みなさんこんにちは
今日はちょっと感傷的な話です
これまでのブログで、何度もタイ人は「楽しさ」「面白さ」「難しく考えない」を重視するとお伝えしましたーこれはその通りです。実際あの笑顔は演技でもなんでもなく、彼らの正直な感情表現だと思います。こうしたタイ人の魅力に惹かれ多くの日本人がタイを訪れるのは自然なことでしょう。犬を可愛がってくれる人に犬は尻尾を振って近づく…そんな現象と似ているかもしれません
ですが、タイ人にもやはり裏の顔があります…といいますか陽気に暮らしているように見えるタイ人にも裏舞台はあります。言うまでもなく経済的な問題です。そんな裏舞台で筆者が感じたことを記したいと思います
1 経済的問題
タイは米や果物が自然に取れ、将来への不安はないと何度か述べてきましたーこれも事実ですが、販売ルートの整備による物流、それによる都市部での顧客獲得などの市場原理がはたらき、競争社会になったいま、製造企業もコストカットの必要性を感じているはずです。結果、一番貧乏くじを引くのは、工場のワーカーや屋台で商売をしているタイ人たち(自営業者など)です。
筆者がいた場所は地方でしたので、失業・給与ダウン、屋台の人なら物価高で仕入れができない人がほとんどでした(いまの日本に似ています)。当時(5-6年前)地方の初任給は1万バーツ台でした
*筆者のような現地採用の日本語教師も当時2万バーツ台…これは周りの住民は知っている
「明日の生活が厳しい」ため、常に助け合うタイ人も余裕がなくなりはじめて久しくなりました。お金は都市部に流れ、表舞台のバンコク(周辺)と、裏舞台となった地方にいつの間にか価値観に差ができ始めたように感じます
2 裏舞台の人々はどんな様子か
裏舞台の人々にとって、主に売春が手っ取り早く稼げ、また中高年は稼ぐには都市部での下働きしかありません。
すべてとは言いませんが、お金があれば何でもできると思うタイ在住者やタイ旅行者が、ナイトライフなどを楽しむことをよく耳にします(別に悪いとは言っていません、逆にお客さんが来ない方が一大事です)。
実は売春などの世界に入った人々の中には、筆者の生徒の母親や姉などがたくさんいました…普通のワーカーでは生活できないからです(筆者にとっては複雑な心境です)。
結局、疲労で病気になり故郷に戻り、コーヒーショップを経営したり、農業従事者になったり、飲食店で働いたり、運転手をしたり、マッサージ師や床屋になったりで、ギリギリの線で生活をし家族のために働くのですが、重労働で長続きしない…開業時の借金も返せないのが裏舞台の現実と言えましょう。
当然ですが、彼らは本当は夜の世界で外国人の機嫌取りをしたくないのですが、冒頭で述べたDNAとも言える明るさや笑顔、親切が顔に出てしまうので、日本人が勘違いして「タイ人は陽気で明るいので、タイ人売春婦達はそんなに難しく考えていない、むしろ楽しんでいる」と思ってしまいがちです。
筆者はいつしかそのような日本人から距離をおくようになりました。
3 いつしかタイ語だけで話したくなった
タイの地方でワーカーとして働くor失業した人々は不幸や不運の味を嫌というほど知っている…だから、ズルや多少の嘘はついても、(日本でいう)不人情な事はしないと感じることが多々ありました。
いつしか、彼らと一緒にいるときはタイ語だけで話したくなりました。日本語教師だったときも日本語は触り程度、日本語より日本の日常生活などをタイ語だけで話す方が多かったように思います。日本語教師としては失格ですが、それでいいと思っています。
筆者は日本人です、日本人が日本語を話せるのは当然です。ですが、私が学校や街の人々や飲食店で(日本人と)日本語で話すと、筆者を知っている裏舞台のタイ人達からたちまち別世界の人間として見られる…大袈裟かもしれないが、筆者が日本人とわかっていても日本から来た(あの日経企業にいる権力と財力でタイ人を使う)日本人と同一視されるのがとても嫌だった。
私は、あの裏舞台ではタイ人でいたかった…下手でもタイ語しか話さなかったのは裏舞台のタイ人たちとは仲間でいたかったからだ…
日本語を話さないでいると、常に仲間として接してくれるのがとても嬉しかった…同じ地方タイの裏舞台という長屋で暮らす仲間のように
なぜだろう?
地方タイの裏舞台は自分の性格に合うからか?
それとも日本人が嫌いだからか…?
いや、そうではない
私は裏舞台のタイ人たちが好きだった…
ここまでにしましょう