先の「Ryon」(リヨン)がよかったというので、アルバムの音源も載せてみました。
http://vision.ameba.jp/watch.do?movie=1295017
ちなみに、YOUTUBEにも載せていますが、あちらはぜんぜん視聴数が増えません。Amebloの読者がいかに素晴らしいかというのがわかりました。どうもありがとう!
先の「Ryon」(リヨン)がよかったというので、アルバムの音源も載せてみました。
http://vision.ameba.jp/watch.do?movie=1295017
ちなみに、YOUTUBEにも載せていますが、あちらはぜんぜん視聴数が増えません。Amebloの読者がいかに素晴らしいかというのがわかりました。どうもありがとう!
宗教、宗派はいろいろあれど、とりあえず日本では年末の恒例イベントとしてもはや固定化されております。というわけで、皆さん、メリークリスマス。
この時期を迎え るたびに何度も書いてきました。新津章夫のクリスマス・アルバム計画。今日はその中でも代表的な一曲、「ホワイト・クリスマス」をプレゼントします。期間限定です。
この曲は幻とされている3rdアルバムに入っております。ヤフオクでたまに見本盤が出ております。つまり、実売されたのかどうかさえ怪しいアルバムです。しかし、完成度は本当に高いです。
というわけで、良い1日を!
動画の機能を使って貴重な音源をアップしました。
とりあえず、テストです。いずれは、YOUTUBEにまとめてコーナーを作る予定です。
よろしければ聞いてみてください。
Inkstick六本木のリハ音源「Ryon」
http://vision.ameba.jp/watch.do;jsessionid=
D59930A008E8C59AC695957555A69CFF?
movie=1284984
ごぶさたしております。仕事のために日本に帰っておりました。で、今回のミッションのひとつである、アンドレアス・ドーラウのCDを入手してまいりました。
このBlogでも、新津章夫唯一の共演者であるドーラウについては語ってきました。メールのやりとりもしております。が、彼のアルバムを1枚通しで聴くのは初めてでした。
そのアルバムとは、ドーラウが1988年に製作した「デモクラティー」という作品。キャプテン・トリップ・レコーズという会社から発売されておりました。たしか、最初はWAVEから出ていたと思いますので、同社からは再発といった方がいいかもしれません。
キャプテン・トリップ・レコーズ
http://www.captaintrip.co.jp/index.html
ライナーノーツによると、ドーラウが世界を放浪中に日本に立ち寄り、日本人アーティストとも共演した曲も含まれているとありますが、正確には、かつてBlogでも紹介したように、ドーラウが南ドイツ放送局のレポーターとして、日本のミュージシャンを紹介する番組の取材で来日し、かねてよりファンだった新津章夫と1曲録りたいと申し出たようです。録音されたのは青山の某スタジオ。
残念ながらライナーノーツには新津章夫の”にの字”も見当たりません。ドイツ盤にはたしか”Akio Niitz”とクレジットが入っていたと思います。
さて、新津章夫と共演した「Taxi nach Shibuya」(渋谷行きのタクシー)はアルバム中、唯一のインスト曲で、新津章夫は得意のトレモロ奏法のみ。わりとイージーな参加の仕方ですが、実際にはドーラウとはどのようにコミュニケーションしたのでしょうか? 今となっては不明です。
↑ジャケの裏表写真
現在、仕事のため日本に帰ってきています。週末にはイタリアに戻ります。
帰国中にアンドレアス・ドーラウの「デモクラシー」のCD盤を入手しました。今度、その件に触れます。
倉庫にて「I・O」の宣伝材料を見つけました。いずれ紹介します。
東京も寒くなってきましたね。途中寄航したパリはたったの3度しかありませんでしたから、この程度はへっちゃらですが…。
皆様も風邪をひかぬよう、ご自愛ください。
また、更新間隔が開いちゃってます…。すみません。野暮用で忙しくしております。近々、アップします。
富田さんとの対談はいかがでしたか? 時代感覚も織り込まれていて、なかなか楽しかったでしょ?
