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ワンライフプロジェクトのブログ

平成18年(2006年)に 福岡県筑後市で 『ワンライフプロジェクト』 という活動を立ち上げました。
『たったひとつの命だから』この一行の言葉にあなたは何とつなげますか?
 

2017.4.15.朝
母が魂の世界へ還っていきました。

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ひとつのお布団で
一緒に寝ていた父にも分からないように

朝、亡くなっている事が分かりました。


母は最期まで
弱音を吐かず

控えめな母らしく
息をひきとるところを
誰にも見せず
お空の上へ


こんなに
ここまで痩せてしまっていたのかと
母の体を見て
みんなで驚きました


我慢強い母らしいな

バカだな、きつかったろうに
もっとワガママ言ってよかったのに


お別れする日が近いんだと
心の準備はしていたけれど


       あっけないよ‥


『心配かけて、ごめんね』
『そうよ、心配かけとるよ、はよ元気にならんなら』

最期に交わした言葉

笑ってた


痛い、とか
苦しい、とか
一度も聞いた事がなかった


気丈な母らしい


母さん、ありがとう

母さん、お疲れ様

母さん、また母さんの娘で生まれてくるって
私、決めてるからね



空の上から、これからはみんなのこと
見守っててください


しばし、さようなら


数日間の入院で、歩く力を失った母。
嫌がっていたけれど、とうとう紙パンツさんに活躍してもらう事になった

小はなんとかいけても
大が難しいらしい

そんなものなんだと知る

その紙パンツを交換してあげようとすると
母は
『いい、いい、お父さんにしてもらうけん』
と、姉や私にさせてくれない

えっ?
娘の方がよくない?
と言っても

父がいいと言う

姉・弟・私
3人の我が子に甘えようとはしない。

必ず『父』なのだ


うちの息子達も、ばあちゃんの紙パンツくらい喜んで交換するよ
って言う

子供・孫、何人もの手がここにあり
誰に甘えてもいい状況。

しかし、母が
父にやってもらうからいいよ、と言う。


それが、一番、気を遣わなくていいと

そんなものなんだな、夫婦って


親子の絆と、夫婦の絆
比べ物にならないくらい
親子の絆が強いし大きい

と、私は思ってた。


この2人は違う

ああ、なんてステキな両親なのだろう


神様、ありがとう。
この2人の元に、私を授けて下さって

まぁ〜〜
ご飯を食べさせるのも、下手くそすぎる優子ちゃん

これじゃあ、母も甘えきれないよ〜


父とのやりとり、ひとつひとつが
とても面白い

気持ちは元気

よかった

とにかく、母との時間を大切にするぞ〜


23日は、福岡市早良区での朗読会

たくさんの命のメッセージを朗読させてもらってきたけれど
今の私は
また別の心持ちで行えそう


準備する気持ちに
深さが加わった気がする


父と母を見て夫婦っていいなぁ〜
と、そればかし思う


いつか、私にもそんなパートナーさん
現れてくれるかな

この一年で母が一気に弱くなってしまいました。


昨日、関東から帰り、1週間ぶりに母を見たら、10歳くらい老けていて驚きました。

胸に繋がれた検査機。
母が『キツイ』と言わなくても機械が知らせる。
数字は、見えないところを教えてくれる。
知らなくていい事をズバリ指摘する。

肺の中が真っ白で、気泡みたいなものがたくさんある。
呼吸する事が苦しい病。

いくつも破裂していて
もう、予断を許さない。


母とのお別れを覚悟するようにと告げられてしまった。

母の最期をしっかり見届ける事にしました。


人は、生まれた瞬間、死に向かって生きていく。

いつかは、必ず訪れること。
