高麗からコマをたしかめに 〜牛頭天王・天神・そして、ヒボコ? | かんながら

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旅の記録です

 
「大山、ふたたび。」
 
そのままじゃん。
 
しかも、この看板、結構すごいこと書いてある。
 
本物の歴史、本物の自然、本物の文化。
ただ登るだけの山ではない。
いつの時代もこの国の人々と強いつながりを紡いできた大山。
あなたのご先祖様も、この山でとうふに舌鼓を打ち、
こまを土産にしたかもしれません。
 
 
 
本物の歴史。
 
思いがけず知ったのは、茅ヶ崎に連れられて行った事が始まりである(本当の鎌倉は茅ヶ崎にある!? 〜鶴嶺・平塚八幡宮と高来(たかく)神社=高麗(こま)寺)。
そこには、高麗寺があり、高麗若光(こまじゃっこう)という、まるで北の守りの鎮宅(霊符)さんの御神像そっくりの渡来人の像が祀られているようだった。
そして彼と共に渡来した人たちは、武蔵国の「高麗神社」の周りに移住したと書かれていた。
 
鎌倉の鶴岡八幡宮より、茅ヶ崎の鶴峰八幡宮の方がふるかったり、そもそも、源氏は大阪からきた氏族だったということとか、源氏や鎌倉に興味がない私が知らないことだらけで驚いた。
 
大山と茅ヶ崎の位置関係も面白い。
いろんな工夫があって、そこにある。
 
 
本物の文化。
よくわかんないけど、とうふ、って豆腐って書くけど、そもそも、誤訳なんじゃないか、っていうのがやんごとなきお方の意見。
だって、豆が腐ってるわけじゃない、だって。

味噌のことなのかもね。醤油とか。
醤油は味噌からつくるんだよ。
学生の頃同級生に醤油屋さんの子がいて聞いて驚いた(無知)。


 
ほんと、いろいろある、不思議な大山。
さすが、東大寺を開いた良弁(ろうべん)が開いただけある。
良弁は、相模国の人みたいだ。
 
そしてもともと、大山は、雨降山(あふりやま)と言った。
何度もいうけど、もとは白山信仰の山だった(百年祭のしめくくりは、大山阿夫利神社へ 〜新しいいのちの循環へ)、らしい。
 
今思ったけど、明治神宮鎮座100周年祭のシメにいったんだった。大山。
あのときは、何にも知らなかった。
大山みやげの「コマ」の意味すらも。
 
大山街道がなんで明治神宮の裏にあるんだろう、くらいかな。
 
白山と繋がってた。
梅と、牛で。
 
その地に明治神宮を置いたのだった。
 
 
良弁滝。
 
ここから上るのが定番になった。
今回は夏だから、楽勝である。
前回は真冬だったからきつかった。
それでも禊着を着てるわけじゃないから、水を汲みにいったらずぶ濡れ。
 
 
 
 
滝行して山に上るっていうのは、剣山のコリトリも同じ。
歌舞伎や能があるってことは、いろいろ秘密があるってことでもあるみたい。
 
 
ゆりの季節ももう終わり。
 
 
この日は祭のはずだったが、みんなが降りてくるところにすれ違ったから、早朝に終わったんだろう。
それにしても、こんなに人の少ない大山ははじめてである。
 
雪の日にも上ったことあるけど(雪の祝福〜大山阿夫利神社)、あの日だってすごい数の人たちが登りにきてた。
そういえば、わたしの初大山は、雪山だった。
いつものことながら無謀である。よい子は真似しないでね。
 
 
 
なんか、筑波山と大山ダブルハイクキャンペーンだって。
なんか関係あるんだろうか。筑波山。
筑波山も加波山とともに、御用に行った。
まだ、大山との関連は私の中に落ちていない。
 
