仮に残りの人生を10年としたら・・・3,650日。1割、前向きに頑張ると4,015日分楽しめる。

1割、チョット後ろ向きだったり、サボったりすると・・・3,285日分しか味わえない。

その差は・・・730日!!!なんと約2年分の差。個々の人生の密度は千差万別。

せめて残りの人生は、濃密な、前向きな、Happyな、人生にしたいものです。

数字は嘘をつかない・・・

 

 

さて・・・


お客さんって

誰なんでしょう。


商品やサービスを

買ってくれる人。


では・・・

 

すごく

態度の悪いお客さんは

どうでしょう。

国家の場合は

どうですか?


国家のお客さんは

国民でしょうか?


それとも・・・

 

貿易で

利益を持たらしてくれる

国でしょうか。


専業主婦にとってのお客さんは

誰ですか。


給料を持って帰ってくる

夫でしょうか。


それとも

可愛いわが子でしょうか。

お客さんとは

金で繋がった関係である。


そう割り切るなら

態度なんて関係ないはず。


お客さんは

心で繋がった関係である。


そう考えるなら

お客さんは

どんどん広がっていく。

誰を

私の

お客さんにするのか・・・


それは

人生の質に

直結しているような気がします。

 


 

 

 

さてさて・・・


お金を払ってくれる顧客が

増えれば・・・


会社は潤います。


お金を稼いでくれる社員が

増えても・・・


会社は潤います。

払ってくれるお客さんと
稼いでくれる社員。


どちらが

会社にとって

大事なのか。


これは愚問です。


どちらも

大事に決まってる。

お客さんと社員。

 

どちらも大切。


・・・にも関わらず

実際の扱いには、
大きな差があります。


お客さん>社員


これが

偽らざる姿ではないでしょうか。

せいぜい、

お客さん=社員
・・・では、ないでしょうか。


これも

建前であることが
大多数だとは思いますが・・・

しかしながら、
ここを逆転させる。


お客さん<社員
・・・と、明確に打ち出す。


そして

その通りに実行する。

すると、

どういうことが
起こるでしょうか。


経営者の狙いは

こうです。


会社が

社員を大切にすれば、
社員はお客さんを大切にする。

確かに

理屈は通っています。


会社が

社員を大切にするから・・・


社員は

安心して顧客に向き合える。


現場の人間は

上司ではなく、
お客さんに

向き合うようになる。

結果的に

サービスが向上し、
お客さんにも喜ばれる。


売上もアップする。


会社も儲かる。


めでたし、めでたし。

残念ながら・・・


これは

かなりのレアケースです。


実際には

ほとんど、

こういう結果にはなりません。


なぜなら

社員の貢献度は

人によって違うから。

会社が

社員を大事にしても・・・


社員が

もたらす利益には差がある。


それに

目を瞑っていると・・・


できる社員は不満になる。


だから

きちんと評価する。

すると・・・

 

社員は

顧客ではなく、
評価者の方を

向くようになるのです。

私が

至った結論。


それは

雇用を手放すこと。


ここを

変えない限り・・・


会社の本質は

変わらないのです。

 

多分…(;^ω^)

 

 

 

ZOZOゴルフ・・・松山、凄かったですね・・・最終的に5打差でしたが・・・

18番の2打目まで、勝負の行方は分りませんでした。2オンからのイーグル。

思わず、FW5番をポチりました。(;^ω^) ゴルフはメンタルですね・・・

大勢のギャラリーの応援を力に変えて、大仕事をやってくれました。

https://www.proud-dnet.co.jp/jobsearch/1

 

さて・・・


長い髪が

かっこよかったり。


ただただ、

だらしなく見えたり。


ダボダボのスーツが

オシャレだったり。


ただただ、

ダサいおじさんに見えたり。

オレの時代は

こうだった。


これが

かっこよかったんだ。


そう

言いたくなる気持ちは

わかります。


だって

事実なんですから。

オシャレだったんですから。


モテたんですから。


でも

今では

かっこよくない。

 

オシャレじゃない。

 

モテない。


でも

仕方ない。

 

だって・・・

 

それが

流行というものですから。

 

 

さてさて・・・

大卒。

 

就職。

 

結婚。


この

3つのワードから、
あなたは

何をイメージしますか。

幸せな人生?


