https://upload.wikimedia.org/wikipedia/commons/5/5c/Burma_Regions_Map.png
Burmesedays, amendments by Globe-trotter and Joelf, CC BY-SA 3.0 <https://creativecommons.org/licenses/by-sa/3.0>, via Wikimedia Commons
ミャンマーの地図。水色のエリアの上側に「Lashio」の表示が見えます。ここから「Hsipaw」「Pyin U Lwin」「Mandalay」に至るルートが、本記事の後半で説明する今般の紛争の「主正面」の一つです。
少し気が早いですが、2024年も終わり。このブログではミャンマーのクーデター後の情勢についてはずっとウォッチしていますが、今年は2023年後半に発動された少数民族と民主派による大規模な反攻作戦「1027作戦」により、国軍が後退を続けた一年でした。紛争は幅広い地域に及んでいますが、特に主正面とされる北部~中部では、同国中部に位置する第2の都市マンダレーの近辺まで国軍が後退する等、少数民族・民主派側の成果が際立っています。また、西部でも大きな地域が国軍の支配下を離れているようです。
一方、今年の後半になるにつれて目立っているのが中国の介入です。中国はミャンマー国内のいくつかの少数民族と深いつながりを持っており、当初、少数民族による開戦を黙認したものと見られています。しかし、中国は同時に地域の安定の観点からは国軍が存続することが望ましいとも考えているとされており、その後は今般の紛争を抑制すべく積極的な介入を行っています。その結果、足元の状況は不確実ですが、殊に上述のマンダレー近辺では、少数民族側が民主派との共闘停止を宣言する等、紛争拡大が抑止される動きが見られているようです。
本記事ではこうした、今年の紛争の経緯をまとめておくことにしました。最初に紛争に影響を及ぼす国内外の諸要因を見た後で、主正面とされる北部~中部の状況について少し細かくフォローしてみました。
なお、上述の「1027作戦」に至る経緯も含め、ミャンマーのクーデターのこれまでの経緯等については本ブログの過去記事も是非ご覧ください。
紛争に影響を及ぼす国内外の要因
「1027作戦」発動に至る国内外の背景については、過去記事で詳しくまとめています。具体的には、国際的にはミャンマー国軍な孤立から生じる「力の空白」の発生、ミャンマー国内では従来、民主派と距離を置いていた少数民族が民主派と共闘を開始したことによるパワーバランスのシフト、さらには地政学的な動機(所謂「マラッカ・ジレンマ」の解消等)等からミャンマーに強い進出動機を持つ中国による影響力強化の企図、を取り上げました。
こうした枠組みは、概ね今年も継続していたように見えます。「1027作戦」の発動から今年にかけての国際的・ミャンマー国内的な動向と、この紛争に大きな影響を及ぼしている中国の動向は以下の通りです。

今年の紛争激化に関わる背景について報道等を見ながらノートを取ってみました。青字は概ね今年に入ってからの動きです。
防衛研究所によるミャンマーの紛争と中国による関与の分析記事です。
国際要因-「力の空白」の発生:今般の紛争の背景となった国際的な要因としては、国軍の孤立とそれよるミャンマー周辺における「力の空白」の発生が挙げられます。実際、1027作戦が発動し早くから中国による関与が報道されたにもかかわらず、国際社会の反応は極めて鈍いものでした。
「1027作戦」発動前の国軍の外交面での戦略は、ASEANによる調停の拒否とロシアとの接近でした。ロシアとの接近には、中国への依存やASEANとの関係が疎遠になっていくことへのヘッジの意図があったものと言われています。しかしロシアの支援は政治(軍事)・経済両面で十分ではなく、国軍は国内での民主派との戦闘で消耗し、経済面でも西側諸国が制裁を強める中で停滞を打破することはできませんでした。そうしたことが、紛争の黙認と介入を通じ中国がミャンマーで影響力を強める背景となっています。
