オーヤマサトシ ブログ -9ページ目

ドラマ『未成年』2015年初見の感想・7話

ええーーー死ぬのそっちーーーーーー…
うーん俺この作品のこういうとこあんま好きじゃないなあ。
人の不幸(今回で言えば死)が物語の駒にしかなってない感じがする。
ここで死ぬ必要あるかなあ?
「友だちの死」というタイトルをつけて前半の不自然なまでに幸せな生活描写されても不安を煽るだけだし(俺が煽られてるだけかもだけど)(つか煽る意図でそういうことにしてるんだろうけど)
これまでもこういう傾向はなくはなかったけど、あんましいいやり方には思えない。
連ドラというエンタメとしてはすこぶる正しいとは思うけど。

とは言え、そういうウィークポイントを差し引いてなお、セリフの破壊力は相変わらずすさまじい。
もかとヒロの電話越しの会話の
「嘘じゃないよ」
「言わないで」
なんていうシンプルな言い回しに込められた痛みと切なさよ。
そしてそういうセリフに説得力をもたせる役者の演技はどんどんよくなってるなあ。つか役者で持ってる作品とすら言いたくなってくる。

シナリオの完成度は正直そこまで高くはない。でもそれをもって余りある魅力が確かにある作品でもある。この均衡がどうフィニッシュするのかしら。
ヒロの受験もダメになりそうだし、また雲行きが怪しくなってきたしなあ……大丈夫なのかしら(いろんな意味で)

あ、あと繰り返しになるけど大事なことなので何回でも言うます。
いしだ壱成、すげえ!!!

スキマスイッチの『スキマスイッチ』はこんなにもすごかった―2015/4/2・NHKホール

※ネタバレあります



●つーか俺ずっと言ってるけど、ヤバイよ、いまのスキマスイッチ。ほんとはこのヤバさを、まだ知らない人にも伝わるように書ければいいんだけど。うーん。難しいw こんなにいい音楽をやる人たちなんだってことを、もっと知らせたいんだけどなあ。とりあえず今回は見終わった雑感のみ書き散らかす。



●4月2日、木曜日。スキマスイッチのツアー『スキマスイッチ』、NHKホール公演1日目。見ていて最初に頭に浮かんだのは「みずみずしい洗練」という言葉だった。



●『musium』ツアーから現在までのさまざまなトライアル(ベスト盤~ダブルス~ストリングス等)がすべて結実した、一切の無駄のないライブだったと思う。最新作+近年のシングル+過去アルバム曲というセットリストも、すべてに必然があった。他の会場のライブは一切見ていないしセットリストも見てないけど、今日のセットリスト固定でも全然問題ないんじゃないかな。むしろ他が想像つかん。



●そういうライブとしてのクオリティの高さは「洗練」と呼べるレベルに達している。一方で、じゃあすべてが“できあがっている”のかというと、そうでもない。この日のライブには一見洗練とは相反するような“みずみずしさ”が同時に存在していた。



●このツアーのために用意されたという過去曲のアレンジは、どれも簡単に言うと大人っぽく感じた。で、「雰囲気変えるために大人っぽくアレンジしよう」ではなく「いまの自分たちから出るものを素直に音にした結果、大人っぽくなった」という感じなのがよかった。これがいまの彼らにとっての等身大なんだろうなー、というのが出す音から伝わるから、洗練されながらもすっごくみずみずしく聴こえたんだと思う。全てに「無駄」も「無理」もない、よけいなものは何ひとつないのに、すこぶる豊かなライブだった。



●特に予想してたわけではなかったけど、1曲目は心地良く裏切られた。そこからの『夏のコスモナウト』『双星プロローグ』あたりのミドルチューンがよかった! あのBPMであそこまで腰にくるグルーヴを纏わせる演奏力はマジですごい。つかスキマライブにおいて村西さんのドラムがいかに重要さを思い知ったライブでもあったなー。手数は最小限に、それでいて1000発1000中レベルのドラミングにしびれた。

アルバムでアレンジの自由さに戦慄した『僕と傘と日曜日』はライブでより大きく羽ばたいていてこの日のベストプレイのひとつだったし、バリバリのチョッパーベースアレンジからの雪崩れ込む『アーセンの憂鬱』など、過去曲を差し込むセットリストの流れも素晴らしかった。あと『パラボラヴァ』の多幸感やばすぎ。昇天。



●全体にハッピーな雰囲気だったな。会場の空気がシリアスに引っ張られることがほぼほぼなかったというか。『musium』ツアーもすごく幸福なものだったけど、あのメッセージ性の強いステージに比べると、ただただいい演奏だけをするという、ある種聴き手に委ねるような姿勢がすごく潔く、気持ちいいライブだった。これも『musium』以降のダブルスやベスト盤ツアーの経験が活きてる気がする。こんなに観客を緊張させないライブも珍しいのでは。

しかし色々なライブをしているスキマだけど、彼らの本領はやはりアルバムツアーなのだなと痛感。これだけ満足させられたのに、まだあと何回でも見たくなる懐の深さ。そしてホールクラスの会場の使い方うますぎ。音もめちゃめちゃよかった。あと客のノリが最高。メンバー登場時から異様なまでの歓声と熱気。このファンとの関係も、かれらが地道に作り上げてきたものなんだよなあ。そう思うと感慨深い。



●最後の最後に歌った曲については、ある意味このライブに用意された明確な「オチ」で、この曲について長々語るのは野暮かもと思いながらも、やっぱり語らずにはいられない。この曲を鳴らすためにこのアルバムが、そしてこのライブが用意されたのかと思うほど、ほんとうに素晴らしかった。音源の時点でもかなり完成度高かったアレンジはさらに進化し、ライブだからこその緊張感とダイナミズムでこの曲の持つパワーをさらに増幅・拡大させていた。

『SL9』のライブアレンジをカオスと表現するなら、この日のこの曲はすごくシンフォニック。静寂から生まれた音と音が呼び合い、重なり、美しい轟音となり、そしてまたひとつの音に戻っていく。これだけの幸せに満ちたポップス・フルコースをさんざん食べさせられたあとのデザートにしては刺激的すぎる、しかしこれ以上の締めは考えられない。あの「音楽」を聴けたことが、この日何より嬉しかった。



●アルバム『スキマスイッチ』は、スキマ史上もっともメッセージのないアルバムだと個人的には思っている。10曲というミニマムな構成の中で、ただただ異様に純度の高いポップスが並んでいるだけ。この“だけ感”はこの日のライブも一緒で、ただただいい曲をいい演奏で届ける“だけ”のライブだった。で、それがなによりも最高だった。というかもっと言うと、スキマはずっとこういうことがやりたかったんじゃないだろうか。

これまでもその傾向は強まってきていたけど、今回のアルバムとツアーでその感じは過去最高に極まっていて、だからこそ彼らはこのタイミングでセルフタイトルを掲げたのかもしれない。スキマスイッチの『スキマスイッチ』は、こんなにもみずみずしく、洗練され、躍動し、美しく、そしてわたしたちのそばに寄り添う音楽だった。こういう音楽に向き合えることの幸せを噛み締めた一夜だった。



●最後に。もっかい見てえ!!!

