秋ですね( ^ω^)・・・朝晩は大分涼しくなりました。

世の中は、温度差と不透明感と無常感が闊歩していますが・・・

希望を見出し、日々全力で邁進するしかありませんね…(;^ω^)

 

さて・・・

 

人間の数だけ職業はあるよ、とか。


人間の数だけマーケットはつくれるよ、とか。


私はそういう発想が好きです。


でも極論だよね、と思う人の方が多いです。

確かに、みんなバラバラだと、
かなり効率は悪いです。


だから

ある程度のグループ分けは仕方がないと思います。


でも

人間の数だけ必要だという気持ちも忘れないで欲しいです。

名前だって、お箸だって、
歯ブラシだって、人間の数だけある。


好きになる相手も、好きになる趣味も、
好きになる仕事も、人間の数だけあっていい。


それが豊かさというものだと、私は思うんですけど・・・

さてさて・・・


ブルー・オーシャンとレッド・オーシャン。


どちらを選ぶと聞かれたら、
普通はブルー・オーシャンを選ぶ。


そう思いますよね。

でも現実は、

そうではないのです。


圧倒的に多くの人が、
レッド・オーシャンで戦っているのです。


しかも、自分自身の意志で。


あえて

厳しい市場を選んでいる。

一体何故なのでしょう。


ブルー・オーシャン戦略は難しい。


特別な才能や、スキルが必要。


運不運の要素も大きい。


それが理由なのでしょうか。


レッド・オーシャンは厳しい。


だけど

手堅い堅実なマーケット。


それが

レッド・オーシャンを
選ぶ理由なのでしょうか・・・

ギャンブルか堅実か。


そう聞かれたら、
確かに堅実な方を選びますよね。


我々日本人は特にそうです。


でも

本当に堅実なのでしょうか。

多くの人がレッド・オーシャンを選ぶ理由。


それは

堅実だからではありません。


堅実だと思い込んでいるだけなのです。

競争は激しいけど、
おそらく堅実な生き方なのだろう。


一見楽そうに見えるけど、
きっとギャンブルみたいな生き方なのだろう。


そう思い込んでいる。

つまりは、

考えていないのです。


何をもって堅実なのか。


何をもってギャンブルなのか。


その根本的な部分を思考していない。

思考しないで決めている。


信じられないかもしれませんが、
これが事実なのです。

何のために勉強するのか。


何のために学校に行くのか。


何のために働くのか。


何のために就職するのか。

こういう根本的なことに、
疑問を抱いてはいけない。


それは無意味な疑問だから。


遠回りになるだけだから。


そう刷り込まれてしまっている。

調べれば何でも分かる時代に、
年表を暗記し続ける意味。


楽しく働けるチャンスがある時代に、
レッド・オーシャンで戦い続ける意味。


ちゃんと考えなくちゃいけないです。

 

まあ、ブルーオーシャンを構築するのも、

勿論、簡単ではありませんが…(;^ω^)

 



 

暑さ寒さも彼岸まで・・・と言いますが、ここ数日の断続的な雨、強烈な日差しはキビシ~(;^ω^)

徐々に業務の引き合いも頂いていますので、参っている場合じゃないですね。

来週からは、少し涼しくなるようなので・・・頑張りまっしょい(*^^*)

 

さて・・・

 