ミャンマーを巡る国際的なこうした環境は、昨年から大きく変わっていないように見えます。変化があるとすれば、ASEANの要求を受け入れる形で、国軍が「非政治的な」代表をASEANの主要会合に送るようになったことです。これにより国軍とASEANの対話が再開され、10月にはミャンマーを巡り関係国が非公式会合を開く等の動きも見られています。足元の紛争の状況への実態的な効果はまだ見られていませんが、来年以降に向けて具体的な動きが注目されます。
ミャンマー国内要因-パワーバランスのシフト:既に述べた通り、「1027作戦」発動の背景としては、ミャンマー国内で従来、民主派と距離を置いていた少数民族が民主派と共闘を開始したことによるパワーバランスのシフトが挙げられます。紛争の構図が定まった2021年末以降、国軍は民主派と比較的、距離を取っていた少数民族とは和平交渉を行い、民主派との分断を図るとともに空いた戦力を民主派掃討に振り向ける戦略を取っていました。しかし、この交渉が民主派と少数民族を引き離す時間稼ぎのため過ぎなかったと見透かされ、またこの間、国軍が民主派との闘争で戦力をかなりすり減らしていたことから、民主派と少数民族が共闘、これによりパワーバランスが民主派・少数民族側に大きくシフトし、国軍の勢力を後退させました。
この民主派と国軍の共闘は今年の大半を通じて続き、国軍の勢力は後退を重ねています。しかし、後に述べる通り中国の影響力行使により、今年9月、「1027作戦」を北部で主導したコーカン族の少数民族軍MNDAAが民主派(国民統一政府NUG)との共闘を拒否することを発表、それ以来、北部~中部戦線では侵攻が抑制される動きが見られるとのことです。他の多くの少数民族は共闘を継続しているものと思いますが、それが来年以降、どこまで維持できるかが紛争の今後の動向を決めるものと思われます。なお国軍も対抗手段として徴兵を実施し失った兵力を補い、またロシア・中国から取得した戦闘機やヘリを用いた空爆により反撃しています。
こうした国内外の状況から、今年を通じて紛争は総じて激化し、国軍は後退を重ねました。しかし9月以降、上述の通り中国の介入により、一部の地域では紛争が抑制される動きが見られています。
北部~中部の紛争の展開
ミャンマーにおける紛争は全土の幅広い地域に渡っています。ここではその中でも「主正面」と目される、北部~中部の紛争の展開を少し細かく追ってみることにします。「1027作戦」を主導したのは、3BHA(Brotherhood Aliance)と呼ばれる3つの少数民族ですが、そのうち2つの民族(先ほどから出てきたコーカン族及びその少数民族軍MNDAA、及びタアン族とその少数民族軍TNLA)はこの正面に立地する民族です。その中でも特にコーカン族は中国系の少数民族(というか民族的には中国人)であり、その少数民族軍MNDAAはミャンマー共産党軍の流れを汲むことから中国との関係が深く、「1027作戦」においても主導的な役割を果たしたとされています。
こうした紛争を見たとき、筆者には一つの先入観と言うか仮説がありました。少数民族は自らの生活に関わるテリトリーを持っており、そうしたテリトリーを超えた利害にはあまり興味がないものとされています。なので今般の紛争においても、各少数民族が各々の望む成果を獲得していけば、それにつれて徐々に戦闘から離脱していくような経過を辿る可能性があるのではないかと考えていました。しかしこの戦線においては、必ずしもそのような経過は辿らず、紛争はさらにエスカレートする様相を見せました。
この方面の戦況について、MNDAAの動きを中心に報道等を見ながらノートを取ってみました。
今年の中頃から後半にかけての紛争の状況と中国の介入についてまとめたレポートです。
さて、MNDAAを始めとした諸勢力は中国も黙認した「1027作戦」発動後、上述の国際犯罪拠点等を攻撃しつつ1月には北部国境沿いにある都市「ラオカイ」を占領しました。これは少数民族・民主派側の初めての都市の占領だったということです。そこで、ラオカイの占領をもって自らのテリトリーを確保したMNDAAは、それ以前から行われていた中国の仲介に応じ国軍との停戦に合意しました。その後は、国境貿易の利権の取り扱い等も含む和平交渉も行われています。