そう、自分に言い聞かせる。

ムクッと起き上がりしっかりした口調で
『帰る、家に帰る、車に乗る』
と、言い放ち、ベッドから降りようとする母。

気力は十分。

『ダメなのよ、今日はダメなのよ』
と、言っても
涙を浮かべながら
『いいから、早く、早く、車を持ってきて』
と、繰り返す。


母の涙は堪える。


今まで、母の涙を見たことがなかった。
母も泣くんだ‥と、知った瞬間だった。


ワンライフプロジェクトを立ち上げてから
少し経った頃、旦那さんが半年蒸発をした。

私を支える事に必死だった母は、
『何かあれば、すぐ言わないかんよ』
と、言いながら
強気で私を励ました。

内心は、どんなに私と息子達を心配していただろう‥

私以上に、不安でいっぱいだったはず。



私の心臓が何度か悲鳴をあげた時も
『うちで休んだらいい』
と、私を十分休ませてくれた。

確かに、医者よりも母の言葉の方が
私には効いた。


強かった‥
母は強かった


しかし、その母の強さは
父がいたからだ。


父と母は、二人でひとつ。
ず〜〜っと一緒にいて
ず〜〜っと一緒に全てを乗り越えてきた。



親子の絆と、夫婦の絆は
どっちが強いか?
と、人に問われたとしたら
私は『夫婦の絆』と即答する。

それは、父と母を見てきたからだ。



ありがたいことです。




娘の私の言葉は、母には届かない。
父の一言は、瞬時に伝わる。

すごい!!!
すごい事だと私の心に刻まれた。


恋はしても、結婚はしない
と、若い人達の口からよく聞くけれど
いやいや
結婚の素晴らしさは
結婚してみなきゃわからないものですよ。


と、一度の結婚を失敗に終わらせた私が言うのもなんですが。


母の最期
母の生き抜く姿を
ちゃんと見届けたいと思います。

父に守られて
女を全うする母を。


しかし
どんなに覚悟しても
心は追いつかない。

今日も、明日も、明後日も
どうか元気で
まだ、そばにいて

そう、願うだけの私です。


母さん
幸せな人生でしたか?

母さんの娘に生まれて
私は最高に幸せです。

桑野やよいさん
あなたから生まれた
このたったひとつの命とだからこそ
私は私の人生を歩む事が出来ます。

大好きな母さん
天国に逝っても
お母さんと一緒に生きていきます。

桑野優子
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今年も、春の社日にぼた餅作り口笛

うちの実家は、春のぼた餅・秋のおはぎ、必ず手作りです。
100個程٩(ˊᗜˋ*)و

母に言われるとおりにやっていただけの恒例行事だったのに‥

いつの間にか、姪っ子達に教える側にラブラブ


思えば、小豆は伯父が作ってた。
それを貰っての粒あん作り。
大きな鍋に入れられた小豆達が煮立つあの香り‥おねがい

母からの合図です乙女のトキメキ
ぼた餅作るよ〜〜っいう。

もちろん、きな粉も手作り。
挽きたての大豆から出来たきな粉の美味しいことラブラブ


さすがに、今は、小豆もきな粉もお店から買ってくるようになりました。


3年前から、粒あんを作るのは私の担当になりました。

母が、弱ってしまってぐすん

いつか誰かが引き継ぐのは当然のこと。
母は傍で監視するだけになりました

姉も妹も本日不在。
姪っ子二人と、スタッフ淳子ちゃん親子とで作りましたよ〜


『ぜんざい』は出雲が発祥の地。
ぼた餅はどこ?
調べましたが不明でした


毎年恒例行事
100個並ぶぼた餅を見て育ったので
珍しくもなんともない光景。

こういう小さな一族の伝統を
語り継ぐこと
大切にすること
そして、楽しみにすること

こういうのが
いいなぁ〜〜


9月にはまた作ります。

母と、あと何度一緒に作れるか分からないけれど
次のおはぎも、次のぼた餅も
ずっと一緒に作りたい。


お母さん
今年のぼた餅は合格ですか?