・・・だとしたら

 

もう、
あなたは

旧世代なのかもしれません。

大学は

出ておけ。


まずは

大手に

就職しろ。


まだ

結婚も

しないのか。


そう

言いたくなる親は、
子供の幸せを願っているのです。

幸せに

なってほしい。


我が子に

そう願わない
親などいましょうか。


だけど・・・

 

これが難しい。


なかなか実現しない。

なぜ

学校に行かない?


お前は

こんなに恵まれているんだぞ。


なぜ

就職しない?


やる気になれば

仕事などいくらでもある。


なぜ

結婚しない?


そんなことでは

一人前になれないぞ。

親子の会話は

噛み合いません。


でも・・・

 

それは

仕方のないこと。


だって・・・

 

幸せの定義が

違うのですから。


噛み合うはずがないのです。

結婚しないほうが

幸せ。


子供がいないほうが

幸せ。


就職しないほうが

幸せ。


そんなことは

到底理解できない。

お前はおかしい、

間違っている。


そう

言いたくも

なりますよね。


自分は

結婚して幸せだったから。


子供が

できて幸せだったから。


一生懸命働いて

幸せだったから。

大卒。

 

就職。

 

結婚。


我が子は

ようやくやり遂げた。


ああ

よかった。


これで

子育てもやり終えた。

ようやく

肩の荷が下りた。


子供は

もう立派な社会人だ。


ああ

幸せそうだ。


よかった、よかった。

そういう時代は

よかった。


ほんとに

そう思います。


親と子供が

同じ価値観であった時代。


親と子供の幸せも

一致していた時代。


そこでは

すべてがシンプルでした。

でも

こればかりは

しょうがない。


私たちは

そういう時代に

生まれてしまったのです。


江戸中期ではなく

江戸末期。


価値観が

根底から変わる時。


それが・・・

 

きっと・・・

 

今・・・

ってことなんですよ。

 

そんな気がする、

今日この頃です。

 

 

 

寒いですね・・・旨い鍋、旨い酒、できれば、ぬる燗で・・・

しっぽりと( ^ω^)・・・そんな気分ですが・・・

コロナ感染者数の激減について、専門家も解らないそうですね・・・

何だかスッキリしない感じですが、チョット先を見据えて動き出して参りましょう。

 

 

 

さて・・・

動く生きものと、

動かない生きもの。


だったら

不動物でいいじゃん。


なんて

思っていた私は

未熟者でした。

じつは

植物というのは

恐ろしい速度で動いているのです。


TVで

竹や朝顔の成長を

早送りで見ました。


あっ・・・という間に

ぐんぐん背が伸びる。


すごい!

の一言です。

いや、いや、

あれは早送りだから。


早く見えるだけ。

 

なんて

思っているあなた。


それ、

間違いです。


竹は

なんと、

1日に、

120センチも、

背が伸びるのです。

1日1メートル成長する動物なんて

どこにもいません。


不動物なんて

とんでもない。


言うなれば

超動物なのです。

 

 

 

