ペトラの夕べ ペトラバイナイト
ペトラでは週三日、月・水・木に、
夜のペトラをベドウィンの音楽を聴きながら楽しむ、
ペトラバイナイトというイベントが開催されている。
そして、たまたま今日は月曜日だった。
せっかくなので参加したいと思い、
宿のオーナーに尋ねると、チケットはここで買えるという。
一人12ディナール(約1950円)その場で支払った。
イベントの開催時刻は8時30分。
完全に陽が沈む前の7時すぎ頃。
宿で振舞われるブッフェ式の夕食を横目に、
私たちはペトラ遺跡まで徒歩で向かった。
途中、パン屋で1キロ1ディナールのパンを半分(約81円)と、
クッキー310g0.75ディナール(約122円)を購入した。
その隣の商店では、缶ジュースが0.2ディナール(約32円)で買えた。
コーラ1.25リットルも0.7ディナール(約110円)だった。
ペトラは物価が高い高いと聞いていたが、安い店もあるようだ。
くねくねと湾曲した谷の道を下っていく。
すっかり陽も沈んだ中、山の斜面の家の明かりが綺麗に輝いていた。
遺跡に着くと、ビジターセンターでチケットを見せ、名前を記入した。
なぜかチケットを明かりに透かして見られたが、
偽造チケットでも出回っているのだろうか。
はじめはチラホラだった客の数はだんだんと増え、
開始直前になると、かなりの人数が集まった。
大人数で真っ暗な中、地面に点してある蝋燭の明かりだけを頼りに、
遺跡内のエルハズネまで歩く。
遺跡の入場ゲートに足を踏み入れた途端、
さっきまでは見えなかった星たちが急に夜空を彩りはじめた。
暗闇に紛れた、らくだや馬の糞を警戒しながら、
切り立った岩の間を進むこと30分。
急に目の前が開け、エルハズネが姿を現した。
地面一杯の蝋燭の明かりに浮かびあがるその姿は幻想的だった。
ござが敷かれたその場に寝転がると、空には無数の星が輝いていた。
満点の星空の下、ベドウィンの歌声と笛の音を聴いていると、
はるか昔にタイムスリップしたような感覚になった。
電気もなにもない時代。暗闇の中で、どこからか笛の音が聞こえてくる。
文明の喧騒とはまったく無縁の空間で、
夜が本当に闇だった時代にしばし思いを馳せた。(yo)
モーゼの泉
バレンタインインに宿泊することにした。
ドミトリーで1人3ディナール。
従業員は無愛想だが、丘の上にあり、眺めが良く、
なかなか開放的なロケーションだった。
このワディ・ムーサの町には、
モーゼが岩を杖で叩いて湧き出させたという泉があるらしい。
その伝説のアイン・ムーサは谷の入り口あたりにあるらしかった。
だが、そこへの道のりは大変厳しいものであった。
アンマンもそうだが、この町は谷に沿って広がっている。
基本的に平らな道はない。
おまけに、坂道という坂道はかなりの急勾配。
炎天下の中、急な坂を上っていく。
途中、下校途中の小学生の一団に出会った。
彼らは私たちを見るやいなや「ワッツユアネーム」と聞いてくる。
しかし、名前を教えてやっても別にフーンといった様子で、反応が薄い。
自己紹介が始まるわけでもなく、ただ名前を聞くだけである。
エジプトでもそうだったが、とりあえず名前を聞くことが、
彼らの挨拶なのだろうか。
エジプトでは一昔前、「おしん」が流行っていて、
日本人女性はみんな「おしん」みたいだと思われており、
名前が「おしん」じゃないとがっかりする。
というのを何かで読んだことがあるが、どうやらそれとも違うようである。
このあたりかな?と思って、彼らに場所を聞くと、
アイン・ムーサはまだまだ上だった。
どうやら、思っていたより相当、遠いようである。