桑野家の味・作り方・そしてお裾分け‥


『うちでは昔からこうなの』
って言える事があるのは誇りです
こんなに小さな事だけれど


お母さん
あなたから教わったぼた餅
お母さんの味
そのまんま私も姪っ子達に伝えるからね

去年に続き、今年も矢加部コミセンさんにお邪魔してきました。

『去年な、先生はインフルエンザにかかって来られらっさんやったもんな』
と、一番に言われましたあんぐりうさぎ

覚えられてた


今年は伺いましたのでお許しを


小学生低学年の2人
中学生2人
高校生も
朗読は、若手が揃って
私とあと一人
50代は裏方です気合いピスケ


11年目、こんなにもカラーが変わるなんてカナヘイきらきらカナヘイきらきらカナヘイきらきら

チームカラーカナヘイハートカナヘイハートカナヘイハート

おばちゃん達に混ざって
子供達が一緒に活動してくれるなんて
ありがたい大泣きうさぎ

一年半前、ある小学校での朗読会のあと
感想を言ってくれたんですが
『この活動を、私達もやります』と

なんちゅう頼もしい
そして、力強い気合いピスケ気合いピスケ気合いピスケ

有言実行ですね
昨日、4度目かな、参加してくれたの


私も小学生の頃を振り返ってみた
私が何かをする!なんて
一度も口にした事ないし
行動に移すなんて
全然出来ないお子様でした。


すごいなぁ〜〜
すごい!

知らないおばちゃん達の輪に入ってきてくれて

ありがたい事ですラブラブラブラブ

こうやって仲間が増えていくおねがい
しかも、若い子達が〜ヒヨコヒヨコヒヨコ



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リハーサルの音合わせ音符ルンルン

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本番はこんな感じ

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2007年、阪神淡路大震災の後
三菱UFJ信託銀行・神戸支店様主催の朗読会が行われました。

沢山の方々から、店頭に置かれた募集箱に
メッセージが寄せられました。

あの時、神戸の皆様からの声を
ちゃんとお伝えしていただろうかと
今でも申し訳なさでいっぱいになります。

『経験者にしか、経験者の気持ちは分からない』
震災の後の、いろんな方のさまざまな想いをお預かりして
そして
それをお伝え出来る私達だっただろうかと

今でも
申し訳なさが押し寄せてきます。


『いのちの重さはひとつじゃない』と
神戸のふみえさんから頂いたメッセージ

幼馴染さんと久しぶりに笑顔で再会して、
再び会ったのは
遺影の中‥

こんなに辛い再会はなかったろうえーん

昨日は、25歳のスタッフが朗読しました。



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心が晴れません
と、これはメッセージの冒頭です。

でも、心が晴れたらまたお便りします
そう、締めくくられています。

待っていますから‥


終わった後に
『あんた達の活動は、下から下から行くやつたいね。
よか活動ばい。
がんばって続けてください』

『心打たれました』

と、声を掛けてくださいました。

ありがとうございます。


日頃は、若い人たちの生の声を聴く機会なんて‥あまり、ないと思うのですが

こういう時に
触れてみてください。

生の声
生の声

これが、生の声


飾らない言葉
想い
直球勝負
私はそんな風に捉えています



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子育て奮闘中のスタッフが
自分の事のように朗読していました。

