新津章夫 Official Blog 《迷宮の森》 -11ページ目

新津章夫 Official Blog 《迷宮の森》

謎に満ちた迷宮のギタリスト、新津章夫のオフィシャル・ブログ。迷宮の森 《Forest in maze》

 資料を整理していたら面白い記事を見つけました。1979年に雑誌の企画で行われた冨田勲さんとの対談です。おそらく、FMレコパルかホットドッグプレスだと思われます。構成は、「I・O」のスーパーバイザーであり、音楽ライターの岩田由紀夫さん。


※ネットで読むには長めなので、各章ごとに4回に分けて掲載します。今回は、その2回目。



「80年代展望 マルチ対談」


線画的人間(新津)と彩色画的人間(富田)は、

ともに手作り音楽の名手だった


「バミューダ・トライアングル」を発表していよいよ冴えるシンセ音楽の大家、富田勲と、「I・O」でデビューのマルチ・ギタリスト、新津章夫の異色対談!!


音楽は線画的なものと彩色画的なものがある


新津 多重録音といいますか、富田さんや僕の仕事は、画家が絵を描く作業に似ていると常々、思うんですけれど…。


冨田 そうですね。クラシックの作曲家にもそういうところがあるでしょうしね。そこがロックやジャズのミュージシャンとちょっと違うところなのかなぁ。


新津 バッハや僕は、どうも五線紙をキャンバスにしているって気がします。


冨田 オーケストラの楽器がパレットってとこかな。でも、同じ音楽でもバッハは音色じゃない。線画なんです。その線の色はどうでもいいんですね。


逆に、僕の好きなドビュッシーは、線はどうでもいいけれど全体の色彩を大切にする、僕の音楽もドビュッシーに近い。


新津 僕はバッハ・フリークなもので、どっちかというと線画的かな。


冨田 音楽を絵に例えると、線画か全体の色彩で決まる絵なのか、に別れそうですね。シンセサイザー音楽で有名な、ワルター・カーロスって人がいますね。


新津 ええ、「スイッチド・オン・バッハ」というアルバム、日本でもブームになりました。


冨田 あのワルター・カーロスは線画的な人だと思うんですね。で、あれを聴いて、僕は彩色的な方だと思ったんですね。


新津 富田さんがアルバムを作られるようになったきっかけって何ですか。


冨田 昔、CMや映画音楽の仕事をしてたんです。それである時にシンセサイザーと出会った。そのシンセサイザーでCMなんかを作ると評判が良かったわけです。


でも、僕としては、これでもうちょっと芸術的なことをやろうと考えてデモ・テープを作って、レコード会社を、5社くらい回ったかな。ところがどこもだめでしてね

新津 僕も同じでした。なかなかスンナリとは受け入れてくれなかったですね。


冨田 「この音楽はどんなジャンルに含まれるんですか?」とか、「追って返事します」とか、結局返事はこないんだけど(笑)。最初は日本人よりも外国人の方が認めてくれましたね(笑)。



tomita

 資料を整理していたら面白い記事を見つけました。1979年に雑誌の企画で行われた冨田勲さんとの対談です。おそらく、FMレコパルかホットドッグプレスだと思われます。構成は、「I・O」のスーパーバイザーであり、音楽ライターの岩田由紀夫さん。


※ネットで読むには長めなので、各章ごとに4回に分けて掲載します。今回は、その2回目。



「80年代展望 マルチ対談」


線画的人間(新津)と彩色画的人間(富田)は、

ともに手作り音楽の名手だった


「バミューダ・トライアングル」を発表していよいよ冴えるシンセ音楽の大家、富田勲と、「I・O」でデビューのマルチ・ギタリスト、新津章夫の異色対談!!



“ピラミッド・サウンド”って何だろう


新津 今回の富田さんのアルバムは、初めから“ピラミッド”を意識して制作されたんですか?


