デッドシティ
1500年ものあいだ、打ち棄てられていた村があるという。
かつて、ビザンチン時代には、600以上の集落がアレッポ周辺にあった。
しかしその後、多くの集落が打ち棄てられ、今では人ひとり住まない廃墟となって残っているらしい。
なぜ、打ち棄てられたのか?その理由は未だに謎だという。
デッドシティ。いつしか人はそう呼ぶようになった。
まるで村人が忽然と姿を消したかのように、突然、人が澄まなくなった多くの廃村。
歴史の狭間に埋もれてしまったようで、なんともミステリアスな香りがする。
このミステリアスな言葉の響きに誘われるようにして、
私たちは、数あるデッドシティのなかの一つ、セルジッラーに向かった。
アレッポを朝出発し、まずはアル・マアッラを目指す。
セルビス乗り場に着くと、まさに今アル・マアッラ行きが出発するところだった。
料金は1人60ポンド(約144円)。1時間ほどでアル・マアッラに到着した。
セルビスを降りると、ここからはバスが通っていないので、車を借りきらなければならない。
セルジッラーに行くというと、ワゴン型タクシーの運転手がさっそく、声を掛けてきた。
聞けば、片道で300ポンドだという。
高い。高すぎる。
ガイドブックには往復で200ポンドと書いてあった。
どうせ、吹っかけているのだろう。
だが、粘り強く交渉しても、往復500ポンドが限界だった。
それでも私たちが拒否していると、その運転手は諦めて車を走らせていってしまった。
まぁ。車は他にもあるさ。
と別の車を探すが、それがなかなか見当たらない。
一旦、トイレを借りるために近くの大きな建物に入った。
電気工場だというその建物の詰め所のようなところで、
ためしにセルジッラーまで往復、幾らくらいか聞いてみると、
おじさんは「600ポンドくらいかな。」と教えてくれた。
私が「500ポンドと言われた。」というと、「それは安いよ。」ということだった。
さっきの車に乗っておけば良かったということか。。。
あの運転手はセルジッラーのみならず、アル・バラにも連れて行ってくれると言っていたしなぁ。
ひょっとして、戻ってこないだろうか?と思ったが、そう、うまくは行かなかった。
しばらく町をぶらぶらして、再びタクシー乗り場に戻ってくると、若い兄ちゃんが声を掛けてきた。
「セルジッラーとアル・バラ往復で、幾らだ?」と聞くと、600ポンドと答える。
やはり、最初の親父が一番安かったのか。。。と思いつつも、なおも食い下がる。
「550ポンドが限界だ。」というので、
「そうか。じゃぁ他を当たるか。」と、行きかけた瞬間、
「オッケー。500ポンドでいいよ(約1200円)。」となった。
ようやく車に乗り込み、セルジッラーを目指す。
途中の道には、岩がゴロゴロしており、まさに草花が一切生えないという
デッドシティに相応しい、荒涼とした大地が広がっていた。
ほとんど車が通らない道を10分ほど走ると、多数の廃墟が見えてきた。
運転手は「ここがセルジッラーだ。」と車を停めた。
駐車場らしきところには、観光バスも停まっていた。
車を降り、石垣のちょっと崩れたところから、中に入る。
運転手は車の中で待っているのかと思ったら、ついてきた。
しばらく無言で廃墟内を見てまわった。
私が先頭で、興味がおもむくままに歩き回って、ユリと運転手がついてくる。
まるでドラクエの勇者とその仲間たちのような動き方がしばらく続いた。
廃墟には教会や浴場の後も残っている。
ガイドブックには草花一つ生えていないとあったが、草は生えていた。
アブドゥルというその運転手も興味があるのか、私が覗いたところを同じように覗いていた。
本当は自分も観光したかったのかもしれない。
「何回くらいここに来ているのか?」と聞くと、「3回くらい」と答えた。
入場料は結局、無料で観る事が出来た。
奥の方にチケット売り場のようなものがあったので、
もしかしたら、そこに近づくと請求されたのかもしれない。
30分ほどで廃墟を一周し、アル・バラへ向かった。
アル・バラにはピラミッド型の建物があるらしい。
セルジッラーのような場所かと思っていたら、普通に人が住んでいる村だった。
集落の中にぽつんと寂しくそのピラミッドはあった。
ピラミッドの周りも建物の跡のようなものが残っていたが、
特に他に見るべきものはなかったので、5分ほど過ごして帰路に着くことになった。
再び、アル・マアッラに戻り、アレッポ行きのセルビスに乗り込む。
また1時間かけてアレッポまで戻らねばならない。
ハイウェイをかっとばす車から、過ぎ行く外の景色を眺めながら思った。
