ラオス~カンボジアへ。14時間の道のり。その2、マイペースな運転手
カンボジアの国境を離れ、窮屈な思いをしながら揺れることおよそ2時間。
最近出来たばかりのような立派な橋を渡るとストゥントゥレンに着いた。
バンはどこかのホテルの中にあるレストラン前に停まった。
時刻は12時。ここでランチをとることに。
メニューは英語だったが、よく見ると「Breakfast」が「Breafast」になっていたり、
(しかも、ランチメニューのところも同じBreafastになっている)
「Welcome」が「Wel come」だったり、Softdrinkのところにアルコール類が書いてあったりと、
間違いだらけだった。
レストランは両替もやっていた。レートは1ドル=3900リエル。
普通は1ドル=4000リエルなので、やや割高だったが、
カンボジアリエルを持っていなかったので、10ドルほど両替することにした。
私が注文した牛肉の焼き飯は味が薄くイマイチだった。
ユリが注文したライスポークはなかなかこなかった。
昼食を食べていると、次々とバンがレストランに到着する。
しばらくして、大型のバスがやってきた。
どうやらあれに乗るらしい。ここは中継地点のようだった。
私たちのバンが一番のりだったようである。
第1陣のみんながランチを食べ終わり、第2陣、第3陣の人たちが食べ始めたころ、
ようやくユリのライスポークが出てきた。
ご飯に豚肉を乗せただけの料理に時間がかかるとは思えない。
明らかに、忘れられていた。
フライドライス。7000リエル(約1.8ドル)。薄味であまりおいしくない
ライスポーク。6000リエル(約1.5ドル)。忘れられていた
みんなの食事が終わり、バスの係りの男が「プノンペン!」と叫ぶ。
バスが出発するらしい。私たちはシェムリアプまでなのでこのバスではないと思い、
座っているとシェムリアプ行きもおんなじバスに乗れということだった。
バスは大きかったがその分乗客も多いので、席はほぼ満席。
私たちは出遅れた分座れるところが少なく、別々に座ることとなった。
ユリの方はまだましだったようだが、私の席は荷物が積んであるところの前で、
そのせいか極端に座席幅が狭く、体を正面にすると狭すぎて座れず、
横向けにしてシートの上に横になるような形でやっと座ることができた。
今までのバス至上で最悪の席に、私は席運のなさもついにここまできたか。。。
と1人落ちこんだ。
砂埃がたちこめる、未舗装道路の悪路が続き、3時間ほどたったころ。
川沿いのキレイな町並みが見えてきた。
そこはクラチェだった。
バスはあるゲストハウスの前で停まった。
ゲストハウスの客引きがバス内に入ってきて、
「クラチェで降りる人はいないか?」と聞いてまわる。
何人かが降りていった。
私たちも1泊しなければならないのだが、
旅行会社の女性は「クラチェ」とは言っていなかった。
私が思っていた「ブンカム」は朝の10時頃にとっくに通過したし。。
時間的には4時すぎで丁度良い時間なんだけどな。。。
(カンボジアは夜は危ないと聞いていたので、
私は日が落ちる前には宿に到着するのだろうと思い込んでいた。)
などと1人思いながらも、クラチェで降りることなくそのまま乗ることにした。
ユリもここで降りるのではないかと思っていたようだった。
バスは再び走り出す。
クラチェで降りた人の席が空いたので、ようやくまともな席に移ることが出来た。
しばらく進んだ後、運転手はある集落の前でバスを停めた。
まさかこのあたりで宿泊することになるのか?と思っていると、
運転手は路上のジャックフルーツ屋と何か話しはじめた。
話が終わり再びバスは動き出した。かと思うと、2、300メートルして再び停まった。
別のジャックフルーツ屋の前だった。
運転手はまた何か話している。どうやら値段を聞いているようだ。
ここでも思った値段ではなかったらしく、運転手は再び別の店へとバスを走らせる。
3、4軒まわったところで話がまとまったらしい。
バスの中に大量のジャックフルーツが運ばれてきた。すごい量を買うものだ。
家族で食べるのか?ひょっとしたら売り物にするのだろうか?
