2025年10月のテーマ

「クリスティー関連本」

 

第一回は、

「ミステリの女王の名作入門講座 クリスティを読む!」

大矢博子 作、

東京創元社、 2024年発行

 

 

です。

 

作者の大矢博子さんはミステリー評論家で、名古屋で翻訳ミステリーの読書会やアガサ・クリスティー作品の講座などをされている方です。

クリスティー作品の読書会とか、参加してみたい~\(^▽^)/

私はこの本で初めて大矢博子さんという方を知ったのですが、他にもクリスティー関連の本を出しておられるならそのうち読んでみたいです。

 

作品の内容としては、タイトルの通り"クリスティー入門本"です。

何しろクリスティーは作品数が多いし、ポアロ、マープルもの以外のミステリーにスパイスリラー、戯曲、メアリ・ウェストマコット名義で書いた小説(叙情小説?)など、ジャンルもいろいろ。

この本は基本的に"ミステリーの女王・クリスティーの作品入門書"なので、内容的にはミステリーに絞ってあるけれど、読む作品を決める手法として、

 

第一章 探偵で読む

第二章 舞台と時代で読む

第三章 人間関係で読む

第四章 騙しのテクニックで読む

 

と、各章ごとに注目点を変えて作品を紹介してあります。

 

ちなみに最後の章は

 

第五章 読者をいかにミスリードするか

 

となっており、クリスティーの巧みな技術の一端が紹介されています。

 

 

「探偵で読む」章では、ポアロやミス・マープル、トミーとタペンスといった名探偵のほかに、バトル警視パーカー・パイン、ハーリー・クインが探偵として紹介されていまして、これも嬉しい。

 

「舞台と時代で読む」章では、中東や乗り物の中が舞台の作品だったり、戦前、戦中、戦後で変わりゆくイギリス社会の世相が反映された作品が紹介されていて、「そうよね、そうよね。」とうなずきつつ私は読みました。

 

「人間関係で読む」章では家族関係や恋愛関係、特に三角関係の使い方に着目してあって、取り上げられている作品が、個人的に好きな作品が多かったので(といっても私は好きな作品が多すぎなんですけど)、この章は一番おすすめかもです。

 

「騙しのテクニックで読む」章と「読者をいかにミスリードするか」の章はミステリーのテクニック的なお話が中心なので、ミステリー好きの方にはおなじみの話になるかと思いますが、あまりミステリーを読まない方には、たくさんの気づきがあるかと思います。

 

ここから先は、個人的なお話になってしまいますが、…実は、もう何年も前(10年くらい前かも)のことですが、とあるサイトにクリスティ作品の記事を書かせていただいたことがあります。

当時ライターという仕事にあこがれていて、大好きなクリスティーのことなら書けると思って応募しました。

 

その時に、"クリスティーを恋愛で読む"というテーマで作品を5つ選んで書いたのですが、内容的にはオッケーをもらったものの、記事のタイトルに"恋愛"という言葉を入れないでほしいと指示があって、タイトルから抜いたことがあります。

理由は「クリスティーと恋愛が一般的には結び付かないから」。検索で引っかからないということだと思います。

 

当時、私としてはクリスティーの魅力はミステリーのトリックだけじゃないということを広く知っていただきたかったので、やはり物語のメロドラマ部分に関してはあまり一般的にはイメージされていないんだなと再認識させられたことでちょっと残念な気持ちにもなりました。うーん、違うな…世間の認識と自分の熱量のズレみたいなものを感じてちょっと冷静になったけど、その分なんか恥ずかしいみたいな???…うまく説明できません。すみません。

 

この本の中で、クリスティを「人間関係で読む」というすすめ方をされていて、まさしく恋愛関係の面白さが語られていたことで、思い出してしまったりなんかして…。(そんでもって、章の内容に共感して嬉しかったりもして。)

あと、こちらはもう手元に資料が残ってないんですが、確か同じサイトで"クリスティーの探偵たち"についても5人挙げて記事を書いたことがありまして、この本の「探偵で読む」の章で挙げられている探偵たちのうち、バトル警視を抜いた5人だったなあ…なんてことも思い出しました。(バトル警視が探偵に入ってるのわかるわあ…。私あの時なんで抜いたんかな…5っていう数字にこだわった???)