資料を整理していたら面白い記事を見つけました。1979年に雑誌の企画で行われた冨田勲さんとの対談です。おそらく、FMレコパルかホットドッグプレスだと思われます。構成は、「I・O」のスーパーバイザーであり、音楽ライターの岩田由紀夫さん。
※ネットで読むには長めなので、各章ごとに4回に分けて掲載します。今回は、その2回目。
「80年代展望 マルチ対談」
線画的人間(新津)と彩色画的人間(富田)は、
ともに手作り音楽の名手だった
「バミューダ・トライアングル」を発表していよいよ冴えるシンセ音楽の大家、富田勲と、「I・O」でデビューのマルチ・ギタリスト、新津章夫の異色対談!!
経験したことがすぐ音楽になるとは限らない
新津 僕は、音楽を仕事にしようと学生時代は考えていなかったんです。
ただ、12歳から弾き始めたギターと自分の音楽の集大成を、バイトで買ったテープ・デッキに録音して、そのテープを知人に配ったんです。
もうこれで音楽馬鹿はやめて、就職しようってことで(笑)。
ところが、大学4年の夏に信州をドライブしてて、48㍍の崖から車ごと落っこちやったんです。
それで命が助かってどうせ助かった命なら好きな事をやってみようと思い直したんです。
冨田 怖かったでしょ。
新津 それが意外と冷静に落ちて行ったんです。全部で4回転したんですけど、その1回1回をいまでもはっきり憶えています。
冨田 1回1回をはっきり?! うーん、キミはすごい人だ。
僕の終戦の年に戦闘機の機銃掃射に友人と歩いていて狙われたことがあります。
一面焼け野原の青い空を飛行機が低空飛行で追っかけてくる。
地面にふせるとその横を、まるで戦争映画のように土ぼこりをあげて弾のあとが走って行くんです。
僕と友人のふせた30センチの間に弾の跡があったときにはゾーッとしましたよ。
今でも、TV映画なんかでそんな場面を見ると嫌な感じがします。
新津 そういったことは、何らかの形で音楽に影響するって気がするんですが、どうでしょう。
冨田 僕はそうは思わないし、自分の恐怖は描きたくありませんね。絶妙のラブレターっていうのは実生活では、意外に恵まれていないことが多いんじゃないでしょうか。
まぁ、僕はバミューダの円盤でも描いているほうがむいてる(笑)。
★対談はもっともっと続いた。僕はあまりの二人の話の高尚さと難解さに頭がちょっぴりこんがらかって、二人を残して失礼した。でも、この二人のすごいところは、あれだけ理論づくめの音楽をやっていながら、実際にアルバムを聴いてみると、ちっとも難しくなく、ポピュラーなところにある。80年代型ミュージシャンの一つの型なのであろう。
新津章夫の自動車事故の話は、いずれまた。九死に一生とはよくいいますが、よくまぁこれで生きていたもんだ、という状況でいた。それがもとで、ミュージシャンになったわけですから、まさにターニングポイントでありました。
資料を整理していたら面白い記事を見つけました。1979年に雑誌の企画で行われた冨田勲さんとの対談です。おそらく、FMレコパルかホットドッグプレスだと思われます。構成は、「I・O」のスーパーバイザーであり、音楽ライターの岩田由紀夫さん。
※ネットで読むには長めなので、各章ごとに4回に分けて掲載します。今回は、その2回目。
「80年代展望 マルチ対談」
線画的人間(新津)と彩色画的人間(富田)は、
ともに手作り音楽の名手だった
「バミューダ・トライアングル」を発表していよいよ冴えるシンセ音楽の大家、富田勲と、「I・O」でデビューのマルチ・ギタリスト、新津章夫の異色対談!!