やりたい事、やれる事、やるべき事。


この三つのバランスが大事、などと言われています。


でも

私はやるべき事というのが大嫌い。


「べき」と言われた瞬間に、やる気を失くしてしまいます。

好奇心は旺盛でしたけど、
勉強するべきだと言われて、勉強する気を失くしました。


働くことは好きですが、
働くべきだと言われたら、きっと働く気を失くすでしょう。

もしも・・・この世から「べき」をなくしたら、
人はもっと自由に、もっと楽しんで、色々やるんじゃないでしょうか。


学校に行くべきとか、

投票に行くべきとか、子

供をつくるべきとか。


「べき」なんて言うから、

みんなやる気を失くしちゃうんですよ。


好きなことを、
得意なことにする。


得意なことを、
好きなことにする。

似ているけれども、全く違う。


それは、正反対のアプローチ。

好きなことを得意にするためには、努力か創造が必要です。


激しい競争に勝つ努力か、新たなマーケットを生み出す創造。

得意なことを好きになるためには、根性か工夫が必要です。


嫌なことでも受け入れる根性か、
得意なことを好きになるための工夫。

私は競争が嫌いで、根性もないので・・・


もっぱら創造と工夫で、乗り切りたいと、もがいています。

好きなことを利用して、新しい商品や、サービス、マーケットを創り出す。

得意なことを深掘りして、なぜ嫌いなのかを考える。


嫌いなことを除外して、

なおかつ、

得意なことを生かせるように工夫する。

潜在マーケットを掘り起こすとか・・・


まだ無いものを創り出すとか・・・


嫌いなものが好きになる方法を考えるとか。


かなり、

邪道に見えますよね。

そんなやり方は遠回り。


しんどいことから逃げているだけ。


目の前にある仕事を頑張ればいい。


そういう人の、何と多いことか・・・

人数が多いと、正しく聞こえてしまう。


人数が少ないと、間違っていると感じてしまう。


それが、

この社会の恐ろしいところ。

逃げない、辞めない、勝手に変えない。


努力、根性、忍耐。


それが勤勉な社会人の姿。


そりゃあ、おかしくもなりますよ。

仕事なんて無限にある。


簡単に創り出せる。


競争する必要などない。


我慢なんて、体に悪いだけ。

この事実を、きちんと教えるべきです。


出来るだけ、小さい時に。


まだ何者にも、染まらないうちに。


それこそが、大人の役目だと、私は心底思うんですけど。

 

・・・などと言いながら、「人間辛抱だ!」にも共感してしまう小さなオイラです(;^ω^)

 

先週末は、殺人的な暑さでしたね・・・

これで一雨来れば、秋の気配が濃くなってくるでしょう。

とはいえ、今しばらくは猛暑日を覚悟しなくては…(;^ω^)

 

さて・・・

 

人を雇って組織を作るか、
人に雇われて組織に属するか、
組織から離れてフリーになるか。


旧来、私たちに

示されて来たのは、この三択でした。

即ち、

リスクを背負うか、

人に雇われるか、
孤独になるか・・・という選択。


でもここに来て、

新たな選択肢が出来つつあります。

人を雇わずに組織を作る、
人に雇われないで組織に属する、
組織から離れずにフリーになる、
という選択肢。

 

これは、

もはや三択ではありません。

なぜならそ、

の境目がとても曖昧だから。


どこを選んでもリスクはあるし、責任もあるし、自由もある。


経営者と、

会社員と、

フリーランスの、ハイブリッド職種。


経営社員ランスとでも呼んでおきますか。

会社に所属するのはいいけど、
組織に組み込まれるのは嫌。


本当を言えば・・・

 

人を雇いたくないし、
人に雇われたくもない。

かなりワガママですが、
これが私の心情なのです。


バラバラだけど、
バラバラではない。


時には、個人として動き、
時には、得意なことを組み合わせ、
チームとして動く。

理想といえば理想の形。


でも、

これを実現するためには、
いくつかのハードルがあります。


まず、

一人一人が自立していること。


そして、

何らかの専門スキルを、
身に付けていること。

私の専門スキルは、
物流の新たな仕組みや価値を、生み出すことです。


今ある商品やサービスに変化を加え、
仕組みや価値から、新たなマーケットを生み出すのです。

マーケットが見つかると、
また新たなスキルが求められます。


新しいマーケットや商品に、
名前をつけるスキル。


その価値を

分かりやすく説明するスキル。

ここで求められるのが、
ネーミングやコンセプト設計という、
特殊な言語化のスキルです。


だから

その専門スキルを持つ人と、
チームを組むことになります。

ネーミングやコンセプトが完成すると、
更に新たなスキルが求められます。


次はマーケットを具現化するスキル。


例えば

見込み客を集めるためのメディア。


その立ち上げや、運営を担うスキル。

そこで、

また新たなスキルを持つ人と、
チームを組むことになります。


でも、

ここでは終わりません。


次は、

マーケットに投入する商品の開発。


その商品を販売するための組織作り。

開発スキルを持った人。


採用スキルを持った人。


育成スキルを持った人。


専門家が、

どんどん増えていきます。

個人が仕事を生み出し、
別の個人を巻き込み、
専門スキルの連鎖によって、
個人が法人の課題を解決していく。


ここに

CtoBという、
新たな仕事形態が誕生するのです。

まだまだ、これからこれから(^^)/
 

今朝は少し涼しかったような気がします。もちろん日中は酷暑(;^ω^)