さてさて・・・

リピートと

新規のバランス。


言ってしまえば、

それだけです。


でも

これが、

けっこう奥深い。


掘りがいのある場所なのです。

まず

出てくるのは顧客です。


リピート顧客と

新規顧客。


その

バランスを

どうするのか。

次に

商品が出て来ます。


リピート商品と

新規商品。


ここにも

バランスが必要です。

売り方もそう。


これまでの売り方と

新しい売り方。


ずっと同じじゃ

いけないし・・・


コロコロ変えてばかりも

よくない。

ネーミングも、

ロゴも、
組織も、

社長も、

リーダーも、
適度な入れ替わり、
その

バランスが重要なのです。

日常生活だって

そうです。


人は

知らず知らずのうちに、
いろんな場所に居ついてしまう。


習慣化してしまう。

体を洗う

順番とか。


歯磨きの

やり方とか。


そういえば

歯医者さんに言われました。


“あなたの歯磨き、間違ってますよ”って。

でも

それって

歯医者さんに
教えたもらった

磨き方なんですけど・・・


何十年か前に。


そりゃあ

歯の磨き方だって、
進歩しますよね。

リピートと新規。


その

入れ替えのバランス。


ここに

人生やビジネスを、
成功に導く大ヒントがある。


私は

そう信じております。

考えるべき

ポイントは3つ。


何を

入れ替えるか。


どう

入れ替えるか。


どのタイミングで

入れ替えるか・・・です。

特に、タイミング。


安定した

人生やビジネスは
ゆったりと変化している。

大きくて

なだらかな河を見ていると、
なんとも言えない安定を感じませんか?


どっしりとした

安定感。


そこにあるのは

不変の中の変です。

大きな河は

嵐ごときでは

ビクともしない。


ずっと変わらず

そこにあるように見える。


でも

じつは

長い年月の中で、
大きくカタチを変えながら、
大移動を繰り返しているのです。

 

様々な思考思索が

私を動かしていくのです。

(^^)/

 

いよいよ冬の空気を感じられる季節がやってきましたね・・・

魚も美味しい時季になってきました。旨い酒と肴で、しっぽり呑みたい。

・・・とは云え、まだまだ自粛慣れしてしまったかのように、夜は静か。

リバウンドは嫌ですが、ボチボチ活動開始といきたいですね。

 

 

 

さて・・・

 

はたらくとは
“はたを楽にすること”
・・・だと、

昔の人は言いました。

昔の人は

いいことを言います。


それは

頭で考えた答えではなく

体験から得た知恵だから。


では

“はたを楽にする”とは

どういう行為か。


もちろん

金を稼ぐだけではありません。

たとえば・・・

 

家の掃除とか

洗濯とか。


子供のお世話などは

絶対になくてはならない“はたらく”です。


では

子供や赤ん坊は

どうでしょう。


お手伝いをする子供は

もちろん

はたらいてるし、
泣くのを我慢してる赤ちゃんだって

立派に

はたの役に立ってます。

そもそも・・・

 

子供は

ただそこにいるだけで

はたを楽にしている。


そして

人は

すべて誰かの子供。


誰かの大切な人。


だから

みんな

はたらいてるんです。

 

 

 

さてさて・・・

 

働かざるもの、食うべからず。


・・・と言いますが、
何をもって働いていると
言えるのでしょうか。

 

収入があること。


納税していること。


誰かの役に立っていること。


黒字人材であること。

 

働かざることの意味は、
定義によって

大きく変わります。


まず

収入があること。


収入があれば、何でもいいのか?

 

コロナで

やり玉に挙げられたのは、
パチンコ屋、高給クラブ、風俗業。


収入を得ていても、

守る必要がない。


・・・というのが

大衆の空気のようです。

 

じゃあ

高利貸しは、どうなのか。


親からもらった土地での

家賃収入は?


ドラッグを

売りさばいて得た収入は?


確かに

収入があればいいわけではない。


では

どこにその分岐点が

あるのでしょう?

 

納税してるか、どうか。


これも

今回の注目ポイントでした。


納税してるなら

権利はあるはずだと。


誰かの

役に立つ仕事なのか。


社会に

必要な仕事なのか。


でも

そんなこと誰が

判断するのでしょう。

 

黒字人材か

どうか。


これは

意見が分かれるところです。


給料は

もらっている。


でも

利益は

もたらしていない。


これは

働いていると言えるのか。

 

さらに

深く考えるなら、
赤字になるのは

誰の責任なのか。


本人の

努力不足か。


ビジネスモデルの未熟さか。


あるいは

経営者が無能なのか。

 

商品が悪いから。


ツールが

整ってないから。


不景気だから。

 

コロナだから。


そんなこと言い始めたら

キリがない。


でも

全く関係ないとも

言えない。

 

すべてが

自己責任であれば、
今回のコロナだって

自己責任です。


就職氷河期だって、

震災だって、
リーマンショックだって、
すべては

自己責任。

 

しかし

それでは

国家とは言えない。


共同生活をおくっている意味がない。


だから

助け合うわけです。


強い人が

弱い人を。


稼げる人が

稼げない人を。


働く人が

働かない人を。


あれ?