ドラマ『未成年』2015年初見の感想・5~6話

そうか、未成年な若者の悩みが学歴社会とかストレスとか、そう言えてしまう時代だったのかー(そのあとでヒロの反論があるけど)。
なんか隔世の感があるな。
いまなんて普通に貧困で人が死んだりする時代だからなあ。



1話の感想でも書いたけど、この作品は当時の時代性を強く反映した作品だと思う。
当然そこで描かれてる世界と2015年のいまとではだいぶ状況は変わってるんだけど、じゃあいまこの物語がまったく有効ではないかというとそんなことはなくて、例えば面接での教授とのやり取りで描かれる「大人に自分を肯定してもらえる喜び」とか、すごい普遍的な喜びや悲しみが描かれてる(と俺は思う)。

(と俺が思う)とわざわざ断りを入れたのには理由がある。
ヒロが
「500万年前の奴らも、やっぱり自分と同じように『世の中くだらねえ』って思ったのかなと思って」
と言ってたけど、いまこの作品を見て思うのは
「1995年のガキも『世の中くだらねえ』と思ってたんだな」
「いまのガキたちは2015年のこの世界をどう見てるんだろうな」
「いまのガキにこの作品はどう映るんだろうな」
という、複雑な感慨だ。



『未成年』という作品は、「物語の持つ力」を信じている作品だと思う。
フィクションだからこそ描ける真実があると信じている、そう信じていなきゃ、この物語は作れないだろうと思う。

『未成年』は、荒い。
ストーリーも、演技も、演出も、全然洗練されてない。暴力的だし、偏見や決め付けも多いし、あまりにステレオタイプな表現も少なくない。ただ、そうあることでしか描けない物語があることを身を持って証明している作品だとも思う。



で、やっぱ俺はこの作品を「2015年に生きるアラサーの準中年」としてしか見られない。いまの俺はこの物語を信じられるけど、いまの未成年たちがこの作品をどう見るのか、想像もつかない。

もしかするといまって当時より「物語」の需要は高まっている気はする。でも「物語の持つ力」じたいは、弱まっている時代だとも思う。正確に言うと『「物語を信じる力」が弱まってる時代』というか。そういう時代に生きる未成年たちは、この作品をどう見るんだろうなあ。




5話

「ちょっとだけ未来が開けて見えた」
このセリフ超いいな。30超えたいまでも、たまーに訪れるそういう瞬間があるから、なんとか日々生きていけてると本気で思う。

桜井幸子の聖母感すごい。まだ20歳とかなはずなのに…

後楽園ゆうえんち!!!!!!!!!!!!!!!1
トップスピン!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!1111111111111
元遊園地ヲタな自分狂喜。

そしてなにより言いたいのが、「優秀で非の打ち所がない兄」という役どころなはずの谷原章介が、ずっとすごい頭悪いしゃべり方してるのはどういうことなんだ! 最後に出てくるセリフのリフレイン不気味wwww ある意味怪演と言ってもいいのでは。結局6話で当然のごとくモカを捨てるし。ヒロ不憫すぎる。




6話

「とりあえず次のページを捲るっきゃねえ。天国だろうが、地獄だろうが」
相変わらずモノローグがキレッキレ。

初回で書いたとおり、ヒロとデクのシーンが本当に毎回唯一の癒しになってきてる……。しかしデクのダークサイド(というか生い立ちとか怪我の原因とか)がまだ明らかになってないのがなあ。

つかまだ6回でこの展開の早さは大丈夫なんだろうか。7回のタイトル見たら「友人の死」とか書いてあるし。
死ぬんかい! まだ7話じゃん! うーーん誰が死ぬんだ? 普通にいけば反町か?
「嘘を嫌えば嫌うほど、周りから嫌われていく」
というセリフは響いたなあ。彼もまた大人の犠牲になっていく未成年なんだよな。

「傷を負っているもののほうが綺麗に見える時がある」
これは野島伸司イズムをそのまま言っちゃったようなセリフだなー。俺はそうは思わないけど。

モカの初夜報告TELにマジで心配するヒロがけなげすぎる…泣




なんか1話のなかに色々ありすぎて、感想書くのが難しくなってきた。見はじめのころ疑問だった
「デクがこの物語に必要である理由」はなんとなくわかってきたので、そのことは5日ちゃんと書きたい。ん? つか来週いっぱいで再放送終わり? 早!

にせんねんもんだい『N'』だいぶいい



にせんねんもんだい『N'』を聴いた。
ディスクユニオンでTシャツ付きのやつ買った。
ジャケデザイン、クール!

最近レコ発@o-nest~落合スープとライブを立て続けに見たので、あの緊張感と迫力が心身にこびりついていたけど、音源だとまた違った聴こえ方をして、こちらもすばらしい。

ライブよりもっと無機質な印象。プレイヤーの肉体性とか、あと想いとか思想とかメッセージとか、そういう情報がもう皆無ってほど読み取れない。もうなんか想いとかどうでもいいって感じ。
ほんとうに「音」しかない音楽。

このアルバムを聴いてると、巷に溢れる「音楽」と呼ばれるものの多くがいかに「音楽以外のサムシングたち」によって成立しているか、そして自分もいかにそういうものをありがたがっているか、痛感する。

俺は別にそれ自体を悪いことだとはまったく思ってない(つかそういう物差しで音楽に優劣をつけるのはナンセンスだと思ってる)けど、にせんねんもんだいの音楽のかっこよさを目の前にすると、ふと我に返るような感覚がある。耳や脳がリセットされる感じというか。その感じが心地いい。

あとすっっごい集中して聴くと、どっかに連れてかれちゃいそうな感覚に陥って怖いので注意(←と自分に)
や、ほんとにゾワッとする瞬間がたまーにある。
ライブだとあんまないんだけどなー。やっぱ目の前で演奏してるという熱量があるからかしら。
音源の「これどっからなってる音なの…」っていう底知れなさはすごい。

お気に入りは『B-1'』。これマジ名曲!
ドラム&ベースの鬼リズムが気持ちよすぎる。
ギターのノイズ&リバーブもCDだとまた違う感触でだいぶ素敵。
とはいえどの曲もそんなに大きな違いはないんだけどw
シャクルトンremixもかっこえーーー
落合スープのプレイも最高だったし、また共演してほしいなー。
そして今度は野外で見たい。
フリードミューン、今年あたり東扇島でリベンジやんないかなー。

ドラマ『未成年』2015年初見の感想・4話

4話

ヒロが雨に打たれて泣くシーン。

「いきなり社会に放り出されるのが嫌で」
「兄貴や親父に見下されるのが嫌で」

というセリフのあと、一瞬カメラのピントがぼやける。
あれ、すごくよかったなあ。

あれが狙ってやったことなのか、偶然できてしまったものなのか、それはどっちでもいいし、どうでもいい。
雨の中で泣きながら吐露するヒロを見て(ああもう見てらんねえ…)と画面から目をそらしそうになったとき、急にカメラのピントが揺らいで、ドキッとした。
なんか俺のそういう心の動きを見透かされた気がしたというか。