冨田 いや、違うんです。僕の音楽のファンの方ならご存知と思いますが、僕は以前から4チャンネル考え方をしていたんです。


2チャンネル、つまり普通のステレオは前からの広がり、4チャンネルだと後ろからの音の広がりが加わります。


この4つのスピーカーの中心で聴いて下さいというんじゃなく、この4つのスピーカーの作り出す音場の中に入って聴いて下さい、ということなんです。


新津 四角錘の音場ですね。


冨田 そうです。それでハッと気がついたら、これはピラミッドなんですね。それで、“ピラミッド・サウンド”って名づけたんです。


対談は東京・麻布にある冨田勲さんの自宅の応接間と、シンセサイザーが所狭しと並んだ仕事場で行われた。二人が話をしているところを誰かがみたら、とてもミュージシャン同士の対談とは思えない――まるで学者とその助手が、未来学について討議している、そんな感じにうつったに違いない。



追記

 ここで語られている4チャンネルとは、現在のサラウンドとは異なり、ステレオ2チャンネルと同様に、4つのスピーカー(前方2つ、後方2つ)にそれぞれの音を出すという考え方です。たとえば、大げさな話ですが、ピアノ、ギター、ベース、ドラムの編成があったとしたら、前方の左スピーカーにピアノ、右にギター、後方の左にベース、右にドラムの音がそれぞれのスピーカーから発する音作りを意味します。


 また、冨田さんの言っている「ピラミッド」とは、このことです。

http://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%83%90%E3%83%9F%E3%83%A5%E3%83%BC%E3%83%80%E3%83%BB%E3%83%88%E3%83%A9%E3%82%A4%E3%82%A2%E3%83%B3%E3%82%B0%E3%83%AB_(%E5%86%A8%E7%94%B0%E5%8B%B2 )


 ジャケットデザインは、「I・O」と同様、横尾忠則さんでした。




tomita


 資料を整理していたら面白い記事を見つけました。1979年に雑誌の企画で行われた冨田勲さんとの対談です。おそらく、FMレコパルかホットドッグプレスだと思われます。構成は、「I・O」のスーパーバイザーであり、音楽ライターの岩田由紀夫さん。


※ネットで読むには長めなので、各章ごとに4回に分けて掲載します。




「80年代展望 マルチ対談」


線画的人間(新津)と彩色画的人間(富田)は、

ともに手作り音楽の名手だった


「バミューダ・トライアングル」を発表していよいよ冴えるシンセ音楽の大家、富田勲と、「I・O」でデビューのマルチ・ギタリスト、新津章夫の異色対談!!



“電気”は、もともと自然にあったものなんだ



富田 新津クンは曲作りの際、楽譜を使いますか?


新津 いや、メロディなんかが浮かぶとすぐにテープに録ります。楽譜は書けるんですけど、何となくテープで済ませます。富田さんは、テープは使わないんですか?


富田  ええ、使いません。使ってみたいんだけど、僕が音楽を志した時はテープ・レコーダーなんて夢の商品だったんです。だから昔からの習慣で、楽譜をすべてキッチリ書いてから録音が始まるわけです。


新津 富田さんと僕はちょうど20歳年が違うんですね。でも、現代はそんな年とか関係なくオーディオ・ブームという気がするんですけど…。


富田 僕はロックがどうなっているかは詳しくはわかりません。でも、オーディオによって音楽を聴く人口がとてつもなく増えたという気がしますよ。


新津 そうですね。一家に2組のステレオなんて時代になりつつありますしね。


富田 今は極端に言えば、99%以上がオーディオによる音楽リスナーだと思うんです。演奏会に行ってもアマチュアの録音マイクが並ぶくらい、オーディオが入り込んでいます。


 スピーカーの音を、やれあれはカンズメの音だという人もいます。でも、カーテン一枚隔てれば、ナマの音も、すばらしく録音の良い音が優秀なオーディオ装置によって増幅されて音も、どっちが良いかなかなか判断しにくいと思うんです。


新津 それは言えますね。僕も音楽はますますオーディオ化されていくと思います。


富田 電化されることを嫌う人は多いかもしれません。でも、電気はもともと人間が人工的に作ったものじゃない。自然のいたる所に電気はあったんです。


 ただ、それをコントロールできるようになったのが、わりと最近なので、どうも火なんかに比べると馴染みのないぶんだけ非人間的に見られるみたいですね。


新津 人間には知恵があるから電気を利用して、さまざまなことをやろうとするのは、自然の欲求なんでしょうね。


富田 昔は、空中に飛び散った音は、二度ととらえられなかったわけです。だから、音楽好きな人は何度もコンサートへ足を運ばなきゃならなかった。


 けれども今は、録音によって、いつでも同じ音楽が聴けたり、さらに1分の音楽を1分半にしたり、逆回転によって、さかさまの時間の流れを知ることもできるようになったしね。


以下、続く。



追記


 オーディオに関する話は時代を感じさせますね。しかし、MP3が当たり前の世代には新鮮に聞こえるのではないでしょうか? 生音と電気化された音とには、本当に大きな隔たりがあるのですよ。