デッドシティという名前に惹かれて、ここまで来たが、正直ちょっと期待はずれだった。と。
わざわざ、アレッポから1時間かけてまで、観に来る必要があったのかと。。。。
そんな私の気持ちを知ってか知らずか、ユリが思わず言った。
「デッドシティって言っても、ただの遺跡やん。大層な名前が付いてるけど、考えてみたらペトラもデッドシティやで。」
。。。確かに!(yo)
アレッポ城とシリアの友達
昨日は休館日だった博物館に行った。
ハマの博物館は失礼を承知で言えば、
まるで学生が作ったような展示品ばかりで、正直たいしたことなかったが、
ここアレッポの博物館に展示されているものは、なかなか見ごたえがあった。
勉強不足でどの文明のなんという遺跡のものかはイマイチよく分からないが、
椅子のように角ばった女性の像は、中でも独特の魅力を放っていた。
ここに置いてあるのはレプリカで、本物はドイツの博物館にあるらしい。
そして驚いたのは、確かメソポタミア文明のコーナーだったと思うが、
大きな帽子を被り、杖をもった人のレリーフが、
「風の谷のナウシカ」の確かオープニングに登場する古文書に出てくるものとそっくりだったことだ。
クラック・デ・シュバリエといい、ジブリの初期アニメのデザインが、
シリアで眼にしたものと似ていたことは、ちょっとした発見だった。
他にもローマ時代のものはもちろん、明らかにエジプト文明の影響を受けているものもあり、
さすがに文明の十字路と言われるほど、展示品は多彩だった。
博物館を堪能すると、アレッポ城へと向かった。
人がひしめき合って狭いのに、トラックさえも通行するオールドスークの長い坂道を抜けると、
目の前に巨大な城が現れる。
小高い丘に作られたアレッポ城からは、
東京タワーから東京の街を眺めるように、アレッポの街並みが一望できた。
シリアのカップルたちもよくデートでやってくるようで、城壁に座って見つめ合う男女を何組か見かけた。
景色もさることながら、城内はまるで迷路のように入り組んでおり、ちょっとした探検気分も味わえた。
ハンマーム跡にいたマネキン。なぜかヨーロッパ系
さすがアレッポの人々が誇りにしている城だ。
帰り際、城の入り口でシリアの男性に声を掛けられた。
写真というので、てっきり自分たちの写真を撮って欲しいのかと思ったが、
携帯電話をユリに渡した彼はなんと、私の隣に並んだ。
一緒にいた彼の友達も入るのかと思ったが、その友達は撮影が終わるまで横で待っていた。
なぜか?シリア人の男とツーショット。
よっぽど日本人が珍しかったのだろうか?
記念撮影なら、友達も一緒に写ろうというはずだが、うーん用途不明。
しかも男の私と。ユリと一緒に映りたがる人はよくいるが、私とツーショットして何が楽しいのだろう。
撮り終わると彼らは満足して去っていった。
次に訪れたのは、アレッポの大モスク。
スークに隣接しているモスクは、ガイドブックによると入場無料ということだったが、
入り口できっちり入場料をとられた。
女性もスカーフを被ることなく入れる。ともあったがダメだった。
灰色のポンチョのような服を渡され、
頭にはマフラーをぐるぐる巻きにすることになったユリの姿は、まるで「ネズミ男」。
モスク内では履物を脱がねばならず、日に焼けた石の上を歩くと火傷しそうなくらい熱かった。
周りはみんなイスラム教徒なので、私たちだけやたら目立っていたに違いない。
モスクの近くには、お菓子問屋が軒を連ねる一帯がある。
おいしそうなお菓子が無造作に箱に詰められて並んでいる。
眺めていると、食べてみろ。と一つ、二つ手渡してくれた。
なかなかおいしかったので、1キロ、いくら?と尋ねるが、
どうやら20キロからでないと売ってくれないらしい。
結局、つまみ食いだけして去った。
なおもそこら辺りでぶらぶらしていると、
さっきのお菓子屋で会った青年が声を掛けてきた。
「お茶でもどう?」
もうそろそる帰るつもりだったが、せっかくなので、よばれることにした。
案内された先は、歯医者だった。
ドクター・サーメルと名乗るその歯科医とアブドゥル・アズィーズというその青年は、
私たち二人に紅茶をご馳走してくれた。
二人ともあまり英語がしゃべれないが、
日本から来たという私たちをとても歓迎してくれた。
その後、アブドゥル・アズィーズは、自分の家に案内してくれた後、
「ついて来い。」と私たちを外に連れ出し、タクシーを拾った。
「どこに行くのだ?」と聞くと、「ジャーマ」という。
ジャーマ?なんだそれは?
どっかに連れて行かれて物でも買わされるのだろうか?
