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<SMAP初心者>にすすめたい「SMAPベストプレイリスト」を作ってみた

前にツイッターのフォロワーさんが作ってた「初心者にすすめたいSMAPプレイリスト」が面白そうだったので俺も作ってみた。


01.Just Go!
02.ダイナマイト
03.無我夢中なLIFE
04.愛がないと疲れる
05.A Day in the Life
06.シャンプー3つ
07.ココニイルコト
08.星空の下で
09.真冬のラブレター
10.言えばよかった
11.人知れずバトル
12.しようよ
13.Still U
14.freebird
15.ココカラ
16.Joy!!
17.ビートフルデイ


『Just Go!』は切り込み隊長として最適かと。続く『ダイナマイト』は俺の中で「ベスト・オブ・2曲目」なんだよね。ギフスマツアーの味スタverもこの順番で死ぬほど興奮した。そこでいまのスマが歌うからこその『無我夢中なLIFE』を入れます。


一旦流れを変えて『愛がないと疲れる』。ビギナーが聴いたら「えっ誰の曲?」ってなるかもね。それが狙い。サビの「♪愛がないとすごく疲れるよ」のフレーズもインパクト大だし。そっからの『A Day in the Life』はちょい狙いすぎかとも思いつつ、ここで一気にエッジ期のSMAPを畳み掛けます。『シャンプー3つ』は、オケのかっこよさ+歌詞のバカさを聴かせたい。


こっからはバラード3連発。まずはちょい古めから『ココニイルコト』。からの社会人なら落涙必至wの『星空の下で』。さらに『真冬のラブレター』と、時代をたどるようにバラードの変遷を聴かせていければ。夜空以外にもこんないいバラードたくさんあるんだぜ!と。ここまでがA面かな。


B面のトップは『言えばよかった』。からの『人知れずバトル』! この流れはアツい!(←自分で言うか) まずはとにかくオケのかっこよさ+歌のかっこよさで驚かせたい。この流れで聴く『しようよ』はまた全然違った印象になるはず。


ここからは一気にいきますよ。『Still U』では洗練された愛情を、『freebird』では洗いざらしの絆を。多幸感に満ちた『ココカラ』で終わりを匂わせつつ、ダメ押しで『Joy!!』を投下! これで締めてもいいんだけど、やっぱり最後に入れたい『ビートフルデイ』でフィニッシュ。



初心者といえども代表的なシングル曲はなんとなーく知ってるとは思うので、その“なんとなーくなSMAP感”をいかに気持ちよく崩していくか、を考えた。

実際に作ってみてひと言。いやー、俺的に最高だわこのプレイリスト(←えっ) ふはは、やっぱ自分好みになるなー。これじゃ選曲家にはなれないね。


そういや昔はこんな感じでカセットテープ編集してたなあ。誰かを想像してテープ編集すんのって無性に楽しいんだよな。中居が木村と車乗るときに作ってたのもこんな気分だったのかしらw

SMAPと同じ時代を生きているラッキーについて 27時間テレビの感想とか

27時間テレビを見ながら、なんで俺はSMAPが好きなんだろうなーと改めて考えて、未定だった5人だけのフリートークとノンストップライブ、そしてフィナーレを見て、なんとなくわかった気がした。


ラスト近くに「もうその必要はない存在なのに、なんでSMAPはここまで挑み続けるのか」っていう大意のナレーションが流れたけど、俺はその問いの答えって、5人からの「僕たちはみなさんと同じです」っていうメッセージなんだと(勝手に)思っている。


動けば汗をかくし、寝なければ眠くなる。声を出せばのどが枯れるし、運動すれば体を痛める。

仲間とはなればなれになれば寂しいし、その仲間から久しぶりに手紙をもらったら思わず涙してしまう。

誰にでも経験があるような何気ないことなのに、彼らが体現するだけで、なんて素敵で、大切で、かけがえのないものに思えるのだろう。


寝て、起きて、食べて、汗をかいて。笑って、泣いて、悔しがって、感動して。悩んで、迷って、間違って。出会って、別れて、年を取って。それでもまた寝て朝を迎えて、前に進むしかなくて。

自分もあなたもどこかの誰かも、ひとはみんなそうやって毎日を生きている。


今年の27時間テレビも、そして27年間SMAPがやってきたことも、つまりはそういうことで、5人は今日もSMAPを生きていた。そして今日、これからもSMAPとして生きていくと、大きな声で宣言した。

これって要は「生きることを肯定している」っていうことなのだ。SMAPがSMAPとして生きることは、そのまま、みんなの生を肯定するということなのだ。


「生きていくことを、肯定しよう。僕もあなたも、おなじ人間なのだから。」


エンタテインメントが発信できる、もっともシンプルでもっともでかいメッセージを、27時間のあいだ、バラエティ、芝居、歌、いろーんな手段と方法を使って、SMAPは全力で伝えてくれた。こういうメッセージをを2014年のいま、テレビというメディアを通して見られたことは、確かな希望だ。


俺らはSMAPが生きている時代に生きている。これってけっこう、いやかなりラッキーなことだぜ。

『オーシャンズ11』見た(6/28)

