2026年9月のテーマ

「ちょっと古典文学」

 

第三回は、

「緋文字」

ホーソーン 作、小川高義 訳

光文社古典新訳文庫 2013年発行

 

 

です。

 

あらすじは…。17世紀のニューイングランド、ピューリタン(清教徒)たちが入植した町ボストンの広場で刑台に赤ん坊を抱いた女性が立っていた。不義の罪でさらし者にされているへスター・プリンの胸には罪の印である「A」の赤い文字がつけられている。赤ん坊の父親の名を明かさない彼女は、その後、共同体からはじかれて町はずれのあばら家で暮らし始める。母子二人でひっそりと暮らすうちに月日は過ぎて子供はどんどん育ってゆく。町の若き教区牧師と町に名住み着いた流れ者の医師、罪人のへスターの三人がそれぞれに抱えている秘密と罪の意識はやがて三人を運命の奔流へと押し流していく。

 

物語のお話に入る前に、この本には「税関」という序文がついています。これがまた長い。作者のナサニエル・ホーソーンが税官吏として働いていた時期があって、序文の中身は税関の仕事やそこで働いている人たちの描写になっています。本編の物語は税関の建物の中で見つかった文献から、昔へスター・プリンという女性がいてこれこれのことがあったらしい…という導入になっているんだけど、導入にしてはすごく長くて、こんなに要らんのと違う?と正直思っちゃうくらいです。だけどホーソーンの研究という観点からすれば、いい資料になるといえるし、読者は一旦ホーソーンが生きた時代にタイムスリップしてその時代の税関の官舎を探索した後に、さらにそこからピューリタンの初期入植の時代にまで遡るという、二段階の過去への旅を経験するのもちょっと面白いかと思います。(作品が出版された時点では、「税関」に書かれた世界はタイムスリップというほど昔のことではなかったでしょうが、今やこの作品自体が古典文学ですから…。)

 

物語としてはシンプルで、婚外子を生んだ女性が清教徒のコミュニティから排除されつつもそのコミュニティの片隅で生きていく。やがて子供が成長し社会とかかわりを持つようになると、生活は変わっていかざるを得なくなり、その変化の中でへスターは迷い苦しむ…というお話。出だしにショッキングな事件があって、後はその罪に対する葛藤の物語なのです。

 

ピューリタンたちは彼女を町から物理的に追い出すわけではないけれど、常に自らの罪を意識して悔い改めるように目立つ"罪の印"を身につけさせたうえで村八分にするわけです。

私はキリスト教についてあまり詳しくないので清教徒についてちょっと調べてみました。ピューリタンの人々はキリスト教の戒律を厳格に守ることを良しとしており、彼らの社会では結婚以外での性交渉は一切認められなかったようです。

へスター・プリンは人妻でしたが、住んでいたヨーロッパからアメリカに移住するにあたり夫より先に出発してボストンに落ち着きましたが、後から来るはずの夫は2年経っても現れず、すでに死んでいるのではと思われていました。

未亡人であれば新たに結婚することもできただろうけど、夫の生死が分からないならそれもかなわず、外国でたった一人今後一生だれにも頼らずに一人で生きていかなくてはならない身の上だったわけで、清教徒のコミュニティにはこういった人を救うためのシステムが欠如しているのが問題なのでは???とか考えてしまいました。

 

社会の不条理に苦しめられる主人公のお話は古今東西いくらでもあるので、この物語も作者存命の時代にはピューリタン社会の不条理について問題提起をしたのかもしれないなーなんて妄想しちゃったり。

 

脱線しちゃいましたが、へスターがかたくなに黙っている父親のこと、教区神父と謎の医師がそれぞれ隠している秘密が年月を経て徐々に明らかになっていき、秘密が秘密でなくなったときに彼らがする決断が、人間の強さや弱さを見せつけられる気がしてアメリカ文学の名作といわれるのが理解できました。

 

それまでは、「緋文字」って宗教がらみのお話でなんかおかたいイメージと決めつけていたので全く読む気になれなかったんですが、読んでみて良かったと今では思っています。

「老人と海」もそうでしたが、物語としてシンプルで大きな筋が一貫して通っていて、読者を惑わしたりしない。真っ向勝負している感じがします。(私がミステリーばっかり読んでるからこんな風に感じるのかもしれませんが…。)

 

三人の秘密とは何なのか、その秘密はそれぞれの心にどんな影響をもたらしているのか。最終的に彼らが下した決断は…。

この物語はそれにつきます。

主人公はへスター・プリンという女性なので、女性目線で書かれている場面が多いですが、女性のみならず男性にも読んでいただきたい作品です。おすすめいたします。(*^▽^*)

