2023年8月のテーマ

「熱い勝負を体験できる本」

 

第二回は、

「剣客商売10 春の嵐」

池波正太郎 著、

新潮文庫 1993年発行

 

 

 

 

 

 

 

です。

 

池波正太郎さんの剣客商売シリーズ、10冊目にして初の長編作品です。

私の手元にあるのは旧版なので、Pickで貼った1,3番目の表紙のものです。

 

「剣客商売」シリーズは老剣客・秋山小兵衛とその息・大治郎を主軸に、太平の世を剣客として生きる人々の覚悟と数々の勝負や事件を描いた作品です。江戸の町で暮らす人々の息遣いまで伝わってくるような、鮮やかな文体が非常に魅力的です。

 

で、「春の嵐」のあらすじはと言いますと…「秋山大治郎」と名乗って辻斬りを行う頭巾の侍が現れ、次々と殺人を犯していきます。顔は隠れているけれど、体格は大治郎とそっくりだし、何よりも名乗っているので大治郎はお上の詮議を受けることに。父・小兵衛や岡っ引きの四谷の弥七、密偵の傘屋の徳次郎は大治郎の潔白を証明するためにも、凶行を止めるためにも、謎の頭巾の侍の正体を探ります。やがて明らかになった侍の正体から、一連の事件の裏に大きな陰謀が動いていたことが分かります。

 

このシリーズでは、秋山小兵衛、大治郎親子の剣の冴えが幾たびも描かれています。

池波さんの文章では剣の勝負における気迫や、間合いや踏み込みといった動作の様子、勝敗を分ける一瞬の判断などが、短い言葉で生き生きと伝わってきます。

まさに名人芸だと思います。

私のように、一つのことを説明するのにくどくどと書いてしまう人間には、真似しようったってできるものではありません。

そういう意味では勝負の描写で甲乙つけがたい果し合いのお話はたくさんあるのですが、真っ先に私の頭に浮かんだのは「春の嵐」でした。

 

まず、長編だということがうれしい。

それから、これ以前に登場した秋山ファミリーと言えるキャラクターがほぼ勢ぞろいしている点もうれしいことです。

(牛堀九万之助は出てこないけど、杉原秀杉本又太郎鰻売りの又六などオールスターです。)

ここまでは勝負は関係ない推しポイントですが、勝負に関して言うと、"正体不明の強敵"が大治郎の名を騙って凶行を行い、バックに有力な後ろ盾がいるようだというのが、これまでになく手ごわい敵だという緊張感があります。

しかも、一連の事件の容疑者とみなされている大治郎は身の潔白を証明するために謹慎しなくてはならないとなれば、この強敵と闘うのは秋山小兵衛(63)となってくる。

敵は剣客として脂の乗り切った男で、侍たちをただ一刀のもとに切り殺しているところから技量の高さも、真剣での勝負の経験も充分で、命を奪うという行為に良心の呵責を感じない冷酷さもうかがえる…。

この強敵を執念で探し出すまでの焦燥と忍耐の場面は、長く静かながらピンと張りつめた緊張感を感じます。

そしてついに強敵と相まみえた時…場の情景と勝負の行方を描く作者の筆運びが見事です。

 

久しぶりに再読してみましたが、一気読みしてしまうくらい面白かったです。

時代劇や時代小説にはあまりなじみがないという方にはピタッと来ないかもしれませんが、そういう方にはシリーズ一作目の「剣客商売」をおすすめいたします。

短編を何本か読んでいるうちに、池波節に馴染んで本を繰る手が止まらなくなるのではないかと思います。

 

というわけで、名人・秋山小兵衛の名勝負をおすすめしたいと思います。(*^▽^*)