どこからが

自己責任でしたっけ?

 

 

今日は急に寒くなりましたね。これが平年並みでしょうか・・・

昨晩のサッカー代表戦、負けられない戦い、観ましたよ・・・

物足りない部分や、メンバー選考などなど、言いたいことは沢山ありますが、

勝って良かった。(^^)/

 

 

 

さて・・・


壁に向かって

ボールを投げる。


ぶつかるまでは

真っすぐ進むけど

ぶつかったら反対方向に進む。


当たり前の話です。

もう

これいじょう進めないよという

限界まで来たとき、
そこには

大きな壁があります。


壁は

ハードルでは

ありません。

気合や

根性や

アイデアで

跳び越えることは

できない。


だって・・・

 

それは

壁だから。


壁にぶつかると

方向転換します。


なぜかというと

もう先には

進めないからです。

当たり前のことなのに

人は

その事実を忘れてしまいます。


ずっと

進み続けられるんじゃないかと

勘違いしてしまう。


壁にぶつかると

必ずUターンします。


真逆の価値観、

真逆のルールで進み始めます。


その時

はたと気づくのです。

 

そりゃそうだと。

https://www.proud-dnet.co.jp/

 

さてさて・・・

モノが

たくさんある。


必要以上に

あふれている。


そういう生活に

疑問を抱く人が、
だんだん

増えてきました。

必要なだけ、あればいい。


ほどほどで

いいんじゃないの。


最低限、あればいいよ。


北欧では

もはや

それが主流です。


いわゆる

ミニマリストという考え方。

人間の欲望なんて

キリがないから。


満足することなんて

ないから。


ほどほどにしよう。

 

足ることを知ろう。


豊かになった

その先にたどり着いた、
ちょっと

達観した考えかた。

確かに

そのとおりですよね。


たくさんあれば

いいってもんじゃない。


食べる量には

限界があるし。


食べ過ぎたら

病気になるし。

着るものも、

住む家も、
車も、

家具も、

ほどほどでいい。


ものが多いと

部屋が狭くなるし。


片付けるのも

大変だし。


そもそも

使わないし。

当たり前と言えば、
当たり前なんですけど。


増やすという行為には

限界があります。


食料も、

衣類も、

家具も、
自動車も、

家も、

家電も、
増やせばいいってものじゃない。

そもそも

人間ですよ。


人間は

増え続けるのでしょうか。


いやあ、

そんなことは

絶対無理です。


人間の数にだって

必ず限界がくる。


もう

そこまで

きているかも

しれません。

人間の数にも、

人間の欲望にも、
必ず限界はあります。

 

なくちゃいけない。


でないと

破裂しちゃいます。


破裂するのは

地球なのか。


それとも

人間社会なのか。

分かりませんけど。


でも

必ずどこかが

パンクする。


それだけは

確かです。


だから

どこかで

ストップするのです。


人間の数も。

 

人間の欲望も。

そうなったら、
経済だって

限界がきます。


考えてみたら

不思議な話ですよね。


毎年

成長し続けなくちゃいけないなんて。


そんな

不自然なことが

ありましょうか。

会社は

売り上げと利益を、
伸ばし続けなくてはいけない。


国家は

GDPと人口を、
増やし続けなくてはならない。


そんなこと

誰が決めたんですか。

 

なんて、

今日は

ボヤキ親父でした。

 

 

 

 

今日は急に寒くなりましたね。これが平年並みでしょうか・・・

昨晩のサッカー代表戦、負けられない戦い、観ましたよ・・・

物足りない部分や、メンバー選考などなど、言いたいことは沢山ありますが、

勝って良かった。(^^)/

 

