モーゼの泉
バレンタインインに宿泊することにした。
ドミトリーで1人3ディナール。
従業員は無愛想だが、丘の上にあり、眺めが良く、
なかなか開放的なロケーションだった。
このワディ・ムーサの町には、
モーゼが岩を杖で叩いて湧き出させたという泉があるらしい。
その伝説のアイン・ムーサは谷の入り口あたりにあるらしかった。
だが、そこへの道のりは大変厳しいものであった。
アンマンもそうだが、この町は谷に沿って広がっている。
基本的に平らな道はない。
おまけに、坂道という坂道はかなりの急勾配。
炎天下の中、急な坂を上っていく。
途中、下校途中の小学生の一団に出会った。
彼らは私たちを見るやいなや「ワッツユアネーム」と聞いてくる。
しかし、名前を教えてやっても別にフーンといった様子で、反応が薄い。
自己紹介が始まるわけでもなく、ただ名前を聞くだけである。
エジプトでもそうだったが、とりあえず名前を聞くことが、
彼らの挨拶なのだろうか。
エジプトでは一昔前、「おしん」が流行っていて、
日本人女性はみんな「おしん」みたいだと思われており、
名前が「おしん」じゃないとがっかりする。
というのを何かで読んだことがあるが、どうやらそれとも違うようである。
このあたりかな?と思って、彼らに場所を聞くと、
アイン・ムーサはまだまだ上だった。
どうやら、思っていたより相当、遠いようである。
そんなに遠くないだろうと思っていた自分が甘かった。
見上げるとまだまだ果てしなく坂道は続いている。
いつ到着するか分からないので、ユリは諦めて宿に戻ることになった。
一人になっても坂道は変わらない。
谷を下りるバスや谷を出て行く車と何台もすれ違いながら、黙々と歩を進める。
15分程経ち、ようやく眼前に三つの白いドームのようなものが見えてきた。
アイン・ムーサの入り口には砂絵売りの青年がいた。
彼は私が泉内へ入ると、簡単な説明をしてくれた。
お金が目当てなのかと少し警戒したが、そうではないようだった。
椅子に座って、日本人女性が好きだという青年としばらく話していると、
泉に次々と地元の人がタンクを持って水を汲みにやってきた。
アイン・ムーサは地元の人の水瓶だった。
私も空のペットボトルに水を汲ませてもらった。
聖水は冷たく、まろやかでおいしかった。
辛い坂道を延々と登ってきたことが報われた気がした。(yo)