 
本殿にご挨拶して、いざ出発。
 
 
きたよ、天神様。
梅鉢紋!
ダブル梅鉢紋のさくらさん、そして会津の機織り姫の島巫女さん。
 
 
ちょっと前、亀戸天神が気になったんだけど、やっぱりな。
亀戸天神(亀戸天神の招き 〜日本武尊と平将門、そしてクマ)はここと繋がっていた。
そして、そこにある、気になる「香取神社」。
 
 
上がらせていただきます。
祭りを終えて帰る人の一団にあった以外、誰ともあってない。
今日は変。
完璧に人はらいされてる。雨でもないのに。
すごい祝福。
 
白山神社の看板
大山修験(山伏)は、山中で行う修行の中で、白山神社を拝するのが一過程であった。
当社は加賀の国白山神社と関係深く、大山開山(752年)前に建立されたと言われる。
 
「阿夫利大神」の碑。
 
 
ひたすら上る。
途中こんなとことか、
 
 
こんなところも。
 
 
 
この間夢にでてきた熊野の川合神社にあった、杉の枝に移して、っていうことば、
 
「梅の小枝(白い繭(まゆ)からでたものは 〜ついに本丸へ!?大阪への旅)」、もそういうことなのかな。




牡丹(ぼたん)石。
丸いからかな。


うん?!
そういえば、白山の奥宮には丸い石が祀られてるって聞いたことが。

なんとも言えぬ共通点。
 
 
結局二人組の男性に追い越された以外誰にも会わずに奥宮に到着。
 
帰りは見晴台ルート。
 
一度は通った道の方が安全。
雪山で上ったとき、あまりの軽装(といっても山伏と同じくらい)に驚かれて、
遠回りでも、道がいいからそっちをいくように、って教わった道である。
 
 
お!鷹かな。
「成った」ってしるしにに満ちたそれ。
 
 
そういえば、台風くるって言ってたな。
山で、伊勢平氏おじさんが。
でも大丈夫そう。
 
 
二重社。
なんか、このあたりには呪いの藁人形の伝説があるみたい。
鞍馬の貴船神社もそうだけど、どうして美しい山と川のあるところ、竜神様のすまう場所に五寸釘をうちにくるのかな。
 
罔象(みずはのめ)さまは、そういう神様じゃないと思うけど。
ま、みんなの罪穢れ、一切引き受けてきたトイレの神様かもしれませんが。


 
ええ、もうそういうお役は終わりました。
わたし、それお伝えに来ました?

 
 
もう誰かの罪穢れは引き受けなくていいんです。

良かれと思って耐え忍んできた、女神たちの慈しみを踏みにじるような事態が残念ながら起きている。
 
繰り広げられる理不尽にノーをいうことが、このひどい世の中を変えていくんだって思う。
自分で出した穢れは、自分でケリをつける。

現代の瀬織津姫たちは、もう犠牲をやめた、そう確信してる。


彼女たちに自動的に流していたそれらは、出された場所に戻っていくであろう。
 
 
いつも通り滝に行こうと思ったら、なんとみーさん(蛇)に遭遇。
赤茶けたそれ。
 
伊勢神宮で見たのと同じやつ。
蛇みかけたときのことは書いてないけど、この日(真名井の縁の伊勢神宮〜橿原神宮〜罔象の女神〜大神神社に続く旅まとめ【その1】)、なにわの審神者(さにわ)と磐座めぐりしていたら、蛇に遭遇したんだった(伊勢から代々木八幡宮へ 〜東京で待っていたものは)。
 
やっぱり、わたしの街のマリア様が踏んづけて封印していた蛇は動き始めたみたいだ(意思のチカラの使い方 〜ネガティブと、どうつきあうか)。
 
それにしても最近蛇との遭遇多すぎる。
金運上がる、っていってくれた人もいるから、そう思いたい。
運はいつもとてもいい。お金は貯める気がないからたまらないだけ。

ということで、見学のみ。
 
 
光が強まってきた。
 
 
女坂を下って大山寺。
 
 
春日局はやっぱり関係しているみたい。
家光を将軍にした、って言われている春日局。
すごい力があった。でもやっぱりみんな「自分の子に」ってなっちゃうのかな。
でも何かが違う気がする。
 