いづれにせよ、仕事中であるにも関わらず、マイペースな親父である。
日本なら考えられない話だ。安くで買えたのか運転手はご機嫌だった。
ジャックフルーツ屋。大量に購入した運転手は満足げだった。
私はベトナムで食べたことがあったが、あまり好きではない味だった
さらにバスは走り出した。
しばらく走りだんだんと暗くなりはじめてきた頃、
またもやバスは停まった。店の前だった。トイレ休憩か?と思いきや、
運転手は何やらバス内に積まれていた荷物を店に持ち込み、話をしている。
どうやらまた個人的な用事であるらしい。
ふと、フランス人の女性がトイレに行こうと車外へ出て行った。
1人出て行くと我も我もと続いていくものだ。
乗客は次々と車外へ出て行った。
タバコを吸う人たちはここぞとばかりに火を点ける。
そうこうしているうちに運転手が車内に戻ってきた。
しかし、タバコをまだ吸い終わっていない人たちは車内に戻ろうとしない。
運転手は自分の用事が済んだので早く出発したいのか、その人たちに文句をいっていた。
私も早く出発して欲しいので運転手と同じ気持ちだったのだが、
考えてみると、自分の用事でいらぬ寄り道をするくせに、人がタバコを吸うことが待てないなんて、
随分、自己中な運転手である。
スモーカーが「あと2、3分待って」と言うと、運転手はムスッとしていた。
バスの運転手は英語があまり出来ないらしい。
フランス人男性がタバコを吸い終わり「いつプノンペンに着くのだ?」と聞くと、
ムスッとしながらも両手を広げて、指で10とやった。
10時間か10時かわからなかったそのフランス人は、
自分の時計を指さしてもらっていた。どうやら10時に着くらしい。
ここらでようやく確信が持ててきた。
旅行会社の女性は「プノンペン」と言っていたのだ。
私が「プンペン」だか「プンカム」と聞き取っていたのは、カンボジアの首都プノンペンだったのだ。
7時頃、バスは夕食のため、道路沿いの食堂に停まった。
食堂は閉まっていたが、運転手がクラクションを鳴らすと扉が開いた。
チャーハンを注文した。ストゥントゥレンとは違いなかなか美味しかった。
中華風味付けでおいしく量も多いチャーハン。7000リエル(約1.8ドル)
プノンペンへと続く国道は並木道が続き綺麗だ。
だんだんとネオンの明かりが増えてくる。
華僑が多いようで、中国語のレストランやホテルが目立つ。
大きな橋を渡ると、いっきに車の量が増えた。
ついにプノンペンに到着した。
バスはそのまま、大きなホテルの前を通り過ぎ、薄暗いバスターミナルに到着した。
扉が開くなり、ホテルの客引きが入ってくる。「シェムリアプ」という言葉が聞き取れた。
私たちはその男に言われるまま後をついていった。
外国人がたむろするバーやレストランが立ち並ぶ路地を奥まで進んでいく。
案内されたのはレイクサイドゲストハウスだった。
1泊4ドルの部屋を案内されたが、水シャワーだったので、
5ドルのホットシャワーが出る部屋にした。
始めは6ドルだったが、どうしようかしぶっていると5ドルになった。
安いだけあり、あまり良い部屋ではなかった。
14時間の長旅がようやく終わった(yo)
ラオス~カンボジアへ。14時間の道のり。その1、国境越え
ドンデットからカンボジアへは、まず船でナカサンまで行き、
そこからバスに乗り換えて国境を越える。
船の出発時刻は朝8時。
朝、身支度をして、鍵を返しに行こうとしたら、宿の人はだれも出てこなかった。
しょうがないので鍵は部屋に掛けたままにしておいた。
宿代は前日にチェックアウトしておいたので問題はなかったが、
もし払っていなかったら、船に乗れたかどうかわからない。
ここの人は結構いい加減なもので、チェックアウトの時も、
宿帳にちゃんと記入してあるにもかかわらず、それをちらりとも見ないでに何日泊まった?と
逆に聞かれてビックリした。自己申告制なのか?
本当は3泊のところ、1泊と言ったら1泊になったのだろうか?