『オーシャンズ11』見てきたーー。
(ちょいネタバレあり)

まず「面白かった!」と素直に言える舞台でよかった。
セットや演奏含め演出も豪華で、ほんと夢の世界って感じ。
ふだん見るのが100~200キャパくらいの舞台がほとんどなので新鮮すぎ。

実は始まって少しのあいだは「おお、こういう感じで最後までいくのか」と
舞台のノリに若干戸惑ったけど
一幕が終わるころには「これおもしれえ!」に変わってた。
俺みたいな一見さんも引き込むプロフェッショナルな仕事を身をもって体感。至福。

出てた人みんなよかった。山本さんうますぎる。場の掌握力はんぱない。
舞台のヤマコーは凄いと言われてる理由がめちゃよくわかった。
観月さんも歌うまいし華あるし演技もいいし好きになった。
橋本さん霧矢さんはとにかくすごい。

慎吾の歌よかったなー。あんなふうに歌えるのか。
ソロもぐいぐい聴かせるし。あとターンが素敵。
全力でかっこつけてて、ちゃんとかっこよかった。
このすごいメンツの中心に堂々といたもんなあ。

あとなんといっても慎吾とヤマコーふたりのシーンがかっこよすぎた!
ふたりの関係に特別思い入れが無い俺でもグッとくるものが。
あの感じはなんなんだろう……。

そういえば舞台中、一回も「香取慎吾」として見えちゃう瞬間がなかったな。
ほかの出演者もみんなそう。
そもそもファン目線というバイアスがかかってるはずの俺が見てもそうなのだから、
それだけ引き込まれてたってことか。

いろいろ書いたけど結局言いたいのは、これすっごくいい意味なんだけど、
見終わって清々しいくらいになにも残らない舞台だった。
や、これすごいことなのよ!
突き詰めると「楽しかったー」くらいしか言うことがない。これ超すごい。
これぞプロの仕事って感じ。堪能したーー。

あと今日つくづく思ったのが、
人前で歌って踊ってセリフを吐く=自分以外の誰かを演じるって
改めてちょー変わってる行為だなってこと。
そしてそれをお金払って見に行く俺たち。
きっとどっかの誰かから見たら限りなく無駄に思われるだろう行為。
でもそんな無駄なことがないと生きていけないのが俺たち人間。
そういう無駄なあれこれをひと言でひっくるめて「エンタテインメント」と呼ぶのよね。
無駄サイコー!



日替わりっぽい部分のレポ的にはそうですね、
オカマの医者の歩き方をダニーがやらされてたw
ラスティーはアドリブ多すぎてあんま覚えてない。
「前日飲みすぎたやつが数人いる」とか言ってたなw
カーテンコールでは
「カウントダウンなんだそうですよ。あと10回。あと10回で終わりなんですね!」
とか。

ふたたび現実に降り立ったSMAPは、ココカラ未来を咲かせてゆく

いやーーまいった!『Joy!!』『シャレオツ』と名曲がつづいていたここ最近のSMAPだけど、ここにきて決定打という感じ! 『ココカラ』、ほんとすごいこの曲!


とにかく聴きごこちが軽い。つか『Joy!!』以降の曲はどれもとにかく軽い。聴き手によけいなバイアスをあたえない、人なつっこい軽やかさがある。で、なによりすごいのが、そんなふうに軽く歌っていても(いやむしろ軽いからこそ)、曲にこめられたグルーヴやメッセージはより強く、よりビビッドに胸の奥に残ることだ。


この「軽さ」ってSMAPの音楽においてかなりかなり大事なキモの部分だと思っているんだけど、その必殺技をひさびさに使ってきたな!という感じ。で、その効果は昔と比べものにならないレベルにまで極まっている。


ちょっと話がそれますが、この必殺技をあえて使わなかったのが『GIFT of SMAP』ってアルバムだったと思っている。いま振り返ってみると、あのアルバムは「重かった」。音が重厚ってことじゃなくて、こめられたメッセージが重い。というか熱い。ファンに対する5人の「愛」が過剰なほどあふれまくっていた。


そもそも「GIFT」というコンセプトがSMAPにしてはどストレートすぎるし、とくに『gift』って曲のエモさもやりすぎなほど直球だった(あれほどストレートにファンへの気持ちを歌った曲はないと思う)。歌詞もメロもアレンジも、「軽さを残しとこう」とか「ここは外しとこう」とか、バランスをとることを一切してない、満身創痍っぷり。その年のスマショCDの甘々っぷりには、聴いてるこっちが照れるほどだった(「愛してるよ」って…///)。


だからこそギフスマってアルバム、そしてライブの多幸感はハンッッッッパなかった。ギフスマツアーは歴代SMAPライブのなかでも究極に「デレ」なライブで、あれこそ本当に夢の世界だったし、SMAPのファンでよかったと心から思えるライブだった。「SMAPと自分」っていう関係をあらためて強く結びつけてくれたのが、ギフスマだったと思う。


