間違っていない、という確信。

人は必ず死ぬとか。


嵐はいずれ過ぎ去るとか。


夜明けの来ない夜はないとか。

まあ、当たり前の事ばかりですが、
それを心から信じられる力。


経験は人に勇気を与えてくれます。


でも同時に、

別の勇気を奪っていきます。

大人になるとは、解るという事。


解ることによって、
小さな努力が信じられるようになる。


そして同時に、根拠のない冒険を
信じられなくなるのです。

何も知らない。


何も分からない。


何も感じない。


あの鈍感な頃が、とても懐かしい。

今の私は、解る(わかる)人。


何が無駄で、何が無駄ではないか。


何が成功で、何が失敗か。


本当に大事なものは、何なのか。


それが解る、大人になった私。

 

残念ながら、
根拠のない冒険が、もう出来ない私。

 

チョット、淋しいですね・・・