ふたたび現実に降り立ったSMAPは、ココカラ未来を咲かせてゆく
いやーーまいった!『Joy!!』『シャレオツ』と名曲がつづいていたここ最近のSMAPだけど、ここにきて決定打という感じ! 『ココカラ』、ほんとすごいこの曲!
とにかく聴きごこちが軽い。つか『Joy!!』以降の曲はどれもとにかく軽い。聴き手によけいなバイアスをあたえない、人なつっこい軽やかさがある。で、なによりすごいのが、そんなふうに軽く歌っていても(いやむしろ軽いからこそ)、曲にこめられたグルーヴやメッセージはより強く、よりビビッドに胸の奥に残ることだ。
この「軽さ」ってSMAPの音楽においてかなりかなり大事なキモの部分だと思っているんだけど、その必殺技をひさびさに使ってきたな!という感じ。で、その効果は昔と比べものにならないレベルにまで極まっている。
ちょっと話がそれますが、この必殺技をあえて使わなかったのが『GIFT of SMAP』ってアルバムだったと思っている。いま振り返ってみると、あのアルバムは「重かった」。音が重厚ってことじゃなくて、こめられたメッセージが重い。というか熱い。ファンに対する5人の「愛」が過剰なほどあふれまくっていた。
そもそも「GIFT」というコンセプトがSMAPにしてはどストレートすぎるし、とくに『gift』って曲のエモさもやりすぎなほど直球だった(あれほどストレートにファンへの気持ちを歌った曲はないと思う)。歌詞もメロもアレンジも、「軽さを残しとこう」とか「ここは外しとこう」とか、バランスをとることを一切してない、満身創痍っぷり。その年のスマショCDの甘々っぷりには、聴いてるこっちが照れるほどだった(「愛してるよ」って…///)。
だからこそギフスマってアルバム、そしてライブの多幸感はハンッッッッパなかった。ギフスマツアーは歴代SMAPライブのなかでも究極に「デレ」なライブで、あれこそ本当に夢の世界だったし、SMAPのファンでよかったと心から思えるライブだった。「SMAPと自分」っていう関係をあらためて強く結びつけてくれたのが、ギフスマだったと思う。
でギフスマ以降、『Joy!!』『シャレオツ』『ココカラ』は特にそうだけど、もう「夢の世界」を歌ってない。「矛盾に寄り添う 逃げそう 駄目そう」「孤独は慣れた擦り傷」とか、ちょっとヒリヒリするような現実を、サラッと口にしている。
ギフスマ期のSMAPは、夢の世界をありえない精度で突き詰めることで、現実を塗り替えようとしていた。ギフスマ以降のSMAPは「いま生きている現実から逃げず、この世界で時に闘いながらも、笑って生きていくための歌をうたっている」、そんな感じがする。
『ココカラ』はまさにそんないまのSMAPだからこそ歌える最強の曲だ。”ここではないどこか”ではなく、あくまで<いま・ココ>から、ともに未来をつくっていくんだ。ココロが鼓動を止めるまで、君といっしょに歌えるCのコードを鳴らしていくんだ――。これをいまのSMAPに歌わせた和田唱、もう最高!!!! 和田さんがこの曲で描いたSMAP像は、とってもロマンチックで、同時に鋭い批評性もある。さすがとしか言いようがない。
あとCHOKKAKUのアレンジもすばらしい!! あの、Aメロ~Bメロは普通のスネアの音だけど、イントロとサビはちょっとハンドクラップにも似た音が入ってるの。うーん手拍子じゃ違うか。なんだろ。
なんか、たとえば学校とか会社とかで片思いの人を偶然見かけたとき、急に視界がパーーーンって明るくなるような感覚ってあるじゃん。あの感覚をそのまま音にしたような音が加えられてるの。あの音を聴くだけで、ほんとになにかがはじまるような、もう無条件にワクワクしてどうしようもなくなる。リズムを刻む音ひとつにも、希望がこめられてる気がするんだよね。
大げさじゃなく、次のツアーでたとえばライブの最後に『ココカラ』歌われたりしたら、俺、しあわせすぎて泣くかもしれない。最後に「ココカラ」って、なんかいいじゃん。というかギフスマからたまってるシングルがどれも名曲ばっかで、今年のライブ(あるよね?)どうなっちゃうんだろ。楽しみすぎてこわい。
