授業で描いた自画像が全員分廊下に貼られた。
もっとリアルにとあんなに言われていたのに
漫画みたいな顔の人もいるなと眺めていたが、
みなバックはピンクや黄色、水色と鮮やかで、
仏頂面でもどこか幸せそうに思われた。
背景は深緑に茶、濃紺のまだら。
つり目で鼻が尖っていて、顎は細い。
これが僕の自画像だった。

描いているときは自分が基準で、
具体的な比較対象は見えないが、
いざならぶと自分の歪な部分が露骨に見えてきた。

田舎の学校に転入したので、珍しい顔に
周りは最初食いつきもしたが、
緊張しすぎて一言くらいしか言えず、
いつも一人だった。

算数の時間、ダブルティーチャー制だとかで
片方が授業をコントロールし、
もう一方が解き方が分からない生徒の対応を補佐していた。

前方の子、となりの子は問題が解けないとなんとなく僕にも伝わった。

特に挙手して知らせなくとも先生はすっ飛んで、
解き方を教えてくれていたので、
分からないと意思表示するのが嫌でも
大丈夫と思っていたが、先生は絶対に一度も来なかった。

見離されたんだとふてくされた僕は僕で算数を見放し、
分かろうとする気持ちをすっかりなくして居眠りをすると、
やっと僕の存在を名前を思い出したかのように叫ぶのだ。

勝手に傷ついただけだってわかってはいた。

僕は最近バイトをしていて
一番何がコミュニケーションの支障となるかを知った。
困っている相手が自分で何がどうして困ってしまったのか言えず、
「はい」「いいえ」だけのコックリさんのときだ。

その場合、随時自分から積極的で具体的な問いかけを行い、
疑問詞は使わなずにイエスノーで探らなければならない。

相手への基礎知識が乏しいと
対応もかなり漠然としてしまいがちである。

たとえばプレゼントをよく知らない人に
あげる場合、僕はこれならいいかな…?
とか、一般的にこんなもんだろと
自分が持ってる他の情報を参照してしまい、
その相手にとってイマイチ、意味のないものになりやすいのだ。
しかし、ある程度知っている人なら、
もっと嗜好に近いものをあげられる。

なにかを伝える場合も同じだ。

何を考えているのか分からない
うなずき以外では教えてくれない
コックリさんという異物に構うより、
楽にコミュニケーションを取れる人に
張り切ってしまうのだろう。

自画像の群集の中で陰気なコックリさんの僕ひとり浮いていた。

明けましたね、おめでとうございます。

気取って年賀状に英語の
「吹き出し」つけたるで
と意気込んでおりました。

たべちゃう/召し上がれの「eat up」に
悩ませるという意味があると知りまして、
どっちも使いたいと思ったんですよね。

蛇がリンゴを差し出し、
女の子にうざがられてるというものにしようと打ち込み、
印刷して宛名書きを済ませました。

31日23時過ぎ、ふとurban dictionary という

ユーザー投稿型の単語・熟語サイトで引いてみましたら
「丸呑み」「悩ませる」「虜にしちゃう」とかもあったのですが
結構目立つ所に卑語があったので
大変驚きましたね…。
割と何でもアレな意味があるんですが、
知らなかった+年賀状に採用したので
ショックだったんです。

よろしいでしょうか、皆さん。
今回は以下より汚い話になります。
その手の話を書くのは少し気が引けるのですが、

ネタにしたい気持ちが上回りました。


2番目と3番目のeat upはほぼ同じような意味ですが、

さきに2番目の方を3、4行目で追い
真面目にアレコレ考えてたのに、
「終わったら相手の子に○○○」
と言われ、どんな気分かというと、
もう「ふざけんな」と液晶にゲンコツを喰らわせたい気持ちですよ。

主語に男と女があることに感心してる場合ではありませんね。


この記事を読んでる方がいらっしゃったら、
新年からなにみせてんだこのクソと
怒りを抱かれるかと思います。


私もですね、「!?」が額に浮かび上がり、当惑しておりました。

幼少のころに、夜伽という言葉を耳にしまして、
なんかよう分からんけど、
多分親に聞いちゃいけない類だなということはハッキリしてたんですよ。
これは少し触れたら外国語でもぼんやりと伝わりますでしょう。
3番目を読めば、いくらなんでも想像通りの意味だろうと分かるんですけども…。