 

結局、お金をもらってきちんと信頼性のある記事を書くためには調査がたくさん必要で、運営側の意向もあるし、好きなことに対する自分の気持ちだけでは難しいということがよく分かったので、好きなことに関しては個人ブログで書くことにしました。

…って、いつの間にかめっちゃ自分語りになっとる…。すみません。

 

話を戻しますと、この本は「クリスティー入門本」なんだけど、いろんな角度からクリスティー作品を検討できるようになっているし、ミステリーの用語やテクニックなんかにも言及されていて、すでにクリスティー作品をたくさん読んでいる人にも、これから読んでみたい人にも、どちらにも面白く読める本になっていると思います。

私はミステリー好きだけど、トリックだとか作品の分類だとか探偵より先に自分で謎を解くこととかには無頓着なもので、この本で紹介されている"メイヘム・パーヴァ"という言葉を知りませんでした。自分がもう長く親しんでいる好きな分野であっても、"入門"とうたっている本からも新たな知識を得られるものです。あ…言葉の意味はぜひ本をお読みになって確認していただけるといいと思います。

おすすめいたします。(*^▽^*)

九月の閑話休題です。

 

2025年9月のテーマ

「警察官が主人公の小説」

 

でおすすめしてまいりました。

 

警察官といいつつ「鬼平犯科帳」とかミステリーとは違う作品を入れてしまい、ちょっとこじつけがましいなと自分でも思いましたが、警察が舞台の小説をあまり読んでいないので、少ない中からそれぞれの違いを出して書くよりは振り幅大きくても違うタイプの作品について書きたいなーなんてところから、あのようなラインナップになりました。

実は前々から読んでみたい警察官ミステリーがあって時々その作品が頭をよぎるので、テーマを考えてるときにそれがよぎったんでしょう。たぶん。

ちなみにその作品は「フロスト刑事」シリーズです。

読みたい気分のタイミングと、作品との出会いがかみ合わずにもう20年くらい経っちゃってる。

ほかの積読をほっといても読みたいっ!て気分にならないってことなのかなあ…。でも作者のほかの本も読んだことなくて自分に合うか合わないか分からない状態の本を読もうと思うには、ちょっと勢いが必要というか、他の読みたい本の魅力に勝るものが出てこないといけないのかもしれませんね。

まあ、私の言い訳はここまでにします。

 

…と言いつつ、ここからもっと言い訳がましくなっちゃうかもしれないので、めんどくさい話は勘弁という方は回れ右してください。

タイトルの「"タペンスの父"でこじらせた話」です。

七月の閑話休題で、ネットで"タペンスの父"を検索したらAIの出す情報がいい加減すぎた…というようなことを書きました。

 

 

で、はじめは記事の中で"タペンスの父は聖職者"と書いていたのですが、彼の職業?肩書?が"教会の大執事"なるもので、本当に聖職者なのかなあ???と思ってウィキペディアで調べたら"信徒職"とあったので、敬虔な信徒で教会からリーダーとして役目をもらっている人のことだと思い、慌てて記事を訂正しました。

 

ところが、先日クリスティー関連の本を読んでいたら、作品の引用がされている箇所に、タペンスが自分のことを"牧師の娘"だと言っている部分が載っていたのです。

えっ!?と思って、覚えている部分でタペンスが父について語る箇所をピックアップしました。

 

・「サフォーク、リトル・ミスンデルの大執事カウリイの第五女、ミス・プルーデンス・カウリイの伝記をかいつまんで話しますと…」(「秘密機関」)

 

・「あなたはこの事実をお忘れかもしれないけれど、私自身、牧師の娘だったのよ。」(「おしどり探偵」『牧師の娘』)

 (→本に引用されていた箇所)

 

・VADのひとり、プルーデンス・カウリーだ。父は聖職者で、教区は―ええと、どこだったか、…(「親指のうずき」)

 

それぞれの本で翻訳者の方が違うので(タペンスの名前もカウリイだったりカウリーだったりするのはそのせいです。)そのせいなのか、原文で文言が違うのか、定かではありませんが、少なくとも"タペンスの父は聖職者"が正解のようです。

"信徒職"というものに対する私の理解が間違っていました。

なので、元の記事は再び訂正いたします。

申し訳ありませんでした。

 

で、実はここまでが前半の話でして、こじらせたというのはここから。

上に貼った以前の記事で、私はAIが私の記事からも学習しているかも…なんて書いていたんですが、私自身が"タペンスの父"に関して「聖職者ではない」と誤情報を書いていたわけです。

