なにわの審神者が「ヤマトタケルがきてる」と言っている。
彼の周りに「ヤマトタケルが」と話題にしている人が多いということである。
わたしは正直にいってヤマトタケルは好きではなかった。
神話を素直に読んだならば、普通好きにならないと思う。
兄を殺害して死体遺棄→「乱暴者(怪力)で力加減をしらない」
熊襲と戦ったときには女装して油断させて殺害→「卑怯」
倭姫命に父から愛されないと愚痴り(このとき草薙の剣をもらう)、
弟橘姫が人柱になって難を逃してくれて、嘆き悲しんでいたのにすぐミヤヅヒメと再婚してしかも月の障りの日(生理の日は神様と交わる日なので人の子は遠慮することになっている)に、という切り替えのはやさ、
そして新しい妻の元に大事な草薙の剣をおいたまま、伊吹山に出かけ、神様の怒りに触れて亡くなってしまう(うかつ)、
などなど。
決して素敵な人間として描かれてなどいないではないか。
なのに、わたしたちがなんとなく出かけた山奥の神社などで
「ヤマトタケルを訪ねて全国を旅をしている」
という人にたくさん出会った(特に女子)。
そのたびに、なんでだろう??
と謎だった。
(熱海市鎮座 関八洲総鎮護伊豆山神社)
でも、もしヤマトタケルが(穴師坐兵主神社の纒向・日代宮跡の看板に書かれているように)、
「日本の国の真の歴史ならびに天成(あまなり)の道を子々孫々にのこすべし」
と遺言し、景行天皇がオオタタネコに命じて編纂させたのがホツマツタヱとするならば、見え方は変わってくる。
(玉城山古墳の前にある纒向・日代宮跡の看板)
彼は「真の歴史」の存在を知っていた。
つまり、「偽の歴史」があり、遺すべしと言ったのだとしたら (遺さないと)遺らないと知っていた、ということである。
そして、「日本の国の真の歴史並びに天成(あまなり)の道(宗教・政治の理念)」の目撃者だったということであろう。
ならば、彼の西征・東征における熊襲との戦いもなんとなくみえてくる。
最初の兄を殺害、というところは、おそらくまっすぐな、曲がったこと(道理の通らないこと)が大嫌いな性格だったのであろうということはなんとなく想像がつくが、
なぜ手足をもいで(一部の伝説にはおちんちんを握りつぶしたとも)殺害して、しかも菰に巻いて捨てるということになるのか、そこの部分が何を意味しているのか想像がつかない。
弟橘姫も、「天成の道」のため、人身御供となったのであろうし(わたしは弟橘姫は、海の神様を鎮めるのに海に身を投げたのではなく、海を支配していたはずの海人族との和平のために嫁にさしだされたとなんとなく思っている)、
同じように、地方の豪族も、「天成の道」のため、彼のいうことに従うことに決めたのであろう。
そして、女装をして油断をさせて、というくだりは、わたしは彼は女性的な心の持ち主だったのだと思う。
だから、武力によって服従させようとしたのではなく、話し合いによって、みんなによいようにと説得できたのだろう。
境域の守護神らしき夢(リアルすぎる夢)でみたように、わたしがなぜか「神様!!」と叫んだときに、現れたバーラサイババも、男の姿をしていたが、バーラ・トリプラスンダリという女神の化身であった。
ババは、生前「今の時代のインドでは、男性の姿をしていないと、人々が素直に言葉を聞いてくれないので、男性の姿をして生まれてきた」と言っていた。
バーラ・トリプラスンダリは、
ブラフマー神、ヴィシュヌ神、シヴァ神'を創った最古の女神である。
ヤマトタケルも、そうだったのかもしれぬ。
父の景行天皇は、たぶん怖かったのであろう。まっすぐで融通のきかないヤマトタケルが。
だからそばにおいておきたくなかったのであろう。
政治というものを想像するに、どうも「まっすぐ」にはいかないことのようであるから。
わたしも会社員時代、仕えていた社長に
「怖いから下がりなさい!!」
ってよく言われたからわかる。
「曲がったことが嫌い」という人間は、まるっと生きている普通の人には怖いのだ。
わたしは、クビになったことはなかったが、自分が道理の通らないと考えていることをしている会社から給料をもらうことは、自分もそれに加担することになるので、自分から辞めた。
しかし、世の中の人は、「忖度」するものなのだ。
自分の生活のために。そして自分の家族のために。
そしてそれが悪いわけでもない。そうしないとおトクに渡っていけないのがこの世である。
わたしが今までなんどもそういう場面に遭遇しながら、自分にとっての筋を通しながらも生きてこれたのは、なにか大きなものに護られてきたからとしか思えない。
でも、わたしにしてみれば、宇宙の道理に従っているのだから、宇宙の道理に叶うと信じている。
宇宙がわたしを生かさないというのであれば、それに従う覚悟もできている。
だから結婚回数も多いが転職回数も多い。でもすべてはうまくいっている。
景行天皇は、ヤマトタケルに「天成の道」の大義名分を示したものの、政治にはつきものの「あいまいな部分」を見抜かれて、