 

最後に、私は光文社古典新訳文庫で読みましたが、他の出版社さんからも出ているのでお好きな版を選んで読むこともできます。

 

 

 

 

 

2026年9月のテーマ

「ちょっと古典文学」

 

第二回は、

「黒猫/モルグ街の殺人」

ポー 作、小川高義 訳

光文社古典新訳文庫 2006年発行

 

 

です。

 

エドガー・アラン・ポーの短編集です。

ポーは有名な作家だけど、実際に作品を読んでいる人は意外と少ないんじゃないでしょうか。私の偏見かな…。

エドガー・アラン・ポーという人は詩人であり作家で、この本に収録されているのは短編の散文作品です。私からすると短編"小説"と思っていたものが、この本の解説では"散文"と書かれており、ポーが活躍した1800年代には、まだ"小説"という呼び方をしていなかったようです。

 

ポーという人は怪奇的なお話を書く作家でありながら、探偵小説の元祖ともいわれる「モルグ街の殺人」を書いた人です。(探偵小説って科学的に説明がつくようになっていて、超自然的な力がはたらいたりしないのがお約束なのに、怪奇小説の作家が書いたものが元祖ってのは不思議な感じがします。)詩の才能もあり文学論なども書いていて多才でしたが、その生涯は不遇のうちに40年という短さで幕を下ろしました。

 

この短編集に入っている作品は

・黒猫

・本能vs.理性ー黒い猫について

・アモンティリャードの樽

・告げ口心臓

・邪鬼

・ウィリアム・ウィルソン

・早すぎた埋葬

・モルグ街の殺人

の八編で、このうち日本でも有名な作品は「黒猫」「告げ口心臓」「モルグ街の殺人」でしょう。

ちなみにこの中の「本能vs.理性ー黒い猫について」は物語ではなく作者の考察(?)が書かれたものでした。

 

ほとんどが怪奇的なお話なんだけど、作品によってその怖さの源は似ているようで違います。死者の怨念、己の罪悪感の投影、人知を超えた力によって自分の罪が暴かれる感覚…。この本の物語の多くは破滅の物語です。

 

私は、現代小説で形は違えど同様のテーマの作品を読んだことあるという既視感を感じました。つまり、ポーの書いた作品って今でも古びないテーマを含んだ作品だったんじゃないか、それを短編でコンパクトに表現してるってすごいんじゃないか…と思ったんです。

 

この中で、「モルグ街の殺人」は怪奇小説というよりは探偵小説の草分けといわれている作品です。

私は小学生の時に学校の図書室にあった「モルグ街の殺人」を読んだのが人生初のポー作品でした(当時は作者が誰かは全然知りませんでした)。当時、子供向けのホームズ物の本とかを割と読んでいたので、他に探偵ものがないかと手を伸ばしたうちのひとつでした。ただ、今となっては結末は知っているけれどストーリーの流れはすっかり忘れてしまっていたので、新鮮な気持ちで読むことができました。

そして、この作品がコナン・ドイルホームズ物を書くよりもずっと前に発表された(1841年)作品であること、探偵役のデュパンのキャラクターとホームズがよく似ていること、作品の形式がホームズ物と同じであること(ワトソンの立場にあたる語り手がいる)などを目の当たりにしました。

私はホームズ物を先に知ったので、"ホームズ物と似ている"と書いてしまいましたが、「モルグ街の殺人」の方がホームズよりも半世紀ほど前に発表されている作品なので、実のところホームズ物がこの作品を踏襲しているのです。うーん、やっぱりポーってすごいんだ…。

 

というわけで、どちらかというと長編好きの上ホラーとか怪奇物は得意ではない私ですが、この短編集は読んでよかった。いろいろと収穫がありました。

心理的恐怖を扱った作品が好きな方、探偵小説の元祖を読んでみたい方、ポーっていう作家に興味がわいた方、手に取ってみられてはいかがでしょうか。おすすめいたします。(*^▽^*)

 

ちなみに、他の出版社さんからも同様の短編集が出ています。

収録されている作品は同じではありませんが…お好みのデザインの本を選ぶこともできます。

 

 

 

 

 

2026年9月のテーマ

「ちょっと古典文学」

 

第一回は、

「老人と海」

ヘミングウェイ 作、小川高義 訳

光文社古典新訳文庫 2014年発行

 

 

です。

 