AIは誤情報なんて見分けられませんから、間違って学習しますよね。

心配だーなんて記事書いときながら、自分自身がAIの間違った学習に加担しとるやんかーい!!…と反省。

それからまたAIの学習やら情報提供やらについてぐるぐる考え始めてしまいまして…。

以下、私の拗らせ結果をちょっとだけ吐き出させていただきたく…。

 

前提として、

①人間は故意にも無意識にもうそをつくことがある。

②人間は間違えることがある。

③人間はあえて情報を伝えないことがある。

 (必要ないと切り捨ててしまったり、状況をコントロールする目的で印象操作したり、気遣いからのこともある)

④事実と真実は同じではない。

 (このことは、SF短編集「息吹」「偽りのない事実、偽りのない気持ち」中に書いてある内容から感じられることを私は支持しているので)

 

 

というのがあり、

人間同士が顔を突き合わせて話しても、情報に含まれる嘘や間違い、隠している事柄を見分けられない。

表情やボディランゲージといった言葉以外の情報があるにもかかわらず。

ならばAIにそれらを見抜けないのは当たり前。

よって、

 

例えば倫理や思想などの人間の間で大きく意見が分かれる事柄(明確な回答などない事柄)について、AIに判断や意見のように見える回答をさせるべきではない。

 

と思いました。以上です。

この半月こじらせまくった結果がこれです。

ここまで読んでくださった方、ありがとうございました。<(_ _)>

 

さて、気を取り直して来月のテーマへとまいりましょう。

 

2025年10月のテーマ

「クリスティー関連本」

 

でおすすめしたいと思います。

 

いやー、夏休みの図書館通いで思いがけずクリスティーの関連本を複数見つけてしまいまして、豊作でした。

それら以外にも、以前に読んだ関連本もございますので、タイプの違うものをピックアップしたいと思います。

ご興味ありましたら覗いていただけると幸いです。(*^▽^*)

2025年9月のテーマ

「警察官が主人公の小説」

 

第三回は、

「鬼平犯科帳15 特別長編 雲竜剣」

池波正太郎 作、

文春文庫、 1985年発行

 

 

 

です。

 

火付盗賊改方(ひつけとうぞくあらためかた)長官、長谷川平蔵

江戸時代に実在した人物であり、池波正太郎さんによって江戸のヒーローとして小説で描かれています。

(大河ドラマの「べらぼう」でも登場してましたね。私が観たのは初回で吉原に遊びに来た本所の銕(てつ)としての平蔵くらいですけども…。)

火付盗賊改方は江戸時代の警察組織の一つで、奉行所とは別の機動隊。凶悪犯罪を取り締まる部隊です。

というわけで、現代ミステリー以外からも今回のテーマの作品として取り上げさせてもらいます。

 

ちなみに、私が持っているのは上に貼ったPickの一番下の版のものです。

私が買い集めていたころ、上の二つの方が新装版で、下のデザインのものが旧版でした。

古本屋さんで一気買いしたため、私が持っている鬼平犯科帳は旧版と新装版が入り混じった状態です。

シリーズの最後の方は古本屋さんにはおいていなくて本屋さんで買ったので新装版が多いです。

今は決定版とかもあるので、貼ったもの以外の装丁のものをお持ちの方もいらっしゃるでしょう。

 

横に逸れましたがあらすじを…。

火付盗賊改方の同心が連続して何者かに殺害された。腕利きの同心を斬った相手の技から、長谷川平蔵は半年前に己を襲ってきた相手の剣を思い出す。腕に覚えのある平蔵が身震いする凄い剣。火付盗賊改方の同心を狙って襲撃するのは、明らかに火付盗賊改方への挑戦であり、彼らを邪魔に思い弱体化を目論む悪党一味の仕業に他ならない。平蔵率いる火付盗賊改方は総力を挙げて凶刃の使い手を探索する。

 

以前に、鬼平犯科帳の映画のことを書いた記事で、鬼平の魅力についてもいろいろ書きました。

 