レストランもあまりやる気がないらしく、
注文してから出てくるまで30分は待たないといけなかった。
まぁ、それはこの島の時間と合っているので必ずしも短所ではなかったのだが。。
出発前、トイレからは大きなおならが続けて2発放たれた。
主はどうやら昨日のギターマンだ。
なかなか渋めの男なのに、顔に似合わず屁は豪快だ。
2発の屁に見送られ、バンガローを後にすることとなった。
バンガローから船着場までは歩いて5分くらい。
8時前に到着する。
朝、船着場前で船を待っていると、奇妙な一団に遭遇。
楽器の演奏とともに歌を歌い人々を笑わせていた。
彼らはその見返りとしてレストランの人からお酒を貰っていた
船はやはり8時になっても出る気配がない。
チケットの日付が違うので不安になったが、
15分後、それは杞憂に終わった。
ツアー会社の人らしきおじさんが乗ってくださいと合図してくれた。
船には私たちの他に欧米人の女性が1人乗っていた。
これから学校に行く子供達や、通勤するおじさんも一緒に乗っている。
船は日常的に村人の足となっているようだ。
10分ほどでナカサンに到着し、バス乗り場へ案内される。
バス乗り場にはすでに先客の旅行者が待っていた。
すぐに出発するのかと思いきや、ここでしばらく待つことになった。
朝ごはんでも買いに行こうとお店を探して歩いていると、
給油中のバスを発見した。
もしやあれに乗るのではと思ったその時、
バスは走り出し、そしてバス乗り場の前で停まった。
このままでは乗り遅れてしまうと思った私たちは、
何も買わずに急いでバス乗り場まで引き返した。
あぶなかった~と一息ついた私たちだが、
バスはまだ出発しようとしなかった。
予定時刻より早いのだろうか?
一体全体どういうことか分からないが、
私たちはバスの前でさらに待たされることとなった。
更に10数分してようやくバスに乗り込むことができた。
結局バスが出発したのは9時半くらいだった。
国境へは30~40分ほどで着いた。
すごく近い。広い道路に突然遮断機が現れたところで、
私たちは降ろされ、出国のための手続きをすることとなった。
掘っ立て小屋のようなイミグレーションには係官が二人おり、
外国人のパスポートに次々とスタンプを押している。
ワイロを要求されると聞いていたが、やはり1ドル要求された。
無事に出国スタンプを押してもらい、再びバスに乗り遮断機を越え、
カンボジアへ。1~2分ほどでカンボジア側のイミグレーションに到着する。
いつも思うことだが、それぞれのイミグレーション間のこの空間は、
一体どちらの国なのだろう?どちらの国でもないのだろうか?
カンボジアに入国する際はどんな場合でもビザが必要で、
普通は各国の大使館等で取らなければいけない。
だが、入国予定日が決まっていなかった私たちは
あらかじめビザを取得していなかった。
それは、ラオスとの国境でアライバルビザが取れるという情報があったからだ。
バスの乗客がそろってカンボジアのイミグレーションに行くと、
係官に「ビザは持ってるか?ノー?だったらそっちで取ってから来てくれ」と言われた。
引き返して少し手前のイミグレーションポリスなる建物に向かう。
するとバスの乗客は全員ビザを持っていなかったらしく、
みんなそろってその建物へ歩き出した。
そこでは問題なくビザを取る事が出来た。
ビザ代は21ドル(1ドルはワイロだろうか?)。
写真1枚を持参しなければならない。
モノクロコピーで乗り切ろうとした欧米人女性がいたが、断られていた。
別室で撮影でもするのかと思っていると、係官はおもむろに携帯を取り出し、
そのカメラでパシャッ。プリントアウトはどうするのだと思っていると、
申請用紙に何やら書きこんで、終了。適当というか融通が利くというか。。
それでもその女性は写真代として3ドル請求されていた。
ビザを入手し、あらためてイミグレーションに行く。
ここでもやはり1ドル請求された。
スタンプが押され、これで晴れてカンボジアに入国となった。
カンボジア側からラオス側を見る。ラオス↑の看板がいかにも国境らしい
この国境はいろいろな情報が錯綜しており、
実際来て見るまでは入国できるのかどうか不安だったのだが、
あまりにもあっけなく入国できたので、拍子抜けした。
手続きを済ませている間、ラオスのバスは引き返していったようで、
道路には私たちの荷物がぽつんと置き去りにされていた。
その荷物を拾い、遮断機を越え、カンボジア側に停まっていたバンに乗り込む。
3人がけのシートが3列並んでいた。
私たちはゆったり座りたかったので、最前列に座ることにした。
だが、これが裏目に出た。
本当なら私たちのほかに座るのは1人。
しかし、最前列には更にガイドらしき男が乗り込み、合計4人になった。