そんなに遠くないだろうと思っていた自分が甘かった。
見上げるとまだまだ果てしなく坂道は続いている。
いつ到着するか分からないので、ユリは諦めて宿に戻ることになった。
一人になっても坂道は変わらない。
谷を下りるバスや谷を出て行く車と何台もすれ違いながら、黙々と歩を進める。
15分程経ち、ようやく眼前に三つの白いドームのようなものが見えてきた。
アイン・ムーサの入り口には砂絵売りの青年がいた。
彼は私が泉内へ入ると、簡単な説明をしてくれた。
お金が目当てなのかと少し警戒したが、そうではないようだった。
椅子に座って、日本人女性が好きだという青年としばらく話していると、
泉に次々と地元の人がタンクを持って水を汲みにやってきた。
アイン・ムーサは地元の人の水瓶だった。
私も空のペットボトルに水を汲ませてもらった。
聖水は冷たく、まろやかでおいしかった。
辛い坂道を延々と登ってきたことが報われた気がした。(yo)
モーゼの谷へ
ファラホテルのドミトリー(9ベット)は地下にあった。
早朝、他の人を起こさないように部屋を出る。
階段を上ると猫がやってきた。
このホテルには何匹か猫が住んでいるが、
特に茶色の縞柄の猫は人懐っこくてかわいらしい。
レセプションでは、従業員がまだソファの上に横たわっていたが、
前日たのんでおいた朝食の件を尋ねるべく、起きてもらった。
このホテルは朝食付きなのだが、食べられるのは7時からだった。
5時に出て行く私たちは食べられないのだが、
お弁当として包んでくれるということだったのだ。
てっきり用意してあるのかと思ったら、そうではないようだった。
従業員は寝ぼけた体を動かして、冷蔵庫からジャム、バター、ゆで卵を取り出し、
袋に入れてくれた。パンは7時にならないとないらしく、貰えなかった。
どちらかというと、パンが一番重要なのだが、しょうがない。
礼を言ってホテルを後にした。
JETTバスのオフィスへはセルビスで行くつもりだった。
しかし、早朝5時には一台も停車場の前を通る車はなかった。
30分ほど待って、やっと一台の車が通ったが、
行き先を告げると2ディナールと言われたのでやめた。
6時少し前になると、ようやく人が集まり出した。
欧米人パッカーの二人もやってきた。
私たちの乗るバスは6時30分発だ。
そろそろオフィスへ向かわないとやばい。
このまま待っても来るかどうか不安になったので、
タクシーで行くことにした。
欧米人パッカーに行き先を尋ねると、
やはり彼らもJETTバスオフィスへ向かうという。
どれくらい待ってるの?と聞かれたので、
55分位というと、ものすごくビックリされた。
運良く4人でタクシーをシェアすることになった。
2ディナールのところを1ディナールで行く事ができた。
オフィスに到着すると、すでにたくさんの人が待っていた。
ダマスカス行きの欧米人二人とは、別のオフィスなのでここで別れた。
JETTバスの車内はきれいで広々としており、
ペトラまでの3時間30分は快適だった。
さすがに1人8ディナール(約1300円)するだけの事はある。
バスが到着したのはペトラ遺跡の入り口前だった。帰りの便は5時。
このまま日帰りで遺跡を観に行く人が大半のようだった。
ペトラで1泊するつもりだった私たちは迷った。
ペトラはアンマンよりも物価が高いと聞いていたからだ。
しかし、荷物を全て持ってきてしまっていたので、
やはりペトラで1泊することにした。
タクシーで安宿のあるワディ・ムーサの町まで2ディナール(約320円)。
セルビスだと町のすぐ近くにターミナルがあるので、
そっちのほうがロスが少なかったかもしれない。(yo)
盗難事件発生!