主にドラマや映画化された鬼平のことを書いたので、小説と全く同じというわけではありませんが、イメージのギャップはあまりないと思っていただいていいです。

江戸の町に暗躍する盗賊たちはただ盗むだけでなく、目撃者を残さないために残虐に人を殺してしまう者たちがあまりにも増えてしまった。そうした凶悪犯罪を取り締まる目的で置かれた火付盗賊改方の長官・長谷川平蔵は、凶悪犯罪者を許さず徹底的に捕まえるし、逃がすくらいなら切って捨てる。とても厳しく恐ろしい人。

一方で若いころに悪さをしていていろんな人とかかわってきた経験から、市井の弱い人たちには優しく、ちょっと道を踏み外した若者には更生の機会を与えたりする人情派でもあります。

彼の人柄によって火付盗賊改方は結束固く、一丸となって悪に立ち向かいます。

 

今回のお話は"特別長編"で、いつもは追われる立場の盗賊が、火付盗賊改方に戦いを仕掛けてきたというのがメインストーリー。恐ろしい剣の使い手が長谷川平蔵にすら襲い掛かるわけで、緊張感たっぷりの展開になっています。

しかしながら、紙数の余裕からか日常の描写もたっぷり入っていて、部下の同心や密偵、息子とのやり取りなど読んでいて楽しい部分も盛りだくさんです。

 

証拠を集めたり情報を分析して犯人を追い詰めたりする現代の警察組織と違って、密偵や同心たちが歩き回って見たり聞いたりして集めた情報から的を絞って盗賊団のアジトを突き止めるわけで、捜索には忍耐と細心の注意力が必要です。

このお話では、敵方も自分たちのことを調べて狙ってきているため、相手に悟られないようにもしなくてはいけません。

そのうえ、ひとたび捕り物となれば刀を抜いての斬り合いになってしまいます。

 

何が言いたいかというと、現代の警察ものの小説とは捜査の仕方をはじめ組織としてのしがらみやら何やらまで全然違うっていうことです。世の中の仕組みや市民の暮らしぶりまでもが今とは違う。

時代小説なんで当然ですけど、それでもこれは江戸時代の警察の小説です。

反面、市井の人々が安心して暮らせるように、凶悪犯罪を取り締まるという点では現代だろうが昔だろうが同じです。

前回おすすめした「刑事犬養隼人 切り裂きジャックの告白」では、現代の警察組織の一人として捜査に携わる刑事が主人公でした。

今回は、江戸の警察組織の一部門の長官が主人公ですが、組織を挙げて悪と戦うという点では同じだと思います。

 

さっきも書いたように、時代は違うし組織としての在り方も全然違いますが、"どちらも警察"という視点で比べてみると面白いと思います。

私の場合、"悪"って何なんだろうとか、捜査のために団結するためには何が必要なんだろうとか、思い浮かぶ問いの答えにはその時代その場所での価値観にも左右されるはずなのに、どちらの小説を読んだ時にも自分が持った気持ちや感想、こうあってほしいという願いにはあまり差がなかったように感じていて、不思議な気持ちになりました。

 

作品の見どころとしては、"盗賊一味 vs. 火付盗賊改方"の攻防に、恐るべき暗殺剣・雲竜剣の使い手との対決ということになりますが、ただエンターテインメントとして楽しめるだけではなくて、平蔵の弱きを助け悪を挫く姿勢になんだか自分まで市井の町人として守られれているような安堵感を得られたりして…私だけですかね???

というわけで、現代の警察ものとの違いを感じることもでき、長編なのでいつもよりたっぷり鬼平ワールドを楽しめちゃう「鬼平犯科帳15 特別長編 雲竜剣」、おすすめいたします。(*^▽^*)

 

 

 

漫画の15巻は「雲竜剣」とは別のお話だと思いますけど(小説とは進み方や区切りが違うと思う)、漫画の鬼平もビジュアルで見せたいので貼っときます。

 

 

2025年9月のテーマ

「警察官が主人公の小説」

 

第二回は、

「刑事犬養隼人 切り裂きジャックの告白」

中山七里 作、

角川文庫、 2014年発行

 

 

です。

 

まずはあらすじを。

東京都内の公園で若い女性の遺体が見つかった。その遺体からは臓器が持ち去られており、猟奇殺人が疑われる中、"ジャック"と名乗る人物からの犯行声明がテレビ局に送り付けられ、同じ手口で殺害された遺体がまた発見される。

捜査一課の犬養刑事は捜査を進めていく中で被害者たちの共通点を見つけ出す。

猟奇殺人、犯行声明を繰り返す犯人と警察との攻防に世間の注目が集まる。一介の刑事として犬養刑事ができることとは…。凶悪事件に立ち向かう警察官の物語です。

 