と思いつつも、タクシーに乗り込むと、着いた先は大学だった。
彼は大学生で、自分の大学を案内しようとしてくれたのだった。
おそらく、友達に私たちを紹介しようと思ったのだろうが、構内を一通りまわっても、
誰も見つからず、結局なにもしないまま帰ることとなった。
大学のベンチで黄昏ていると、アブドゥル・アズィーズは、
「トゥモロー、ビラ、ビラ」と指で飲むマネをして言った。
まさか、飲みに行こうと誘ってくれてるのか?
イスラム教徒なのに、酒なんか飲んでいいのかと思ったが、
これはシリアの大学生と飲む、願ってもないチャンスだ。
と喜んでオッケーした。
明日、飲みに行く約束をした後、
彼はタクシーで私たちをホテルの前まで送り届けてくれた。
帰りのタクシー代は私が払うと言ったが、彼は「ノー、ノー」と言って、強く拒んだ。
シリア人のホスピタリティが身にしみた。(yo)
オレンジと商人
もう日本ではすっかり見かけなくなった、手書きの映画の看板もシリアでは現役か
スプリングフラワーホテルの内装は石造り調で、雰囲気抜群。
ツインの部屋がトイレ、シャワー付で650ポンドと値段も手頃なのだが、
部屋には窓がなく、やや湿気が多かった。
暗い穴倉の中にいるようで、あまり居心地が良いとは言えなかったので、
出来れば、違うホテルに移りたかった。
幸い、この界隈にはたくさんのホテルが集中している。
そこで、他のホテルも試しに値段を聞いてみることに。
しかし、大体のホテルが700ポンドから1000ポンドで、
やはりスプリングフラワーが一番安かった。
「やっぱり、高いなぁ。」と諦めかけていた頃。
救世主が現れた。
通りに面しているア・ロウダホテルはなんと、一泊600ポンド(約1440円)。
部屋を見せてもらうと、さらに驚くこととなった。
室内は思っていたよりも広く、清潔。
しかも、ベットルームの他にもう一部屋ついていて
大きな窓があり、窓辺にはテーブルが置かれていた。
この旅で初めての2部屋。
おまけに、設備も充実している。
トイレ、シャワー付きはもちろん、
テレビ、冷蔵庫そしてエアコンまで備えられていた。
「この部屋で600ポンドは安い!」
迷わずチェックインした。
客層は私たちの他はアラブ系の人たちばかりで、英語も余り通じないためか、
ガイドブックには乗っていないが、思わぬお値打ちホテルに巡りあえた。
「探せばあるものだなぁ。」と二人で喜んだ。
良いホテルが見つかったところで、観光に出かけよう。
ということで、博物館に足を運んだが、今日は火曜日であいにくクローズド。
ならばアレッポ城はどうかと思ったが、やはり、火曜日はクローズドだった。
さて、どうしたものか。
ふと、昨日忘れたオレンジの事が気になったので、
再びスーク内の土産物屋に行ってみることにした。
ラマダン中だから、ひょっとしたらまだ、そのまま残っているかもしれない。
土産物屋に着くと、店主は留守なのか扉には鍵がかかっていた。
外から中の様子をうかがうがオレンジの袋は見当たらない。
店主が戻ってくるまでしばらく店の前で待つことにした。
10分くらい経って、ようやく店主が戻ってきた。
昨日来た日本人が戻ってきたと見ると、陽気な声で「ウエルカム!」と言って来た。
さっそく、オレンジの事を尋ねる。
店主は「メイビー、ノー。メイビー、イエス。」と分からないようなことを言った。
店の中を見せてもらうが、やはりどこにも見当たらない。
オレンジはどこへ消えたのか。。。
思わず、ユリが店主に「食べたでしょ。」と言った。
すると、店主はバツが悪そうにしながら「イエス」と答えた。
その瞬間。緊張の糸が切れ、みんなで大爆笑。
いつの間にかやってきた近所の店の親父も巻き込み、しばらく辺りに笑い声がこだました。
まさかとは思っていたが、やっぱり食べられていた。
曰く、「家族みんなでおいしくいただきました。」ということだった。
店主は「ソーリー、ソーリー。」と言って、オレンジ代の50ポンドを払おうとしたが、
もともと、忘れた私たちが悪いので、それはいらないと断った。
そして、昨日買いそびれたカフィーヤ(アラブの人が頭に巻いている布)を買いたいと申し出た。
昨日、強引にこの店に連れて来られて薦められたカフィーヤは、
はじめ1枚700ポンドと言ってきたのだが、あまりにもボッタくっているので、
頑なに拒んでいると、ついには50ポンドになった。
それでも、相場が分からなかったので、結局買わなかったのだが、
他の店を回っていると、50ポンドでは買えなかったので、再び交渉しようと思ったのだ。
私が「50ポンドか?」と聞くと、店主は「ノー」と言った。
聞けば、「50ポンドは昨日の価格。おまえが昨日その値段で買わなかったのが悪い。」ということだった。
そして、「今日は200ポンドだ。」と言ってきた。
実は、私はオレンジのことを気にしてちょっと負けてくれるかなと、期待していたのだが、
これはこれ。それはそれ。ということらしい。このアラブの商人はそんなに甘くはなかった。
子供の写真を褒めたりして、かなり粘ったがダメだった。
それでも、最終的に1枚150ポンド(約360円)にしてくれたので、
店主の商売魂に負け、買うことにした。
他の店を見てみると、大体、手織りのものは150ポンドが相場だったので、
別に安く買えた訳ではない。
昨日あの時、思わず店主が50ポンドと口にしてしまったのは、
ラマダン明け直前で、余計にイライラしていたためかもしれない。
ひょっとして、滅多にないチャンスを逃がしてしまったのか?