少しづつ、秋は近づいてきます。2週間ごとに振り返ると、季節の移ろいを感じやすいようです。

 

さて・・・

 

鳩にフンを落とされて、
ラッキーだと思える人は居ません。


でも、

そこで立ち止まった結果、
トラックに轢かれなかったとしたら、どうでしょう。

その後の人生では、

鳩を拝み続けるかもしれません。


頭が悪いことも、走るのが遅いことも、
大企業に入れなかったことも、
ラッキーかもしれない。

頭が良いことも、走るのが早いことも、
大企業に入れたことも、
アンラッキーかもしれない。

何が、ラッキーな出来事なのか。


何が、アンラッキーな出来事なのか。


それは、

ずっと後になってみないと、分からないんですよね。


人間万事塞翁が馬( ^ω^)・・・

 

 

 

そう、ここ数年でしょうか。


私のことを、

ストイックな人間だと、
言ってくれる人が増えました。


正直、自分で笑ってしまいます。

怠け者、
怠惰な人間、
堕落しきっている、
努力のできない人、
落ちこぼれ。

子供の頃から、
本当の努力とは?・・・と、うろうろしていた私。


その私が、ストイックだなんて。


人生とは不思議なものです。

いや、実は不思議でも何でもない。


そう、これが普通なんですよ。

勉強して、いい学校を出て、先生になった。


そういう人たちから見れば、勉強することはストイック。


遊ぶことは、単なる堕落。

じゃあ、

野球ばっかり、やってる人は?


サッカーばかり、やっている人は?


ピアノやバイオリンばかり、やっている人は?


ストイック?

 

それとも堕落?

野球やサッカーにはプロがある。


ピアノやバイオリンにもプロがある。


でも、

テレビゲームにはプロがない。


単なる遊びには、先がない。

彼らは、

そう信じていたのです。


でも、違ったみたいです。


だって、今やゲームにもプロがいる。


同人誌やコスプレで遊んでいた人が、その遊びでお金を稼いでしまう。

勉強も、メジャースポーツも、
マイナースポーツも、将棋も、
ゲームも、鬼ごっこも、全部同じ。


分野は、

まったく関係がない。


どうやら、

それが真実だったみたいです。

脇目も振らず、やり続けること。


それを、

ストイックと言うのです。


勉強だろうが、

音楽だろうが、
遊びだろうが、どれでも同じ。

重要なのは、分野ではない。


真剣にやっているのか、
それとも、

適当にやっているのか。

 


違いは、それだけ。



こんな簡単なことが、
なぜ、今まで分からなかったのでしょう。


いや、今でも尚、
分かっていない人が、たくさんいます。

夢中になれるものに、時を費やす人生。


それ以上の成功など、あるのでしょうか・・・

 

 

浜松40℃オーバー…(;^ω^)凄いですね。まあ、あちこち凄い訳ですけど。

こう暑いとマスクも鬱陶しいし、ずっと来ていない台風も心配だし、

集中力も欠如しがちだし、一つ一つ、しっかりとやっつけていかないとね(^^)/

 

さて・・・

 

運が良い時と、運が悪い時。


それは、

確かにあると思います。


ちょうど、電車が来ることもあるし、
ちょうど、電車が行ってしまうこともある。


ちょうど、信号が青になる時もあるし、
ちょうど、信号が赤になる時もある。

では、

運が良い人と、運が悪い人はどうでしょう。


生涯、青信号のみとか、

生涯、赤信号のみとか、
そんな人、いる訳ないですよね。

つまり、世の中には、
運が良い人と、

運が悪い人がいるのではなく・・・


運が良いと思い込んでいる人と
運が悪いと思い込んでいる人がいるだけ。

 

きっと、そんなもんです。


幸運の持ち主とは・・・


我が人生は青信号が多い
と思い込んでいる人たちなのです。


社員を冷たく突き放す、とか。


社員ごと会社を売ってしまう、とか。


そんな、

酷いことが出来るか!・・・と、昔は思っていました。

でも、今は違います。


今だったら、平気で「辞めたら」と言えます。


今だったら、平気で会社を売ってしまえます。

(平気じゃないけど(;^ω^))