しかしあそこで

「いきなり社会に放り出されるのが嫌で」

とか言えるんだから、ヒロはやっぱ賢いんだよなあ。
5人の中である意味いちばん“大人に近い未成年”がヒロかと。
社会性あるし、面倒見いいし。屈折はしてるけど、屈折の仕方も健康的というか。
いちばん視聴者が共感しやすいのもヒロだと思うけど、そのぶん人物造形が相当難易度高いキャラクターでもあるので、やっぱり今回もいしだ壱成すごいという感想に(←毎回恒例)


あと5人のナイーブさは、ネットと携帯がないことがでかいと思う。
いまはあそこまで純度高くナイーブさを保つことは、もう不可能に近いんじゃないかな。
すぐに外の世界(あらゆる意味で)と繋がれてしまういまと比べて、外の世界に放り出されないでいられる当時では、ナイーブの純度がぜんぜん違うと思う。

あと彼らは分かったフリしたり、諦めたり、冷笑したりしないよね。
そういうメンタルも時代背景が影響してる気がする。
いろいろな絶望を経験しながらも、諦念みたいな感じは薄いもんな。


「甲子園がかかった予選決勝でフライを取り損ねる」という青春罰ゲームの中でもダントツでキツいやつをキメてしまい、さらに「好きな相手が親友とヤっちゃってる」というこれまた青春罰ゲーム鉄板ネタを引き当ててしまう順平には、もうなんかどんマイケルとしか言いようがない…。強く生きろ(号泣)!!

そんな青春罰ゲーム描写もそうなんだけど、カテキョと妊娠とか、親からのあれで水商売とか、できる兄貴との比較とか、いちいち設定はなーんかどっかで見たようなものが多い。でもこれ野島伸司はわざとやってんだろうな。
わざとやってるとして、その効果はいまのところ半々て感じかも。後半の展開を見守りたいにゃー。
しかし「私は雨が似合うから」みたいなセリフはさすが野島伸司!!!


五郎には次はデクをいじめるクソガキどもをシメてほしいところ。
あとヒロとデクのシャンプーシーンは眼福でした。あざす!
というかああいうシーン以外あんま心が安まらなくなってきた…。

まあでも思春期なんて、心が安まることのほうが少ないわけだし、じゃあいいのか。
まあ俺がなにを言おうと、どんどん心穏やかじゃない方向に進んでいくであろうことは、もう確信に変わりました。
よろしくお願いしまーす!!!(何が)

ドラマ『未成年』2015年初見の感想・2~3話

2話

うわあうんこもらしはキツいなあ……
うんこもらし告白シーンでのほか4人の表情が絶妙w
しかしうんこ転じて福となす。
これでついにチーム未成年5人が揃った!

冒頭、デクの頭部になんか傷。
ふむむ、これはデクの過去になんかあったフラグ?
桜井幸子の薬も明らかになにか隠してる感バリバリだし、このあたりがいつ明かされるのかポイントかも。
このほか今回の初エピソードとしては、
桜井の兄(刑事? 宇梶剛士?)が初登場、
ヒロのことが好きな活発ガールの家庭が複雑そう、
反町とヒロの過去の話、とか?
うーん、ちりばめられる情報がどれもなんかダウナーな予感…w

今回は特にシリアスなシーンだったり大きな事件もなく(うんこは大事件だけど)、安心して見れる回だった。
相変わらずいしだ壱成キラッキラだなー。
反町のイヤなやつ感はさすがうまい。

そういや大人になると付き合う人も限られてくるけど、子どもの頃っていろんなタイプの奴らと遊ぶのってけっこう普通なんだよね。
意外とすぐに仲良くなっちゃう感じ。

今回のベストシーンは、ヒロが学校から彼女のもとへ駆けていくところ。
ああいうシークエンス、好きだな。





3話

未成年たちは、とにかく動く。
走り、転び、眠り、起き、また動き出す。
目を丸くして驚いたと思えば、我を忘れて怒る。

そのみずみずしいからだから、色々なものを放射する。
汗をかく、よだれを垂らす、精液を出す、涙を流す。
その生命力は、眩しいほどに光り輝いている。

生きるということは本来こういうものだよなあ、という感慨とともに、そういう捉え方は彼らを美化しすぎているなあ、と自省もする。

彼らはむやみに動いたり放出するだけでなく、迷い、戸惑い、反抗し、逡巡し、なにかを探し続けている。
ありあまるほどに躍動する肉体とコントラストをなすように、未熟で純粋だからこそ厄介な自意識が、彼らのからだを縛っていく。

彼らはなにに抗っているのか。それはきっと自分自身なんじゃないだろうか。



……うーん3話で想像以上に物語がグルーヴしだして動揺してしまい、よくわからんことを書いてしまった。
でもある意味、覚悟はできた。
このドラマはいくとこまでいくのだな、と。
当たり障りない地点に留まるのではなく、なにかを描き切ろうとしているのだという意思は感じた。
あとはそれを見届けるだけだなー。

ストーリーの設定や人物造形に関しては正直ステレオタイプだなと思わないこともないけど、それをアリにしてるのはやっぱり役者の力量だと思う。
何度も言うけどいしだ壱成すげえ…!!!!

気になるのはデクの位置づけ。
こどもでもおとなでもない“未成年”を描くうえで、
その双方をゆらぐ存在をあえて配したことがどう物語に作用していくのか。

つーか連続ドラマというフォーマットとしてめちゃ優れてる作品だなあ。
次回への引きの強さがハンパじゃない!!
早く4話見せろこのやろ!!!!!

ドラマ『未成年』2015年初見の感想・1話

おおおおお、いきなりハイロウズのライブシーン!
かと思ったらライブの熱狂に「くだらん、ゲロゲロ」と悪態つくいしだ壱成!
(よく見ると壱成の役名「博人」だし!!)
つかそもそもハイロウズの客層こんなんじゃないのでは!!??
ファン的にはこの演出大丈夫だったのか!!??
なんて本筋とはあまり関係ないところが気になりつつはじまった『未成年』第1話。

まず作品全体から放出されてるエネルギーがすげえ!
出演者、スタッフ、脚本、あと時代の空気とのリンク(←これがいちばん重要かも)など、すべてが絡み合ってグルーヴしてる感じ。
これってただいい作品ってだけじゃだめで、いろんなタイミングやらがピタッと合わないと生まれないもの。
これリアルタイムで見てたら生涯の一本になってた可能性あるなー。

とにかく役者がすごい。
主要の5人は、とにかく輝きまくっている。
「この作品をいいものにしよう」
「とにかくなにかを残そう」
っていう想いがビンビン伝わる。

なかでもいしだ壱成はちょっと飛び抜けてる感。
自己紹介も兼ねた1話のなかで見せるいろんな表情がどれも魅力的。
とくに何気ない会話や相づちがすばらしい。
そういう細かい演技で、ヒロという人物をより立体的に造形してる。
すげーー。