でギフスマ以降、『Joy!!』『シャレオツ』『ココカラ』は特にそうだけど、もう「夢の世界」を歌ってない。「矛盾に寄り添う 逃げそう 駄目そう」「孤独は慣れた擦り傷」とか、ちょっとヒリヒリするような現実を、サラッと口にしている。


ギフスマ期のSMAPは、夢の世界をありえない精度で突き詰めることで、現実を塗り替えようとしていた。ギフスマ以降のSMAPは「いま生きている現実から逃げず、この世界で時に闘いながらも、笑って生きていくための歌をうたっている」、そんな感じがする。


『ココカラ』はまさにそんないまのSMAPだからこそ歌える最強の曲だ。”ここではないどこか”ではなく、あくまで<いま・ココ>から、ともに未来をつくっていくんだ。ココロが鼓動を止めるまで、君といっしょに歌えるCのコードを鳴らしていくんだ――。これをいまのSMAPに歌わせた和田唱、もう最高!!!! 和田さんがこの曲で描いたSMAP像は、とってもロマンチックで、同時に鋭い批評性もある。さすがとしか言いようがない。


あとCHOKKAKUのアレンジもすばらしい!! あの、Aメロ~Bメロは普通のスネアの音だけど、イントロとサビはちょっとハンドクラップにも似た音が入ってるの。うーん手拍子じゃ違うか。なんだろ。


なんか、たとえば学校とか会社とかで片思いの人を偶然見かけたとき、急に視界がパーーーンって明るくなるような感覚ってあるじゃん。あの感覚をそのまま音にしたような音が加えられてるの。あの音を聴くだけで、ほんとになにかがはじまるような、もう無条件にワクワクしてどうしようもなくなる。リズムを刻む音ひとつにも、希望がこめられてる気がするんだよね。


大げさじゃなく、次のツアーでたとえばライブの最後に『ココカラ』歌われたりしたら、俺、しあわせすぎて泣くかもしれない。最後に「ココカラ」って、なんかいいじゃん。というかギフスマからたまってるシングルがどれも名曲ばっかで、今年のライブ(あるよね?)どうなっちゃうんだろ。楽しみすぎてこわい。

めちゃめちゃ最高でめちゃめちゃ悔しかった、POLYSICS『ACTION!!!』ツアーファイナル



POLYSICSの新譜『ACTION!!!』レコ発ツアーファイナル@Zepp DiverCityに行ってきた。

2000年のぴあ企画招待ライブ@下北沢CLUB QUE(メモリアル本の全ライブリストに載せ忘れられてる幻のライブw)からはじまってかれこれ15年くらいライブ見てるけど、ベスト級のライブだった!最っっっっっっっっっっっっっっっっっっっっ高!!!!!!!!!!!


■とにかく中盤のダンスタイムが圧巻

いきなりの『urge on!!』から代表曲連発は予想外だった(ダバダバが5曲目とか!)。
えーこの感じで最後までいくの?んなわけないよね?と思ってたらやっぱそうで、
前半のシングル連打はあくまで前戯だったという…

サビのポップなメロが気持ちいい『Post Post』から全編ハードに頭おかしい『O MEGA NE』、
そっから歴代ポリ内でも激ハードコアな『Quiet Smith』につなぐ流れは白眉!!
まさかクワイエットまた聴けるとは……感涙

中盤のダンスタイムは『ACTION!!!』聴いて期待してた流れでうれしかった、が、
実際やられるとこんなにもヤバいものなのか!

新譜の曲からはじめるんじゃなくて、これもまさかの『DNA janktion』召喚!
狂ったピアノのイントロリフですでに昇天!!!
『We ate the machine』の中ではちょい地味な印象もあるけど、
おさえめのBPM+ちょい哀愁がかったメロ+でもちゃんと踊れるっていう
『ACTION!!!』の曲にも通じるエッセンスがバッチリ入ってる超名曲なのよね。


■ポリの新しい試み、大・成・功!!

んでそっからの『発見動物探検隊』からの流れが最高すぎた!!!
この曲もそうだけど、『ACTION!!!』のダンス曲って、全体的にテンポおさえめなんですよ。
前半のシングル曲とは「踊れる」のニュアンスが全然違うの。
ちゃんと重心があるというか、ノリまかせじゃなく重心のあるグルーヴをキープしたうえで
ポリらしさもきちんと表現してるっていうアプローチで。

そういう曲がこれまでもなかったわけじゃないけど、それをアルバムの中心にすえて
ツアーの中盤をガチっと固めてくるってのはかなりあたらしい挑戦だった。
結果、大成功だったよ。

その極北が『発見動物探検隊』って曲だと思うんだけど、
そっからの『Ryhthm』~『New Melody』~『Making Sense』の流れはもうずっと昇天してた。
何回もイカされてこれ以上イケないのにずっとイッてる感覚がつづいてる感じというか(←謎下品)

特に『Making~』は、ああ本来こういう流れでこそ活きる曲だったのかも、とすら思った。
入るべき場所にやっとおさまった、みたいな。

うわーーーポリこんなライブするようになったんだーーって、なんか感慨深かったな。
変な話、この中盤の流れとか、例えばロックインジャパンじゃなくて
フジとかサマソニのお客さんのほうがハマるんじゃないかって思った。

