浜松40℃オーバー…(;^ω^)凄いですね。まあ、あちこち凄い訳ですけど。
こう暑いとマスクも鬱陶しいし、ずっと来ていない台風も心配だし、
集中力も欠如しがちだし、一つ一つ、しっかりとやっつけていかないとね(^^)/
さて・・・
運が良い時と、運が悪い時。
それは、
確かにあると思います。
ちょうど、電車が来ることもあるし、
ちょうど、電車が行ってしまうこともある。
ちょうど、信号が青になる時もあるし、
ちょうど、信号が赤になる時もある。
では、
運が良い人と、運が悪い人はどうでしょう。
生涯、青信号のみとか、
生涯、赤信号のみとか、
そんな人、いる訳ないですよね。
つまり、世の中には、
運が良い人と、
運が悪い人がいるのではなく・・・
運が良いと思い込んでいる人と
運が悪いと思い込んでいる人がいるだけ。
きっと、そんなもんです。
幸運の持ち主とは・・・
我が人生は青信号が多い
と思い込んでいる人たちなのです。
社員を冷たく突き放す、とか。
社員ごと会社を売ってしまう、とか。
そんな、
酷いことが出来るか!・・・と、昔は思っていました。
でも、今は違います。
今だったら、平気で「辞めたら」と言えます。
今だったら、平気で会社を売ってしまえます。
(平気じゃないけど(;^ω^))
なぜなら、今の方が、ずっとニュートラルだから。
自分が面倒を見るべき、という錯覚。
自分が社長をやるべき、という錯覚。
全ては、
単なる思い込みなのです。
嫌ならやめればいいし、辞めさせればいい。
今は、心からそう思います。
結局、
私は、社員を大事にしているようで、
彼らを見下していたのかもしれません。
自分が一生、彼らの面倒を見るのだ・・・などというのは単なる思い上がり。
そんなことは、誰にも出来ないのです。
社長とは、
社長という立場で仕事をする、
単なる一人の労働者に過ぎません。
お金を出して、組織を作って、利潤を得る。
それもまた、
出資者の正当な仕事なのです。
そこには、善人も悪人もない。
私には、ずっと後ろめたさがありました。
社員から搾取しているのではないか・・・という後ろめたさ。
それは、
誰の為にもなりませんでした。
もし私が、
労働に特化したならば・・・
仕組みや権利収入ではなく、現場での労働収入だけで稼ぐならば・・・
そうやって妄想しながら、六年が過ぎました。
確かに労働収入は清々しい。
後ろめたさが全くない。
でも、
そういう生活をしているうちに、呪いが解けてきたのです。
私を縛っていた、経営者の呪い。
結局、私は歪んでいたのです。
どっぷり社長でいた時も、妄想の中でも。
今、ようやくニュートラルになって思うこと。
それは、
「どっちでもいいじゃん」ということ。
私はこれからも、
労働者として労働収入を稼ごうと動くと思います。
でも、経営者として、権利収入も稼ごうと決めました。
どちらかに決める必要などないのです。
会社に縛られない生き方。
それは、
会社を否定することではなく、
会社に依存することでもなく、
適当に会社とつき合うという生き方。
肩の力を抜いて、やるべき事をやって、堂々と金を稼げばいいのです。
鬱屈とした毎日が続きますが、こんな妄想を吐き出しながら、
新しい自分を創っていきたい、今日この頃です(^^)/