あんまこの言葉好きではないけど、いしだと香取はハマリ役だなあ。

1話でのデクは基本、自分からなにかをアプローチするというよりは、相手の反応を見て行動することのほうが多い印象なんだけど、その受けの演技がいい。
だからこそ、時おりデク発信で見せる表情(自分で自分をデクと呼ぶところとか)がいっそう輝く。

俺は『合い言葉は勇気』での香取の演技がすごく好きで、あれは周りの奇人変人(とあえて言うw)たちに振り回される役どころなんだけど、デクを見て、香取って主役をばっちり張れるのはもちろん、脇でこそ輝く演技もできる役者だなあと再確認。

野島作品メソッドに則るなら、これから悲劇に向かって混沌としていく予感しかしないんだけど、ヒロとデクのシーンの、あのやわらかな空気感は無くしてほしくないなー。

作品全体の感想も。
「1995年・夏」とわざわざことわりを入れるということは、そもそも同時代性を強く意識した作品だったのだろうな。
1995年の夏と言えば、阪神・淡路大震災も、地下鉄サリン事件も経ている。
日本人が大きな傷と挫折をたてつづけに喰らったあとの、夏なのだ。

一見そんな世相とは縁遠く見える主人公のヒロも、すでに挫折を経験している。
優秀すぎる(が故に人を傷つける…あのかけっこのエピソードは酷いw)兄、離婚をきっかけ?に厳しく当たるようになった父、やりたいことを見つけられない自分……

いい家に生まれているようではあるが、「いつもなにかに不満を持っているような」母によく似ている、ということは、ヒロは「いい家」や「いい暮らし」といったものでは満たされないものを抱えている人間なのだろう。
デクのような純真無垢な(同時にある人にとっては厄介とも捉えられるであろう)存在を素直に許容するやさしさも、そういうところのあらわれな気がする。

1話で主要な登場人物は全員出てきたかな?

戸川博人=いしだ壱成
室岡仁(デク)=香取慎吾
神谷勤=河相我聞
田辺順平=北村雅樹
坂詰五郎=反町隆史

とにかく河相我聞の役が心配!
ちょっとすでに色々大丈夫じゃない感じが……ああいう子には幸せになってほしい。

最後に野島伸司イズムのモノローグきたああああああああああ
「おもいっきり会いたい」って、すごくいいセリフな。
こういうことを思うヒロって人は、魅力的だ。

そして乳首にぼかしはいってたああああああああああああ
でもいしだ壱成の乳首にはぼかしはいってなかったあああああああああああ
結果オーライ!!!!!!!!!!!!!!!!!!!(えっ)

そういえば大学のシーンで
「ファシズム的改編を撃破する!核実験再開反対!」
と革マルフォントっぽい字で書かれたでっかい看板が立ってたけど、当時の大学ってあんな感じだったのかしら(あれ敢えて入れてるんだろうしな)。
20年前のTBSのドラマで描かれているもの、という前提を踏まえつつ、当時の風俗や時代の描き方も発見がありそうで楽しみだ。

とりあえず、続きを見たくなる第1回だった。録画失敗しないようにがんばろう。がんばる!

V6『Oh! My! Goodness!』のライブDVDがすごい面白かったよ

オーヤマ「いやーついに見たよ」

サトシ「V6のライブDVD『V6 LIVE TOUR 2013 Oh! My! Goodness!』ね」

オーヤマ「もともとアルバム『Oh! My! Goodness!』をすごい気に入って、作品のこととか(過去ブログ>V6の『Oh! My! Goodness!』ってアルバムがめちゃめちゃいい) なかでも森田剛氏についてとか(過去ブログ>V6『Oh! My! Goodness!』における森田剛氏のボーカルについて)そういうブログを書いたところ、ファンの方から色々反響をいただいて。なかでも多かったのが『とにかく6人のライブを見てほしい』っていうコメントだったんだよね」

サトシ「まあそれ以前に、個人的にも『OMG』というかなり攻撃的なアルバムをどうライブに落としこんでいるのか興味はあったので、せっかくだしこの機会に見てみようと。それでついにタワレコでDVD注文しましたよ」

オーヤマ「なけなしのポイント使ってね! や、俺ら、アベノミクスの恩恵などクソほども感じてない薄給の身なので、正直、最初は中古で探したんだけど……全然ないの。V6のDVD、中古市場に全然出回ってないの! たまーに見つけてもすっげー高騰してるし!」

サトシ「まあでも俺ら的にも中古とか違法動画とかじゃなくて、ちゃんと自腹切って金払って見なきゃだめだよな…と反省しつつ、ちゃんと買ったんだからほめるだけじゃなくダメなとこも含め言いたいことは言うぜ、っていうスタンスで今回は話してみようかね」

オーヤマ「あ、念のため今回の感想はあくまでDVDの映像作品を見たものであって、生のライブは一切見ていないのであしからず。で、見終えてとにかく言いたいのは…」


******


ふたり「「生で見たかった!!!!!!」」

オーヤマ「ふはは、批判もちゃんと言うぜ~とかカッコつけてるわりに最初からそれかよw」

サトシ「や、でもそう思ったでしょw?」

オーヤマ「思った。俺ら基本的にV6というよりは『OMG』っていうアルバムのファンという立場だからさ。あのアルバムの曲を爆音で聴けるライブにはやっぱり行きたかったなあ」

サトシ「オープニングで『omg!』が流れたとき鳥肌立ったなー。まず思ったのが、1曲ごとの演出の凝り方がすごくない?」

オーヤマ「確かに。そもそも俺らV6のライブを見るのが初めてっていうのもあって余計驚いてるのかもしれないけど、まずステージ構成もけっこう変則的じゃん。メインステージ、そこから十字&周回するように花道が伸びて、あとなんか上っつーか2階席のほうにも花道伸びてるじゃん? つまり動けるスペースがたっくさんある中で、さらにメインステージの中でも床がせり上がったり、床だったところがスクリーンになったり、常にいろんな変化が起きてて」

サトシ「ステージパターン何種類あるんだっていうね。で、それがただの変化づけじゃなくて、ちゃんと曲の世界観とリンクしているのがよかった。冒頭の『FLASH BACK』はセットと映像とダンスのマッチングが素晴らしかったね」

オーヤマ「サビ前の♪ダッダッダッで両手を翼のように広げる振り、あれかっけーよな! 音もパフォーマンスもバッキバキで」

サトシ「あと『大人Guyz』の♪こーこから、こーこまで、の演出とか、細かいところがよくできてるんだよね」


******


オーヤマ「前にも言ったけど、俺にとって『OMG』ってアルバムは、とにかくエッジーでカッコいいんだけど、どっかダサいというか笑っちゃうようなところがあって。そこが他にない大事な魅力だと思ってるのよ」