 

 

さて・・・


壁に向かって

ボールを投げる。


ぶつかるまでは

真っすぐ進むけど

ぶつかったら反対方向に進む。


当たり前の話です。

もう

これいじょう進めないよという

限界まで来たとき、
そこには

大きな壁があります。


壁は

ハードルでは

ありません。

気合や

根性や

アイデアで

跳び越えることは

できない。


だって・・・

 

それは

壁だから。


壁にぶつかると

方向転換します。


なぜかというと

もう先には

進めないからです。

当たり前のことなのに

人は

その事実を忘れてしまいます。


ずっと

進み続けられるんじゃないかと

勘違いしてしまう。


壁にぶつかると

必ずUターンします。


真逆の価値観、

真逆のルールで進み始めます。


その時

はたと気づくのです。

 

そりゃそうだと。

https://www.proud-dnet.co.jp/

 

さてさて・・・

モノが

たくさんある。


必要以上に

あふれている。


そういう生活に

疑問を抱く人が、
だんだん

増えてきました。

必要なだけ、あればいい。


ほどほどで

いいんじゃないの。


最低限、あればいいよ。


北欧では

もはや

それが主流です。


いわゆる

ミニマリストという考え方。

人間の欲望なんて

キリがないから。


満足することなんて

ないから。


ほどほどにしよう。

 

足ることを知ろう。


豊かになった

その先にたどり着いた、
ちょっと

達観した考えかた。

確かに

そのとおりですよね。


たくさんあれば

いいってもんじゃない。


食べる量には

限界があるし。


食べ過ぎたら

病気になるし。

着るものも、

住む家も、
車も、

家具も、

ほどほどでいい。


ものが多いと

部屋が狭くなるし。


片付けるのも

大変だし。


そもそも

使わないし。

当たり前と言えば、
当たり前なんですけど。


増やすという行為には

限界があります。


食料も、

衣類も、

家具も、
自動車も、

家も、

家電も、
増やせばいいってものじゃない。

そもそも

人間ですよ。


人間は

増え続けるのでしょうか。


いやあ、

そんなことは

絶対無理です。


人間の数にだって

必ず限界がくる。


もう

そこまで

きているかも

しれません。

人間の数にも、

人間の欲望にも、
必ず限界はあります。

 

なくちゃいけない。


でないと

破裂しちゃいます。


破裂するのは

地球なのか。


それとも

人間社会なのか。

分かりませんけど。


でも

必ずどこかが

パンクする。


それだけは

確かです。


だから

どこかで

ストップするのです。


人間の数も。

 

人間の欲望も。

そうなったら、
経済だって

限界がきます。


考えてみたら

不思議な話ですよね。


毎年

成長し続けなくちゃいけないなんて。


そんな

不自然なことが

ありましょうか。

会社は

売り上げと利益を、
伸ばし続けなくてはいけない。


国家は

GDPと人口を、
増やし続けなくてはならない。


そんなこと

誰が決めたんですか。

 

なんて、

今日は

ボヤキ親父でした。

 

 

 

 

10月とは思えない日が続いていますね・・・気候変動、トレンドワードですね。

そういえば、地震も怖いですね。足立区在住ですが、震度5+ほどには感じませんでした。

ところが、舎人ライナーが脱線。秋葉原界隈でもエレベータが動かないとか・・・

個々の地盤による差異なのかもしれませんね・・・

 

 

さて・・・


人は

なぜ?人を

管理するのでしょう。


管理しないと

サボるから。


管理しないと

成果をあげられないから。

確かに

一理あるようにも思えます。


でも

本当に仕事ができる人は

放っておいてもやります。


いやむしろ、

放っておいたほうが

大きな成果をあげる。


では

なぜ?そういう人たちまで

管理する必要があるのでしょう。

それは

きっと

管理するのが好きだから。


管理することが

仕事だと思い込んでいるから。


俺がいなきゃ

コイツらはサボるに違いない。


そう思っている人が、

たぶんいちばんサボっている人なんでしょうね。

 