「これは…どういう意味だ…?」と
少ない知恵をかき集めて
ワクワクしながら長文を和訳、それを要約したら
「このキャラ、まわされてアヘ顔みたいな同人誌ないのなんで??」と
海外の掲示板にあったときと同じ心境になりました。
ふざけんな、と。
もっと真面目に探せば1冊あるぞ、と。(たぶん)

さて、英英なので気になる方は
Google先生かexciteさんに頼ってください。

まさか、そんなこと…私の誤訳であってほしいと思いつつ、
椅子に座り画面を見つめていたら、
2012年12月31日 23:59とタスクバーにあったので、
せめて違うことをして新年を迎えようと走り、
ごまかすかのようにニコニコ笑って過ごしました。

しばらくしてもう一度3番目読んでみたら
横に(マゾ)(フェチ)とか細かくおしえてくれていることに

気付いたら、笑っちゃいました。



妄想カテゴリはぬるこのフィクションです。


・・・



わたしにはDちゃんという友人がいた。

Dちゃんは一人で何人分かわからないほどに忙しくしゃべる子だった。

にぎやかで周りにはよく人が集まっていた。

愛想のいい、人に好かれる顔をしていたのもあるかもしれないね。

スーパーとかで試食を進められそうな顔、

ミシン販売のおじさんに手作りの

ポケットティッシュカバーをもらっちゃいそうな顔とでもいっておこうか。

わたしにとっても居心地が良かった。

というのも彼女の周りには少し風変りな人、穏やかな人

色々居て、話のねたには困らなかったし、

Dちゃんというアイコンが

ちいさなコミュニティの橋渡しとなっていたからだった。

恥ずかしながらコミュニケーションが不得手なので、

人と人をつなげる彼女には助けてもらっていた。


進学するぞというとき、わたしとDちゃんは

芸術系の学校を志望にしていた。

さらなる共通の話題、言語を獲得できて、

ちょっと自慢に思っていた。

自分にとって好ましい人物との接点が増えて困ることはないのだ。

実際あちこちいろんなものを見に行ったり、話あったりもした。

いつ思い返してもいい思い出だし、

今も少しくらい話したいと思っている。

だけど、口を開いたらきっと長くなるだろうから控えることにする。

よくよく人には「アンタ話が長いよ」といわれるしね。


とってもへぼへぼな存在には

Dちゃんは大きな塔みたいだった。

どこにいても目立つし、頼りにしていた。

Dちゃんさえいれば迷子にならないのだとまで思った。

どちらかといえば私は平々凡々ながら

学業面では困ったことはなかったのだが、

Dちゃんのほうは苦労しており、

勉強の方は本当にどうでもいいし、

これなら目標はどん底にまで下げてもいい。

そんな感じだった。


困っちゃったな、そうは感じたが、

いくらなんでもDちゃんに依存しすぎてきた。


わたしだって人は人なんだし、

Dちゃんの顔なしでやってけないわけがない。

口だって声だって別にあるじゃないか。


結局ラジオみたいによう喋る

Dちゃんとわたしは別々の道を歩んだ。

わたしは今どういうわけかロシア語を勉強している。

芸術方面とあまり変わらず「つぶしの利かない学科だ」と

担任の先生にはいわれた。


ショボショボの高校だったから、国公立の合格数を

少しでもかさまししたかったようで、

それなら近くの芸術大を受けてくれた方がマシだった

ということまでそれとなく伝えられ、

「ここの経済学部なら合格になる点数だから、

 ウン万出して出願してほしい」

とも言っていた。

あいにく経済なんか興味ないし、

そんな人が受けては本当に入りたい人にも迷惑だろう。

まずお金がもったいないという話になるけれど。


国際語とまで謳われる英語でさえ

「こんなものはいらない」とDちゃんは笑ってすててしまった。

一語一語覚えていくのがたるい

英文法もたるい、だって私頭が悪いから…と

ちょっと顔をゆがめて言っていた。


ぱっと覚えられてしまうような

頭のいい人というのは少ない…はずなので、

単に興味と反復の問題だとわたしは思う。