音楽は線画的なものと彩色画的なものがある
新津 多重録音といいますか、富田さんや僕の仕事は、画家が絵を描く作業に似ていると常々、思うんですけれど…。
冨田 そうですね。クラシックの作曲家にもそういうところがあるでしょうしね。そこがロックやジャズのミュージシャンとちょっと違うところなのかなぁ。
新津 バッハや僕は、どうも五線紙をキャンバスにしているって気がします。
冨田 オーケストラの楽器がパレットってとこかな。でも、同じ音楽でもバッハは音色じゃない。線画なんです。その線の色はどうでもいいんですね。
逆に、僕の好きなドビュッシーは、線はどうでもいいけれど全体の色彩を大切にする、僕の音楽もドビュッシーに近い。
新津 僕はバッハ・フリークなもので、どっちかというと線画的かな。
冨田 音楽を絵に例えると、線画か全体の色彩で決まる絵なのか、に別れそうですね。シンセサイザー音楽で有名な、ワルター・カーロスって人がいますね。
新津 ええ、「スイッチド・オン・バッハ」というアルバム、日本でもブームになりました。
冨田 あのワルター・カーロスは線画的な人だと思うんですね。で、あれを聴いて、僕は彩色的な方だと思ったんですね。
新津 富田さんがアルバムを作られるようになったきっかけって何ですか。
冨田 昔、CMや映画音楽の仕事をしてたんです。それである時にシンセサイザーと出会った。そのシンセサイザーでCMなんかを作ると評判が良かったわけです。
でも、僕としては、これでもうちょっと芸術的なことをやろうと考えてデモ・テープを作って、レコード会社を、5社くらい回ったかな。ところがどこもだめでしてね
。
新津 僕も同じでした。なかなかスンナリとは受け入れてくれなかったですね。
冨田 「この音楽はどんなジャンルに含まれるんですか?」とか、「追って返事します」とか、結局返事はこないんだけど(笑)。最初は日本人よりも外国人の方が認めてくれましたね(笑)。
資料を整理していたら面白い記事を見つけました。1979年に雑誌の企画で行われた冨田勲さんとの対談です。おそらく、FMレコパルかホットドッグプレスだと思われます。構成は、「I・O」のスーパーバイザーであり、音楽ライターの岩田由紀夫さん。
※ネットで読むには長めなので、各章ごとに4回に分けて掲載します。今回は、その2回目。
「80年代展望 マルチ対談」
線画的人間(新津)と彩色画的人間(富田)は、
ともに手作り音楽の名手だった
「バミューダ・トライアングル」を発表していよいよ冴えるシンセ音楽の大家、富田勲と、「I・O」でデビューのマルチ・ギタリスト、新津章夫の異色対談!!
“ピラミッド・サウンド”って何だろう
新津 今回の富田さんのアルバムは、初めから“ピラミッド”を意識して制作されたんですか?
冨田 いや、違うんです。僕の音楽のファンの方ならご存知と思いますが、僕は以前から4チャンネル考え方をしていたんです。
2チャンネル、つまり普通のステレオは前からの広がり、4チャンネルだと後ろからの音の広がりが加わります。
この4つのスピーカーの中心で聴いて下さいというんじゃなく、この4つのスピーカーの作り出す音場の中に入って聴いて下さい、ということなんです。
新津 四角錘の音場ですね。
冨田 そうです。それでハッと気がついたら、これはピラミッドなんですね。それで、“ピラミッド・サウンド”って名づけたんです。
★ 対談は東京・麻布にある冨田勲さんの自宅の応接間と、シンセサイザーが所狭しと並んだ仕事場で行われた。二人が話をしているところを誰かがみたら、とてもミュージシャン同士の対談とは思えない――まるで学者とその助手が、未来学について討議している、そんな感じにうつったに違いない。
追記
ここで語られている4チャンネルとは、現在のサラウンドとは異なり、ステレオ2チャンネルと同様に、4つのスピーカー(前方2つ、後方2つ)にそれぞれの音を出すという考え方です。たとえば、大げさな話ですが、ピアノ、ギター、ベース、ドラムの編成があったとしたら、前方の左スピーカーにピアノ、右にギター、後方の左にベース、右にドラムの音がそれぞれのスピーカーから発する音作りを意味します。
また、冨田さんの言っている「ピラミッド」とは、このことです。
ジャケットデザインは、「I・O」と同様、横尾忠則さんでした。
資料を整理していたら面白い記事を見つけました。1979年に雑誌の企画で行われた冨田勲さんとの対談です。おそらく、FMレコパルかホットドッグプレスだと思われます。構成は、「I・O」のスーパーバイザーであり、音楽ライターの岩田由紀夫さん。
※ネットで読むには長めなので、各章ごとに4回に分けて掲載します。
「80年代展望 マルチ対談」
線画的人間(新津)と彩色画的人間(富田)は、
ともに手作り音楽の名手だった
「バミューダ・トライアングル」を発表していよいよ冴えるシンセ音楽の大家、富田勲と、「I・O」でデビューのマルチ・ギタリスト、新津章夫の異色対談!!
