山下澄人さんの、2017年芥川賞受賞作。

19歳の青年スミトが、北海道の富良野塾で過ごした一年間の話。

現在進行形なのに、どの人も、どの話も、ぬくい部屋から過ぎ去った昔の思い出を回想するように遠くて、ぼんやりしていて、懐かしいような感じで、え、この先に何があるの?と思いながらページをめくって、やっぱり何も見つからなかった。

なんとなーく何かがありそうで、どこに行っても何にもない。青春って、わざわざ神戸から北海道まで、なんとなく行けちゃって、何も見つからなくてもまだ体力あるなー、どうしよっかなー、ってことなんですよね。

そんなうすぼんやりした登場人物の中で、ひときわ輝いていたのが近所の農家の進藤さん。このおじいさん、なぜか一言もしゃべんない。

ある日、そんな進藤さんの家にお手伝いによばれた主人公のスミト。進藤さんはやおら肥溜めのマンホールのふたを開けて、そして閉めます。終始無言で。

そのあと、畑に行って、ツルハシとスコップを見せられる。スミトは、「ああ、肥溜め用の穴を掘れってことか」と察します。

スミトは結局、自給自足生活の栄養失調で穴の中で倒れてしまいます。それに気がついた進藤さんが、富良野塾に電話をかけるんだけど、「進藤です!」が、どうしても「じんごうげす!」になってしまい、うまく伝わらないんですね。

私はここで涙が出そうになった。

きっと進藤じいさんは、ただ訛りが強すぎるだけかもしれないけど、もしかしたら極度のコミュ障か、何かの障害でうまく喋れないのか、だから農家という人と会話しなくていい職業に就いたんです。

そうしてずっと前に人と話すことをやめてしまった進藤さんが、スミトを助けるために富良野塾に電話をかけ、何十年ぶりに何かを人に伝えようとするのです。

でも何と言ったらいいのかわからなくて、「進藤です!」と自分の名前を、それだけを電話口で叫ぶんですが、口から出てくるのは、「じんごうげす!」。RPGに出てくるどうでもいい村人みたいにそれしか言えない進藤じいさん。がんばれ進藤じいさん。

泣かいでか!

そんな進藤じいさんは、コミュ障を乗り越えたその向こうにあるしんせかいで、何を見たのでしょうか。

後半はただの妄想です。