私が初めて読んだ、中山七里さんの作品です。

私はつい2,3年前までこの作者さんの名前も作品も漠然としか知りませんでした。ベストセラー作家なのに、本屋さんに行けば著作が平積みされているのに、興味を持って見ていなかったために、全然頭に入ってきていなかったのです。

ところが、中山七里さんをとあるYoutubeチャンネルで拝見し、飄々とした物腰や文字通り寝食を忘れて執筆されている姿に興味を覚えました。この方は一体どんな作品(ミステリー)を書かれるんだろう…と。

で、手に取ってみたのがこの作品だったわけです。

 

"切り裂きジャック"ホームズの連想の延長上にあった(切り裂きジャックは実在し、ホームズは架空の人物ですが、時代と活動していた街がかぶっているので、なにかと共演させられがち。)という、まったくどうでもいい理由で目を引かれたのでたくさんある著作の中からこれになりました。そして今はちょこちょことこのシリーズの続編を読み進めています。

 

まず、主人公の犬養隼人刑事は捜査一課のエース。役者といっても通るくらいの男前で男の嘘は全部見破るのに女の嘘にはセンサーが全く反応しないという特殊技能(欠陥あり)の持ち主です。

離婚した奥さんとの間に病気で入院している娘が一人いて、親子の関係修復に努力しています。

名前のとおり猟犬のように事件の手がかりを追い求め持ち帰る刑事で、捜査への執念は見事です。

 

とはいっても、警察は組織なので、たった一人のスタンドプレーだけで犯人が捕まえられるわけではありません。

犬養刑事は手がかりを探す能力にたけているし、実際に見つけ出しますが、犯人を逮捕するのにたくさんの警察官たちが動いています。

鑑識だったり、捜査一課のチームだったり、捜査本部が設置されればもっと動員数が多くなる。(「踊る大捜査線」のドラマでもよくあるシーン。皆さん見たことあるんじゃないでしょうか。)

大きな組織の歯車の一つとして働くということは、自分にはできないことをやってくれる仲間がいるということでもある。

だけど仕事である以上、出世したいとかライバルに負けたくないとか、組織内で対抗心を燃やしたりする人もいる。

その一方で、世間を騒がせた事件では警察に対して市民の厳しい声が沸き上がったりもする。

犯人を捕まえることには、世の中の不安を取り除くという側面もあるのです。

現実でも小説の世界でも、犯罪を起こすほうにも取り締まるほうにも時代とともに新しい技術が取り入れられていくと思いますが、根本の部分は今も昔も同じ…大切なのは人間で、警察官はワンチームで犯罪に立ち向かうのが理想なんじゃないかと、この本を読んでいて感じました。

 

前回おすすめした「閉じられた棺」では、主人公が警察官という立場ではありましたが、事件が起きたのは管轄外で一昔前の海外が舞台ということで、読み手にとって身近に感じられる現実味はあまりありませんでした。

この作品は現代の東京で起きた殺人事件を警察が捜査するお話なので、読者の想像力が脳内でリアルに場面を再現していくことと思います。作中で取り上げられている問題も然りで、我々の身近にある問題をテーマにしているので、それについて自分はどういう考えを持っているのか見つめなおすきっかけをくれます。

 

また、この本に限らず、このシリーズは"警察×医療ミステリー"となっていて、様々な医療問題が物語の中でクローズアップされます。(シリーズ二冊目の短編集「七色の毒」は違いますが。)

個人の感想としては、社会派ミステリーと呼ばれていた松本清張さんの作品を彷彿とさせるなあ…と。(医療は関係ないですが、社会派な雰囲気が共通している気がするのです。)

あの飄々とした雰囲気の作者からこんなに硬質で鋭い問いを投げかけられているような作品が生み出されているなんて思いもしなかった。

ユーモアだとか、居心地の良さだとか、そういうものはこの作品からは感じられません。

かといって、ハードボイルドというのともちょっと違う。

犯罪に立ち向かう一人の人間を硬質に描きつつ、警察という組織の長所も短所も内部から見つめる。そんな感じ。

 

思ってたんと違ってたけど面白かった社会派ミステリー。それが「切り裂きジャックの告白」です。

ベストセラー作家さんの小説だし読んだことある方も多いですよね。

私は完全に乗り遅れていたのでは?…と思いますが、それでも言っちゃう!