個人的には中盤の流れがすばらしすぎて、ラストスパートはもう後夜祭的な感じも。
とは言えただ激しい曲ならべるんじゃなく、バランスも緩急もばっちし。
本編でブギーやるのもうれしい驚きだったなー。

アンコールは正直体力が残ってませんでしたが、最後の最後にポリ史上最大のメッセージソング『Lucky Star』を投下されて泣きながらぴょんぴょんジャンプ。
オーラスにあれ持ってこられたら泣くよお。というわけで大団円でした。
…と思ったらWアンコあったのね。帰っちゃったよ…まあ後悔してないけど。
俺の中のオーラスはラキスタだ!!


セットリストは ぞん田⊿ビスケット/赤さんのツイッターから拝借しました↓

Action!!!
urge on
ジャーニー
ヤングオオー
シーラカンス
ダバダバ
スピードアップ
ポストポスト
オメガ
クワイエット
dna
発見動物
リズム
ニューメロディー
メイキングセンス
ターボファイブ
ホットスタッフ
ハワユー?
メガオバ
ピーチパイ
ボーイズ&ガールズ
ブギー

EN
バイアス
シャウトアラウド
ラッキースター

W.EN
エレクトリックサーフィン


■当日の客の入りを見て、思い出したこと

はいーというわけでべた褒めじゃんなにが悔しいんだって話なんですが、
こんなにこんなにこーーーーんなにすばらしいライブだったのに、お客さんが入ってなかったのです。

前日に買ったチケットは、Bの200番代。2F指定もまだあまってた。
ギチギチに埋まってたのはフロアの半分くらいかな。
俺はいちばん後ろらへんにいたけど、誰とぶつかることもなく自由に踊れるスペースが残ってました。
つかスカスカでした。

自分は昔おなじような経験をしたことがあります。
ヤノ加入前のアルバム『National P』のレコ発ツアーファイナル、たしかO-EASTだったんだけど、
このときもお客さん少なかったです。それこそライブ中、人と触れ合わなかったもんな。

当時のポリはスガイっちが脱退して、イシマルさんをサポートに入れてアルバム完成させて、
満身創痍でライブやってるころだった。
今では代表曲になってる『ピーチパイ』や『カジャカジャグー』も当時は衝撃で、
うわーポリどんどん頭おかしくなってる!ヤバい!最高!って俺は超興奮してて、アルバムももちろん最高で。
だからこそあのツアーファイナルの客入りはショックだったし悔しかった。

<ほんとうにいい音楽は、ちゃんと売れる>――そんなわけない。
それがほんとうにいい音楽かどうかと、人が集まるかどうか・売れるかどうかは、ほとんど関係ない。
これは真実だと思います。


その後ポリは海外に武者修行に行ってひたすらライブを繰り返し、
その経験を血肉しにて『Now is the time!』って傑作を作り、
国内でも動員を増やしていった。

そこには「いい音楽を作りたい」って思いは当然として、
「もっと売れたい」「もっとたくさんの人に音楽を聴いてほしい」っていう思い、
「じゃあそういう音楽をやってやろう」っていうしたたかさがあったと思う。
自分たちの信念は曲げずに、もっと聴いてほしいっていう「色気」を出しはじめたのが
あのころのポリだったと思うんだよね。

どっちが正解って話をしてるんじゃない。
ナショナルPのころのポリも、ナウイズのころのポリも、
間違いなくいまのポリを作る礎になってる。


つかいまのポリには、「やりたいことをやる」「そのうえで広く聴いてほしい」
って姿勢は当たり前になってるはずで、それは音楽にもちゃんとあらわれてる。
『ACTION!!!』の音楽的な進化は目をみはるものがあるし、
ただ盛り上がるだけじゃない、聴きごたえのある良質な「音」がつまってる。
それでいてライブでの圧倒的な楽しさ。
17年続けてきたからこそできる、唯一無二のロック・エンタテインメントだと思う。


だからこそ悔しい。
なんでこれ聴かねーんだよ。
なんでこのライブ見にこねーんだよ。くそっ。
正直、怒ってすらいる。


■ポリの<カウンター性>が顕在化してるのかも

昨日のファイナルにお客さんが入ってなかった理由は、ひとつではないだろう。
平日の夜19時にお台場行ける人だって限られてるだろうし、
会場が恵比寿とか渋谷だったら違ってたかもしれない。

それ以前に『ACTION!!!』でのあたらしいアプローチに対して
これまでのファンがついていけなかった、離れてしまったのかもしれない。

でも実は全然心配してない。逆境に強いのが、ポリシックスだ。

フェスでもメインステージで大人気だったりして
いつのまにか中堅~ベテランの域にはいってたりするけど、
ポリは基本的に、存在がつねに「カウンター」なのだ。
メインには成り得ない(とか言うと失礼かw)、基本は頭おかしい、
ヤッバイ音楽を作る集団なのだから、
そのカウンター性が(不可抗力とはいえ)ひさびさに顕在化しているのかもしれない。

俺はポリ(=ハヤシ)の、そんなカウンター精神を信頼している。
だから全然心配してない。
会場小さくなってもいいよ。俺は今までどおりCD買ってライブ行くだけだし。

ただ、いまのポリを聴いてない人たちには、
悔しい気持ちと同じくらい大きな声で言ってやりたい。


お前ら、相当ソンしてるからね!!!!!!!!!!!!!!!
特に一時期好きでいま離れちゃってるおまえ!!!!!!!!!
今のポリ、見とけって!!!!!!!!!!!