この間のナカサンまでの車といい。
なぜこうも窮屈な思いをしなければいけないのだろうか。
ついてない。(yo)
グッバイラオス。ギターの男
デット島での生活に今日で終わりを告げ、
明日からカンボジアへ向かうことに。
朝食はサンライズ側の雰囲気の良いレストランで。
欧米人の男性が働いており、パンを焼く釜もあった
島にはたくさんの旅行会社があり、カンボジアのプノンペンや
シェムリアプ行きのバス、ベトナム行きのバス等の手配をしてくれる。
船着場の隣のレストラン兼ツアー会社でシェムリアプまでのチケットを買った。
料金は1人35ドル。どこのツアー会社でもシェムリアプまでは、一律35ドルだった。
受付の女性によると、シェムリアプへは1日では着かず、
どこかで1泊しなければいけないという。
どこに1泊するのかと尋ねると、カンボジアの「プンカム」だか「プンペン」だと言った。
1泊4~5ドルの安宿らしい。
私がそのプンペンというのはどこにあるのだと、
傍にあった地図を指差しながら聞くと、それはデンデットの地図なので分からなかった。
とにかくカンボジアで1泊するのは間違いないらしい。
確か国境の町がブンカムだったので、そこに泊まるのかもしれない。
いずれにせよバスの人が案内してくれるだろうと思ったので、
まぁいいかと気楽な気持ちでいた。
70ドル払ってチケットを受け取った。
その時は気付かなかったが後で確認してみると、日付が6月15日になっていた。
明日出発なので、16日が正しいのだが大丈夫だろうか。
少し心配だったがそのままにしておいた。
チケットを買ったレストランで食べたココナッツカレー。
かすかな甘みがおいしい。10000キップ(約1.2ドル)
夕方頃、私たちの泊まっているバンガローにまた1人客がやってきた。
欧米人の男性でギターを抱えている。
その人は昨日から空いていた隣のバンガローに泊まる事にしたらしい。
以前から泊まっているもう方隣の1人旅の女性と親しげに話していたので、
彼女に紹介されたのかもしれない。
宿泊しているバンガローはハンモック付
部屋の中はベットのみ。電気は使えないが夜は裸電球がわずかに点る
ハンモックに揺られながら本を読んでいるとだんだんと日が沈んできた。
今日は天気も良くすごくきれいな夕日が浮かんでいた。
メコンに沈む夕日をぼんやり眺めていると、背後からギターの音色が聞こえてきた。
先ほどのギター男がおもむろにギターを弾き始めていた。
思わぬバックミュージックにしばし感慨にふける。
贅沢なひと時が流れ始めた。
しかしそんな至福のひと時も、突然ついた隣のゲストハウスのテレビの爆音に、
かき消されることとなった。
方やアコギの静かな音色、もう一方では場違いなポップミュージックの爆音。
二つの異なる音源に挟まれている状態は不快以外のなにものでもなかった。
このままバンガローでじっと騒音に囲まれているのは到底耐え切れない。
私たちはまだ済ませていなかった夕食をとりに、レストランへ移動することにした。
ギター男はその後、どこかからふらっとやってきた欧米人の女性と一緒に、
夜のバーかどこかへ消えていった。ニヒルな男だった。(yo)
ソムパミット(リーピー)の滝
デット島の隣にはコーン島というのがあり、
そこに滝があるというので見に行った。
滝の名前はソムパミット、
地元ではリーピーの滝と呼ばれているらしい。
歩いて行くのは遠いので自転車を借りることにした。
一見マウンテンバイク風だがママチャリのハンドルを持った、
レンタルバイシクルの料金は1人10000キップ(約1.1ドル)。
田舎道をひたすら自転車で進んで行く。
出発してからおよそ15分。砂利道に差し掛かった。
大きめの石にタイヤをとられながら進んでいると、
急にユリが乗っていた自転車のチェーンが外れてしまった。
まわりは田んぼ。誰もいない。
この先、自転車を押していく事は不可能。
かといって来た道を引き返すのは、
すでに相当走ってしまった今となっては憂鬱極まりない。
となると、自力で直すしかない。
チェーンを再びギアに引っ掛けペダルを回したり、
あれこれいじってみること数分。
苦心の末、ついにギアとチェーンは噛み合い、
再びタイヤを回すことが出来るようになった。
やれば出来るものだなぁ。
自転車も直り、再び走り出した。
デット島とコーン島は橋でつながっており、
自由に行き来できるようになっていた。
この橋は昔、フランス軍が物資を運ぶために敷いた、
鉄道のなごりであるらしい。
橋の傍らには線路の残骸が無造作に置かれていた。
橋を渡りきったところにはチェックポイントがあり、
通行料として1人9000キップ(約1ドル)払わなければならなかった。