ひとつひとつ思い出そうとするには

それが自分にとって必要だという考えが

あればいけちゃうんじゃないか。

ロシア語を勉強して先生にでもなるつもりなのかと

知人には聞かれるのだけど、そこまで考えたことはない。

ただほかの国の言語をよむ、それがまるで

暗号の解読みたいで気持ちよかったからだ。

知らないものから知っているものへと変えていくのは

快感だし、すこしカッコいい。


まさかそんなこと言うつもりはない。

何も考えてないばかだって思われてしまう。

あってるんだけど。

同じ学科にいる学生に、少しわかってもらえたとしても

やはり…ばかだって思われてしまうだろう。


気がおかしくなったという囚人だって、

本当の話をして軽蔑されるのが嫌だからそこまでしているのだ。

それくらいの分別は残っているんじゃないかなと思う。

自分の頭の中にあることでも

他人にわかってもらえそうな共通の言語で話せるもの、

自分にしかわかりそうもないほかの言語

の話題の2つに分かれているとわたしは考える。


芸術、ではなく保育の方に進んだDちゃんと

たまに電話やらチャットをしようということになる。


声やセリフ回しはDちゃんと変わらないのだけど、

話題はわたしの知らない人がでてくるものばかりで、

正直もうそれは異文化・外国語にふれているようなものだった。

今じゃ会うたびに、私は●●のことで忙しい

△△くんと話しているときは、□□くんが私のことまで無視するけど

△△くんのことを私は無視したくないの、

どうしたらいいのCと言うから、私は辟易としていた。


なんとなく、Dちゃんのいわんとしていることが伝わってくる。

しかしちょっとわかってしまうのが厄介だ。


思考言語は英語でもロシア語でもない、日本語だから、

深く悩まずに意識へと言葉が染み込む。


英会話の後、私の頭にはすこし英語が残っているのか

日本語で質問されているのに

「If anything, I like MomoirocloverZ better」と

センテンスが脳内に浮かんだりもする。

日本語でいえよ日本語で、と自分の脳に突っ込みたくなる。

そんな面倒な変換なんかいらない。


Dちゃんと話すときはわたしの頭に

「だからとうざまこざまで悩んでさ、私はこう決めたわけ」

と彼女の言い回しになおされた言葉が浮かぶのだ。

彼女のまえじゃなきゃ、

あれこれ悩んだ挙句に決めたんだ、というのだけど。

つまり自然と変換が必要だと判断がくだるのだ。



自分を基準に…勝手に同じ方を向いていると思っていた。

でも実はDちゃんは塔なんかじゃなく、動き回る船で

遠く離れた海上で通信しているようなもんだったんだなぁと
最近Dちゃんの「フレンズ」というカテゴリから外され、

アク禁を喰らっているのに気付いた時に感じ入った。


わたし自身に決定的な、納得できるイベントがなかったから

なんだかさっぱりしないのだけど、

お互いに変換が必要な言葉で

話しているのに気付いたからかもしれない。

どうせなら私から「フレンズ整理」をしたかったなと思っていたりする。


重たい話題、たとえば離婚・看取りだって

自分にとって納得できることなら

それで割り切れちゃうらしいと最近知った。

自分はここまでやった、だからもう気にしなくて大丈夫。

そのように考えられる段階まで来てしまえば、引きずりも少なくて済むのだ。


離婚なら知っているものから

知らないものへと変わるときにスパッと切れなきゃ、

愛情が憎悪に、言葉で伝えたかったことが行動に変わるのだ。

ともかく相手に自分の考えが目に見える形で

記憶に残る形で主張しておかなければ気が済まない。


でもなきゃ、「わたし」が本当に消えてしまうから。


なるほど、と知恵袋やら新聞の相談コーナーをみて、

深夜の今にも死にそうな

「検査入院でラジオが聞けなくてさびしく思っております」

というお便りばかりの番組を聴くにつけて頷いてしまう。



よく相互だった人にブロックされちゃった、

