妄想カテゴリはぬるこのフィクションです。
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わたしにはDちゃんという友人がいた。
Dちゃんは一人で何人分かわからないほどに忙しくしゃべる子だった。
にぎやかで周りにはよく人が集まっていた。
愛想のいい、人に好かれる顔をしていたのもあるかもしれないね。
スーパーとかで試食を進められそうな顔、
ミシン販売のおじさんに手作りの
ポケットティッシュカバーをもらっちゃいそうな顔とでもいっておこうか。
わたしにとっても居心地が良かった。
というのも彼女の周りには少し風変りな人、穏やかな人
色々居て、話のねたには困らなかったし、
Dちゃんというアイコンが
ちいさなコミュニティの橋渡しとなっていたからだった。
恥ずかしながらコミュニケーションが不得手なので、
人と人をつなげる彼女には助けてもらっていた。
進学するぞというとき、わたしとDちゃんは
芸術系の学校を志望にしていた。
さらなる共通の話題、言語を獲得できて、
ちょっと自慢に思っていた。
自分にとって好ましい人物との接点が増えて困ることはないのだ。
実際あちこちいろんなものを見に行ったり、話あったりもした。
いつ思い返してもいい思い出だし、
今も少しくらい話したいと思っている。
だけど、口を開いたらきっと長くなるだろうから控えることにする。
よくよく人には「アンタ話が長いよ」といわれるしね。
とってもへぼへぼな存在には
Dちゃんは大きな塔みたいだった。
どこにいても目立つし、頼りにしていた。
Dちゃんさえいれば迷子にならないのだとまで思った。
どちらかといえば私は平々凡々ながら
学業面では困ったことはなかったのだが、
Dちゃんのほうは苦労しており、
勉強の方は本当にどうでもいいし、
これなら目標はどん底にまで下げてもいい。
そんな感じだった。
困っちゃったな、そうは感じたが、
いくらなんでもDちゃんに依存しすぎてきた。
わたしだって人は人なんだし、
Dちゃんの顔なしでやってけないわけがない。
口だって声だって別にあるじゃないか。
結局ラジオみたいによう喋る
Dちゃんとわたしは別々の道を歩んだ。
わたしは今どういうわけかロシア語を勉強している。
芸術方面とあまり変わらず「つぶしの利かない学科だ」と
担任の先生にはいわれた。
ショボショボの高校だったから、国公立の合格数を
少しでもかさまししたかったようで、
それなら近くの芸術大を受けてくれた方がマシだった
ということまでそれとなく伝えられ、
「ここの経済学部なら合格になる点数だから、
ウン万出して出願してほしい」
とも言っていた。
あいにく経済なんか興味ないし、
そんな人が受けては本当に入りたい人にも迷惑だろう。
まずお金がもったいないという話になるけれど。
国際語とまで謳われる英語でさえ
「こんなものはいらない」とDちゃんは笑ってすててしまった。
一語一語覚えていくのがたるい
英文法もたるい、だって私頭が悪いから…と
ちょっと顔をゆがめて言っていた。
ぱっと覚えられてしまうような
頭のいい人というのは少ない…はずなので、
単に興味と反復の問題だとわたしは思う。
ひとつひとつ思い出そうとするには
それが自分にとって必要だという考えが
あればいけちゃうんじゃないか。
ロシア語を勉強して先生にでもなるつもりなのかと
知人には聞かれるのだけど、そこまで考えたことはない。
ただほかの国の言語をよむ、それがまるで
暗号の解読みたいで気持ちよかったからだ。
知らないものから知っているものへと変えていくのは
快感だし、すこしカッコいい。
まさかそんなこと言うつもりはない。
何も考えてないばかだって思われてしまう。
あってるんだけど。
同じ学科にいる学生に、少しわかってもらえたとしても
やはり…ばかだって思われてしまうだろう。
気がおかしくなったという囚人だって、
本当の話をして軽蔑されるのが嫌だからそこまでしているのだ。
それくらいの分別は残っているんじゃないかなと思う。
自分の頭の中にあることでも
他人にわかってもらえそうな共通の言語で話せるもの、
自分にしかわかりそうもないほかの言語
の話題の2つに分かれているとわたしは考える。
芸術、ではなく保育の方に進んだDちゃんと
たまに電話やらチャットをしようということになる。
声やセリフ回しはDちゃんと変わらないのだけど、
話題はわたしの知らない人がでてくるものばかりで、
正直もうそれは異文化・外国語にふれているようなものだった。
今じゃ会うたびに、私は●●のことで忙しい
△△くんと話しているときは、□□くんが私のことまで無視するけど
△△くんのことを私は無視したくないの、
どうしたらいいのCと言うから、私は辟易としていた。
なんとなく、Dちゃんのいわんとしていることが伝わってくる。