「自分も(ヤマトタケルの兄のように)手足をもがれて殺されたらどうしよう」と内心は震え上がっていたかもしれぬ。
ヤマトタケルは、全国津々浦々、旅をしながら、その土地の人たちと交流し、話し合って「天成の道」を共に歩もうと説得して回ったのであろう。
そして従うことに決めた豪族たちの歴史をちゃんと伝えることを約束したのだとかんじる。
「天成の道」のために。
なぜそう思うのかといえば、全国津々浦々、わたしたちが旅をしてきて、遺跡も、神社も、そして人も、その土地に何百年も根を下ろす古木でさえも、
「自分たちの歴史を知ってほしい」
という強い願いを持っていたから。
土地の名前に、祭りに、伝承に、その土地でかつて生きていた人たち、今生きている人たち、そして未来に生きる人たちへの思い、願い、本当の歴史が詰まっているメッセージが込められていた。
(レッドウッド国立公園の巨木)
ヤマトタケルは、伊吹山の白いイノシシ(もしくは白蛇)に剣がないせいで勝てない。
琵琶湖畔のイブキといえばイブキドヌシの神だと思われる。
尾張のミヤヅヒメのところに草薙の剣を置いてきたというのも、なんだか意味深である。
ミヤヅといえば、宮津。元伊勢籠神社のお膝元。ということは、製鉄集団ニギハヤヒとの関わりがあったであろうから。
そして、痛手を負ったヤマトタケルは、三重の能煩野(のぼの)で亡くなる。
大和(やまと)は 国のまほろば たたなづく 青垣(あおがき) 山隠(やまごも)れる 大和しうるはし
と故郷を懐かしんで詠んだ歌は有名である。
しかし、ヤマトタケルは、結局そんな大好きな奈良に帰らず、白鳥になって大阪に飛んでいったのだ(大鳥神社)。
景行天皇は、すべてお分かりのはずである。
以前の記事(海行かば)でも書いたが、だからこそ、三輪山の神の子孫のオオタタネコに、三輪山の神(オオモノヌシ)を祀るようにと申しつけたのであろう。
そしてヤマトタケルを恐れる気持ちがあるから(まっすぐなヤマトタケルからしたら納得できないことがあったはずである)、遺言を聞いて「ホツマツタヱ」の編纂を命じたのである。
(五十谷の大杉@白山麓)
「今さら過去のこと考えても仕方がない、みんなで弥栄する」ってなにわの審神者はいうけど、わたしは「それは無理やろ」って心のどこかで思う。
「筋は通さないと、怨霊さん(といわれている神々とその子孫)は納得しないと思うよ?」って。
怨霊さんというのは、国譲りした豪族さんたちのことだ。
本当のところは彼らの方は怨霊ではないのだが、後ろ暗いことをしている人たちにとっては怨霊になるであろう。
人は、自分の心を相手に投影して、相手を怨霊だとか、仏さんだとかいうものだからである。
どんなに悪事を働いたとしても、罪の意識すらなければ、怨霊など出ないであるが、人間は、中途半端に良心を持っているので、罪悪感から怨霊を生み出すのだ。
人間というものは、どうも「いい人でいたい」という願望をもつようだ。
(三峰神社の鳥居)
三峰神社は、ヤマトタケルの創建であるらしい。
三峰山にはなんども行っているし、御眷属も拝借したりで深いご縁をいただいていたが、なんでヤマトタケルなのだろうと思っていた。
ここも神社女子に人気の神社である。
そして、なんで三鳥居なのかもよくわからなかった。
昔、宿に泊まった時に車で駐車場まで送ってもらったのだが、ナンバーが333で、
「みつ・み(ね)・さん!ってすごいですね〜!」
とかいっていたのに。
そうか、ヤマトタケルは三輪山の人である。
三輪山といえば大神神社。
ここの御眷属は「オオカミ」である。
よくみれば、オオカミらしくない狼である。もちろん本物の狼は見たことがないが。
新婚旅行先に高千穂峯を選んだのが、今思えばわたしたちの全国の神様を訪ねる旅のはじまりであったが、
それ自体、神社が好きだからというわけではなくて、
どこに行こうかと話していたときに、
高千穂峯に登ってきたばかりの人に会い、超絶オススメされた
というだけのことだった。
全ての旅が、たまたま地図を見ていて気になったとか、
格安ツアーが出ていたとか、
行き当たりばったり。
三峰神社の社殿のカラフルなのと、伊豆山神社のそれと似てる。
(たまたま伊豆山神社の写真をあげて、ヤマトタケルのことを書き出して、ヤマトタケルゆかりの場所の写真を探したらみつかったのが三峰山だったというだけのことなのである)
何箇所かでこういう真っ赤に塗られたカラフル社殿をみたことがあるが、あまり記憶にない。
神社はおぢば、と思ってて、みえるものには興味がなかったのである。
古事記にも歴史にも興味がなく、神様の名前も知らなかった(今もしらない)わたしたちが、10年間2人で何も調べず、いきあたりばったりで旅をして、それがなんとなく繋がっているというのがおもしろい。
人間の考えからしたら不思議だが、神というものが存在するとしたらそれはあたりまえのことなのであろう。
かんながらの旅は、まだ続くのか、それはわたしにもわからない。