 電気に関する考察は多くのミュージシャンがしていますね。「火」との比較はとくに面白いですね。


 別件ですが、ジミ・ヘンドリックスの電気に対する意見は面白いです。まさに冨田さんの言うように、自然界にある電気がジミ・ヘンにアイディアを与える、みたいな話でした。YOUTUBEあたりに載っていそうな気もしますが、今度、調べてみよう。

 話題の「mixi」にある新津章夫のコミュニティーなどを見ていると、どうも世の中的に“新津章夫的な音”に飢えている人が多いのではないかと感じました。そこで、1970年代末に新津章夫のスタッフ周辺で“これは新津章夫的なのではないか?”といわれていたバンドを紹介しましょう。

 いやぁ、便利な世の中になったものですね。YOUTUBEで検索するとなんでも見つかっちゃう。

セバスチャン・ハーディ
http://www.youtube.com/watch?v=YlhSYUIx8BY
 欧州のセンチメンタルな匂いがしますが、オーストラリアのバンドです。細かいことをいうと、ギターのチョーキングの時に、弦を戻す時にもピッキングするのが新津章夫的だと指摘されておりました。 たしか、岩田さんが見つけてきた音源だと思いました。

フォーカス
http://www.youtube.com/watch?v=O0ykQb5bebk&feature=related
 こちらは新津章夫自身がファンだったので前回のBlogにも書きました。“コレ、ドイツんだ? オランダ”のロックグループ。クラシックの香りがしますので、モロに新津章夫風です。専門的にいいますとロックギターなのにブルーノート(ブルース音階)を使わない点でしょうか。

ホルガー・シューカイ
http://www.youtube.com/watch?v=if5eTwaieMw&feature=related
 出ました! 新津章夫の得意とする倍速ギター音を取り入れているドイツのミュージシャンです(CANというバンドのベーシスト)。日本ではYMO&スネークマンショーの「死ぬのは嫌だ、恐い。戦争反対!」に収められ話題になりました。まぁ、音色は似ていますが、音作りの緻密さがまったく違いますね。

 以前、この欄で新津章夫がオランダのロックグループ、フォーカスのヤン・アッカーマンというギタリストが好きだったという話を書きましたが、YOUTUBEに貴重な映像を見つけましたので紹介したいと思います。


 これは、FUCUSのライブ盤として発売された「ライブ・アット・レインボー」の映像です。こんなものが残っているんですねぇ。


Focus Live At The Rainbow (Part 1)

http://www.youtube.com/watch?v=uLv1snViXno&feature=related


※Part7までありますので、存分に楽しんでください。


多くのロックギタリストがブルースを基本としているため、フレーズ(音階)の元となるものは、ブルーノートです。しかし、ヤン・アッカーマンなどヨーロッパのギタリストたちは、クラシックを学ぶ中から自分たちのロックを生み出したため、彼らのフレーズはブルーノート=ブルースの匂いが感じられません


 また、ブルースは、例えば、キーがAであれば、A7→D7→A7→E7→D7→A7と12小節で巡回していきますが、ヤン・アッカーマンにはそういった基本の曲想というものが感じられません。


 新津章夫はマイケル・ブルームフィールドやジェフ・ベック・グループに影響を受けたため、ブルースは基本にはあるものの、曲作りについてはバッハから得たものが多く、FOCUSに代表される欧州ロックの匂いが濃いのです。


 1曲の中におけるドラマの展開、組み立て方などは、この「ライブ・アット・レインボー」と重なる部分も感じてもらえるのではないでしょうか?

 新津章夫のデビューアルバム「I・O」が発売されたのは、今からちょうど30年前。1978年のことです。


 当時、新津章夫が口癖のように言っていた言葉があります。


今にシンセサイザーやコンピュータで音楽を作ったり、録音する時代になる」


「そんな時代がやってきた時、ギター1本とわずかな楽器で、こんな馬鹿な音楽を作っていた奴がいたって笑ってもらいたいんでしょね」


「でも、そういった未来のミュージシャンたちは、ギターと多重録音で、このアルバムと同じ音を絶対に作れっこないという自身はあるけどね・・・」


 1978年といえば、YMOはおろか、デジタル楽器など存在しない時代。8ビットの“マイコン”が売りに出されたのも、その数年後のことです。


 8月19日は新津章夫の、生きていれば56回目の誕生日でした。

 夏休みで更新が遅れております。近々、新しい記事を載せます。


 ちなみに、しばらくキャンプに行っておりました。そういえば、新津章夫もミュージシャンを辞めた後は、バイクで日本全国を回っておりました。寝袋ひとつでどこでも寝ちゃうダイハードな人でした。