あるいはしちゃったという話を友達からも聞いていたが、

わたしもSNS冷戦に突入することになるんだな…と感慨深く思いつつ、

知っているものから知らないものになっていくのが

悔しいからわたしもアク禁にしちゃおっかなーー!!と考えている。



あんまり信心深くないから、

小さいころ寝っころがって幼稚園のプレゼントにもらった

聖書をポテチでギトギトした指先を清めるように

読んでいたことを思い出した。


当時の私には本とはいえど、

欲しくない・文字の書かれた紙程度の認識で

「チラシ」と同じカテゴリに入った。

だからこういう扱いになってしまったんじゃないかと推測する。


油で黄色く汚れたおぼろげな記憶の中に

塔の下で喋る人の言葉がバラバラになっちゃう話があった。

よく考えたもんだなー、面白いなーと

ただの作り話にしか考えていなかった。

同じ言語を使い、同じ考えを持っていたはずの人の会話が

急に成り立たなくなるだなんて

「実際有り得ないなー」と思っていたわけだよ、明智くん。


ところがどっこいどういうわけか、

わたしもいつのまにか違う言語を喋っていたのだよ。






「『あたしね、今度いなくなっちゃう○○先生のゼミに入りたいんだー』

つまらなそうに話をテキトーに合わせて

『それでさ、2日後までの課題あるから、

 悪いんだけど…遊びにいくのなしでいい…?』

とつなぐDちゃんを見てがっかりした。

前はあんなに楽しかったけど、

もう興味ないんだなって思う自分にがっかりした。


当たり前じゃないの。

ほんとにばかだな、そんなことDちゃんにいっても通じるわけないよ。

何を専門にしているのか、それどころかメガネをかけているのか、

髪は何色か、男か女か…、どれ一つわからないんだもん。


どんな感じの人なのかという基礎知識を入れるにも時間がかかるし、

直接自分自身に関係のない「興味の薄い」話だよ!

それこそDちゃんにとっては英語・ロシア語…みたいな。


今はいくつか年もとって、毎月1万4千なんぼは

しばらくおさめられませんと返信して、

他の友達と飲みに行って、ゲーゲートイレで吐いちゃうくらいだから

少しは分かっていることも増えたよ。


Dちゃんもわたしもバベルの塔の下にいるんだな、

さびしいけどこれも仕方ないなともわかったよ。

卒業までの3年間は一緒にいて、特に楽しく過ごせてよかっなあと…。

世の中先に言ったもん勝ち・やったもん勝ちだってわかりました。

チラシみたいなわたしの先立つ幸福をお許しください。

不孝でしょって、ねえ。どうでもいいか。

それじゃあ、どうかDちゃんお元気で。」



スカイプで話していた

友達のBちゃんがチャットでフランス人と当たった。
私はフランス語である、など
翻訳機能を使った結果めちゃくちゃな日本語が
飛び出していた。
「日本人と話したい」と言っていたかと思うと、
さっきの体験を生かして、
「私は韓国語である」

「女である」など、日本語らしくない

日本語をポンポン返していた。
なかなか楽しそうである。


しばらくするとほかの人と話し始め、
「いくつ?」と聞いて、「1歳」と返されて
「全然許容範囲、21週目から68歳まで余裕」
と静かに打ち返していた。
「69歳の人かわいそ~」と
言った相手も素晴らしい。


しばらくすると
「脱ぎな」
「下着も脱ぎな」
とすかさず打ちまくっていたので、
彼女は流石だなと思いました。

もう完全に男扱いでしたね。


私もやってみたんですけどね、真面目に返してしまいましたね。

桃の花が咲く頃、私は生まれて初めてライブに行った。

身内にはファン・ファン予備軍もいなかったので、
私は一人歓楽街で迷子になりながら向かったのだ。
一本脇に逸れると、「あなたの五感を濡らす」といった看板、
私とは人種が違うみたいな
キャバ嬢のポスターが私を取り囲んでいた。
さすがに戻りたい。
一番気味が悪いのは、昼下がりという時間帯のために、
けばけばしい色遣いの広告や店の外観だけが賑やかで、
人っ子ひとりいないところにいることだった。