おすすめいたします。(*^▽^*)

 

2025年9月のテーマ

「警察官が主人公の小説」

 

第一回は、

「閉じられた棺」

ソフィー・ハナ 作、山本博、遠藤靖子 訳、

クリスティー文庫、 2017年発行

 

 

です。

 

クリスティー文庫105冊目。

この本は作者がクリスティーではないクリスティー文庫のポアロ物第二弾です。

 

2022年に「コーヒー×ミステリー」というテーマでソフィー・ハナさん作のポアロ物第一弾「モノグラム殺人事件」をおすすめしました。

 

 

ソフィー・ハナさんはアガサ・クリスティー財団公認でポアロ物を書いているミステリー作家さんです。

ポアロ物でない、この方ご自身の作品を私は読んだことがないので、作者に関してはこれ以上は書けません。

前に書いた記事ではもう少しだけ情報を書き加えてありますので、よろしければそちらをご覧になってください。

(でも、私の記事よりもネットでソフィー・ハナさんの情報を集めたほうが詳しく出ると思います。)

 

まずは、あらすじを。

モノグラム殺人事件でポアロと事件を解決したスコットランドヤードのキャッチプール刑事は有名な児童文学作家に招待されてアイルランドにある館にやってきます。そこにはポアロも招待されており、二人は再会します。

その夜、ディナーの席でホストのレディ・アゼリンダ・プレイフォードが全財産を余命幾ばくない秘書に残すと発表したものだから家族は仰天。不穏な空気が流れる中、殺人事件が起こります。

 

この作品はポアロ物でありながらクリスティーのポアロ物とは別物と私は感じています。

だけど、純粋に面白く、クリスティーとは違うポアロを楽しめる作品になっています。

第一弾の「モノグラム殺人事件」でも作者はクリスティーの真似をせず自分らしいポアロの物語になるよう工夫されていると感じましたが、「閉じられた棺」ではさらにそれが顕著になっていると思います。

 

第一にキャッチプール刑事が主人公の一人だということ。

クリスティーのポアロ物では物語の語り手としてヘイスティングス大尉などがおり、ポアロではない第三者の視点で事件が語られるけれども解決するのはポアロ、という構図は別に珍しいものではありません。

その語り手が警察官であるという点がこの小説の特徴で、これまでの語り手たちと違ってキャッチプール刑事は"ポアロと共同で事件を解決する"語り手であり、れっきとした主人公だと感じられるのです。

(私には「モノグラム殺人事件」よりも、本作の方がキャッチプール刑事の主人公感が出ている気がしました。一作目はポアロのキャラクターにばかり目がいっていた可能性も無きにしも非ずです。)

 

これまでの語り手たちはヘイスティングス大尉を代表に、主人公とは言い難いところがありました。

ホームズにおけるワトソンのようなもので、"ポアロの活躍を記録する係"といった感が強く、語り手自身は主人公とは認められず、ポアロこそ主人公だと感じられるものでした。

それを覆したのは、キャッチプールが刑事という立場であり、ポアロと共同戦線を張りつつもポアロに頼りきりではないというキャラクターであることが大きいと思います。

また、ポアロ物でよくある、"ポアロを胡散臭い奴とみなして彼の意見を受け入れない警察官"が別に登場するので、キャッチプール刑事の立ち位置が際立っているのだと思います。(舞台がアイルランドなのでキャッチプール刑事の管轄外。地元警察が登場します。)

 

第二に、事件の趣が私には現代的に感じられました。

クリスティーが書かないであろうポアロ物。

仮に、もし、クリスティーがこの事件を書いたとしたならば、大分趣が変わっただろうなと思います。ポアロは登場しなかったかも。

つまり、ポアロ物でありながら現代らしさが加わった、ソフィー・ハナさんらしいポアロ作品といえると思います。

 

ただ、当然のことながら、ソフィー・ハナさんの文章はクリスティーとは違うので、私としてはちょっと読みにくくて時間がかかってしまいました。(翻訳との相性という可能性も捨てきれませんが…。)

 

ポアロ物だけど、警察官も主人公なこの作品。

ミステリーとしてかなり面白いです。(個人的に「モノグラム殺人事件」より断然面白かった。)

おすすめいたします。(*^▽^*)