サトシ「うんうん」

オーヤマ「『大人Guyz』だと、1番ではワチャワチャしつつガシガシ踊って歌ってて、あのままで最後までいっても十分映える曲だと思うんだけど、途中からショッピングカートを使う演出になるじゃん。大人買い=買い物=ショッピングカートっていうベタすぎるアイデアを、よりチャーミングなパフォーマンスに落としこむっていう、あの感じがV6というチームのファンに対するコミュニケーションの仕方なんだなって思った。“ちょっとくらいダサくても、より楽しいほう・気持ちいいほうを優先しよう”っていう」

サトシ「“ベタを恐れない潔さ”っていう感じだよね。『POISON PEACH』の蛍光ゴムパッチンは一瞬たじろいだけどw、あれもちゃんとやり切ってるから様になってたし」

オーヤマ「あと『親愛なる君へ』のアウトロで流れるメッセージ!」

サトシ「あれは笑ったw や、悪い意味じゃなくて、あれは普通に照れるよw」

オーヤマ「正直、画面を直視できなかったw でもそっから『Sexy. Honey. Bunny』に雪崩れ込む流れは痛快だったな。ああいう甘々な演出のあとにいい意味であざとさの極地な♪セクシーをブチ込む、あのバランス感覚は『OMG』の名を冠したツアーとしてめちゃめちゃまっとうだと思った」

サトシ「そうだね。あと、曲ごとの演出で言うと『BING♂』は突出してた感があった。SMAPでいうところのラッキーさん選びへの流れもめちゃスマートで、そのためにこの曲を作ったのかと思うほど。「ご!」×5のくだりもきっちり見せ場になってたし、1番サビのクール&チャーミングな振付けとラストサビの椅子を使ったセクシーな振り付けの対比もよかった」

オーヤマ「楽曲そのもののパワーを感じたのは『バリバリBUDDY!』と『D.I.S.』かな。特に『D.I.S.』ってあんなにいい曲だったっけ!? とちょっとビビったわ。『Maybe』は静と動のコントラストの魅せ方が美しかった。あれはもしかすると会場で見たほうがより感動したかも。そしてなんと言っても『ROCK YOUR SOUL』! CDの何十倍もカッコいいのはどういうことなんだ! イントロで6人が業火に包まれるところとか鳥肌たったよ…」

サトシ「『kEEP oN.』や『ミュージック・ライフ』みたいな楽曲そのものがメッセージを雄弁に物語る楽曲は、曲を引き立てる最低限の演出に留められてたのもよかった。個人的には全体的にその方向でもっとシンプルな演出でもよかったかもと思わなくはないけど、この特盛りサービス精神こそがV6のアティチュードなんだろうなーと理解したよ」

オーヤマ「うん、なんか全体的にすごい親切なライブっていう感じがした。『OMG』がある意味ぶっ飛んでるアルバムだったから、その先鋭的なマインドを引き継ぎつつ、より伝わりやすくする工夫をそこかしこに感じたな」


******


サトシ「じゃあ次は各メンバーについて話してみようか。まず最初にいい? イノッチ、ハンパじゃない!」

オーヤマ「すごいね。驚いた」

サトシ「マジでハンパじゃない! 今回、歌唱面でライブを牽引してるのは明らかにイノッチだもん。俺、CDでは気付かなかったのが情けないくらいなんだけど、この人の歌ってこんなにいいんだなあって。あのさ、よく『歌には心が宿る』みたいなこと言うじゃん」

オーヤマ「なにその演歌みたいな言い方w」

サトシ「だからそういうふうに揶揄すんなっつのw! や、まあそれくらい形骸化しちゃってる言い回しなんだけど、俺このライブのイノッチの歌にはマジで心があると思った。これは歌唱力とかの問題じゃなくてさ、心を感じるんだよ。不覚にも感動しちゃったもん」

オーヤマ「イノッチってさ、歌うとき目を伏せることが多くない? あの佇まいがすごく好きなんだよね。なんかね、安心するっていうか、信頼できる感じっていうか。相手をまっすぐ見つめることだけが誠実さの表し方じゃないじゃん。自分にしかできない歌の届け方ができる、そういう人なんだなあと思う」

サトシ「うん。アイドルっていう枠の中で、自分の歌を届け続けてきた。その積み重ねが声のひとつひとつににじみ出てるもん、マジで。いやーびっくりしたなあ」


******


オーヤマ「この流れで言うと、アルバムの中でいちばんボーカル面で心を奪われた森田剛に関しては、実は他メンバーに比べてリップシンク率が高い気がした。岡田も多かったかなあ。俺、リップシンク自体は全然悪いとは思ってないし、むしろ必要な場面もたくさんあったと思う。でもその分、森田に関しては期待していたボーカル面での新たな発見は正直あんまりなかった。

でもそのかわりにパフォーマンスについて重点的に見れたのは収穫だったね。ダンスの素晴らしさは評判通り素晴らしいものだったんだけど、それ以上に……なんかやっぱあの人、変だよねw」

サトシ「うん、変わってるw」

オーヤマ「みんな真面目にダンスしてるときに、ひとり急にニヤニヤしてたりするじゃん。あれって単純に自分が楽しくなっちゃってるんだと思うんだけど、あーやっぱそういう人なんだなーって。これも有り体な言い方だけど、本能に忠実というか、本能には逆らえないというか」

サトシ「で、ライブの場において、森田剛って人の本能を突き動かしてるのは圧倒的にダンスなんだなっていうのもよくわかった。身体でなにかを表現することが根っから好きなんだろうなあ」

オーヤマ「たまーに心ここにあらずっぽい目をしてるときもあるんだけどw、それすらも様になってるのはさすが。願わくば、もっと生の歌声が聴きたかったかな」


******


サトシ「で、もうひとりリップシンクが多く感じたのが、岡田。この人がいちばん掴みどころがなかったかも。いきなり客を煽ったりもするんだけど、表情も映像で見る限りはあんま変化がないし。パフォーマンスもムラなくきちっとやり切るんだけど、あんま感情の動きが見えないというか。ニュートラルといえばそうなんだけど、なんか俺が今までテレビやドラマで見てきた岡田と全然印象が違ったんだよね。“心ここにあらず感”は森田の比じゃなかったかもw」

オーヤマ「もちろん彼はアイドルなので、基本的に歌も歌えるし、踊りもできる。岡田の場合は演技でも才能を発揮している。このマルチさはある意味“器用”って言ってもいいと思うんだけど、そういうこととは別に、本質的に人前で何かをすることに対して岡田って人はすごく不器用なのかもとも思った」

サトシ「あー、実際にできること/やれることとは別に、その人本来の資質としてってことね」

オーヤマ「うん。で、その不器用さがあるからこその岡田なのだし、そんな器用と不器用のはざまが見れるのがライブなのかも……と」

サトシ「なるほどね。不器用だからこその魅力っていうのはすごくわかる。俺これだけは言っておきたいんだけど、彼の掴みどころのなさは全然マイナスになってないの。アリかナシかで言えば、全然アリなんだよね。要は何が言いたいのかっていうと、もっといろんな彼のパフォーマンスを見てみたい、って思ったの。あれだけ大成している人にこんなこと言うのはおこがましすぎるんだけど、パフォーマーとしての彼はもっといろんな顔を持ってるんじゃないか、って。……とか言いながら、ほかのライブでは全然違う顔を見せてたら、土下座して謝るけどw」