なぜなら、今の方が、ずっとニュートラルだから。

自分が面倒を見るべき、という錯覚。


自分が社長をやるべき、という錯覚。


全ては、

単なる思い込みなのです。


嫌ならやめればいいし、辞めさせればいい。


今は、心からそう思います。

結局、

私は、社員を大事にしているようで、
彼らを見下していたのかもしれません。


自分が一生、彼らの面倒を見るのだ・・・などというのは単なる思い上がり。


そんなことは、誰にも出来ないのです。

社長とは、

社長という立場で仕事をする、
単なる一人の労働者に過ぎません。


お金を出して、組織を作って、利潤を得る。


それもまた、

出資者の正当な仕事なのです。


そこには、善人も悪人もない。

私には、ずっと後ろめたさがありました。


社員から搾取しているのではないか・・・という後ろめたさ。


それは、

誰の為にもなりませんでした。

もし私が、

労働に特化したならば・・・


仕組みや権利収入ではなく、現場での労働収入だけで稼ぐならば・・・


そうやって妄想しながら、六年が過ぎました。

確かに労働収入は清々しい。


後ろめたさが全くない。


でも、

そういう生活をしているうちに、呪いが解けてきたのです。


私を縛っていた、経営者の呪い。

結局、私は歪んでいたのです。


どっぷり社長でいた時も、妄想の中でも。


今、ようやくニュートラルになって思うこと。


それは、

「どっちでもいいじゃん」ということ。

私はこれからも、
労働者として労働収入を稼ごうと動くと思います。


でも、経営者として、権利収入も稼ごうと決めました。


どちらかに決める必要などないのです。

会社に縛られない生き方。


それは、

会社を否定することではなく、
会社に依存することでもなく、
適当に会社とつき合うという生き方。


肩の力を抜いて、やるべき事をやって、堂々と金を稼げばいいのです。

 

鬱屈とした毎日が続きますが、こんな妄想を吐き出しながら、

新しい自分を創っていきたい、今日この頃です(^^)/

 

梅雨の終わりを求めた日々から・・・酷暑の終わりを求める日々に・・・

人っていうのは、我儘なんですね・・・やっぱり。

流石に機能の夕立は、幾分の「涼」を運んでくれました。

虹も綺麗だったし・・・イイこともある、そうでないこともある。

風情って、生きていく術なんでしょうね・・・

 

さて・・・

 

知恵を捻るのと、知恵の輪を捻るのと。


似ているようで、ちょっと違う。


ちょっと違うようで、とても似ている。


何の変哲もない、

小さな知恵の輪を捻ってみせましょう。

そう、

例えば、大きくするのです。


巨大化して、

20キロくらいの知恵の輪にする。


重すぎて、

一人では外すことができません。


だから、

何人かで協力して、外すのです。


すると、

それは単なる知恵の輪から、
協業力と体力を計るツールへと変わります。

これを採用に使えば
面白い会社だと噂が広がり、応募者が増える。

・・・かもしれない


オブジェとして会社の入り口に置けば、
口コミで噂が広がり知名度がアップする。

・・・かもしれない

以上。

 

知恵の輪を捻る、という知恵の捻り方でした。

 

・・・てなわけで

人を紹介するときには、ちょっとした捻りを加える。


それが、私の流儀です。


私は何事も、素直には出来ないのです。

でも、

私が出会いを捻るのは、
性格がひねくれているから、・・・というだけではありません。


新たな価値を生み出すためです。

例えば・・・

 

AさんをBさんに紹介する場合。


こちらAさんです。


こちらBさんです。


あとは二人でよろしく。


これでは、話が盛り上がりません。

もちろん、最初からお互いのニーズがマッチしていれば、話は別です。

Aさんが、Bさんから得るもの。


Bさんが、Aさんから得るもの。


それが、明確であり、お互いにメリットがあれば・・・


放っておいても、話は盛り上がります。

でも、

そういうケースは、とても少ない。


ほとんどの出会いは、単なる出会い。

 