 
 
 
 
 
お茶事と関係があるのかも。
この存在を知った場所がそこだから。
 
 
 
 
竜神様のところにいくと、とにかく光がすごい。
 
売店はほぼ休業状態。
そりゃそうだよね。だって、わたし全行程でみかけたの3人だけだもん。
 
おかげで夕方にもお豆腐のこってて、「一番おいしい」って言われてるお豆腐屋さんで豆腐を購入して帰宅。
 
 
しかし、脚ガクガク。
上った階数161階。



 
雪の時よりキツかったのは、このまま東京に戻れなくても暮らしていける、パソコン、電話、最低限の着替えなどを持参してたから。
やっぱり荷物重いと膝にくる。
鍛え方たりない。
 
 
直会は、山頭火の醤油ラーメン(少なめ)。
ノンアルで。
 
だんだんお酒欲しくなくなってきちゃったな。
ラーメンご馳走になりながら、ニュースを聞いたら、東京都の感染者数3000人?
 
あー予想通りじゃん。
パンデミックでパニックになったところで、パラ中止にでもして、よくやったね、ってところかな。
 
 
きっと伊勢平氏おじさん、「また、いつもの、もう会わない」を言ってくるだろうな。
 
 
朝、伊勢平氏おじさんとすれ違ったら、案の定、
「大変なことになったから、しばらく会えない。落ち着いたら連絡しますから。」
って言ってきた。
 
 
「落ち着く?!なにが?コロナ?気持ち?」
 
「ぎゃーぎゃーいうのはやめてくれないかな」
「そんな簡単に、落ち着くわけないじゃないですか」
 
「8月の下旬か9月になったら落ち着くだろ」
 
 
それまで「保留」でひっぱるつもりなのか。
わたしの人生に「保留」って文字はないのだよ。
 
 
1ヶ月もあったら、どれくらい旅できると思ってるんだ。
しかも、そこで終わる保証はどこにもない。
とにかく、緊急(非常)事態だ。
みなの心の中が。
 
「ワクチンなんでやめたの」
「おじさんは、危険になったら逃げるんでしょ。ワクチンは有効性も副反応も未知ですし、わたしはコロナを特別に怖がっていませんので」
 
「でも、おじさんの心の平安のためになるなら打ちましょうか」
「ああ」
 
「とにかくこちらから連絡するから」
 
「・・・。」
 
ワクチン。
アホらしいな。
 
でももうそろそろこの茶番劇も幕引きだろう。
今までにない動き(といっても昨年はひっそりと行われてきた)も表立って出てきた。
 
 
たぶん、ワクチンは、打ちたい人だけ打ったころに(騒動が)収束する。
無理に打つ必要はないと思う。
ちょうどそれくらいの数しか調達できてないというこの日本政府の読みの的確さ。
 
 
でも、もうこんな騒動まっぴら。
わたしはワクチンを闇雲に恐れているわけではないのだ。
人間死ぬ時は死ぬ。コロナでもワクチンでも、事故でも他の病気でも。
 
 
「人が死ぬ理由はたったひとつ、寿命である」
 
っていうのがわたしの考え。
 
 
 
