聖なる1日は雨
昨夜、サーメルのところでアフマドさんが教えてくれた話によると、
今日はイスラム教徒にとって、特に神聖な日なのだという。
何千年か前のその日、神がはじめて預言者ムハンマドに啓示を行い、
後にそれはクルアーンとしてまとめられることとなった。
そのはじめの啓示があった日がちょうどラマダンの27日目なのだとか。
そして、ラマダンの26日目にあたる今日は、
日付が変わると同時に訪れるクルアーンの誕生日のために、
夜半、多くのイスラム教徒がモスクに祈りを捧げに訪れるのだという。
話を聞いている最中。
アフマドさんは突然、テレビのニュースに目を留めた。
曰く、シリアの大統領直々に、
明日はみんなモスクにお祈りに行くようにという御達しがあったらしい。
そして今日。
イスラム教徒にとって、それほど重要で神聖な日は、
同時に私たちにとっても特別な日になった。
昼間、なんと雨が降ってきたのだ。
タイを出て以来、一度も見ることのなかった雨に、
約二ヶ月ぶりにシリアで再会することとなった。
それは、同時に夏の終わりを告げたようでもあった。
激しい雨がひとしきり降り終わると、アレッポの町は急に肌寒くなった。
今まで、夜でも半袖で丁度良いくらいだったのが、
寒気を感じるようになってきた。
そういえば、9月もまもなく終わる。
長い長い夏がようやく終わりを告げた。(yo)
乾杯!
そういえば今日はマーヘルと飲む約束をしていた。
しかし、8時にサーメルのところへ行っても、マーヘルは来ていなかった。
アンマールに聞いてみると、マーヘルはちょっと前に帰ったのだという。
むむ??
また戻ってくるのだろうかと思いながら、マーヘルを待つ。
1時間。
2時間が経ち、
アフマドさんやアブーディのおじさんたちなど、
いつものメンバーが現れてもマーヘルはやってこない。
3時間が経ってもマーヘルはついにやってこなかった。
またすっぽかされたのかぁ。。。。
そのまま12時頃になると、
みんなでアンマールの友達の歯医者のところへ行った。
アブーディのおじさんの運転で夜のアレッポをドライブする。
荒っぽいおじさんの運転は私を少々気持ち悪くさせたが、
深夜になっても街は活気に満ちていた。
細い通りを入っていき、路地裏にその歯医者はあった。
アブーディのおじさんは車を停めるのに随分手間取っていた。
縦列駐車に4回くらい切り替えしていた。
運転できない自分が言うのもなんだが、あまり上手くないようだ。
部屋に案内されるとオレンジジュースが出てきた。
男五人、揃ってオレンジジュースを飲んだ。
しかも男らしくぐび飲み!ではなく、ストローでチョロチョロと。
深夜に。
大の男が。
オレンジジュースをチョロチョロチョロ。
「子供かよ!」と日本では小馬鹿にされそうだが、
飲酒が禁止されているイスラム教徒にとっては、当たり前のことなのだった。(yo)
アパメア
アパメア遺跡に行ってきた。
アパメアへはアレッポから一度スッケルビーアまで行き、
そこからまたセルビスに乗り換える。
スッケルビーアまでの運賃は一人125ポンド(約300円)もした。
それよりやや遠いアレッポ~ハマ間が100ポンドだったことを考えると、
これは相当高い料金設定である。
値段が値段なので大型観光バスを期待したのだが、
やってきた車はやっぱり普通のワゴン車。
あれれ。
これなら普通のセルビスと変わらないではないか。
この車で125ポンドかぁ。
某ガイドブックには40ポンドとあったが、まさか3倍も高騰しているとは。
シリア人もチケット売り場で同じ値段を言われていたので、
外国人料金ということでもないらしい。本数が少ないためなのか。
そういえば、アルマアッラからデッドシティへ行くときも往復200ポンドとあったが、
500ポンドでないと行けなかったからなぁ。
「帰りはヒッチハイクも容易だ。」とも書いてあったが、ほとんど車が走ってなかったので、
「困難だ。」の誤植ではないかと思ったほどだったし。
そうかと思えば、前と変わらない値段もきっちり存在する。
おかげでこっちは、ぼったくりなのか?正規の値段なのか?