温度差のある、名刺の渡しっこ・・・


ニーズとか、メリットとかまで、発展しない出会い。


だから、

私はそこに、捻りを加えるのです。

まず、

Aさんが持っているもの(価値)と、
Bさんが求めているもの(ニーズ)を比較する。


次に、

Bさんが持っているもの(価値)と、
Aさんが求めているもの(ニーズ)を比較する。

どちらかの持っているものと、
どちらかの求めているものが一致していれば・・・


放っておいても、会話は進みます。


問題なのは、

それが、一致していない場合。

この場合、

価値とニーズを加工する必要があります。


Aさんが持っている価値に捻りを加え・・・


Bさんのニーズにもちょっと手を加え・・・


二つの形が、

ピタリと収まるように、微調整するのです。

ちょっとした、余計なお世話です。


この人は、

私の価値を高めてくれる。


この人は、

私のニーズを分かってくれる。


この人は、

有益な人を紹介してくれる。


そういう人の所に、人は集まって来るから。

これは、

人と人との出会いに限りません。


人と会社の出会いや、

人と商品の出会い、
商品と商品の出会いなど・・・


捻りの技術は、

あらゆる出会いに有効なのです。

では、

捻り力を磨くには、どうすればいいのか。


重要なのは、常に考えることです。妄想かもしれません。


この人には、

どういう価値があるのか・・・


捻れば、

どういう価値に変化するのか・・・


この人のニーズは、

何によって満たされるのか・・・


捻れば、

どういうニーズに変化するのか・・・


知恵の輪を捻るように、目の前の人を捻るのです。

 

さあ、妄想の世界にようこそ(^^)/

 



 

酷暑っていうんでしょうね・・・(;^ω^) 酷い暑さです。

例年は、カミさんの実家に泊まってゴルフなんですが、

コロナ禍の中、帰ってくるなと言われたらしく・・・仕事しています(*^^*)

 

・・・さて

 

パンダは可愛いですけど。


うお~!何じゃこりゃ~!
・・・と、驚くほどではありません。

ツチノコは、

単なる太ったヘビですけど。


うお~!何じゃこりゃ~!と、驚くかもしれません。

なぜならば、パンダは実在しているから。


現実離れしているけど、それは紛れもなく現実だから。


ツチノコは、実在していないはずだから。


単なる太ったヘビだけど、それは、現実ではないはずだから。


実在しているか、実在していないか。

それが、

私たちに大きな影響を与えているのです。


でも、実在って何なのでしょう。


一体誰が、

そのボーダーラインを決めているのでしょうか?


私は、

そのボーダーラインを自分で決める人でありたいのです。

私は今、
新商品の開発や新規事業の立ち上げを
お手伝いするサービスを考えています。

開発とは言っても、
商品をゼロから作る訳ではありません。


今ある商品やサービスに、新しい解釈を付け加える。


それが、私の役割です。

解釈を変えることによって、
事業や商品は新しく生まれ変わります。


つまり、

新商品や新事業の誕生。


それは同時に、

新しい顧客と
新しいマーケットを生み出すのです。

物事の解釈を変える。


それは、

私の特技とも言えます。


人には、どうしても、

その経験なりの、先入観や常識というものがあります。


それが、

見方を固定してしまうのです。

私の場合、都合のいいことに
その資質というか、欠点というか、
まあ適性が備わっていた訳です。


たとえば、次のようなこと。

とても、非常識であること。


物忘れが、ひどいこと。


性格が、ひねくれていること。


物事の見方が、ズレていること。

正直、このような性質が、
世の中の役に立つとは思いませんでした。


どんな人にも役割はあるのだなあと、
私は自分を見ていて、そう思います。

私はひねくれているので、
素直に受け止めることが出来ません。


この業界は変わらない、とか。


広告に頼る以外にない、とか。


顧客は絶対に安い方を選ぶ、とか。

そんなセリフを聞くと・・・


ふつふつと反逆心が湧いてきます。


ようし、それなら変えてみせよう。


・・・と、スイッチが入ってしまうのです。

私は、もう5年近く、
この事業構想(妄想!?!)を考えています。


そして、58年もの間、
このひねくれた人生を生きています。

その私が、断言できること。


それは、

答えは必ずある、ということ。

飛行機が、飛んでいることも・・・


パンダが、実在していることも・・・


小学生が、スマホ持っていることも・・・


今では・・・当たり前の事実。

でも、ちょっと前までは、
そんな事実は、存在しなかったのです。

 