 
はじめてワクチンクーポンの封をひらいた。
予約サイトからその場で予約。
 
当然しばらく予約はできなさそうだった。
最短の3週間後くらいを予約して、なにげなく、もう一度日程変更を検索したら、翌日に1枠空いていた。
 
 
あ、これは徴(しるし)。
 
 
ワクチン騒動の幕引きの役割を引き受けるとするか。
どんな毒(例えば伊勢平氏おじさん)でも飲み込んでしまえる「美志摩かな」が。
 
 
「明日奇跡的に1枠あいたので予約しました」
 
って伊勢平氏おじさんに告げたら、いまさら
 
「わたしのためだったらしなくていいですから」っていう。
 
 
「あなたのためではありませんが、あなたとの関係のために接種しますので、
くれぐれも、やっぱりワクチンを打ったから会わない、などと言わないようにしてくださいね」
 
 
用があって、区役所に。
そのあと、街をあるいていたら、しろくまさんとの最初の出会いのビルに。
 
ここで100人くらいの聴衆の前で○谷明宏さんに立たされて怒鳴られたのが、しろくまさんとの最初の出会い。
2007年7月7日。
 
 
 
ワクチン反対運動を繰り広げているヨギの治療師には黙っていようと思ったが、
彼のみたては信頼しているのでやっぱり言っておくことにした。
 
絶交中だが、気にかけて差し入れ持って駆けつけてくれた。
 
 
 
「伊勢平氏おじさんと今この場で別れるって決めればワクチン打たなくていいじゃない」
 
と至極真っ当なアドバイスとお守りの差し入れをくれた。
 
 
でもね、わたし、伊勢平氏おじさんがいなかったら、あのまま死んでたと思う。
くまさんがいなくなってからのわたしは、この世にいなかった。
美志摩かなは怖い、とか言われるけど、とりあえず必死で旅しながら生きていられるのは、おじさんのおかげだった、と思う。
 
愛憎は、同じものなんだろうなって思う。
 
 
伊勢平氏おじさんと一緒に飲んだことのあるヨギの治療師は、
「なんでおじさんとつきあってるの」と聞いた。
 
「うーーーん。修行!」
 
それが、的確かな。
白山のサルタヒコには、「それは恋だよ」って言われたけど。
 
 
 
 
もうワクチン反対運動とか、マスク警察とか、庶民が敵対する時期は終わる。
自分の納得するあり方を選べば、自然に調和するように、なると、思う。
 
 
それぞれが、地球を回す。
 
 
なにか、ひとつの正しい解にみんなで突き進み、従う時代は終わった。
わたしたちが地球というコマをそれぞれの力で精一杯回したとき、定まった地軸の先が、新しい北極星になるんじゃないのかな。
 
 
 
接種当日。
何ヶ月ぶりかで天使仲間がランチに誘ってくれた。
 
「今日なにかあるんですか?」
「ワクチン」
 
「旅の自由が制限されるのは嫌ですよね」と笑い、
彼女もずいぶん前に、来月中旬の予約をした、と言っていた。
昨日わたしが予約できたというと驚いていたが。
 
 
 
無事1回目のワクチン接種を終えて、歩いていたら、役員をしている会の会長とばったり。
「検査の数値がよくなって」
って言っていた。
飲み会が少なくなって、健康的になった、とみんないう。
 
 
伊勢平氏おじさんから帰り道に電話がきたが、
 
わたしの体調を労う第一声の「大丈夫?」の他は、
 
「東京がパンデミックになったので、ロックダウンするしかない」って話だった。
「でもいまオリンピックやってるんですよ?」
ロックダウンなんかしてどうなるのだ。
 
 
わたしの周りでまだ誰一人としてコロナで入院した人はいないのだ。
まあ、わたしは交友関係が少ないけど、それでもゼロなのだ。
他の病気で亡くなった人はいたけれど。
 
 
ここまで実感のない病ってはじめてだ。
なのに、ロックダウン?
させちゃダメでしょ!!
 
 
恐れから投げかけたものは、恐れしか生み出さないって気づかないんだろうか。
 
わたしたちがこれ以上管理されないためには、前向きな気持ちが大事なんじゃないのかな。
わたしたちは、必ずこの分離意識によってうみだされた悪夢を克服できると思う。
 
 
 
新しいフェーズに入った。
わたしたちの、意識が生み出す、新しい世界は。