オーヤマ「その可能性も十分あるけどなw 今回はあくまで『OMG』のみの映像を見て語ってるだけで、生で見たら印象違うかもしれないし。歌で言うと、『kEEP oN.』の冒頭ソロはすばらしかったなー。あんな歌声も、もっと聴いてみたくなったな」


******


サトシ「ニュートラルな佇まいという意味では、長野も基本そういう感じだよね」

オーヤマ「うん。決して前に出るタイプではないけど、彼がいないと成立しない場面がいくつもあった。この流れで坂本のこともいっしょに話したいんだけど。俺は昔のV6のことを知らないから、前がどうだったかはわかんないんだけど、このライブに関しては、坂本と長野って特に前に前に出る感じではないじゃん。でも見進めるほどに、ふたりの存在感は確実に増していくのよ。それってなんなんだろうって思ったんだけど、要は“6人のなかにいるときの存在感がすごい”のよ、このふたり」

サトシ「<V6というグループの一員としての坂本・長野>という場面で、より存在感が引き立つってこと?」

オーヤマ「うん。ふたりとも<V6というグループの中で自分が何を出せるか/出すべきか/出さないでおくべきか>ということを完全にコントロールしてパフォーマンスしてる感じっていうか。めちゃめちゃプロフェッショナルだと思った」

サトシ「それで思い出したけど、『kEEP oN.』のふたり、すっげーかっこよくない?「ハッ!」のひと言で空気を変える長野も、三角形の頂点でセンターに立つ坂本も、一瞬で場を掌握する力がハンパない。あのエネルギーの使い方って、そういう姿勢――V6の中で何を出すかっていう姿勢が表れてる気がするな。あと例えば坂本さんのあの圧倒的すぎる歌もさ、これみよがしに歌い上げるって感じが全然ないんだよね。俺の歌を聴かせるぜ、っていう傲慢さが一切なくて、必要であれば差し出しますよ? みたいな感じっていうか……」

オーヤマ「そうそうそう。それがすごいの。必要なときにしか刀を抜きませんよ、って感じ。自分を出すも引くも、すべてはライブを成立させるため。いや、もちろんメンバー全員そういう姿勢だとは思うけど、それをより強く感じたんだよね、このふたりに」

サトシ「坂本さんと長野さん、それぞれ受ける印象は違うけど、出るとこと引くとこのバランス感覚っていう意味では通じるとこがある気がする。これってV6というグループを信頼してないとできないことだし、こういう人が上にいるグループは強いよね」

オーヤマ「うん、上がこういうふうにいてくれるチームは、すっごく幸せだと思う。自分の会社を想像してみてよ。こんな上司がいる会社、超よくない?」

サトシ「確かに。そしてこれって、誰にでもできるような簡単なことじゃないもんね。つか、いつの間にか俺ら、このふたりだけさん付けで呼んでるしw」

オーヤマ「そしてイノッチは最初からイノッチ呼びというw」

サトシ「ははは。……さあ色々話してきたけど、こんなところかな」

オーヤマ「うん、ずいぶん話したし。……っておい! あの人について話さなきゃ終われねーだろ!」


******


サトシ「いけねえそうだった! いやー、すごいね、正直今回いちばん驚いたよ、あの人。なんなんだろう?」

オーヤマ「あの、おぎゃあおぎゃあって泣いてる赤ん坊がいるとするじゃないですか」

サトシ「ん? うん」

オーヤマ「で、おぎゃあおぎゃあって泣いてる赤ん坊って、単純にうるさいじゃないですか」

サトシ「はい」

オーヤマ「でもすごい生きてるって感じがするじゃないですか」

サトシ「ふむ」

オーヤマ「で、生きてることを全力でおぎゃあおぎゃあって叫ぶ赤ん坊って、それだけでもうなんか美しいじゃないですか、存在として」

サトシ「うん、うーん、そうかな」

オーヤマ「なんかそういう感じがした。ステージに立つ三宅健っていう人を見てて」

サトシ「はははは、なんだそりゃw!」

オーヤマ「ははははははは、俺も自分で何を言ってるのかよくわかんないw」

サトシ「あー、でもなんか言わんとすることはわからなくもないかも。要はパフォーマンスって、感情だったり表現したいことを、自分の体を使ってどうアウトプットするか、ってことじゃん。そこには身体能力はもちろん、その人の思想や生きる姿勢がすべて表れると思うんだけど、三宅健っていう人は赤ん坊がおぎゃあおぎゃあと泣くときの、生きものがもつ原始的な美しさを表現できる人なんじゃないか、ってこと?」

オーヤマ「そうそう! で、それは彼が赤ん坊のような人だってことでは全くなくて……や、全くなくはないのかもしれないけどw、そういうアウトプットの仕方、そういう表現ができる表現者だってことなんだよね。実はすごい思慮深くて冷静な人なんじゃないかな。でも出てくるものは赤ん坊のおぎゃあおぎゃあなの。最高じゃない?」

サトシ「素晴らしいよねー。なんか見てるとすごいザワザワっとさせられるの、この人のパフォーマンスって。この感じはCDを聴いただけでは気づかなかったな。すっごいいい顔するんだよねえ」

オーヤマ「なんかまだうまく言語化できないのがもどかしいんだけど、今回この感じに気づいただけでもこのDVDを見た意義があったと思う。それくらい驚いたよ」


******


サトシ「うん。まー、じゃあ今度こそ、こんなところでお開きかな。いやー面白かったね」

オーヤマ「うん、『OMG』っていうアルバムに心酔してる者として、その期待に応える部分と心地良く裏切ってくれる部分が共存するライブDVDだった。そして改めて感じたのは、V6は紛れもなくプロのアイドル集団だってことだね。いつか生で見れる機会があればいいなと思いつつ、お疲れ様でしたー」

サトシ「お疲れ様でしたー」

オーヤマ「……」

サトシ「……」

オーヤマ「……」

サトシ「……ああああああ! 忘れてた! あれについて話してない!」

オーヤマ「……あああああああああ! そうだった! あれ話さなきゃ!」



ふたり「「「「数珠!!!!!!!!!」」」」



オーヤマ「最後のほうでいきなり数珠まいてなかった!?」

サトシ「まいてたまいてたw なんだったんだあの数珠wwww しかもけっこうすごい量だったよねw」

オーヤマ「特に何の変哲もない数珠w や、そもそも数珠ではないんだろうけどw」

サトシ「俺ジャニーズ全然詳しくないんだけど、あれは普通なの? 少なくともSMAPでは見たことなかったよ」

オーヤマ「わからん……w ファンには嬉しいとは思うけどね」

サトシ「サインとかボールとか色々投げてたしね。でもいちばん衝撃だったのは数珠だったw」

オーヤマ「数珠じたいがどうって言うより、量がすごいんだよなww 1ヵ所にドサッと投げたりww」

サトシ「あれみんな首から下げて帰ったりするのかな」

オーヤマ「まあ記念にはなるよね」

サトシ「やっぱ一度は生で見たいねー。そしておみやげに数珠をゲットしようw」


(この会話はフィクションです)