残りの人生で、

何とか形にしたいなって想っています。

(^^)/

 

 

夏本番ですね・・・40℃  体温より高い(;^ω^) ヤバい。

一日に何回着替えることになるか…(;^ω^)

体調管理に注意しなければ・・・

 

さて・・・

 

アイデアは出し惜しみしない。


それが、私の信条です。


見返りは求めないし、人も会社も選びません。

会話したくないくらい嫌い。


さすがに、

そういう相手は無理ですが・・・


仕事と関係がない相手でも・・・


報酬を期待できない相手でも・・・


一向に構わないというスタンスです。

なぜなら、

アイデアを出すのは、自分自身のためだから。


まず、アイデア出しは、発想の訓練になります。


そして、集客の武器にもなります。

私は、

アイデアを求める人が来たら、全力でアイデアを練ります。


一切出し惜しみはしません。


「ここから先は有料」 みたいなラインもありません。

それで商売になるのか?


時間の無駄じゃないのか?


明らかに損じゃないのか?


なぜ、お金を取らないんだ?


・・・という意見をよく聞きます。

でも、これらは全て、
やったことのない人の意見。


やった人には、分かるはずです。


このやり方が、いかに合理的か。


どれほど楽で、楽しいか。

まず、

アイデアを出すことは楽しい。


閃いた時の気持ち良さは、
美味しいものを食べた時とか、
美味しいワインを飲んだ時に近い。


脳みそが喜ぶのが分かります。

次に、

良いアイデアは喜ばれる。


誰かのために、考えたアイデアなので、
当然のことながら、相手は喜んでくれます。


褒められ、感謝され、一目置かれます。


これが、また気持ちがいい。

さらに、

アイデアは拡散します。


アイデアは商品に取り込まれ、
集客に組み込まれ、
販売に生かされます。


そうやって、

アイデアが広がるのです。

そして、

アイデアは戻って来る。


無償で差し上げたアイデアですが、
不思議なことに戻って来るのです。


人は、アイデアの源泉を探しているから。


拡散されたアイデアを辿り、
人が、どんどん集まって来るのです。

アイデアは、出せば出すほど、湧いて来ます。


そして、

あげればあげる程、戻って来ます。


情けは、人の為ならず。


アイデアもまた、

人の為ならずなのです。

 

梅雨明け十日と言いますが、暑いですね…(;^ω^)昨日も34℃

今日も予想最高気温34℃・・・溶けそうです(*^^*)

長い梅雨とコロナ、そして猛暑。次は台風でしょうか・・・備えて参りましょう(^^)/

 

さて・・・

 

何もしなくても、お金が入ってくる状態と、
嫌なことを我慢し続けて、お金が入ってくる状態。


だったら、

何もしない方がいいに決まってます。

では、

何もしなくても、

お金が入ってくる状態と、
好きなことをやって、

お金が入ってくる状態だったらどうでしょう。


私だったら、

好きなことをやりたいですね。

もし、

お金が空気みたいな存在になったら、
何もしなくても、手に入るようになったら、
人は一体何をやるのでしょう。


やっぱり、

好きなことをやるんじゃないでしょうか。

そして、

できれば好きなことで、
人の役に立ちたい、

人に喜んでもらいたい。


結局人は、

自分自身の楽しみのために、働くようになるのです。


私は

プラウドという株式会社の
代表取締役社長であり、
全株式を所有する
筆頭株主でもあります。

私の他にも株主がいましたが、
彼らは、

アーリーステージの仲間、
言わば共同経営者でもありましたが

皆、手放し・・・私が買い取りました。

出資者(オーナー)であり、
経営者でもある私たちには、
共通の利害があります。


それは、

会社の収益性を高めて、
私たち自身の収益も増やすこと。

でもね、

申し訳ないのですが、
私が目指す姿はちょっと違うのです。


会社の収益性は、あまり考えていない。


儲けて、それを配分することも、
あんまり考えていないのです。

最初から、そう考えていた
という訳ではありません。


ガッツリ儲けて、皆で分けよう。


そう思っていました。


でも変わってしまったのです。

まず私は、人を雇うことを諦めました。

 