私たちは、RIVIERA HOTELに泊まっていた。
ここは「歩き方」にも載っている。
「歩き方」には英語が話せるスタッフがいると紹介されていたが、
オーナーらしき人は英語がほとんど話せなかった。
でも、なんだか憎めない若い兄ちゃんだ。
昨夜、共同シャワーに入ると、
ホットシャワーが出ると聞いていたのだが、全然でなかった。
しかも水はチョロチョロ。体もろくに洗えないほどだ。
仕方なく、この日はチョロチョロ冷水シャワーで入った。
朝、トイレに行くとアラブ人らしき男とあいさつをかわした。
ここのホテルは出稼ぎのアラブ人達が多いみたいだ。
部屋でぼーっと過ごしていると、ドアをノックする音が。
開けると3人の男が勝手に私達の部屋に入り込んできた。
作業員っぽい服を着たその中の1人のおじさんが、
部屋の洗面所の水道をひねり「シャワー?」と聞いてくる。
あのシャワー。やっぱり壊れてて、
修理のおじさんが来てくれたんだな。と思った。
私たちは「そう、シャワーがでない」と英語で言うが、
おじさんは英語があまりできない素振りをみせ、
「シャワー室に来い」と言う。
二人でシャワー室に行くと、おじさんは蛇口をひねって水を出し、
「よし今からシャワーに3人で入ろう」と、
わけの分からないことを言い出した。
しかも私へのボディタッチがやたらはげしい。
だんだん腹が立ってきた。
「むかついてきたし、なんか変じゃないこの人、気持悪いよ。」
とヨウヘイに言い、二人で部屋に帰ろうとした。
先にヨウヘイが出たのを見ると、
親父は私だけひっぱりトイレに引き込もうとする。
怖い!!
振りほどき、急いで部屋に戻ると、
また勝手に部屋に入ってくる。
「あなたはホテルの人か?」と聞いたら、
私は英語が話せないと言い出した。
全然部屋から出て行こうとしないので、
ヨウヘイを残してレセプションに行き、
「シャワー全然使えないんですけど。」とオーナーに言った。
なぜか3人の男もあわてて降りてきた。
オーナーは鍵を取り出し、
すぐにホットシャワーのスイッチをいれた。
「はじめからいれとけよ!しかも変な修理人つれてきやがって」
と二人でむかついた。
宿を変えるか迷ったが、明日はペトラに向かう予定なので、
もう一泊我慢しようと話し合った。
午後、ペトラ行きのバスのチケットを買うために、
JETTバスのチケットオフィスへ向かう。
今までチケット等を買う時はアラブ時間にいらいらした私達だったが、
ここのオフィスは日本と同じような整理券の機械まであり、
5分ほどでチケットを購入できた。
さすがJETTだけあって仕事が早い。
チケットを財布にしまおうとショルダーバックを開けると、
財布がない!!
もしかして?!!朝の男達?
でも、時々リュックに財布を入れ替えたりしてたし、
宿に置いてきたのかも。
急いでタクシーを停めるが、
どのタクシーもめちゃめちゃ高い値段を言ってくる。
ここからだと大体0.5ディナール(約80円)が相場なのに、
停まるタクシーは、みんな3ディナール(約480円)とか言ってくる。
ぼったくりタクシーばかりだ。
何台もタクシーを停めて聞くがみんな高い。
仕方なく2ディナールで乗った。
宿近くに着きメーターを見ると、
やっぱり0.5ディナール位の距離。
ヨウヘイがメーターを指さして、
「0.5ディナールじゃないのか」というと、
おやじはちっと舌打して、
「これは古いメーター、今は1.5ディナール。」と言ってきた。
こっちが舌打ちしたいよ。
しかたなく、1.5ディナール払い、
急ぎ足で部屋にもどる。
リュックの中身を探るが、やっぱり財布がない。
ここの部屋ではなく、どこか他の場所ですられたのだろうか。。。。
ふと、ヨウヘイがベッドの下を覗き込んだ。
なんと、そこには私の財布が捨てられるように置いてあった。
これは確実に朝の男達の仕業にちがいない。
すぐさまレセプションへ。
「お金が盗られた!」とオーナーに言う。
オーナーは、余り理解出来ていなかったようだが、
私が凄い剣幕だったので、
慌てて宿泊客で英語の出来る人を連れてきた。
つたない英語で一生懸命説明する。
通訳してもらって、オーナーはやっと理解したようだった。
私たちは「警察を呼んでほしい」と言ったが、
オーナーはどうしても呼びたくないみたいだった。
「あの3人はホテルの人ではないのか?」
と聞くとオーナーは知らないと言った。
話し合いの結果、
盗まれた金額をオーナーが支払うということで、
警察は呼ばないことにした。