あらすじは…老いた漁師サンチャゴは数か月も続く不漁のためあえいでいた。そのため一緒に船に乗せて漁を教えていた少年マノーリンも両親の指示で別の船に乗ることになるが、少年は老人を慕いなにくれなく世話を焼いている。周囲からは同情の目で見られていたが、老人は独りで海に出て毎日獲物がかかるのを待つ。やがて巨大なカジキがかかり、老人はたった一人でカジキに立ち向かう。

 

実は今までヘミングウェイ作品を読んだことなくて、私にとってはこの作品が初ヘミングウェイです。

ヘミングウェイといえば、「老人と海」「武器よさらば」「誰がために鐘は鳴る」「日はまた昇る」など、タイトルは聞いたことあるよって作品が複数出てくるのに、読もうと思ったことは一度もなかった。

でも、若い頃にこの作品を読んでいたら、この作品の良さはわからなかったかもしれません。良さっていう言い方は適切ではないな…なんというか、作品について深く考えることはなかっただろうし、読後の余韻を楽しめはしなかったと思います。

 

ストーリーはいたってシンプルで、老いた漁師が巨大なカジキを釣りあげようとするお話。だけどその戦いは過酷で壮絶です。陸では自分のことを語りたがらない老漁師が、海の上では自分自身に、またはカジキに、雄弁に語りかけています。体力は衰えたが漁師としては熟練を極めている老サンチャゴと巨大カジキの一騎打ちは誰にも知られることなく海の上で繰り広げられるのです。

 

老サンチャゴとマノーリン少年とは師匠と弟子であり、おじいちゃんと孫みたいでもあり、若者は年長者から学ぶとともに老人をいたわってもいます。

彼らのちょっとした会話やお互いへの気遣いの描写が親愛の情を感じられて心地よい。

 

また、不漁続きの老漁師を周囲は憐れんでいますが、サンチャゴ自身は漁師としておしまいに来ているのだとは考えていないように思います。多くを語らなくても貧しくても、彼は誇り高い漁師なのです。

 

私が感じたこういう風なことは、ストーリー追うだけでは感じることができないものだと思います。

だってストーリーは"老人が巨大なカジキを釣った"以上!じゃないですか。

まあ、針にかかってからの戦いが見せ場といえばそうですが、現代の漫画じゃないんだから、派手なバトルシーンで読者を魅了するというわけではありません。

苦しいときに自分を信じるよりどころをおもったり、ふと出てきた昔の思い出やこれからどうやってカジキを疲れさせるか作戦を練ったり…老サンチャゴの独白から垣間見える彼の人となりだったり人生のかけらの数々を読んで読者がどう感じるかというところがこの作品のキモだという気がしています。

漁に出る前の少年との場面があるからこそ、海の上での漁の場面が素晴らしく感じられる。"海の男として生き、海の男として死ぬ"。老サンチャゴはそういう心意気の男なんだなあ…。

 

それから、光文社古典新訳文庫には、作品についての解説や作者の人生年表がついています。私は毎回この年表で作者の人生をざっと読んで、作者自身の経験したことがのちの作品のひらめきになっているんだなとか、経済的に苦しい時期があったんだなとか、結構楽しんでるんですが、ヘミングウェイは…ちょっと違うところで引っかかってしまって…。

彼は四回結婚してるんですが、若いころから、仕事で海外に行った先で知り合った女性と恋に落ちて結婚、何年かしてまた仕事で海外に行って知り合った女性と恋に落ちて妻と離婚して結婚…を繰り返しているんです。結婚は四回だけど、晩年にも若い女性と恋愛してたみたい…。

結婚してしばらくたつと若い他の女性に目移りしてそっちに行っちゃう(しかも繰り返してる)ってのは、個人的に人物としての評価が駄々下がりなので、「老人と海」はすごくよかったのに、作者に対してなんだか残念な気持ちになってしまいました。

 

というわけで、この作品は、ダイジェストでストーリーを知ったって作品のいいところは何一つ得られない…そういう小説です。自分の目で読んで、味わって、それでつまらないと思ったのなら仕方ないですが、読まずにつまらないとは決めつけられない小説だと思います。おすすめいたします。(*^▽^*)

 

ちなみに、私が読んだ光文社古典新訳文庫以外にもいろんな出版社さんから出た本があるので、お好みのものを探すこともできます。

 

 

 

 

 

 

 

 

八月の閑話休題です。

 

2026年8月のテーマ

「映画と合わせて読みたい本」

 

でおすすめしてまいりました。

 

映画の原作になっている本がたくさんある中で、私が記事に書いた本たちはどれも基本的に映画が原作からあまりかけ離れていない作品です。

映画「オリエント急行殺人事件」ポアロは原作のポアロ像からはかけ離れていますが、ストーリーや展開はわりと原作に忠実だし、有名な作品が原作であるぶん個性を発揮する色付けとしてキャラクターに目新しさを入れたって感じがします。