出来るだけ、少数で・・・

出来るだけ、ハッキリと割り切れるように・・・


雇用することによって金儲けする、
というのが嫌だから。


とても、時代遅れだと感じるから。

そして、

権利収入を取ることもやめました。


株主である、社長である、というだけで
報酬をとっていく自分が嫌だから。


オーナーだけが、潤うような仕組みが嫌だから。

今、私が作りたいのは、
株主であり、経営者である私たちに、
安定収入が入ってくる仕組み。


では、ありません。

私が手に入れたいのは、
自分という労働者が楽しく働き、
安定して、それなりの報酬が取れる仕組み。


私以外の人も、同様に働ける仕組み。



つまり、

私は株主利益も、
経営者利益も捨てて、
労働者として最良の仕事と報酬を
享受できる会社を作りたいのです。

全ての利益が
顧客と労働者にために使われ、
全ての仕組みが
顧客と労働者のために作られた会社。


資本家も、経営者も、必要としない会社。

・・・とは言え、プラウドは株式会社です。


普通に登記しているし、
私には代表としての責任もあります。


でも、私はその責任を超えたい。


株式会社という、枠組みを超えてみたい。


社長をなくした、最初の社長になりたいのです。

 

暑さで妄想が暴走しています(^^)/

 

 

今日の秋葉原は、かなり蒸し暑く、クーラーが大活躍しています。

香港の報道も下火になり、GoToなんちゃらとコロナ関連の話題で、喧しい今日この頃ですね・・・

必要な調達は行いましたが、やはり、前向きな展開のために、お金を使いたいものです。

 

さて・・・

 

人に搾取されるのは嫌です。


特に嫌なのは不当な搾取。


なぜ、この場面で・・・

 

なぜ、こいつに・・・搾取されなくてはならないのだ。


そう考えると腹が立ちます。

人に

プレゼントするのは好きです。


特に好きなのは、見返りを求めないプレゼント。


下心なく

誰かに与えるのはとても心地いい。


搾取も、贈与も、自分が損をするのは同じ。

でも

気持ちは全然違います。


意思を持って与えるのか。


意思に反して奪われるのか。

人生は

四択なのかもしれません。


奪う人と、奪われる人と・・・

 

与える人と、与えられる人。


この中の

どれか一つを選ぶ。


選ばない人は、

誰かに役割を押し付けられてしまうのです。

そんなこんなで・・・

ギブ&テイクという本。


執筆者は忘れましたが、
なかなか興味深いことが、書かれています。

世の中には
ギバー(惜しみなく与える人)と・・・


テイカー(受け取るだけの人)と・・・


マッチャー(バランスを考える人)がいる。


一番成功しているのは誰?・・・という本。

まあ、

ギバーだと考えますよね。


それは、

その通りみたいです。


・・・で、面白いのは、


一番失敗しているのも、またギバーという部分。

つまり

成功するためには・・・


他人に与える必要があるということ。


これは、分かりやすい。


ただし、

相手を選ばなくてはならない、・・・ということなのです。

何か、腑に落ちないですよね。


だって

偉人というものは、
損得抜きに、誰かれ構わずに、
ひたすら与え続ける人、というイメージ。

成功するためには、相手を見て与えなさい。


これは

神様が言いそうにはないセリフ。


でも統計では、

それが事実であるということ。


では、

私はどうすればいいのか。

返ってくる見込みがあるから与える。


これは

与えているうちに入りません。


とても打算的な、計算されたギブ。


こういうのは、好きにはなれません。

では、

自分は誰にでも与え続けているのか。


そう聞かれたら、イエスとは言えない。


それが、本当のところです。


やっぱり

私も相手を選んでギブしています。

見返りとか、損得とかを、
計算している訳ではありません。


でも、やっぱり、テイカーには
ギブしていないような気がします。

自分に返ってくるかどうか。


それは

本当に、どうでもいいのです。


ただし、

自分は受け取るけど
人には与えるのは嫌だという人。


そういう人には、

ギブする気になれません。

私は、

神様じゃありません。


施すことを使命だなんて思ってない。


自分が気持ちいいから、やっているだけ。


だから

テイカーにはギブしない。


だって

気持ち良くないですから。

私は、

与える人にこそ、与えたい。


その人が、

与えているよりも、
もっと、

たくさん与えたい。


もしかしたら

神様も、
同じ気持ちなのかもしれませんね。