あるあるですね。

 

 

さてさて・・・

一時流行った

採用あるある。


「あなたは何ができますか?」


「はい。部長ができます」


・・・という、やり取り。


嘘みたいなホントの話です。

そもそも

部長って

何なのでしょう。


その下に

次長があって、
課長があって、

係長があって。


組織って

本当に不思議ですよね。

たとえば

ものづくりの現場なら、
イメージが湧いてきます。


ミスなく、

怪我なく、

サボらなく。


不良品を出さないで

生産性を高める。


そのための

現場管理。

言われたことを

言われた通りに、
しっかりと

やり遂げてもらう。


そのためには

管理をする人が必須です。


では

他の現場は

どうでしょう。


営業や

集客や

商品開発の現場。

言われたことを
言われた通りにやっても、
そんな仕事には価値がないよ。


・・・という時代。

 

そういう仕事。


そこでは

管理職は

何をするのか?

とにかく

成果を出せ!


売れるまで

帰ってくるな!


広告の

費用対効果を上げろ!


売れる商品をつくれ!


・・・と、

叱咤激励する。

一見、

効果があるようにも

見えます。


でも

冷静に考えれば

そんなことない。


叱咤激励されなくても、

成果を出す人は出す。


叱咤激励されても、

成果を出せない人は

出せない。


当たり前の話です。

あなたが

プロ野球のオーナーだとして。


「打て!」と

バッターに指示する。


「抑えろ!」と

ピッチャーに指示する。


そんな監督や

コーチを雇いますか。


それで

結果がだせるなら

誰も苦労はしません。

本人は

成果を出したい。


でも

どうやったら

成果が出るのか分からない。


言われた通りにやって

成果を出せる世界ではない。


自分自身で

創意工夫するしかない。


それが

プロの世界というものです。

では

そんな世界で

管理職は何をする?


成果が出ない人に

キツく詰め寄るのか。


成果を出した人を

賞賛するのか。


そんなことをしても

成果は変わりません。


それは

組織での

単なる自己アピール。

必要な仕事に見えるけど、
どうやら結果には

関係ないようだ。


その事実が

とうとう露呈してしまいました。


管理職しかできない人は、

この先どうするか。


そろそろ

真剣に考えた方がいいでしょう。

(^^)/



 

 

 

 

暑くなったり、涼しくなったり・・・地域によっても初冠雪とか、連続真夏日7日とか・・・

最早、四季折々の・・・などというフレーズが虚しい感じがします。二季ですかね。

衆院選が近づいてきました。日本の政治に閉塞感を抱いているのは、

私だけではないでしょう。皆さん、選挙に行きましょう!!!!!

IT担当者不在の会社向け、代行業務&ヘルプデスク

 

さて・・・


生徒会長とか・・・

 

社長とか・・・

 

総理大臣とか。


リーダーといえば、

みんなのリーダー。

集団の利益を最大化するため、

個々が犠牲になることもある。


全体最適の時代には・・・


みんなを

納得させ

引っ張っていく

強いリーダーが必要でした。


そして今、

私たちは

新たな時代へと進みつつあります。

全体最適と

個人最適の

バランスを重視する時代。


そこでは

新たなリーダーが

必要になってきます。

それは

みんなのリーダーではなく

私のリーダー。


私の人生を決める

自分自身の強いリーダーシップ。


 

 