あと、気がつくと「無料案内所」の前にいた。
コンビニよりも多い。

ぐちゃぐちゃの黒い雪の上に
少し潰れたタバコの空箱があった。

きょろきょろしていると、おばあさんが見えた。
自転車を押す若者、OLの姿が見える。
向こうは大通りだった。
勿論駆けていったが、立ちはだかるビルには
肌色の広告が掲げられていた。
そうだここは歓楽街だった。

しばらく進んでいくと、風俗店から
寺、寺、寺の宗教激戦地区に突入し、
「水子供養」の文字が「あなたの五感を濡らす」並のダメージを私に与えた。
しかも鳩に餌をばらまくおばさんに鳩をけしかけられ、
文字通り鳩が私の周りを飛び交っていった。

恐ろしい街だよ。

うろうろと地図を頼りにさ迷っていたら、
格好でわかったよ、とピンクブラウンのメッシュを入れた
綺麗なお姉さんがライブハウスまで案内してくれた。

物販に行ったあと、何もすることがなくなってしまった。
場所が場所だけに、隙を潰せるスポットはもうなかった。
近くのコンビニに散々物色したし。

すると、セーラー姿の人に年齢とひとりかどうかを尋ねられた。
一応書いておくと、私はセーラーではない。
「実は、一緒にみようねって言ってた友達が来れなくなっちゃって」
という。
年はいくつも上だった。
「その友達が…妊娠しちゃったんだ」

笑顔が一番近いのだが、でもそれでは語弊があるような
なんとも言えない複雑な表情を浮かべていた。


またそのアーティストのライブがあったが、別の駅が最寄りだった。
ナビはパーキングを指し、私は迷子になった。
たぶん周辺だろうと、脇道に入ると「休憩2H」というのが遠くにみえた。
猛烈に嫌な予感がして戻って別の道をいったら、
前と同じ寺、同じ水子供養の看板があった。
今回はファンを服装で見つけてストーキングしたわけだが、
いますぐにでもそのアーティストには売れて欲しい。

私は普通のお店で働くタイプの仕事をやったことがない。


というか経験も愛想もないのではねられるのだが、


今やっているバイトはとても性に合っていて、


これからも続けたいと思っている。




基本的に道徳心あふれる人であれ!というのはあるとおもう。


が、余計重視されそうなタイプのバイトだ。




最近、バイトの雇い主のメールに


「〇〇(サイトのID)って××さん、ですか…?」


とあった。




そう…そのサイトというのも、5年前開設した


二次創作小説のサイトだ。


しかも退廃ものだらけである。


何度か言われた。




何とか言い逃れしようにも、


検索次第ではよそから私のイラストがひっかかり、


小説サイトの絵から同一人物だとわかるだろう。




趣味のせいで好きなバイトを辞めざるをえない


自分の首を自分で絞めていくような気分だった。




私は気が付くと布団の中におり、


日がカーテンの隙間から差し込んでいることに気づいた。




正直生きた心地がしなかったので、


どうにかしようと思っている。



敵対する2つの軍にそれぞれ
英雄がいて宇宙で戦う…!という作品の劇場版3部作を偶然見た。


お分かりのかたもいるかもしれない。


「やはりここはAとみせかけてBだな、
 さすが敵…、しかしCで…一網打尽だ…」
「Cを思いつくとはなかなかの相手…!だがDでいけるな」
みたいな感じで敵がお互いを褒め合いつづけ、
作戦の穴を見つけ続ける。

気が遠くなってきた。

ルパン対ホームズという、
勝手にルパンの作者がコラボさせちゃった!
という本がある。
どっちも読んだことがあったのでどうかなと読んでみたら、
「敵ながらあっぱれ!」みたいなに褒め続けて、
まあルパンが勝つという出来レースである。
もちろんコナンドイルは怒っていた。
私も怒った。