とにかく聴きごこちが軽い。つか『Joy!!』以降の曲はどれもとにかく軽い。聴き手によけいなバイアスをあたえない、人なつっこい軽やかさがある。で、なによりすごいのが、そんなふうに軽く歌っていても(いやむしろ軽いからこそ)、曲にこめられたグルーヴやメッセージはより強く、よりビビッドに胸の奥に残ることだ。
この「軽さ」ってSMAPの音楽においてかなりかなり大事なキモの部分だと思っているんだけど、その必殺技をひさびさに使ってきたな!という感じ。で、その効果は昔と比べものにならないレベルにまで極まっている。
ちょっと話がそれますが、この必殺技をあえて使わなかったのが『GIFT of SMAP』ってアルバムだったと思っている。いま振り返ってみると、あのアルバムは「重かった」。音が重厚ってことじゃなくて、こめられたメッセージが重い。というか熱い。ファンに対する5人の「愛」が過剰なほどあふれまくっていた。
そもそも「GIFT」というコンセプトがSMAPにしてはどストレートすぎるし、とくに『gift』って曲のエモさもやりすぎなほど直球だった(あれほどストレートにファンへの気持ちを歌った曲はないと思う)。歌詞もメロもアレンジも、「軽さを残しとこう」とか「ここは外しとこう」とか、バランスをとることを一切してない、満身創痍っぷり。その年のスマショCDの甘々っぷりには、聴いてるこっちが照れるほどだった(「愛してるよ」って…///)。
だからこそギフスマってアルバム、そしてライブの多幸感はハンッッッッパなかった。ギフスマツアーは歴代SMAPライブのなかでも究極に「デレ」なライブで、あれこそ本当に夢の世界だったし、SMAPのファンでよかったと心から思えるライブだった。「SMAPと自分」っていう関係をあらためて強く結びつけてくれたのが、ギフスマだったと思う。
でギフスマ以降、『Joy!!』『シャレオツ』『ココカラ』は特にそうだけど、もう「夢の世界」を歌ってない。「矛盾に寄り添う 逃げそう 駄目そう」「孤独は慣れた擦り傷」とか、ちょっとヒリヒリするような現実を、サラッと口にしている。
ギフスマ期のSMAPは、夢の世界をありえない精度で突き詰めることで、現実を塗り替えようとしていた。ギフスマ以降のSMAPは「いま生きている現実から逃げず、この世界で時に闘いながらも、笑って生きていくための歌をうたっている」、そんな感じがする。
『ココカラ』はまさにそんないまのSMAPだからこそ歌える最強の曲だ。”ここではないどこか”ではなく、あくまで<いま・ココ>から、ともに未来をつくっていくんだ。ココロが鼓動を止めるまで、君といっしょに歌えるCのコードを鳴らしていくんだ――。これをいまのSMAPに歌わせた和田唱、もう最高!!!! 和田さんがこの曲で描いたSMAP像は、とってもロマンチックで、同時に鋭い批評性もある。さすがとしか言いようがない。
あとCHOKKAKUのアレンジもすばらしい!! あの、Aメロ~Bメロは普通のスネアの音だけど、イントロとサビはちょっとハンドクラップにも似た音が入ってるの。うーん手拍子じゃ違うか。なんだろ。
なんか、たとえば学校とか会社とかで片思いの人を偶然見かけたとき、急に視界がパーーーンって明るくなるような感覚ってあるじゃん。あの感覚をそのまま音にしたような音が加えられてるの。あの音を聴くだけで、ほんとになにかがはじまるような、もう無条件にワクワクしてどうしようもなくなる。リズムを刻む音ひとつにも、希望がこめられてる気がするんだよね。
大げさじゃなく、次のツアーでたとえばライブの最後に『ココカラ』歌われたりしたら、俺、しあわせすぎて泣くかもしれない。最後に「ココカラ」って、なんかいいじゃん。というかギフスマからたまってるシングルがどれも名曲ばっかで、今年のライブ(あるよね?)どうなっちゃうんだろ。楽しみすぎてこわい。