今にして思えば、もったいないことをした。(yo)
いいこととわるいこと ハマそしてアレッポへ
ハマからアレッポまでは、バスで2時間ほどだった。
ハマのガラージュには、たくさんのバス会社があり、しのぎを削っていたので、
私たちはすぐに出発するバスを見つけることが出来た。
1人100ポンド(約240円)だった。ちょっと高かったかもしれない。
席は最前列。
もし事故にあったらフロントガラスを突き破って、
外にほっぽり出されるんだろうなぁと思いながら、外の景色に目をやる。
ふと、ユリが「ビール持ってきた?」と聞いてきた。
「ビール?」
「あっ」
そういえば、ホテルの冷蔵庫に入れたままだった。
言われるまで、まったく気がつかなかった。
後、2本も残っていたのに。。。。
たまに買いだめしておくと、こういうことになるんだよなぁ。
ちくしょー。もったいない。
バスはまた、町の中心から離れた変なところに着いた。
他の乗客も「あれ?」と思ったのか、運転手に何やら質問していた。
なぜか、普段停まるところではないところに着いたようだ。
シティセンターまでどうやって行ったらいいのか運転手に聞くと、
「タクシー、タクシー」と言って、
頼んでもいないのに、その辺にいたタクシーを呼びはじめた。
タクシーには良い思い出がない。
念のため「いくら?」と聞くと、運転手はメーターを指差した。
「でもやっぱりなぁ」と、もじもじしながら考えている間に、
タクシーの運転手は、私たちの荷物をトランクに入れはじめる。
半ば強引にそのタクシーに乗ることになってしまった。
運転手は気さくな人だった。例によってアラビア語しかしゃべれない。
やっぱり、今までのタクシーと同じパターンだ。嫌な予感がする。
また、降りたときに揉めるんじゃないだろうかと心配しながらも、
運転手とのトークを楽しんだ。
バスの到着したところから市内までは、相当離れていたようだった。
ようやくアレッポ城が見てきた頃には、すでにメーターは70ほどになっていた。
時計塔まで行ってもらうつもりだったが、市内はかなりの渋滞だったので、
博物館の前で降ろしてもらうことにした。
メーターは95だった。ドキドキしながら100ポンド払った。
運転手は、ニコリと笑って受け取り、じゃあなと去っていった。
その瞬間。私たちは顔を見合わせた。
「は、はじめてまともなタクシーに乗れた!」
運転手はただの良い人だった。
アレッポにして、ようやくまともなタクシーに巡り会うことができた。
めちゃくちゃハッピーな気持ちになった。
と、思っていたら、夕方。
市場で買ったオレンジをスークの土産物屋へ忘れてきてしまって、
再びブルーになった。5個で50ポンド(約120円)だったのに。。。(yo)
ラストハマデイ
約一週間ほど滞在していた、
ハマとも今日でお別れ。
明日からはアレッポへ向かいます。
ここリアドホテルでは、自炊もしていたので、
もはや住んでいるといった感覚だった。
ホテル内でも、ずっと泊まっている夫婦がいると、噂になっているらしい。
と、ある日本人女性から聞いた。
ろくに観光もしないで、何しにハマにきたのか。
みんな不審に思っていたのだろうか。
でも、明日出て行きますので、安心してください。
それにしても、今日はなぜか、
普段あまり愛想のない従業員の方々が、
やけに楽しそうにしていた。
おじさんは口笛を吹いていたし、
おばさんはいつも目が合っても無表情だったのに、
笑顔を見せてくれた。
何かホテルにとってハッピーな出来事があったのだろうか。
ひょっとして給料日だとか。
一週間ほどいた中ではじめてという位、
みんなごきげんだった。
私も昨日にしてようやくビールが買えたので、
とてもハッピーです。(yo)