しかしちょっとわかってしまうのが厄介だ。
思考言語は英語でもロシア語でもない、日本語だから、
深く悩まずに意識へと言葉が染み込む。
英会話の後、私の頭にはすこし英語が残っているのか
日本語で質問されているのに
「If anything, I like MomoirocloverZ better」と
センテンスが脳内に浮かんだりもする。
日本語でいえよ日本語で、と自分の脳に突っ込みたくなる。
そんな面倒な変換なんかいらない。
Dちゃんと話すときはわたしの頭に
「だからとうざまこざまで悩んでさ、私はこう決めたわけ」
と彼女の言い回しになおされた言葉が浮かぶのだ。
彼女のまえじゃなきゃ、
あれこれ悩んだ挙句に決めたんだ、というのだけど。
つまり自然と変換が必要だと判断がくだるのだ。
自分を基準に…勝手に同じ方を向いていると思っていた。
でも実はDちゃんは塔なんかじゃなく、動き回る船で
遠く離れた海上で通信しているようなもんだったんだなぁと
最近Dちゃんの「フレンズ」というカテゴリから外され、
アク禁を喰らっているのに気付いた時に感じ入った。
わたし自身に決定的な、納得できるイベントがなかったから
なんだかさっぱりしないのだけど、
お互いに変換が必要な言葉で
話しているのに気付いたからかもしれない。
どうせなら私から「フレンズ整理」をしたかったなと思っていたりする。
重たい話題、たとえば離婚・看取りだって
自分にとって納得できることなら
それで割り切れちゃうらしいと最近知った。
自分はここまでやった、だからもう気にしなくて大丈夫。
そのように考えられる段階まで来てしまえば、引きずりも少なくて済むのだ。
離婚なら知っているものから
知らないものへと変わるときにスパッと切れなきゃ、
愛情が憎悪に、言葉で伝えたかったことが行動に変わるのだ。
ともかく相手に自分の考えが目に見える形で
記憶に残る形で主張しておかなければ気が済まない。
でもなきゃ、「わたし」が本当に消えてしまうから。
なるほど、と知恵袋やら新聞の相談コーナーをみて、
深夜の今にも死にそうな
「検査入院でラジオが聞けなくてさびしく思っております」
というお便りばかりの番組を聴くにつけて頷いてしまう。
よく相互だった人にブロックされちゃった、
あるいはしちゃったという話を友達からも聞いていたが、
わたしもSNS冷戦に突入することになるんだな…と感慨深く思いつつ、
知っているものから知らないものになっていくのが
悔しいからわたしもアク禁にしちゃおっかなーー!!と考えている。
あんまり信心深くないから、
小さいころ寝っころがって幼稚園のプレゼントにもらった
聖書をポテチでギトギトした指先を清めるように
読んでいたことを思い出した。
当時の私には本とはいえど、
欲しくない・文字の書かれた紙程度の認識で
「チラシ」と同じカテゴリに入った。
だからこういう扱いになってしまったんじゃないかと推測する。
油で黄色く汚れたおぼろげな記憶の中に
塔の下で喋る人の言葉がバラバラになっちゃう話があった。
よく考えたもんだなー、面白いなーと
ただの作り話にしか考えていなかった。
同じ言語を使い、同じ考えを持っていたはずの人の会話が
急に成り立たなくなるだなんて
「実際有り得ないなー」と思っていたわけだよ、明智くん。
ところがどっこいどういうわけか、
わたしもいつのまにか違う言語を喋っていたのだよ。
「『あたしね、今度いなくなっちゃう○○先生のゼミに入りたいんだー』
つまらなそうに話をテキトーに合わせて
『それでさ、2日後までの課題あるから、
悪いんだけど…遊びにいくのなしでいい…?』
とつなぐDちゃんを見てがっかりした。
前はあんなに楽しかったけど、
もう興味ないんだなって思う自分にがっかりした。
当たり前じゃないの。
ほんとにばかだな、そんなことDちゃんにいっても通じるわけないよ。
何を専門にしているのか、それどころかメガネをかけているのか、
髪は何色か、男か女か…、どれ一つわからないんだもん。
どんな感じの人なのかという基礎知識を入れるにも時間がかかるし、
直接自分自身に関係のない「興味の薄い」話だよ!
それこそDちゃんにとっては英語・ロシア語…みたいな。
今はいくつか年もとって、毎月1万4千なんぼは
しばらくおさめられませんと返信して、
他の友達と飲みに行って、ゲーゲートイレで吐いちゃうくらいだから
少しは分かっていることも増えたよ。
Dちゃんもわたしもバベルの塔の下にいるんだな、
さびしいけどこれも仕方ないなともわかったよ。
卒業までの3年間は一緒にいて、特に楽しく過ごせてよかっなあと…。
世の中先に言ったもん勝ち・やったもん勝ちだってわかりました。
チラシみたいなわたしの先立つ幸福をお許しください。
不孝でしょって、ねえ。どうでもいいか。
それじゃあ、どうかDちゃんお元気で。」