しかしこの停戦合意は数か月程度しか続かず、6月にはMNDAAは国軍への攻撃を再開しました。その背景としては、主に以下のような要因があったものとされています。
- 国軍から同盟軍への襲撃:上記の停戦をもってMNDAAとその同盟軍の分断に成功したと見た国軍は、同盟軍(上述のTNLA)を攻撃しました。それを見たMNDAAは、国軍が同盟軍を破れば次は自分たちへも攻撃を加えてくる(上記の停戦は反故にされる)ものと判断し、戦闘を再開したとのことです。
- 他の少数民族軍の蜂起:紛争は当初「1027作戦」に加わっていなかった勢力にも連鎖し、国軍はそうした勢力への対処にも力を割かなければならなくなりました。そのため、国軍がこの正面に割ける勢力は薄くなっており、今仕掛ければMNDAA側が大きな戦果を挙げられる可能性は高まっていました。
- 国軍の徴兵開始:国軍は4月以降、毎月徴兵を行い、失った兵力を補おうとしていました。攻撃の再開は、こうした徴兵により将来的に国軍の勢力が強化されることを見越したMNDAAが先手を打った側面もあったようです。
総じてMNDAAは、中国の仲介があってすら上述の停戦を信用しておらず、現に自らが望む権益を手中に収めていたにもかかわらず、将来の国軍による反撃を見越して戦略的に先手を打ったというのが実態だったようです(国際政治理論で言う「コミットメント理論」に対応するものと思われます)。
As Resistance Enters Mandalay, is Myanmar’s Second City on Brink of Falling? (irrawaddy.com)
「コミットメント理論」についてはこちらの書籍もご参照ください。ミャンマーのような内戦において、コミットメントの問題は内戦が収束しない一番の要因の挙げられるとのことです。
この戦闘再開は、「1027作戦フェーズ2」と呼ばれ、複数の少数民族や民主派勢力(国民防衛隊PDF)を巻き込む大規模なものとなりました。反軍勢力はその後、8月には北部の都市「ラショー」を制圧。これは、全国に14か所ある国軍の軍管区司令部を始めて反軍勢力が制圧し、数千人単位の国軍兵士が降伏したということで大きなニュースとなりました。その後、9月頃には反軍勢力は、ミャンマー中部に位置する同国第2の大都市マンダレーに迫りました。
こうした(枠内のような)中国の行動と前後して上述の通り、MNDAAは民主派との共闘を拒否することを発表、それによりこの戦線での戦闘はこの記事の作成時点ではかなり抑制されているということです。その後、すでに述べた通りMNDAAは、戦闘を停止し中国による仲介に応じる旨を発表しています。なお、それと前後しTNLAも同様の発表をしています。
今後の見通し
情勢は不安定です。主正面とも目される北部~中部では中国の影響力行使が力を発揮し、戦闘が抑制される動きも見られていますが、他の地域では依然として少数民族の戦闘姿勢は変わっていません(今のところは)。国軍も後退を重ねた自らの勢力を回復すべく、各地で爆撃を繰り返しています。中国も現状の勢力分布を追認しているわけではなく、反軍勢力にラショーを手放すように求める等、さらに反軍戦力の後退を促そうとしているようです。中国以外の勢力による介入・仲介としてASEANの動きには期待できるところもありますが、直接的な影響が及ぶのはまだ先でしょう。
また、上記の紛争の展開でも見られた通り、ある勢力が一旦、停戦に応じたとしても、不安定な状況の中で自らの長期的な利害の確保が見込めないと思えば、紛争を再開せざるを得ない状況があります。今後、北部~中部戦線の一部の勢力と国軍との間で、中国の仲介による交渉が行われる可能性もありますが、これまでの経緯を見る限り、国軍・少数民族の双方に影響力を持つ中国ですら、紛争当事者に停戦を信頼性をもって約束させ、こうした状況を根本的に打開することができるかは不確かです。こうした中で、紛争と混乱は依然として引き続いていくのではないかと思います。