20140131

2013年9月9日、SMAPは『freebird』を歌う(多分)

『freebird』という曲は、SMAPというチームを象徴するような1曲だと思う。

カッコつけてるわけじゃない、あくまで自然体。
声高に叫ぶわけじゃない、鼻歌みたいな軽やかさ。
でも弱々しいわけじゃない、やわらかな強さがある。
そしてほんの少し、切ない。
SMAPにしか歌えない曲だと思う。

SMAPが『freebird』を歌ったのは、今から11年前の2002年。
あの『世界に一つだけの花』がこの世に生まれるほんの少し前のことだ。

当時の彼らは20代と30代の間。
その後のSMAPのイメージを決定づけた重要曲、
その一歩手前で鳴った『freebird』という曲は、
どんなメッセージを放っていたのだろう。


簡単に言うと『freebird』は、
「自由になりたいと願い叫んでいる者の歌」だと思う。

すでに自由を手に入れた者の歌ではない。
また、自由になろうぜと誰かに呼びかけたり、
自由を手に入れようと誰かを扇動する歌でもない。

眠れない日々や胸を痛める出来事、
君との距離や寂しい時間を幾度も経験しながらも、
そんな時間も回り続けることに意味がある、
いつか大切なものに変わっていくだろう、と願いながら、
自由に空を飛ぶ鳥たちに想いを馳せる、地上に生きる人間の歌だ。


人間は鳥になることができるだろうか。
言うまでもなく、それは無理だ。
では、人間は自由になることはできるだろうか。
そこに答えはない。だからこそ人は自由を求めるんだろう。

当時、5人がどんな思いで
「freebird freebird」と歌っていたのかは、わからない。
ただ自分には、『世界に一つだけの花』という
ある種の「巨大な思想」が生まれる手前でポロッとこぼれた、
SMAPのホンネのようにも聴こえる。


9月9日のスマスマでの全シングルメドレーでも、
おそらく『freebird』は歌われるだろう。
あれから11年、SMAPは自由を手に入れられたのだろうか。
2013年のSMAPは、どんなふうにこの曲を歌うのだろう。

きっと5人は11年前となにも変わらず、
僕やあなたと同じ、鳥になれない地上を生きる人間として、
「freebird freebird」と叫ぶのだと思う。
そして、そんなふうに歌をうたうことができるアイドルは、
やっぱりSMAPしかいないと改めて思う。

『Joy!!』が生まれるために『GIFT of SMAP』が用意されていた

『Joy!!』に関するリアクションでよく目にするのが「こんなSMAPソングを待っていた」「あの頃のSMAPが戻ってきた」という声だ。
そんな実感はファンだけのものではないようで、『ザ・テレビジョン』のインタビューで、香取慎吾は次のように語っている。


「僕らにとって『世界に一つだけの花』という曲の存在が大きくて。その後、どんな曲を歌うべきなのか、もがいた時期もあった。(中略)今、デカい存在を打ち壊すためでなく、心からバカ騒ぎできる『Joy!!』みたいな曲をやっと歌える時期が来たかな」


"バカ騒ぎできる曲"と聞いて真っ先に思い浮かぶのが『BANG! BANG! バカンス!』だ。だが作詞を手がけた宮藤官九郎がこの曲について「結局一歩も家から出てない人の歌」と解説したように、そもそもかなり捻れた構造を持っている曲(バカンスに対するルサンチマンが暴発して逆ギレしてるようにも読める…さすがクドカンw)で、「心からのバカ騒ぎ」をしている曲とは言えないだろう。そしてSMAPはこの『BANG! BANG! バカンス!』以降、『Triangle』『Dear Woman』『ありがとう』とメッセージ性を全面に押し出したシングルを連発し、「バカ騒ぎ」という側面は(少なくともシングルにおいては)影を潜めていく。

2008年の『弾丸ファイター』以降のシングルは、香取の言う「どんな曲を歌うべきなのか、もがいた時期」だったと思う。一曲一曲のクオリティは当然のごとく申し分ないが、「これぞSMAP!」と誰もが太鼓判を押せるほどの"強度"があったかというと、正直どのシングルにも疑問は残る。「いい曲」と「SMAPにしか歌えない曲」は必ずしもイコールではない。そんな当たり前だけど残酷な事実と向き合い、もがき続けたのが『弾丸ファイター』以降のSMAPだったと思う(とは言えアルバム単位では『super.modern.artistic.performance』という傑作を残してるけど)。