原作となる作品の設定やキャラクターだけとってストーリーはオリジナル…という映画もありますが、その場合、私は原作を知らないで映画を観る分にはいいですが、原作を知っていて観れば"思ってたんと違う!"とイメージを壊されたような気分になってしまう可能性大なので、観るか否か慎重にならざるを得ません。

 

原作を知っていて映画を観たら…

・本との違いを楽しめた

・本のイメージを補強してくれた

・新たな見方を得られた

というようなことを期待してしまいます。

 

でも基本的には両方楽しみたいので、映画評なんかをチェックして決めることもありますけどね。好きな作品が映像化されたのなら、そりゃ観たい。けれどもその映画があんまりよくなくてがっかりはしたくない。というジレンマですね。

 

さて、タイトルの「山田五郎さんロスな話」にまいりたいと思います。

ニュースが駆け巡ったので皆様ご存じのことと思いますが、2026年7月に山田五郎さんがお亡くなりになりました。

私は山田五郎さんのYouTubeチャンネル「オトナの教養講座」をここ2年ほど拝見していまして、あの独特の語り口で豊かな知識を披露してくださるのをもう聞けないのかと思うと寂しくて仕方ありません。

 

このチャンネルを知るまでは、正直山田五郎さんという方のことはほとんど知らなくて、たまにテレビに出ているコメンテーターみたいな人としか思ってませんでした。「アド街ック天国」という番組に出ていらしたそうですが、普段見ていない番組でしたので、ほぼ"「オトナの教養講座」の人"という認識でつまり"西洋絵画に詳しい人"と思っていたのです。

説明が前後しますが、「オトナの教養講座」というチャンネルは、西洋絵画について山田五郎さんがレクチャーしてくださる番組で、例えば"ゴッホの「ヒマワリ」はなぜ何枚もあるのか?"みたいなテーマについて語られることもありますし、特定の画家の生涯について自画像を年代順にみていきながら語ってくれることもあり、また、印象派ってどういう作品のことを言うのかというようなお話もありました。

 

子供のころに「エロイカより愛をこめて」という漫画で美術品泥棒の伯爵が様々な絵画を追い求めているのを読んでいた私が、そこで聞きかじった画家の作品を「オトナの教養講座」で詳しく知れたというようなこともあったりしました。

 

 

 

また、山田五郎さんの解説が、美術関係の本で勉強しようとしたなら絶対出てこないような独自の解釈がたくさん盛り込まれていて、とても面白かったのです。

今はチャンネルのアーカイブを見返したりしていますが、もういらっしゃらないと思うのはとても寂しい。

で、先日こんな本を買ってしまいました。

 

「めちゃくちゃわかるよ! 印象派」山田五郎 オトナの教養講座

山田五郎 著、

ダイヤモンド社、2024年 発行

 

 

 

この本は「オトナの教養講座」で講義した印象派の回を画家の年代順に18人並べて一冊の本にまとめたものです。

印象派が誕生する前に、印象派の画家たちに影響を与えたアーティストたちから始まって、印象派の終わりくらいまでがひとまとまりになっているので流れがよくわかります。

アーカイブで観ようとすると順番になってないから探すのが大変。後、書籍化にあたってチャンネルでのアシスタントさんと山田五郎さんとの掛け合いを文字おこししてそこから推敲されたようで、手間も暇もかかっています。絵画作品の写真もたくさん載っていて、とても分厚い本なのにとても読みやすい本です。画家たちの交友関係なんかもわかって非常に興味深い。

西洋絵画に関心のある方にはぜひおすすめしたい本です。

 

山田五郎さんはいろんなジャンルの事柄について詳しい方でした。「オトナの教養講座」の中でも時計の話や歴史の話、ヨーロッパの町の話、と絵画と直接は関係ない事柄も含めてお話されていました。山田五郎さんを見習って、私もいろんなことに興味をもって学んでいきたいと思っている次第です。

まだしばらくは山田五郎さんロスから抜け出せそうにないので、「オトナの教養講座」や関連書籍、出演されたテレビ番組の再放送などであの軽妙な語りを聞きたいと思います。

 

それでは、来月のテーマとまいりましょう。

 

2026年9月のテーマ

「ちょっと古典文学」

 

でおすすめしていきたいと思います。

以前も古典文学をテーマにしたのは9月でした。なんとなく読書の秋(今は暑くて9月はまだ夏ですけど)を想起しちゃうんですかね。

若い頃は読み始めても退屈で眠くなってしまった古典文学作品が、今は最後まで読めるようになりました。古典作品には人間の苦悩について描かれたものがたくさんあるというのも、若い頃には興味を持てなかった一因かと思います。