 もっとも記憶にあるのは、那須だかどこだかで夜中にゴルフ場に忍び込んでグリーンの上に寝転び満天の星を見たという話。まるで「無印良品BGM」の曲名そのものじゃないですか。それを見て曲を作ったのか、と思ったほどでした。曲の方は10年くらい前に発表していたのですけどね。


無印


「無印良品BGM」を聞いて新津章夫のファンになったという人も多い。


「無印良品BGM」は新津章夫的には、適度な手抜き音楽である。


なにが、手抜きかというと、新津章夫の音作りの代名詞「倍速ギター」を使ったパートが少なく、打ち込みとキーボードに頼っている点である。


しかし、「無印良品BGM」で新津章夫のファンになったという人からは、その手抜き具合が心地よいらしい。


たしかに、「I・O」に象徴されるような、全焦点の手抜きのまったくない音作りは、場合によっては疲れる。一音一音に集中してしまうから。


でも、「無印良品BGM」のゆるさは、バックグラウンドミュージックとしては、それでいいのだ、ということだろう。


まぁ、音作りは“手抜き”かもしれないが、メロディー、アレンジは、さすがに新津章夫のそれだ。おいおい、1曲ごとの解説に進みたいと思う。

 新津章夫の名前を、彼のオリジナル・アルバムからでなく「無印良品」の店内BGM集、「無印良品BGM1980~2000」を通じて知った人もいると思う。


 同CDには「新津彰夫」と表記されておりますが、これはいわゆる誤植です。そのまんま、確認もせずに発売されてしまいました。すでに新津章夫のマネージメント事務所も解散し、彼も音楽家としては廃業していたため、いたしかたないことでしょう。


 この「無印良品BGM」第1集には、その他に、細野晴臣氏などの楽曲も収められており、今ではプレミアも付くほどの人気となっているようです。


「無印良品」のBGMは、新津章夫とともにありました。無印良品は、スーパーの「西友」のプライベートブランドとして始まりました。その際、これまでにないブランド、店舗のイメージを訴求するために考えられたのが、当時としては革新的な、オリジナルのBGMの制作です。


 今では、多くのブランドが「無印良品」の成功を真似て、オリジナルのBGMを店内で流すことは珍しくありませんが、当時としては、それは画期的なものでした。デパート、スーパー、ショッピングセンターなど、BGMが求められる場所では、有線放送を流すのが一般的だったからです。


 そこに、当時としては歌のないインストゥルメンタルの音楽としては異色のアーティスト、新津章夫の元に楽曲提供の依頼があったのでした。


(続)

 新津章夫はギタリストですが、作・編曲、演奏、エンジニアリング、ミキシング、プロデュース、すべてを一人でこなしていたため、得手不得手に関係なく必要とあらば、なんでもやっておりました。


 そのひとつが、キーボードです。


 彼の音楽との出会いは、中学生の頃、2歳年上の長兄が銀座の山野楽器にて、矢入(YAIRI)のガットギターを買ってもらったことに由来します。そのため、ピアノやオルガンなどの鍵盤楽器はまったく習ったことがありませんでした。しかし、独学にてなんとか譜面は読むことができたので、それに沿って鍵盤楽器もさわっておりました。


 最初のキーボードとの出会いは、僕の高校時代のバンドのキーボードが持っていたRolandのストリングス。1970年代はYAMAHAとエーストーンをのぞけば国産のキーボードはまだ存在しておりませんでした。件のメーカーにしてもオルガンであって、いわゆるエレキピアノはRolandが一機種出していたのみ。シンセも国産は単音のモデルしかありませんでした。


 ストリングスは、その名の通り、オーケストラの弦楽器の音を再現した画期的な楽器で、プロでも利用者は多かったものです。


 実際、新津章夫も「I・O」のA面最後の曲「未来永劫」のエンディングなどで使っています。先ごろ発表した「サイエンス・クラシックス」に収められた「シロス・リンダホフ」も、元々は「I・O」のために録音されたため、その中でもストリングスは聴かれます。


 サンプリングが一般的になった現在、ストリングスのなんともたよりない電子音は、想像力をかきたてなければ、もはやオーケストラの弦楽器群とは思えぬ音色ですが、1970年代の音楽状況を象徴する楽器のひとつだったといえるでしょう。