親には甘えていいんだぞ
いつまでも、親は親

そんなメッセージで
昨日は結びましたカナヘイきらきら


一番好きな季節

みんなと、お花見やんなきゃ🌸

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矢加部コミセンの、皆さん

昨日はありがとうございました😊

また、お会いできれば幸いですカナヘイうさぎ
もうすぐ庭のチューリップが咲きます。
私が幼稚園に通っていたころに、おばあちゃんといっしょに植えたお花です。

おばあちゃんが手入れしていたお庭は、いつもいいにおいがして、とてもきれいで、お花さん達が楽しそうにわらっていました。

おばあちゃんに
『ゆうかちゃん、お花さんに話しかけてごらん』と言われて
『お花さん、おはよう』って言うと
サワサワってゆれて返事をしてくれました。

『すごーい、おばあちゃん、お花ってお話ができるんだー』
と、言うと、
『生き物にはみんな命があるからだよ』って教えてくれました。

三年前におばあちゃんは天国へいってしまいました。

おばあちゃんのお庭は、今は、お母さんが手入れをしています。

『ここにいると、おばあちゃんが生きてる気がするね』と言いながら、二人でお花さん達に話しかけています。

おばあちゃんは、お花にも命があると言いました。

そのお花を見ていると、ここにおばあちゃんがいて、まだ生きているような気がします。

不思議だなあと思います。

たったひとつの命は
みんなが持っていて
そして、なくならないんだと
私は思います。


神奈川県    小学4年   ゆうか

2016年が終わってしまいます。
今年は、ワンライフ10歳の誕生日を2日間のイベントで楽しむことが出来ました。

修平、好美、美由紀、たけし、ひでちゃん
高校生だったあなた達が
立派な社会人だもんね。

あれから10年かぁ

いろんな事があったね。

一番最初におこなったホールでの朗読会。
筑後市内の学校の先生方が、沢山来てくださった。

330人の方と流した涙は、
悲しみでも苦しみでもなかった。

遠い昔の私に出会えたような涙だった。


10年も一緒にいてくれた仲間にありがとう。


そして、活動をやってて
仲間になってくれた今の主力スタッフのみんな
ありがとう。


2016年も一緒にいてくれてありがとう。


2017年は、若手スタッフ中心の活動にするからね。

世代交代です。


私達50代は、見守る側に。


14歳と10ヶ月の私は、もう生きれないと思ってお正月を迎えたんだった。
中学三年生の私は。

先日、中学時代の友達と楽しいひとときを過ごした。

52歳の私。
生きてる私。
地球の星に生まれてよかった。
もっともっと生きたいと思う。

『この心臓、あと三年もつかな』
と言われて
翌朝の私は
朝日を見て『ありがとう』と言った。
おはようではなく、ありがとうって。
生きてる事にありがとうって。


人とのいざこざは、小さな事なんだと知った。

生きてる、これが最高のありがとうなんだと。

私のたったひとつの命は
ひとつだけど
ひとつじゃないんだなと思う。

誰かと生きてる私。


私は、2017年も追いかけます。

私のたったひとつの命のあとに続く言葉を。


沢山のみなさん
大変お世話になりました。


2017年もどうぞよろしくお願いいたします。
おはようから始まる私の日常生活。
三度の食事に、仕事に、家事に、子育てに、人との会話に、LINEのやりとり。
私の毎日はこれの繰り返し。

お休みの日は、ゆっくり起きて
同じように三度の食事と、家事と、子育て。
時々、お出かけ。

大人になるってこういう事だったのかな。
結婚して子供に恵まれ、育てているけれど、これが私の幸せなのかな。

小さい時は夢があった。
私はケーキ屋さんになるといつも言っていた。
中学時代に、その夢はいつの間にか失くなっていた。

ケーキ屋さんになれば、幸せになると思っていたはずなのに、なんで簡単に諦めちゃったのかな。
中学時代の先生や親に、一言もケーキ屋さんになる相談をした事はない。
そんな進路相談は、なかったような気がする。

夢を持ち続けることって、難しい事なのかな。


私は36歳。
何を目指して私は生きているのだろうか。

子供達を学校に送り出し、仕事に行き、ほとんど自分を振り返る時間もなく一日が終わり、2016年も過ぎ去ろうとしている。

来年も、再来年も同じ一日と、同じ年末を迎えているのだろうか。

私は今、幸せなのだろうか。

私は、何か切羽詰まったものを感じてる。


毎日を切羽詰まった心で生きている。
心の先に道はある。

私は、この切羽詰まったものを感じながらも、何かの答えが出せずにいる。

たったひとつの命だから‥
たったひとつの命とは?

今の私のたったひとつの命って
何度考えても
『切羽詰まったもの』
としか、答えが返ってこない。

これでいいのか?私。

もうちょっと考えてみよう。


私が、たったひとつの命だからの続きの言葉を思いつく時は、きっと夢を持てた時だろうと思う。

見つけてみます、私の夢を。
私の道を。


東京都   36歳   
たったひとつの命だから
いろんな人と友達になって
いろんな組み合わせで
いろんな自分を出して生きていきたい

私、たくさんの人に囲まれて生きています。

家族といる時のワガママ娘の私。
弟二人といる時は王様気取りの私。
仲良し友達といる時は控えめに後ろからついていく私。
部活ではベンチで声だけは大きいサポートする側の私。
彼といる時はちょっと作ってる私。