面白く、楽しく、ポジティブな気持ちになれるような本の方が好きだったし、作品に影響されて苦しい気持ちを味わいたくなかった。

けれど、今は古典作品には長く読み継がれるだけの理由があると思っています。作品のどの部分にその理由があるのかを考えながら読むのも面白いと感じるようになりました。

きっとタイトルを知っている作品もあるでしょうし、大まかな内容を知っている作品もあると思いますが、覗いていただけますと幸いです。よろしくお願いいたします。(*^▽^*)

2026年8月のテーマ

「映画と合わせて読みたい本」

 

第三回は、

「ブックショップ」 

ペネロピ・フィッツジェラルド 著、山本やよい 訳、

ハーパーコリンズ・ジャパン、 2019年 発行

 

 

です。

 

映画の方は、

 

・「マイ・ブックショップ」 2017年公開、スペイン、ドイツ、イギリス映画

 

です。

 

この映画については、以前に記事に書いたことがあります。

 

 

私は映画を先に見て、原作本を後から読みました。

 

あらすじは…1959年、イギリスの小さな海辺の町での出来事。第二次世界大戦で夫を失った未亡人のフローレンスは、以前から夢だった書店を開きます。小さな田舎町で唯一の本屋です。ずっと空き家だった建物を買い、修繕して自分の店を開こうとしていた折、町の有力者ガマート夫人がフローレンスが買ったその場所を別の文化施設にしたいと言ってきます。フローレンスは断り書店を開きますが、夫人がそれで諦めるはずもなく何とかその場所が空かないものかと目を光らせています。一方で街に古くから住む貴族で本好きの老紳士はフローレンスの書店を歓迎します。本がみんなの目を開かせると信じて書店経営に邁進するフローレンスですが、行く手には数々の障害が立ちふさがるのでした。

 

本と映画で大まかな内容は同じですが、細かなところは違っています。

本にないシーンが映画には加わっているし、映画ではあまり説明されていないことが本を読めばわかって腑に落ちます。

ラストの印象にも差があって、映画の方がソフトにまとめてある感じがします。本の方は作者の意図がもっと色濃く出ているというか…。

 

映画では、海辺の小さな町の美しい景色や1959年のイギリスの田舎町の人々の暮らしがビジュアルで再現されているのが物語に趣を添えていました。フローレンスのやさしげではあるけれど芯は強いキャラクターも、女優さんがうまく表現されていたし、本好きで偏屈な老紳士を演じていたビル・ナイさんは本当に良かった。役柄にぴったりの俳優さんでした。小さいけれど素敵な書店の内装や外観も映画でないとみられない。逆に、各キャラクターが頭の中で考えていることや、田舎町で未亡人がどのような立場として周りから見られているかというような暗黙のローカル・ルールみたいなものは、本の方が雄弁です。

 

映画を観た時にはガマート夫人の妨害がなぜそんなに力を発揮するのかわかりませんでした。妨害といっても反対運動みたいなもので、物質的な妨害(例えば、届いた売り物の本を水浸しにしてダメにするような工作)をするわけではないので、悪質というほどでもないという感想だったのです。まあ、ガマート夫人はクリスティー作品でよく登場する"ボス的な女"(周囲の状況を自分の思うようにコントロールしたがるリーダー気質の女性)ではあると思いましたが…。

 

けれども、本で読んでみると、ガマート夫人が持つコネの力が発揮された結果、夫人の関与しないところでフローレンスに大きな打撃を与えていることが分かりました。また、夫人のやり方は"自分が何かを頼めば周りがそれを何とかしてくれる"という類のもので、彼女自身が積極的にフローレンスを追い詰める行動をしたわけではないとはいえ、いやむしろ逆に自ら行動しない分ひどく悪質に思えました。

また、小さな田舎町では人種差別や男性優位の考えが根底に流れていて、女手一つで商売をするということが今の時代よりもずっと厳しい時代のお話なんだということもわかります。

 

私は2020年に映画の方を初めて観たのですが、コロナ禍で社会的な閉塞感があった時期だったので、映画の方を先に見て本当に良かったと思います。

本の方は今年に入ってから読んだのですが、読みながら映画との違いに気付くくらい映画の方が記憶に残っていたのにも我ながら驚きました。

 

映画と本、どちらを先に味わっても、もう一つの方で別の感情を呼び起こされる作品だと思います。

どちらを先に選ぶかはお好みで。おすすめいたします。(*^▽^*)