じゃあそんな試行錯誤の中で、突然変異的に『Joy!!』が生まれたのかと言うと、もちろんそうではない。まず2011年に起きた東日本大震災と、同年に20周年記年で行われたファンミーティングの存在を挙げたい。東日本大震災によって「SMAPの意味を初めて考えたかもしれない(香取・『ウレぴあ』より)」と言うほど大きな意識の変化がメンバーにもたらされた。そんな中で行われたファンミーティングでは、デビューの場所である西武園ゆうえんちや全国のホールクラスの会場で、握手を含め至近距離でファンと接した。そのことは、これまである意味ルーティン的に大会場でのエンタテインメント・ショーをこなしてきた5人にとって、強烈かつ新鮮な刺激となったはずだ。その後東京ドームで行われた『Fun! Fun! Party!』では、大会場においてもファンミならではの親密な空気を崩すことなく、これまでにないかたちでのドームコンサートを成功させた(「(ファンミをやってみて)"こんなかたちもアリなんだ"という発見があった」と、たしか木村拓哉が言っていた気が…すみません出典不明です)。

翌年の2012年に発表されたアルバム『GIFT of SMAP』とツアーには、明らかに震災とファンミの影響が見て取れる。アルバムのタイトル曲『gift』に象徴されるように、一連のギフスマ作品&ライブは、SMAPというチームの存在意義を再確認するものだったと思う(5人にとっても、ファンにとっても)。誰かに思いを届けるということ、誰かからの思いを受け取るということ。互いに気持ちを届け合うということ。これまで当たり前のように築かれてきたSMAPとファンの関係性を「gift」というワンワードで言い切り、そんな関係が決して当たり前でない、一瞬で壊れ失くなってしまう世界の中で奇跡的に成り立っているのだという事実をエンタテインメントに昇華させたのがギフスマというアルバムであり、ツアーだった。


で、自分はギフスマがあったからこそ、『Joy!!』が生まれたのだと思う。


『世界に一つだけの花』が世間にとってSMAPの最大公約数的イメージであるならば、『GIFT of SMAP』はもしかしたらこれまでで最も狭い、限られた対象=ファン"だけ"に向けて届けられた作品だと思う。で、SMAPにはこの過程が絶対に必要だったのだ。『世界~』以降、ついに『We are SMAP!』と言ってしまうまでに常に巨大化し続けたSMAP。そこから震災を経て自らの存在意義を再確認し、ギフスマによってファンとの関係を改めて明確にできた=自分たちがいま立っている場所を実感できたからこそ、SMAPは「次」に進むことができたのだと思う。

その「次」こそが、50枚目のシングル『Joy!!』だ。この曲はギフスマから一転して、限られたファンだけではなくこの時代を生きるすべての人々へ向けられた応援歌である。しかし『Joy!!』には大仰で感動を促すような物言いはない。代わりにあるのは、ダサイ真っ黄色の衣装と、決してカッコいいとはいえないコミカルな振り付け、そしてどこまでも等身大のメッセージだ。この力の抜け方・外し方は、『世界~』以前、もっと言うと『夜空ノムコウ』以前のSMAPの雰囲気に近いかもしれない。ただ明らかに違うのは、当然だけどいまのSMAPは『夜空』も『世界』も『ありがとう』も通り過ぎた存在であるということだ。


皆が「忘れかけて」いる「Joy」することを「無駄なこと」と言い切りながらも、それを「一緒にしようよ」と呼びかける。

「どうにかなるさ 人生は」と笑い飛ばしながらも「明るい歌」の効き目はせいぜい「今夜だけ」である、という真理を(「明るい歌」を歌うことを生業とする自ら)差し出す。

そして自らを「Joy」させることができるのは、この曲を歌う自分たち(=SMAP)ではなく、あくまで「自ら(=聴き手自身)」であると歌い切る。


『Joy!!』は10年前のSMAPには決して歌えなかった曲だし、もっと言えばこの曲を説得力を持って歌える人は他にいない。で、『Joy!!』という曲がこの世界に生まれ落ちた幸福を噛み締めるために、『GIFT of SMAP』というアルバム&ライブをもう一度味わいなおしてみることは、なかなか意義深いことだと思う。




動画はイントロのリフが若干『ダイナマイト』に似ていなくもないことでお馴染み(嘘)のクラフトラーク『The Robots』

2013年4月11日、キリンジ@NHKホールに行ってきた

4月11日、キリンジのツアー@NHKホールに行ってきた。

変な言い方だけど、正直あまり感想がない。出てくるのは「最高だった」「幸せ」「ほんと素晴らしかった」「キリンジ最高」みたいなのばっかw なのでちゃんとしたレポが書けず、思いついたことを散漫に書いてる感じになりました。まあレポは他のブログ・各媒体・SNSなどでたっくさん出るでしょう。

「(実質的な)解散」という大きなトピックスがあったにも関わらず、なんの後付けをする気にもならない、ただただ音楽だけが鳴っていたライブだった。これ、仕事でライブレポート書かなきゃいけない人、大変だろうなあ。ライブのレポートと言うよりは「書き手によるキリンジ論」にしかならない気がする。川勝さんならどんな文章を書いただろうなあ……。