判断するのがすごく難しくなってしまっている。
スッケルビーアまでは、1時間30分もかかってしまった。
同じ車に乗っていたおじさんがアパメア方面に行くというので、
アパメア行き1人10ポンドのセルビスまで連れて行ってもらった。
10分ほど乗っていると、おじさんは「ここで降りるのだ!」と教えてくれた。
シリアの人はやっぱり親切だ。
遺跡までは坂道を上がっていかねばならない。距離もあった。
しだいにユリの歩みが遅くなる。と、バイクに乗ったおじさんがユリに近づいて来た。
まさか、辛そうなユリを見かねて後ろに乗せてくれるのだろうか?
だがしかし、おじさんは一言「がんばれよ。」と言って、去っていったのだった。
なんなんだ。ただの冷やかしか。
坂を上り切ると、ようやく遺跡が姿をみせた。
道路を挟んで左右に伸びている遺跡の片側には、チケット売り場がある。
小さな掘立小屋のような中を覗くと、おじさんが1人ぐったりと横たわっていた。
チケット売り場は片側にしかないので、反対側へはタダでいけそう。
チケット売り場の後ろを通っておじさんに見つからないようにすれば、こっち側も無料で観れそうだが。。
よからぬことを考えてはいけませんね
それにしても、観光客の姿が見えない。
結構有名な遺跡のわりには、やけに閑散としていた。
荒涼とした遺跡の世界最大と言われている列柱通りを歩いてると、
「亀だ!」
亀がいた。
なぜ?こんなところに?
急にテンションが高くなって、しばらく、眺めた。
亀の他にも地面からは奇妙な生き物が顔を出していた。クモ?かな
麓にあるモザイク博物館には様々なモザイクが無造作に展示されていた。
もう少し、きちんと展示してあれば良かったのに。勿体無い
帰り道。
麓からスッケルビーアまでのセルビスは、なかなかつかまらなかった。
満員ではないはずなのに、どのセルビスもなぜか停まってくれない。
こうなったらヒッチハイクしかないか。
途方にくれていると、さっそく一台の車が停まってくれた。
おじさんは私たちをスッケルビーアまで送ってくれたばかりでなく、
アレッポ行きのセルビス事務所まで連れて行ってくれた。
やはり本数が少ないようで、4時頃ですでに最終便のようだった。
無事にアレッポ行きのチケットを確保すると、
「それじゃあ。」と言って、おじさんは去っていった。
シリアのお金は受け取ってくれなかったが、
お礼に50円玉を渡すと喜んでくれた。(yo)
夜はちょっとリッチにレストランで。ミートボールのトマトソース煮込みは羊肉の臭みがほとんどなくて美味。
下はサラダのようなマトハフ。ホブスを揚げたもの?が入っており、
カリカリとした食感が良かった。全部で250ポンド(約600円)と以外に安くてびっくり
歯医者の仕事
またいつものようにサーメルのところへ。相変わらず、みんな忙しそうにしている。
マーヘルがいたので、「明日8時にビール」と念を押しておいた。
アブーディはいつも、大体9時から10時頃にその日にできた入れ歯を
他の歯医者に届けに行くのだが、この日は私も連れて行ってもらった。
歯医者のところに行くついでにネットカフェに寄り、
この前撮った、歯の画像をコピーするのだという。
歯医者はバスで5分ほどのところにあった。
どうやら集合住宅の中の一室で開業しているらしい。
アブーディが入れ歯を歯医者に届ける間、表で待つ。
待っているとマンションの中から子供たちがやってきた。
子供たちは私を見ると「ハロー?名前は?」と興味津々に話しかけてくる。
シリアの子供たちは、よく遅くまで遊んでいる。子供に限らず大人たちも夜が長い。
アブーディが言うには、シリアは警察が強いので犯罪が滅多にないらしい。
ときどき引ったくりがあるくらい。なのだとか。