“電気”は、もともと自然にあったものなんだ
富田 新津クンは曲作りの際、楽譜を使いますか?
新津 いや、メロディなんかが浮かぶとすぐにテープに録ります。楽譜は書けるんですけど、何となくテープで済ませます。富田さんは、テープは使わないんですか?
富田 ええ、使いません。使ってみたいんだけど、僕が音楽を志した時はテープ・レコーダーなんて夢の商品だったんです。だから昔からの習慣で、楽譜をすべてキッチリ書いてから録音が始まるわけです。
新津 富田さんと僕はちょうど20歳年が違うんですね。でも、現代はそんな年とか関係なくオーディオ・ブームという気がするんですけど…。
富田 僕はロックがどうなっているかは詳しくはわかりません。でも、オーディオによって音楽を聴く人口がとてつもなく増えたという気がしますよ。
新津 そうですね。一家に2組のステレオなんて時代になりつつありますしね。
富田 今は極端に言えば、99%以上がオーディオによる音楽リスナーだと思うんです。演奏会に行ってもアマチュアの録音マイクが並ぶくらい、オーディオが入り込んでいます。
スピーカーの音を、やれあれはカンズメの音だという人もいます。でも、カーテン一枚隔てれば、ナマの音も、すばらしく録音の良い音が優秀なオーディオ装置によって増幅されて音も、どっちが良いかなかなか判断しにくいと思うんです。
新津 それは言えますね。僕も音楽はますますオーディオ化されていくと思います。
富田 電化されることを嫌う人は多いかもしれません。でも、電気はもともと人間が人工的に作ったものじゃない。自然のいたる所に電気はあったんです。
ただ、それをコントロールできるようになったのが、わりと最近なので、どうも火なんかに比べると馴染みのないぶんだけ非人間的に見られるみたいですね。
新津 人間には知恵があるから電気を利用して、さまざまなことをやろうとするのは、自然の欲求なんでしょうね。
富田 昔は、空中に飛び散った音は、二度ととらえられなかったわけです。だから、音楽好きな人は何度もコンサートへ足を運ばなきゃならなかった。
けれども今は、録音によって、いつでも同じ音楽が聴けたり、さらに1分の音楽を1分半にしたり、逆回転によって、さかさまの時間の流れを知ることもできるようになったしね。
以下、続く。
追記
オーディオに関する話は時代を感じさせますね。しかし、MP3が当たり前の世代には新鮮に聞こえるのではないでしょうか? 生音と電気化された音とには、本当に大きな隔たりがあるのですよ。
電気に関する考察は多くのミュージシャンがしていますね。「火」との比較はとくに面白いですね。
別件ですが、ジミ・ヘンドリックスの電気に対する意見は面白いです。まさに冨田さんの言うように、自然界にある電気がジミ・ヘンにアイディアを与える、みたいな話でした。YOUTUBEあたりに載っていそうな気もしますが、今度、調べてみよう。