厳密には「堀込兄弟によるキリンジとしては最後の」という回りくどい言い方になる今回のツアー。自分は横浜BLITZの初日とNHKホールのセミファイナルに参加した。まず驚いたのが特大メガ盛りボリューム。横浜ではスタンディングで3時間超え(足腰が破壊されたw)、NHKではそこからさらに曲が増え全32曲、3時間半!! 「量より質」でも「質より量」でもなく、「質も量もイケイケドンドン」て感じなのがさすがキリンジ。

横浜は初日だったからセトリを知る由もなく、ライブが進むにつれて「え、まだやるの? ええ、どこまで行くの? どこに連れてかれちゃうの俺!?」て感じだった。登山のときによくある、とにかく目の前を登ることに夢中になってる時にふと下を見ると、いつの間にかすっごい高いところまで登っててビビるみたいな、そんな感じでキリンジに連れられるままに山をいくつも越えていくような感覚だった(『SUPER VIEW』のジャケを思い出す)。

んで昨日のNHKホールではセトリをだいたい把握してたこともあって「ああ、もうここまできたか」「ああもうすぐ本編終わるわ」とか途中途中で頭をよぎったりもしたけど、ほとんどは「うわ~~~ほんといい曲だな~~~」「うわヤスの声っていいな~~~」「うわみんな演奏うますぎ~~~」とかそんなことばっか考えてた。

NHKでは、2ヵ所だけ、ちょっと涙ぐんだ場面があった。『双子座グラフィティ』で「ああ~なんていい曲なんだ~……」と思ったときと、『YOU AND ME』のヤスのギターソロで「ああ~もうこれ聴けないんだなあ~」と思ったとき。逆に言うとそれ以外はあまり感傷的な気分にはならなかった気がする。

みなさん長丁場のセットを全国回って演奏するのは相当大変だったと思うけど、今回はなによりヤスがすごかったと思う。初日のNHKは最初からファルセットが厳しそうな場面があった(注:自分はそんな気がしたんだけど、他にそういう感想見かけないので俺が気にしすぎだったのかも)けど、まーー声、通る通る! なめらか! 湿度を持った声。演奏もしながら人前で32曲歌い切るって(しかもそんな生活を2ヵ月間も続けるなんて)、どんだけ~!! アホすぎる言い方だけど、まさにヤスがいなけりゃ成立しなかったライブだよなあ。

●近くで発見した気になるお客さん・その1
ライブ後半、連れの女性に「冨田恵一っていう天才プロデューサーがいてね、彼のアレンジは最高なんだよ。ライブの真ん中らへんでやった曲はセルフプロデュースなんだけど、全然ダメ!」と説明する男性。「おいてめーまず『BUOYANCY』100回聴いてから出直してこいやゴラァ!」と殴りかかろうとしたがやめたw

●近くで発見した気になるお客さん・その2
わりとどの曲でも手拍子をしたがるタイプだったのだが、最終的に『千年紀末に降る雪は』で結構大きめの手拍子をしはじめた男性。さすがに一番のAメロ途中で止めてたけど。

↑は別に批判をしたいわけではなくて、みんな特別な空間にいられることが嬉しくて舞い上がっちゃったんだろうなあ、と。そりゃそうだよね。「何が起きるんだろう」と固唾を飲んでた初日の横浜と違って、NHKはお客さんのテンションがめちゃ高かった(俺もそうだった)。特に盛り上がる曲になると、なんかフェアウェルパーティというか後夜祭というか、祭り的な盛り上がりを見せてたもんなあ。今まさにやってるファイナル公演は、どんな感じになってるかなー。

最後の最後、『悪玉』のときにまわりを見渡すと、背広の男の人も、おしゃれした女の人も、みんな笑ってるような泣いてるような、なんとも言えない(でも最高の)顔で「♪足に科せられたチェーン」と歌っていて、その光景のシュールさに笑ったw 「人気の曲です、よかったらいっしょに歌ってください」とヤスは言ったが、その出だしがこのフレーズってw ありえないw

うん、最後までほんとありえないくらい素敵な音楽ばかりを届けてくれたよ、キリンジは。
こんなミュージシャンもう現れないかもなあ。
マジでありがとう! すっごくいい時間を過ごせたよ!
そしてこれからのふたりも楽しみにしてます。

改めて見返すとその曲数の多さに愕然とするセットリストは
キリンジカタギBBSからお借りしました。
何を隠そう今回のNHKホールのチケットは、
このサイトでご縁があった方に譲っていただいたのでした。
本当にありがとうございました。