もはやこの宿には泊まっていられない。
荷造りをして早々に宿を後にする。
オーナーはしょんぼりと「本当にごめん。」と何度も誤まってくれた。
幸運なことにその時は、
ほとんどのお金はヨウヘイが持っていて、
私の財布には5ドルしか入っていなかった。
クレジットカードも別の場所に入れていたのだ。
もし、ヨウヘイの財布や二人のパスポートが、
盗まれていたらと考えると恐ろしい。
いつもは寝るときに、
カメラやヨウヘイのウエストポーチを枕元に置いているのだが、
なぜか昨夜はクローゼットに入れておいた。
あの男達もさすがに、それには気が付かなかったようだ。
本当に不幸中の幸い。
落ち着いてよく考えてみると、
朝、あいさつをかわしたアラブ人が仲間に部屋を教えたのだろう。
結構、しつこく色々聞かれたし、私が部屋に入る所も見ていた。
セクハラ親父が私たち2人をシャワー室に連れ込み、
その間に残りの2人が財布から金を抜き取ったのだろう。
私たちもちゃんと確認せずに、
知らない人を部屋に入れ、
鍵を開けたまま二人で外に出てしまうなんて、
本当に間抜けだ。
盗まれても仕方がない状況をつくってしまった。
もっと気を付けなければならないと落ち込んだ1日だった。(yuri)
事件後、この料理と店員の優しさに私たちの心も温まった。しょっぱなから散々な目に会ったが、
アンマンも悪い人ばかりでじゃないです。4ディナール(約650円)
ここがアンマンか
アンマンには一時間半ほどで到着した。
空港から市内へはエアポートエクスプレスというバスを利用した。
ガイドブックには1.75ディナール(約285円)と書いてあったが、
3ディナール(約489円)に値上げされていた。
外国人価格か?と疑ってみたが、
みんなその値段で乗っているようだった。
水を買おうとしたらなんと0.75ディナール(約122円)もした。
ガイドブックには水1.5リットルが、
0.35ディナール(約57円)と書いてあったので、
これは驚くべき値上げである。
果たして、この先やっていけるのだろうか。
私たちはヨルダンの物価上昇に驚愕し、
急に不安になった。
しかし、後になって街中で水を買うと、
0.35ディナールだったので、
どうやら空港価格だったらしい。
ちょっと安心した。
ガイドブックによれば、バスはダウンタウン近くの
ムジャンマ・アブダリに着くということだった。
しかし1時間ほどで到着したバスターミナルは、
アブダリではなかった。
バスから降りるなり、タクシーの運転手が寄ってきて、
アブダリはもっと先だという。
タクシーだと5ディナールで行けるらしい。
向こうから寄ってくるタクシーは、
必ずボッタクッてくるという経験から、
無視してアブダリ行きのバスを探した。
バスはすぐ見つかった。
一人0.25ディナール(約40円)だった。
アブダリへは30分ほどで着いた。
どこで降りたらよいかは、乗客が教えてくれた。
一体、エアポートバスはどこに到着したのだろう。
アブダリ周辺で宿を探すつもりだったが、
やはり、宿代は上がっていた。
ある宿では先月までは10ディナール(約1630円)だったが、
政府の要請かなんかで、今月から18ディナール(約2930円)になったと言ってきた。
本当かどうかわからないが、それでは泊まれないので、
2泊するから10ディナールにまけてくれと言ったら、
少し考えてからしぶしぶオーケーしてくれた。
しかし、よく考えてみると10ディナールでも結構な値段である。
ユリと相談して、「やっぱりやめます。」というと、
オーナーは「二度とくるんじゃねぇ」とスゴイ剣幕で怒り出した。
せっかく負けてくれたのに悪いことをしてしまった。
これは、明らかに私が悪い。
暑さと疲労は頭の働きも鈍らせる。
反省しながら、そのままダウンタウンに向かうことにした。
ダウンタウンへはタクシーを使うと5分ほどで着いた。
気さくな運転手は英語が通じなかったが、
なんとか目的地まで連れて行ってくれた。
メーターを見ると0.45だったが、1ディナール払った。
宿は通りから少し階段をあがったところにあった。
トイレとシャワーは共同だが、
ダブルで8ディナール(約1304円)だった。(yo)
アザムというレストランで、薦められるままに注文した、羊料理。
腸にご飯を詰めたものと茹でた頭半分。大迫力の4.5ディナール(約733円)
どちらも似たような味で独特の臭みがある。ほほ肉が美味。スープはめちゃくちゃ塩辛い