山本直樹『レッド』、読むのだいぶキツいけど読み続けてしまう理由

人は集団に なると変わるんだ
欲しいものみんな持っていくのさ なんの躊躇もなく
したいことみんなやっちまうのさ なにもためらわず
いずれ

(坂本慎太郎『もうやめた』)



山本直樹『レッド』最新刊を読んだ。
正確にはシリーズ続編という位置づけで
『レッド 最後の60日間 そしてあさま山荘へ』と改題しての第1巻となっている。

約40年前、この国で実際に起きたある事件をベースに、ほぼ史実通りに進んでいく物語。
この事件のwikiを読むだけでかなりダメージくらいます)
普通ははしょるような細かい描写を積み重ねることで、異様なリアリティが構築されていく。
最初のうちは希望に燃えて活動を続ける彼らだが、だんだんとその歯車が狂い始め、あと戻りできなくなっていく。

恐怖によって歪んだ集団心理の恐ろしさが、これでもかとばかりにジリジリ描かれていく。
総括(という名のリンチ)の描写は、ページをめくるのも辛い。
事実、巻を重ねるごとに読むのがしんどくなってきていて、特に山に入り総括が本格化してからは、読み終わると必ずダウナーになり、読み返すことはほぼない。
(読み返そうと思えないのだ、しんどすぎて)

じゃあなんでそんなものを読み続けているのかというと、そもそも彼らが同じ目的のもと集った「仲間」で、しかもその目的が「世の中をよりよくするため」という理想にもとづいたものだった、というところだ。

彼らが言っていること/やっていることは完全にどうかしてるし、到底理解できるものではない。
自分たちにだけ都合のいい理想を掲げ、押し付け、がんじがらめになり、そこからはみ出すものを暴力と恐怖でさらに押さえつける。

でも、じゃあ、彼らは自分とはまったく異なる、ただのキチガイたちなのか。
自分は「ああ」はならないと、本当に言い切れるのか。



結果、10数人の死者を出したこの事件。
読めば読むほど、「なんで途中で引き返せなかったのか」と思ってしまう。

冒頭で引用した坂本慎太郎の楽曲は、2014年に発表されたものだ。
時代は進んでも、人間の怖さや危うさそのものは、まったく変わっていない。
それどころか、この国におけるそういう意味での危機感は増している気すらする。
もし再びまずい方へと進むことがあったら、今度こそちゃんと引き返さなければいけない。
一度間違ってしまったからこそできる「引き返し方」が絶対にあるはずだから。

SMAP『華麗なる逆襲/ユーモアしちゃうよ』は最強の“両A面シングル”だ

ツイッターなどのネットでの評判を見ても、ごく一部とはいえ自分の周りの様々な人達の反応を見ても、そして自分自身の実感を考えても、今度の水曜日にリリースされるSMAPの両A面シングル『華麗なる逆襲/ユーモアしちゃうよ』が、発売前なのになんだか盛り上がりを見せている。

もっと正確に言うと、先日2週にわたって登場した『ミュージックステーション』でのパフォーマンスを見た人が、ほぼ全員口を揃えて「この2曲を歌うSMAPがヤバい」と興奮しているのだ。

『ユーモアしちゃうよ』は元旦の『CDTV』(その前にラジオ・カラオケ等でも流れていた)や『Mr.S』ツアーのファイナル名古屋公演でパフォーマンス済、『華麗なる逆襲』もドラマ『銭の戦争』でオンエアされており、つまり楽曲自体は『Mステ』オンエア以前にも世に出てはいた。

にも関わらず、『Mステ』のパフォーマンスが決定打となった。このことが、いまのSMAPのモードを示していると思う。



<改めて振り返る『藍色のGANG』の衝撃>

まず『華麗なる逆襲』から。昨年のシングル『シャレオツ』から始まり、アルバム『Mr.S』、先月終了した『Mr.S』ツアー(まだツアーファイナルから1ヵ月くらいしか経ってないのか…!)でもライブ構成の軸となった、オトナでダンディな世界観。ツアーは終了したが、そんな方向性はこの曲でさらに進化している。いまさらこんなことを言ってもあれなんだけど、『Mr.S』ツアーのセットリストに『華麗なる逆襲』が入っていたらと想像すると、リリースがもう少し早ければ…と残念な気分が生まれなくもない。

でもそんな妄想は野暮の極地というもので、というのも『華麗なる逆襲』でSMAPが獲得したしなやかやダンディズムは、(もうさんざんいろいろな人が言っているのでいまさら感バリバリですが、大事なことなので言います)『Mr.S』ツアーの『藍色のGANG』を経た草彅剛がいるからこそ表現できたものだからだ。



優れた表現とは、受け手にただ快感や満足を与えてくれるだけではなく、予想外の発見や驚きをももたらしてくれるものだと、個人的には思っている。そういう意味で、ツアー序盤の東京~中盤の福岡~ファイナルの名古屋と見続けた中で、『藍色のGANG』における草彅の進化には、正直ビビった。

ある程度決められたセットリストや構成のもとで行われるライブツアーにおいて、アーティストにとって「同じ楽曲をいかに毎回新鮮にパフォーマンスできるか」ということは課題のひとつになると思うのだが、草彅は『Mr.S』ツアーで、『藍色のGANG』というたったひとつのお題に対して、「ギターの腕前の習熟」とともに、パフォーマーとして破格の進化を遂げてしまった。

声も、目も、表情も、息遣いも、身のこなしも、ギターのストロークも、ステージを重ねるごとにますます色気と迫力を増していった『藍色のGANG』は、いつしかMr.Sライブのなかでひとつの沸点となっていった。自分はそんな草彅にめちゃめちゃ興奮すると同時に、「俺はこれまでこの人の何を見てたんだろう(何も見てなかったのかも)」と、ちょっと反省すらしてしまったのだった。



<『華麗なる逆襲』で草彅がもたらした“+@”>

で、すごいのが、こないだのMステでやった『華麗なる逆襲』での草彅が、そんなツアーで得たものを最大限に発揮しているだけでなく、さらなる+@をも、いともあっさりと見せつけていたことだ。

『藍色のGANG』と『華麗なる逆襲』のいちばんの違いとはなんだろう。答えは超シンプルで、“ひとり”か“5人”か、の違いだ。草彅はMステで披露した『華麗なる逆襲』のパフォーマンスで、『藍色のGANG』で身につけた、落ち着きと危うさが同居する色気を暴発させていた。そしてそんな彼の変化がSMAP全体に明らかに大きな影響を与えていた。これこそが草彅がもたらした、でかすぎる+@だと思う。