「マフィアもいないから、アレッポはとても安全だ。」と言っていた。
入れ歯を届け終わると、私たちはネットカフェに行った。
料金を聞くと、1時間50ポンドだった。いつも行っているホテル近くのネットカフェは、
1時間100ポンドだというのに、少し離れると随分安くなるものだ。
ホテルの近くで、安いネットカフェはないか?と尋ねたが、
やはり少し離れないとないらしい。残念。
近くにもう何軒かあってもいいと思うが、なぜかその1軒しか見当たらないのしょうがない。
ネットカフェは満員だったので、私たちはしばらく待たねばならなかった。
ようやく順番が来てパソコンの前に座ったが、カメラを接続してもなぜか画像が表示されない。
結局、店の親父にたのんで、メモリーカードから読み込んでもらうことになったので、
わざわざ順番待ちすることもなかったのかもしれない。
その時、ハッとした。
よく考えたら、私のパソコンでアブーディのフラッシュメモリにコピーしてあげれば良かったのだ。
そしたらわざわざ、ネットカフェでお金と時間を使うこともなかったのに。
しかし、おかげでいろいろなところに行くことが出来たので、私にとっては良かったが。
アブーディにはネットカフェでいらぬ出費をさせてしまい、
申し訳ないことをした。。。ごめん。アブーディ(yo)
ハラブな日々
いつも行くと、忙しく仕事をしているというのに暖かく迎えてくれ、
帰る頃になると「また明日来いよ。」と言ってくれるドクター・サーメルたちだが、
ひょっとしたら、また明日。というのは、社交辞令なのかもしれない。
このところ毎日お邪魔しており、忙しそうにしている彼らを思うと、
さすがに気が引けてきたので今日は行かないことにした。
アロウダホテルの宿泊客には、欧米人やアジア人観光客はまったくおらず、
ほとんどがイランやイラク、トルコからやってきた人たちばかりだ。
陽気な従業員のザカリアさんに、「日本人客は来ますか?」と聞くと、
「ときどきね。」という答えが返ってきた。
私たちはその滅多にこない日本人客のうちの二人なのだった。
このおじさんは会うと、いつもニコニコと挨拶してくれる。
日本語の挨拶を教えてくれと言われたので、教えてあげると、
次にあった時は早速、「コン、ニチ、ワ」と挨拶してくれた。
イランから仕事でアレッポに来ているおじさんは英語がペラペラで、
たまにホテルの人との間に入って通訳してくれた。
2時間ほど停電して電気が使えなかったとき、ロビーでいろいろ話した。
何でも若い頃、ちょうど私たちと同じくらいのときに、いろんな国を旅したそうだ。
オーストラリアと日本を含むアジア諸国以外の国はほとんど行ったことがあるらしい。
イギリスとアメリカに留学していたこともあり、アメリカは車で横断したという。
なんの商売をしているかは謎だが、小さな仕事だと言っていた。
「日本はディスカバリー精神がある。スゴイ国だ。」
そういうおじさんは自分の国が嫌いなのだという。
「なぜか?」とたずねたら、絨毯ぐらいしか自国のオリジナルな産業がなく、
ほとんどの企業が外国資本で、物価も高く、環境も悪いからだということだった。
自分の国を誇りにしている人は良くいるが、
面と向かって嫌いだという人にはあったことがなかったので驚いた。
イラクからやってきたおじさんは、まるで友達のように明るく声を掛けてくれたが、
アメリカ軍の空爆で家族を失ったと言っていた。
英語がほとんど通じなかったが身振り手振りで伝わってきた。
笑顔の裏に大きな悲しみを抱えているのだと思うといたたまれなくなった。
シリアからほんの少し離れた国では、今も多くの人の血が流されている。
無言で鶴を折って手渡すと、おじさんは「ビューティフル。」と言って受け取ってくれた。(yo)