なんかこれからもそのにおいがする。



ところで、英雄だという男が

背もたれのついた椅子によりかかりながら
「おいおい…」みたいなことをいい、
友人である男の前髪をちょいちょい引っ張ったり、
頬をつつく必要はないのではないか。


しかもこの男、一言一言が長くやけに芝居くさい。
面白くなってしまうではないか。


彼の友人もそんな感じだった。

「あの二人は夢の中に現れた黄金の翼を持つ天使のようだ」
というセリフがあった。


原作では割とふつうなんだろうか。

深夜のNHKだったと思う。

最近はまったく見ていないのだが、
夜中に起きていると、夏は特に戦争体験物、
ニュルンベルグなどの戦争裁判ドキュメンタリーを
長々と放映していた。
そして、一年を通して「小学校の理科 映像集」
「特選 機関車映像集」「能」「歌舞伎」
「浄瑠璃」「浪曲」「芝居」が見られる。

「みられる」といっているが、
個人的にうれしいかといわれると
まったくそんなことはない。

もはや日の丸がはためいて君が代が流れるまで
どれだけ耐久できるか勝負になる。
もうここまでくると
日本語が理解できなくなった頭で見ているのだ。

見ていて面白いのもあるが当然つまらないものもある。
というかまず最初から何を言っているのか
よくわからないものが半分くらいあるし、一本一本が長い。

小学生の理科は実験の様子、機関車映像集なんかだと
四季を感じさせる風景の中を走る
機関車の様子が延々と流れていて、
それをただひたすら眺めているだけである。
しかも「終わったな」と思ったら
「パート②雪景色」「パート③山沿いを走る」などが始まる。
これだけ尺があれば悟りを開けてしまう。
嘘である。

この手の番組は、
「日常では使えない+もし無理やり使ったら
 どうして覚えたのかと
 引きながら詰問されるタイプの知識」
を蓄積するのにぴったりなものが多いのである。

実際今までネタにつかえなかったしなー。

さっさと帰って駅のホームに向かった所、
おばあさんが私の横に立っていた。


中間の駅にくると降車する人がどっと増え、
リュックを背負っていたので、
最大限避けているつもりだったのだが
来る人来る人に「すみません」と何度も言われた。

むしろ目の前の席の人の領域を侵すほど避けており、
「すみません」とあちらからも暗に
避けてくださいと言われそうなほどだった。

しばらくして、肩を堅いもので連打されているのに気付いた。


そんなに邪魔してるかなと思いながら、
椅子の側面を利用し、半ゼログラビティで立っていた。
スムーズクリミナル状態である。


少し振り返ってみたら、
さっきのおばあさんの指が肩に刺さっているのがみえた。


「ほらお嬢ちゃんこっち座りなさい」
なんと私の席を珍妙な柄の鞄で確保している。


世間話をふられたので、無難な回答をしていた。

上手いこといえないので申し訳ない。


しばらくして「あ、そう!」と言って
おばあさんは屈んだかと思うと、
ビニール袋ををがさがさやり始めた。
「お上がんなさい、お腹すいたでしょ」と何かを手渡された。


正直返そうと思ったのだが、
もう一度食べるように勧められた。

ポン〇ダ〇ルショコラだった。

「若い女学生が選んでるのを見て、
 あら美味しそうじゃないとおもって買ったのよ」だそう。
女学生とは独特の言い回し。



女学生といえば、以前宗教勧誘のおばあさんに
いろいろ聞かれて政治ネタなどもふられ、
実はちょうどそのころ興味あるネタだったのだが、
「う~んわからないですね~」とアホ丸出しで
いけばいいだろうと、あ~う~と答えていたら
「女学生だから難しいことはわからないかな~??」と
言われて、少し腹立たしかったが、
宗教について家の前で語られるほうが
精神的ダメージが上であると判断したので、
「はい」と言っておいたことを思い出した。
耳遠いから、中学生?と聞かれたような気もしたけど、
なんにしろ複雑ではある。

シヴァの妻のカーリーは荒々しく、
勝利の舞の衝撃で世界が壊れてしまうので
旦那が自らの腹をクッションにしたときいた。
尻にしかれているのではない、
腹の上でダンスだ。なかなかすさまじい。
よくそんなこと思いつくなー。


先日は寝坊して、母に聞かれてたことに
急いで「いらね!」と答えたら、
「男らしいね」と言われた。
なんでもいいから返そうと、
「いいえ、とってもカーリーでしょ」
と答えておきました。