さてさて・・・


会社の在り方、存在目的。


それが

二極化するのではないか。


・・・というのが、

アフターコロナにおける
私の未来予想です。

まず

雇用体制。


従来通りの雇う経営と、
私がイメージする雇わない経営。


つまり

正社員チームと、
外注・業務委託チームへの二極化。

次に

組織の目的。


会社の利益を最大化するか、
参加者の利益を最大化するか。


前者は

株主と経営者がリスクを背負い、
後者は

参加者全てがリスクを背負う。

3つ目は

事業構造。


大きな固定費と、

小さな固定費。


徹底的な管理と、

プロへの信頼。


顕在マーケットと、

潜在マーケット。


・・・という、二極化が起こる。

そして

人材の二極化。


言われたことだけをやって、
決められた固定給をもらいたい人。


自らスペシャリティーを高めて、
それに見合った

報酬を稼ぎたい人。

会社が二極化し・・・


それによって

働き方も二極化し・・・


すべての人材が

二極化していく。


・・・というのが

私の予想というか、淡い願いです。

商流という意味でも、
二極化は

加速するでしょう。


ひとつは

これまでメインであった、
大企業→中堅→中小という、
上から仕事が流れてくる大きな商流。

もうひとつは

現場から生まれる
小さな無数の商流。


新たな価値を生み出し、
それが

商品やサービスとなり、
欲しい人が集まってくる。

上から流れてくる仕事と、
現場で生み出される仕事。


このどちらを選択するかで、
企業の未来は

大きく変わります。

大企業には

選択の余地はありません。


決断すべきは

小さな会社。


その経営者

およびそこで働く人。


新たなビジネスモデルには、
新たな会社のカタチが必要なのです。

雇わない経営。


管理も、監視も、しない。


プロへの信頼。


小さな管理部門・最小の固定費。


参加者全員のリスク分担。


まだ見ぬ価値の創造。


それが

私が妄想する・・・

 

新しい会社のカタチ。

 

 

台風一過の晴天から、暑い日が続いています。朝晩は過ごしやすくなりましたけど・・・

緊急事態宣言も明けて、心なしかコロナ禍の報道も控えめになったような・・・しかし・・・

まあ・・・何で減ったんでしょうね・・・ワクチンの接種以外に減る要素が思いつきません。

とはいえ、呑みにケーション復活や、ささやかな日常に感謝感謝です(^^)/


 

 

さて・・・
 

 

どこから、

どこまでが、命なのか。


みなさんは

考えたことがありますか?

受精する前の卵は

命ではないのか。


受精した瞬間に

命が芽生えるのか。


それとも

細胞が分裂して

だんだん命が芽生えていくのか。


私は

思うんですよ。


肉体と

命は

全く別のものではないかって。

たとえば

IP細胞を培養して
心臓や

脳や

手や

足や、
何から何まで

再生したとする。


体が

ぜんぶそろったとき、

そいつは動き出すと思いますか?

そいつに

人格は

芽生えると思いますか?


私は

絶対

芽生えないと

思うんですよね。


だって

その体には

命がないから。


命って

何なのでしょうね。

 

 

さてさて・・


あと何年

生きられるのか・・・


そんなことは

誰にも

分かりません。


病気に

なるかもしれないし、
事故に

合うかもしれないし、
事件に

巻き込まれるかもしれない。

もちろん

一番確率が高いのは、
加齢による死でしょう。


高齢化によって

病気になる。


それは

老衰の一種なのだと、
私は考えています。

とにかく

人は死ぬのです。


100%間違いなく。


・・・にも関わらず、
死について考える人は

少ないです。


それは

どうしてなのでしょう。

あと何年

生きられるかな。


死について

考えないといけないな。


60歳まで

生きられないとして。


65歳まで

生きられないとして。


70歳まで

生きられないとして。

こういう話をすると・・・


必ず

周りの人は否定します。


まだ

早いですよと。


そんなことを言う人に限って、
長生きするんですよと。

もし

長生きできたら。


それはそれで

いいと思います。


だけど

それは死について
考えない理由にはならない。


そう

思うわけです。

日本人男性の平均寿命が

何歳だとか。


ちゃんと

人間ドックに行ってるのかとか。


そんな

話をしているのでは

ありません。


私は

ちゃんと死に向き合って

生きたいだけ。


それは

生に向き合うことと

同義だから。

1年先だろうが・・・


30年先だろうが・・・


同じ

じゃあないですか。


だって・・・

 