どれも全部私です。

人は、表と裏があると言うけれど
その時、その時で、いろいろ変化があるのが人間だと思います。
だから、私はそれでいいと思う事にしました。

『たったひとつの命だから』の本を読んで
全く同じ人生はないんだなと知りました。
確かに、生きていて経験することは限られているはずです。

それならば、私は
赤も青も黄色も、その時々でカラーを出しながら生きていきたい。

私の人生の先生は、両親だと思っています。
産んでからずっと私を見てきてくれて、育ててくれた人達。
一番的確なアドバイスをくれます。
でも、両親にだって経験のないことはあります。
時代も違います。
環境も違います。
全部に答えが出せるはずもないんです。


ああ、だから人は自由が与えられているんだなと感じます。

一冊の本との出会いでしたが、いろいろな事を教えてもらいました。

私は、私のカラーを今日も何色も出しながら生きます。
たったひとつの命だから。

福井県高校3年
なつみ
30年近く前に公開されたアメリカ映画🎵

凄く考えさせられた。


『霊界』からのメッセージを、本当はもっと感じて受けとめて、そして動くべきなんだろうなぁ~~

亡くなったお父さんとラストはキャッチボールをする主人公。

亡くなったお父さんの気持ちを、初めて知る。

そんな終わり方をするこの映画は
とかく、見える物だけが真実だと思っている人には受け入れられないだろうなぁ~



主人公にとって、冴えない売れない野球選手だったお父さん。

スーパースターにはなれなかったが故に
しょぼくれた人生のラストを迎えてしまった。


う~~む

スーパースターなんてほんの一握り、
でも何をもってスーパースターなのかな

期待が大きすぎたのか
応えなきゃいけないと、勝手に思い込んでいて
挫折してしまったのか


かっこいい父親のまま生き抜けたら
そりゃ一番いいんだろうけど


かっこ悪くても、お父さんはお父さん。



が、この映画の凄いところは

自分の心が、『見えない世界』とシンクロをおこしたら
こんなことが出来るんだぁ~
と、教えてくれているとこ。


主人公に霊界から『声』『言葉』が送られてくる。
主人公は、それを流さず、察知したまま行動にうつす。

動けば動くほど、金欠病になっていく。

見えない世界を選ぶか
見えている現実世界を選ぶか
常に、天秤にかけられる。

一番の理解者は、その時どう動くか。

信頼関係がなかったら、現実世界のことしかやれなかったはず。

けど、奥さんがいいのよ。
感動しちゃったわ。
主人公を応援し、収入よりも、見えない世界からのメッセージを選択🎵

娘も含め、三人で、霊界からのお客様を受け入れる。


昔々の、メジャーリーグのスター達がこぞってやって来て野球をやって楽しませてくれる。
もちろん、他の人には見えない。
霊界からのお客様なのでね。


そうそうたる顔ぶれが揃う中
クライマックスは
主人公と父親の『心の交流』

霊界からやってきたお父さんの想いを
笑顔で受け止めるシーンに
涙が出ちゃいました。


亡くなった人が、
愛する人に『わかって欲しい』と
訴えることは、
実は日常茶飯時おきているんだろうな~


会話の代わりに『キャッチボール』で締め括られる。


とっても爽やかだった。
とっても考えさせられた。


亡くなったら、人はそれでおしまい
なんて、ないよなぁと思う。


2016年、最後に出会った映画がこれだった。

息子達と、語り合いたいなと思う、生きているうちに。

親子って、実に難しいもので
一番わかって欲しい事が、うまく伝わらないもの。
どうでもいいことは、すんなりいくのに。
なんでなかぁ


子供は、親を越えるもの

お母さんが勝手に染めてしまったものを捨てて
大人になって欲しい。

生きているうちに、素直な言葉で伝えよう‼
ってことは、今日の気持ちは今日伝えるべきだわ。


そっかぁ
他人には素直になれても
家族にはなれてないもんだってことかぁ

なるほどねぇ

いやぁー深い内容でした。

どうぞ、一度ご覧下さいませ。