滝はまだまだ先らしい。
しばらくして、寺院に差し掛かった頃、
遠くで水が激しく流れる音が聞こえてきた。
いよいよか。さらに農道を進んでいく。
水牛たちが木陰で体を休めている。とてものどかだ。
滝の入り口には焼きバナナを売るおばあさんがいた。
こんなところに1人で、
おそらく滝を見にやってくる外国人相手に商売しているとは、
なかなか商魂たくましいおばあさんだ。
焼きバナナは1本1000キップ(約0.1ドル)だった。
ソムパミットの滝は滝というよりは激流といった風だった。
高いところから落ちるのではなく、
大きな岩に水が激しくぶつかって流れ落ちていて、大迫力。
一歩間違えば、激流に飲み込まれてしまうというのに、
地元の人は生活の一部にしているようで、
滝に注ぐ流れの一部に魚を獲る網が仕掛けられていたり、
岩と岩の間に木で簡単な橋が掛けられたりしていた。
激流の滝。欧米人の女性が木で作られた橋に寝ころんでいる。
急な崖になっているのに勇気のある方々だ
滝の迫力を十分堪能した後、
少し先にビーチがあると看板にあったので見に行くことにした。
雨のぬかるみで悪路となっている道を抜け15分ほどすると、
急に視界が開け、砂浜のようなものが見えてきた。
確かに広い砂浜はビーチとも言えなくはないが、
そこは紛れもなく川辺だった。
滝から流れ落ちた水が勢いを弱めて緩やかに流れていた。
これをビーチと呼んでよいものか疑問に思いながら帰路につく。
貨物を引き上げる何かか?これもフランス軍の残したものだろうか
帰り道、水牛たちはまだ、同じ場所で休んでいた。
再び橋を渡り、チェーンの外れた砂利道に差し掛かると、
後ろから子供が自転車で追い越して行った。
振り返るともう1人同じく子供が自転車でやってくる。
そして、同じように私を追い越そうとしたその時、
突然自転車が停まり、子供が地面に足をついた。
どうやら、チェーンが外れてしまったらしい。
奇しくもそこは、朝、ユリの自転車のチェーンが、
外れた場所であった。
ここの道はよくチェーンが外れるようだ。
無事バンガローに戻ると急に雨が降ってきた。
もう少し遅くなると、ずぶ濡れになるところだった。
あぶなかった。(yo)
ラオスフードの餅米を食べた。この日夜に行ったレストランは少々高めだったが、
料理にはご飯がついてきてお得感があった。
トムヤムスープ、スパイシーチキンともに20000キップ(約2.3ドル)
ドンデットの夕日
次の目的地はラオスの最南端。
カンボジアとの国境も近いデット島だ。
この地域はメコン河に約4000もの島々が浮かんでいるので、
シーパンドンと呼ばれている。
ラオス語でシーパン(4000)ドン(島)という訳だ。
シーパンドンの中でも大きな島がデット島で、
そこには旅行者向けのバンガローがたくさんあるらしい。
島へはナカサンという村からボートで渡らないと行けない。
朝早く、私たちはローカルバスでナカサンを目指すことにしていた。
パクセーのホテルからバスターミナルまでトゥクトゥクで10000キップ(約1.1ドル)。
バスターミナルからナカサンまでは30000キップ(約3.5ドル)ということだった。
VIPバスだとわずか2時間ほどで到着するとのことだったが、
一人60000キップ(約7ドル)もするので、
時間がかかってもトータルで2ドルほど安いローカルバスで移動することにしたのである。
7時過ぎにホテルをチェックアウトし、
バスターミナルまでのトゥクトゥクを拾おうとすると、親父が声をかけて来た。
「どこへ行くんだい?シーパンドン?それならVIPバスの方がいいよ。」
聞くと、ローカルバスはナカサンまで40000キップ(約4.6ドル)らしい。
ガソリン価格が値上がりしているため、運賃も上がったようである。
こうなるとVIPバスとローカルバスの違いはトータルで、
わずか10000キップ(約1.1ドル)しか変わらない。
4時間かかるローカルバスにメリットを感じられなくなったので、
急遽VIPバスで行くことに決めた。
VIPバスはバスターミナルに停まっており、
そこまでのトゥクトゥク代は、フリーという事だった。
バスターミナルに着き、その場で料金を払い、VIPバスに乗り込む。
乗客は私たちのほかにもう一組だけだった。
バスが走り出すと案の定、客をピックアップしにホテルを回りだした。
やっぱり満員にするんだろうなぁ。
と思いながら、窓を眺めていると見覚えのある風景が。
なんと走り出したバスは私たちの泊まっていたランカムホテル前に、
再び戻ってしまった。
そしてしばらく停車。どうやらそこはツアー会社の前だった。
このバスはパクセートラベルとは別のツアー会社のバスだった。
バスターミナルまで行く必要があったのだろうか?