必ず

死ぬんですから。


なんで

直前まで

考えないんですかね。


私には

それが

理解できません。

あと3年で

死ぬとしたら。


あと5年で

死ぬとしたら。


あと10年で

死ぬとしたら。


私は

本当に

今日これをやるのか。


そういうことを

しっかり考えたい。

しっかりと

死に向き合って生きる。


それが

真面目に生きるってこと。


私は

そう

思うんですけどねぇ。

私は

嫌な仕事はしません。


嫌な人とも

つき合いません。


楽しいことをやる。


やりたいと

思うことをやる。


なぜなら

私は

真面目だからです。

 


 

シルバーウィークも終わり、今期も残すところ下半期となります。

コロナ禍・台風・大雨・オリパラ・・・2020~2021は良くも悪くも、盛り沢山。

2022に向かって、様々な制限が解除・緩和されるようですが・・・

誰も本当のところは解っていません。より良い明日のために・・・

頑張って行きましょう(^^)/


 

 

さて・・・


動物も

人間も

左右対象に見えます。


鼻は

顔の真ん中についているし、
目や耳や腕は

左右対称についている。


ちなみに

フクロウの耳は

左右非対称なのですが、
すごく不思議な気がします。

でも・・・

 

それは

音をより正確に聞くためなのです。


考えてみれば・・・

 

心臓は

真ん中にはないし、
脳みそは

左右で役割がまったく違います。


つまり

人間も

ほかの動物も

左右対称ではないということ。

機能を優先すると

生き物は

非対称になるのです。


現代建築は

機能に優れているはずなのに、
そこに

機能美を感じません。


それは

魂のある生きた建築には

見えないからでしょうか・・・


https://www.proud-dnet.co.jp/

 

さてさて・・

テレビを代表とする

既存の広告は、
ざっくり言えば

イメージ戦略です。


タレントがもつイメージや

知名度。


それを

利用する広告戦略。

故に

タレントの生命線は

イメージです。


スキャンダルは

彼らの命取りになります。

清楚をウリにしているタレントの

不倫とか。


優しさをウリにしているタレントの

暴力とか。


笑いをウリにしているタレントの

脱税とか。


それは

商品価値の失墜を

意味するのです。

清楚な女優が宣伝するから、
その化粧品には

清楚なイメージが付加される。


家庭円満のタレントが宣伝するから、
その洗剤には

幸せな家庭のイメージが付加される。

消費者は

イメージを買っているのであり、
企業は

イメージに乗せた商品を売っている。


だから

タレントは必死になって

自分のイメージを守り、
そのイメージに

企業は高い使用料を払うのです。

大企業や

大手広告代理店は、
この戦略によって

大きな成功を収めてきました。


ゆえに

この戦略を信用しきっています。


何よりも

イメージが大事なのだと。


でも・・・

 

それは

ネット世界では

通用しないのです。

ネットでも

テレビでも、
大事なのは視聴率です。


たくさん

見られている番組。


その

広告効果は高い。


だから

企業は

視聴率の高い番組に、
広告を出します。

決して

間違いではありません。


でも

正解でもありません。


なぜなら・・・

 

ネットでは、
広告は

完全にスルーされてしまうからです。

再生数の多い動画に

広告を挟む。


イメージのいいタレントを使って、
イメージのいい広告を流す。


いわば

テレビと同じ手法。


ここを

考え直す必要があります。

テレビの視聴者は、
タレントのイメージを買っています。


でも

ネットの視聴者は、
イメージではなく信頼で動きます。

この人の発信は

信頼できるのか。


そこが

最も重要なポイントなのです。

テレビタレントは

美味しいと言う。


ネットのインフルエンサーは

不味いと言う。


テレビタレントは

楽しいと言う。


ネットのインフルエンサーは

つまらないと言う。

ユーザーが

どちらを信用するかは明白です。


だからこそ

味に自信のある寿司店は、
タレントを使ったイメージ広告ではなく、
本気の仕込み動画を流しているのです。

 

私達は

どのように変わっていきましょうか・・・