01.グッデイ・グッバイ
02.双子座グラフィティ
03.風を撃て
04.野良の虹
05.ダンボールの宮殿
06.僕の心のありったけ
07.愛のCoda
08.タンデム・ラナウェイ
09.エイリアンズ
10.小さなおとなたち
11.さよならデイジーチェイン
12.ホライゾン!ホライゾン!
13.夢見て眠りよ
14.ナイーヴな人々
15.ムラサキ☆サンセット
16.YOU AND ME
17.MUSIC!!!!!!
18.都市鉱山
19.chant!!!!!
20.アルカディア
21.祈れ呪うな
22.早春
23.夏の光
24.TREKKING SONG
25.竜の子
26.ブルーバード
En.1
27.Drifter
28.千年紀末に降る雪は
29.スウィートソウル
30.茜色したあの空は
31.もしもの時は
En.2
32.悪玉





(最後に何も考えずに、本音の感想を書きます)

もう~~~~~~~マジで最高だったわ~~~……
あ~~~~~~~~~~~~最高っ! マジ最高!
もうああ~~~…… よかったなあ……
ほんと最高だったわ…… ああ~~~~~~~~

(以下ループw)


「SMAP」と「素」の間をふにゃふにゃと行き来した、5人だけの旅




SMAP×SMAP「はじめてのSMAP5人旅スペシャル」を見た。
最っっっっっっっっっっっっっっっっっっっ高だった!!!!!!!!!!
とりあえず初見の感想をつらつらと。

先週のワッツで木村が今回の旅を振り返った中で「5人だけとはいえカメラが回ってるから、やっぱり本当の素ではない(例:不自然なまでにしゃべりまくる)」という主旨の発言をしてて、ああそりゃそうだよなあと思った。<中居・木村・稲垣・草彅・香取の旅>という個人が集まった(=プライベートの)旅ではなく、あくまで<SMAPとしての旅>になるのだろう、と。

しかし実際見終えた感想としては、あれだけプロフェッショナルな彼らでさえ、今回の旅はそう簡単に割り切れるものではなかったのかな、という(嬉しい)驚きだった。

木村が語ったように、「5人だけで一泊二日を過ごす」という経験したことのない「異空間」に放り込まれた5人は、多かれ少なかれ「この状況でどう振る舞えばSMAPとして成立するのかというボーダーライン」を探ったはずだ(言うまでもなく、この旅の模様はスマスマとして放送される=商品として流通することが決定しているのだから、エンタテイナーである5人がそれを考えないはずがない)。

しかし、あえて「素」を見せることが正しい判断となる場合もある。今回スタッフ側があえてカメラの存在を意識させず5人だけの空間を切り取ろうとした意図はまさにそこで、これまでカメラに映りこむことのなかったSMAPの「素」を求められているということも、当然彼らは痛いほどわかっていたはずだ。(そもそもアイドルという存在自体がドキュメンタリー的要素を多分に含んだ芸能なんだけど)

「5人がそこにいるだけでSMAPになる」。こう言うと聞こえはいいけど、実際はそんな簡単でも単純なことでもないだろう。結果的に今回の旅においてはメンバーの誰一人として、「SMAPという存在を顕示すること」と「あくまで個々人として素でいること」の折り合いをつけられていなかったように俺には見えた。というか5人が5人それぞれの判断で、「SMAP/個人」という境界をコントロールすることを放棄したのではないだろうか。今回カメラに映った5人の姿は、すごく不安定で不定形なものに見えたのだ。

それを象徴していたのが、温泉宿での木村拓哉の佇まいだった。彼はほぼ言葉らしい言葉を発しなかった。少なくとも世間に知られる「キムタク」としての発言や振る舞いはほとんど見られなかった。そのかわりに彼は、無邪気にゲームに興じる4人を後ろから見守り、泣き崩れる中居に優しく目線を投げかけ(そしてすぐ目をそらしたり)、なかなか寝ようとしないメンバーに「うるせえ!」と怒鳴ったりしていた。それはスマヲタにはお馴染みの「木村拓哉」の姿ではあったかもしれないが、今回の木村の姿は一般の視聴者にはどう映ったのだろうか。少なくとも自分はあの木村のありようには想像以上に心を動かされたし、俺の見たことのない木村拓哉の姿がそこにはあった(そしてもしかするともう二度と見ることがないんじゃないかという気すらする)。正直、あの夜の木村を見てると泣けて泣けてしょうがなかった。


「アイドルだって自分と同じ人間である。食事も排泄もセックスも、失敗も後悔も逡巡も、バカもアホも大笑いもする、自分と何も変わらないおんなじ人間なのだ」


俺がSMAPを見てていつも思うのはそういうことで、間違いなくスターでありながらそういうことを思わせてくれるから自分はSMAPのことをここまで好きになったのだ。んで今回「SMAP」と「素」の間をふにゃふにゃと行き来した5人だけの旅は、SMAPの持つ「身近さ」がこれまででもっとも鮮やかに記録されたものだったと思う。こういうのは意図的にやろうと思っても絶対できるもんじゃない。25年間のどの出来事が欠けても、あの時間は生まれなかったと断言できる。つまりこの旅が生まれたのは、まーーかなりダッサイ言い方になるけど、やっぱり「奇跡」なんだと思う。そんな奇跡の積み重ねによって、SMAPの世界はかたち作られている。そしてわたしたちの世界もまた、同じような奇跡によってできているのだ、きっと。