こんなことなら、おとなしくホテルの前で待たせとけば良いではないか。
不思議に思っていると、ぞろぞろと人が乗り込んできた。
6人乗りのバスは一杯になった。しかし乗客は7人。
後ろの席に3人、前の席に4人座らされた。
私たちが座ったのは前の席。
3人がけのシートに4人も座るものだから、とても窮屈である。
おまけに、隣の欧米人は足を開けて多くのスペースをとっている。
私は足も閉じて体を出来るだけ小さくして乗っているというのに。
なんで欧米人はこんなにも態度がでかいのだろうか。
窮屈なのは急遽当日私たちが増えたためであったのかもしれない。
私は2時間その狭さに耐えなければならなかった。
バスはやはり昨日と同じように一度ムオンまで寄り、
またそこで一人ピックアップした。
その人は助手席に座ることになった。
主要道路からナカサンへと続く道は悪く、
水溜りの上を通るたびに、バスが激しくバウンドした。
ナカサンの船着場からドンデットまでは一人15000キップ(約1.7ドル)。
メコン河はすごいスピードで流れている。
こんな流れの速い中ををボートで渡れるのだろうか?
心配していると、ボートの親父がエンジンをかけはじめた。
モーターボートだった。それなら安心だと船が出発するのを待つ。
しかし、壊れているのか一向にエンジンがかからない。
5回6回、なんどか紐をひっぱってやってようやくかかった。
さて、これでようやく出発だと思うことも束の間。
岸を離れてしばらくすると、エンジンがプスプスと頼りない音を出して、停まった。
あぁ、流される~!
しかし、幸いにもまだ岸からそう離れていなかったので、
岸にいた親父が手でボートを引き寄せ、最悪の事態は免れた。
あぶなかった。
新しいボートに乗り換えて、仕切りなおす。
乗り換えたボートは一発でエンジンがかかった。。
デット島にはたくさんのバンガロー型ゲストハウスが建っており、
主にサンライズ側とサンセット側に分けられる。
私たちは夕日を眺めることができるサンセット側に宿をとることにした。
何軒かまわって部屋を見せてもらう。
ほとんどの部屋は竹で編まれた壁に蚊帳と一緒にベッドが1つだけ。
という簡素なもので、トイレやシャワーは共同。
シャワーは水のみでホットシャワーはなく、おまけに電気も使えなかった。
大体が一泊30000キップ(約3.5ドル)の中、
私たちはティーナゲストハウスというところに決めた。
一晩20000キップ(約2.3ドル)で、トイレが洋式だった。
バンガローには私たちの他に3人ほど宿泊しているようだった。
島はとてものどかで牛の糞がそこかしこに落ちている。
小さな島は外国人旅行者で一杯だった。
電気は通っていないので、発電機で発電している。
そのせいか、インターネット屋の料金は1分400キップ、
1時間24000キップ(約3ドル)とかなり割高だった。
サワンやパクセーと比べると物価も少々高いようである。
ひととおりブラブラすると、
バンガローのハンモックに揺られながらメコン河を眺めた。
のんびりとした時間が流れはじめた。(yo)




