草彅だけが突出してるわけではない。単に4人を引っ張ってるわけでもない。そもそもSMAPというチーム自体が強烈な個性の持ち主が集まったプロ集団なわけで、安易に誰かに合わせるだとか誰かを立たせるだとか、そんな安直なバランスの取り方をする人たちではない。でも確実に、草彅がSMAPというチームの佇まいを変えてしまっているのだ。

草彅がセンターに踊り出たときの絵面、見た? 俺、あんなSMAP見たことなかったよ。楽曲の世界観こそ『Mr.S』に通じるかもしれないけど、まったく別物。これ、俺まだ全然うまく言葉にできないのが悔しいんだけど、草彅剛は『華麗なる逆襲』で、すごいことをやっていると思う。



<『ユーモアしちゃうよ』のフリーダムさの理由>

『ユーモアしちゃうよ』は前にブログで書いた(その記事→SMAPの『Mr.S』ツアーは、なんでこんなに最高だったのかしら)ように、いまのSMAPにとっての超重要曲だ(楽曲単位では、『華麗なる~』よりもポップスとしての精度は高いと個人的には思っている)。で、曲については前の記事で書いたので、今回はMステのパフォーマンスについて。

木村のカメラぶつかり芸や、香取のアドリブ(先週の共演~今週の番組前半のVTRでのエビ中ぁぃぁぃのフリをあの大サビでブチ込むとは!)、それを受けて草彅の吹き出し(あれって思わず吹き出したんだろうけど、実は「この曲であれば吹き出しちゃってもいいや(だって慎吾があそこまでやってるんだし)」というプロのパフォーマーとしての冷静な判断が数秒のうちになされていたはず。むしろ中居の動揺のほうが素に見えた笑 しかし何度見ても『華麗なる~』であれだけキメキメだった人と、『ユーモア~』の最後で大事な振付を完璧に間違えた人が、同一人物とは思えない…。閑話休題)。

あのパフォーマンスの流動的で不定形な感じは、明らかに『Mr.S』ツアーで培われた/メンバー間で共有されたグルーヴだった(例:ココカラの剛ソロのくだりや、バンバカの歌割りの変遷など)。

『Mr.S』ツアーが歌を中心に据えた構成だったからこそ、歌という軸さえブレなければあとは好きやってよし!、とすら言える潔いフリーダムさ、それがそのままMステのパフォーマンスに受け継がれていたのだと思う。これはMステ以前に、すでにライブなどで数回披露した経験があったことも大きいだろう。



<なぜSMAPはあそこまで“わちゃわちゃ”するのか>

とはいえ、年末のCDTVから2ヵ月もたたないうちにこの自由度(アドリブ&歌いまわしのアレンジ多数)を身につけているというのは、『ユーモアしちゃうよ』という曲をパフォーマンスすることに対するメンバーのモチベーションというかテンションが、そもそも相当高いのだと思う。

紅白終わりで数曲メドレーの最後という条件付きだったCDTVのグダグダ振り付けのチャーミングさ(あれはあれで最高だったけど)とは比べ物にならないほど、Mステの5人は『ユーモアしちゃうよ』という楽曲を、完全に物にしていた。

そして何よりも最高なのが、Mステで5人が見せたパフォーマンスは、単なる悪ふざけではなく、『ユーモアしちゃうよ』という楽曲のメッセージを見事に体現するものだったことだ。

「君を笑顔にするためならなんだってやるぜ(カメラにだってぶつかるし声だって変えるぜ)」というアイドルの存在意義をこれでもかと見せつけるMステのパフォーマンスは、アイドルとして見るとかなりオルタナティブな存在感をみせていた渋谷すばる氏のパフォーマンスといい対比になっていて、番組構成としても素晴らしかったと思う。(話逸れますが渋谷さんいい歌い手だな。もっといろんな曲を聴いてみたくなった)。

俺、『ユーモアしちゃうよ』を聴くと、あんなに幸せで笑顔になる曲なのに、なんでかちょっと泣けてきちゃうんだけど、この曲でSMAPが見せる“わちゃわちゃ”がいつも以上に胸を打つのは、5人の<アイドルとしての覚悟>のようなものを、改めて感じるからかもしれない。



<『華麗なる逆襲/ユーモアしちゃうよ』が両A面である幸福>

長く活動を続けることと、常にフレッシュでい続けること。このふたつはどっちも大事で、でも両立するのがすごく難しいことだ。で、これまで20何年間か、SMAPはこのふたつの車輪を常にフル回転させながら進んできた。

いろんなタイミングでその都度あらたな魅力を見せてきた5人だが、今回の『華麗なる逆襲』と『ユーモアしちゃうよ』で、<パフォーマーとしてのSMAP>の魅力をアップデートしたことは、自分にとって実はかなり衝撃だった。

これまでだって彼らの表現には真剣に向き合ってきたつもりだったけれど、「あれーそうか、5人のパフォーマンスってこんなに凄かったのかー」と、もう何度目かという感じで思い知らされたというか。で、そういう強度を持った表現っていうのは、やっぱり広く、多くの人に伝わるものなのだろう。「いいものは必ず伝わる」なんて軽々しく言われるけど、あのMステで5人が放った輝きが、一瞬のうちに大勢の人たちに共有されていくさまは、痛快としか言いようがなかった。



そんなわけで、とにかくパフォーマンスに驚かされた『華麗なる逆襲』と『ユーモアしちゃうよ』。じゃあ延々Mステの映像だけみてればよし、音源は必要なし!なのかと言われると、答えはもちろんNO!

ここ最近SMAPのシングルは両A面であることが多かった。が、それぞれの楽曲のクオリティは素晴らしいにも関わらず、両A面にする必然性は薄かったと言わざるを得ないかと。両A面にするということは、(両方推したいんです!というレコード会社側の論理は置いておいて)本来、ふたつの楽曲をあえて矢面に立たせることで、何かしらの化学反応だったり相乗効果が生まれるべきだと思っている。そこが決定的に足りなかったんだよなあ。

そういう意味で今回の『華麗なる逆襲/ユーモアしちゃうよ』は、いっしょに味わう意義が十分にある2曲だと思う。単純に「ダンディ/かわいい」という二面性に萌えるもよし、楽曲のクオリティはどちらもかなり高いので音の細部に耳を傾けるのもいい。初回盤のPVでは映像での5人のパフォーマンスを目撃できるし(『華麗なる~』のPVはマジで吐くほど楽しみ)、通常盤でついにSMAPと邂逅を果たすtofubeatsリミックス(これも激超楽しみ)で踊るもよし(踊れる感じなのかは知らんけど)。いろんな角度から、「いまSMAPがこの2曲を歌う意味」を読み解くことができる2曲だと思うのだ。



とにかく、今回ほど盤として持っておきたい両A面シングルもあまりないってことは言っておきたい。「とりあえず買わなきゃ」じゃなくて、「絶対買うしか!」と前のめりになってCD屋に駆け込みに行きたい、俺にとって久々にそんなシングル。ユーモアちゃんのことはよくわかんないけど、とりあえず全速でタワレコ行くぜ!