序
( 撮影:平成22年5月5日 奈良市 安西宅前 )
向かって左は安西英夫さん。
この方、ある論争に決着をつけました。
今から約1300年も前のこと。『古事記』編纂の中心人物である太安万侶がいました。
ずいぶん昔のことなので、本当に実在したのかと疑う人が出てきました。
さらには「古事記って偽物じゃないの」という話まで。
ところが、昭和54年1月、奈良市田原の茶畑から偶然に太安万侶の墓が発見されました。
( 撮影:平成22年5月5日 奈良市田原 )
そこから墓碑が出てきて、「太朝安萬侶」と名前が記されています。
こうして非実在説は消されました。
墓の発見者が、茶畑の持ち主である安西英夫さんです。
1 記紀は建国の書
『古事記』・『日本書紀』を併せて、記紀といいます。
『古事記』は推古天皇までの歴史、『日本書紀』には持統天皇までの歴史が書かれています。
歴史書ですが冒頭部分は神話です。
なぜ神話がかかれているのでしょうか。
アメリカの歴史書に神話は出てきません。
アメリカは独立戦争を経て江戸時代に出来た国です。
フランスの建国もフランス革命のときですから、建国の歴史に神話はありません。
第二次世界大戦後の新興国「中華人民共和国」の歴史書にも神話は登場しません。
我が国日本は、今年(平成30年)で建国から数えて2678年目を迎えました。とにかく古い国です。
日本の王朝、つまり現在の皇室がどこまでさかのぼれるかというと、3世紀初頭までは確実です。
そのころ作られた巨大な前方後円墳が大和王権成立のサインです。
それまでは一地方政権です。
少しづつ力をつけてきて、やがて奈良や大阪を中心に畿内一帯を治めるようになり、90m級の前方後円墳を五基作りました。
それから百数十年の間に、日本列島全体を治め、統一王権になっていきました。
その一地方政権が出来たのは、さらに数百年は遡ると考えられます。
すると日本の建国は短く見積もっても約2000年前になります。
その建国の経緯が書かれているのが『古事記』・『日本書紀』です。
2 記紀で建国のビジョンを確認できる
そこには、誰が、いつ、どのような思いで国を建てたのか、が書かれています。
建国の歴史は、どの国家にとっても、どの国民にとっても大変重要なことです。
アメリカであれば、人々はどういう思いでイギリスからの抑圧をはねのけ、自由を求めて独立戦争を戦ったのか、勝ち取った自由でどんなビジョンを描き国家を建てたのか、は重要です。
フランスであれば、市民はどんな思いでフランス革命を起こし国を建てたのか。やっと得た権利とは何か、
それに従って国家が運営されるわけです。
それが、つまらない動機や目先のビジョンだけで建国された国家なら、早々に崩壊していたことでしょう。
日本はどうでしょう。
建国から1000年経っても2000年経っても国は残っています。
なぜ2000年以上も続いているのでしょう。
それは、『古事記』・『日本書紀』に記された建国の精神を見ればわかります。
ヨーロッパの国々が宗教戦争の繰り返しを得てやっと手にした人としての権利。
アメリカ人がイギリスから勝ち取った自由。
そういったものが日本ではすでに古代から人々に保障されていた。
先を見通すビジョンが建国の時に謳われていたということを『古事記』『日本書紀』で確認することができるわけです。
3 そこから先は神の領域
もう一つ、日本人にとって重要なことがあります。
天皇はなぜ天皇なのか? その根拠はどこにあるのでしょうか?
これは憲法に書いているのでしょうか。それとも皇室典範にあるのでしょうか?
例えば、憲法です。
日本国憲法第一条「天皇は日本の象徴であり・・・」
いきなり、「天皇は・・・」から始まります。
大日本帝国憲法第一条「大日本帝国は万世一系の天皇がこれを統治す」
日本に天皇は当然いらっしゃるものだという前提で書かれています。
憲法や皇室典範が定めているのは、“手続き”です。
世襲であるとか、先帝崩御に伴いすぐにとか。
今上陛下が昭和天皇の位を引き継いで天皇になられた“手続き”です。
ところが、天皇の地位の根拠は憲法のどこにも書いていません。
天皇は憲法がつくり出した地位ではないのです。
初代神武天皇の地位があって、その地位を歴代天皇はずーっと引き継いで来られました。
では、初代神武天皇はどのようにしてその地位につかれたのでしょうか。
そのことは、『古事記』・『日本書紀』に詳細に書かれています。
一言でいうと、「神々の意思、大宇宙の意思」
4 国家が編纂した正史
日本各地には様々な神話があります。『古事記』と『日本書紀』に書かれているものだけが神話ではありません。
つまり、神話には、記紀に採用された神話と採用されていない神話があるのです。
採用、不採用に拘わらず、神話という意味ではその価値は同じです。
とはいえ、採用された神話というのは別格です。
別格だというそのわけは・・・。
『古事記』も『日本書紀』も天武天皇の命令で国家が編纂しています。
国家が選んだものです。
特に『日本書紀』のほうは「正史」です。
『古事記』も国家が編纂した歴史書ですから、限りなく正史に近いといえます。
同じようなことを書かれている歴史書が二冊あるのは、なぜでしょうか。
この二冊は、編纂者が違い、編纂の方針が違います。
『古事記』は一編完結型です。
ところが、『日本書紀』には続編があります。
『続日本紀』とか『日本後紀』とかの歴史書となって、ずっと正史が編纂されていきます。
宮内庁が『昭和天皇実録』を編纂しています。
その前は『大正天皇実録』、その前は『明治天皇紀』が作られました。
天皇が崩御されると、次の御世で前の天皇の公式な記録を残しているのです。
我が国は1300年間、正史を編纂し続けているのです。
平成24年に『古事記編纂1300年』を迎えました。
平成32年には『日本書紀編纂1300年』がやってきます。
<参考にした書籍>
伊藤八郎『古事記神話入門』(光明思想社 平成24年8月25日)
竹田恒泰『古事記完全講義』(学研 2013年10月29日)