アトリエ雑記…肖像画職人の徒然草 -9ページ目

アトリエ雑記…肖像画職人の徒然草/170112

 【晴】《11日の続き》
「お帰り、寒かったろう。早くお風呂に入りなさい」

 母に促されて、私は風呂場に行こうと階段の下から台所に入ったが、台所から風呂場に続く廊下の壁に、二番目の兄がクレヨンで描いた幽霊の絵がある事を思い出し、急いでコタツの部屋にいる母の所に逃げ戻っていった。

 その絵は兄が姉をおどかすために描いたもので、描き上がった絵の上を壁に似た色の布を被せ、ヒモを引くと捲くれ上がって絵が見えるように細工したものだ。

 物凄く臆病な上の姉が風呂に入る時をねらって、兄がその仕掛けを動かすと、結果は予想をはるか上回って、姉は絶叫と共に失神してしまった。

 最初は何が起ったのか分からずにオロオロしていた母達も、事情が飲み込めると兄をこっぴどく叱ったのは当り前だったが、直ぐに消すように厳命したにもかかわらず、クレヨンで描いた絵は、いくらやっても完全に消す事が出来ず、よく見るとボーッと壁に浮かび上がるので、かえって恐ろしかった。

 いつもは見ないようにしてそこを通り過ぎるのだが、その夜はクン坊を怖がらせておきながら、その事を思い出した自分も、何だか背筋が寒くなるほど怖くなってしまったのだ。

 いぶかる母に、「ねえ、福田のおじいちゃんとおばあちゃんの幽霊を見た事ある?」と聞くと、母は「私は見た事ないけど、茂夫は見たって言ってたよ。母屋から工場に帰る時に、あの柳の木の下に二人が立っていて、茂夫にニコッと笑いながら挨拶したんだって。きっと近所の人達にお世話になったから、その御礼に時々出て来るんじゃない」と、まるで出るのが当り前のように言った。

 私はそれを聞くと、何だか今までの怖さがどこかに消えてしまい、元気の頃の二人を思い出して心が暖かくなった。

 私は何も言わずに、一人で風呂場に向かった。http://www.atelierhakubi.com/

アトリエ雑記…肖像画職人の徒然草/170111

 【晴】《10日の続き》
 糸井の家は以前に福田という家だったが、商売の失敗で人手に渡り、福田のおじいちゃんとおばあちゃんは、屋敷裏の物置に住んでいた。

 その内におばあちゃんのボケが始まり、おじいちゃんも脳卒中で倒れ、このままでは大変なので、私の父母や近所の人達が相談し、とりあえずおばあちゃんを病院に入れ、おじいちゃんは近所の人達で様子をみる事になったのだが、私が小学校2年生の2月に、コタツの火の不始末から火事を出して死んだ。

 おばあちゃんも前後して死んだそうだが、どちらが先だったかよく憶えていない。

 間もなく、月のない暗い夜に福田の家(その時には糸井の家になっていた)の前を通ると、家の前の柳の木の下に、おじいちゃんとおばあちゃんがボオッと立っているのを見たという人が何人か出て来て、しばらくは大変な騒ぎになったのを、この辺で知らない子供はいない。

 クン坊にしたら、場所が場所だけに他人事ではないのだ。
我が家の前からクン坊達の家の前まで、ほんの数10歩なのだが、そこには真っ黒な闇が立ちはだかって、クン坊だけでなく、そこを抜けて表通りを渡って行かなければならないオブチンとマー公も足が止ってしまった。

「よせよ晃ちゃん、そんな事いいっこなしだよ。ヤベエよ、俺らもここ通れねえよ」

 オブチンが嫌がるマー公の背中を押しながら屁っ放り腰になって私に文句を言った。

 クン坊とオチ坊は、そんなオブチンを見て今までよりも怖くなってしまったらしく、「晃ちゃん、俺の家の前まで一緒に来てよ。頼むよ頼むよ」と私にしがみついて来るのだった。

 私は目の前の真っ暗な闇の中に入って行くなど、たとえ百円貰っても絶対に嫌だったから、「ヤダよ、もう直ぐそばなんだから自分で行けよ」と激しく突っぱねた。

 モタモタしていると気配を感じたのか、「誰だいそこにいるのは、クン坊かい、オチ坊かい」と、糸井の母ちゃんが出て来た。

 クン坊はその声を聞くと、とたんに元気よく「うん、いま火の用心から帰って来たところ」と、さっきまでワーワー大泣きしていたのが嘘みたいな調子で答えた。

「寒いのにいつまでそんな所で立ち話してるんだい。早く家にお入り」

 クン坊とオチ坊が飛ぶように家の方に走って行くのにつられて、オブチンとマー公も遅れまいと走り去って行った。

 私も大慌てて家の中に駆け込んだ。http://www.atelierhakubi.com/

アトリエ雑記…肖像画職人の徒然草/170110

 【晴】《9日の続き》
 もう夜の9時を少し過ぎているので、皆早く家に帰らないと明日の朝が辛くなる。

 あまり眠くはなかったが近所の奴らと声を掛け合って帰路についた。

 家までは目と鼻の先だが、月のない冬の夜道の暗さは、まるで墨を流したようだったから、歩き方にも少しコツがいるのだ。

 道の左は逆川が流れていて、しかも落下防止用の柵がある訳でもないので、右側の塀に沿って一列で進み、前の奴の背中に目を向けていれば、よほど足元が悪くない限り転ぶような事はない。

 八雲神社前の短い石橋を渡って直ぐを左に折れ、糸井染工の板塀を右手で触れながら、塀が直角に曲るのに合わせて右に曲ると、角に小さなお稲荷さんの祠が、闇の中になお黒々と沈んでいるので、そこはなるべく見ないようにして歩く。

 塀はやがて柳田鉄工所の漆喰塀に変わり、少し行くと左手は柿沼と我が家の庭で広く開けるので、闇に押し潰されそうな圧迫感から解放される。

 まず最初に柿沼のサヤ子ちゃんが列から離れ、次に私と京子ちゃんが皆に別れの挨拶をして列から抜ける。

 柿沼の家や我が家からも、外の闇にこうこうと明りが漏れているから、列から離れてもあまり怖くないのだ。

 我が家を過ぎると直ぐにクン坊とオチ坊の家なのだが、そこから表通りに出るまでの二軒ある糸井の家の辺りは、家と塀の間が狭くて暗い。

 その上大きな柳の木があるので、この露地で一番怖い所だった。

 私は列から別れる時、一番臆病なクン坊に、「あのさー、ここから家の玄関に入るまで、絶対にうしろを見たり走ったりしたらダメだぞ。それからオメエの家の前の柳の木の根っこの所な、死んでも見るんじゃねえぞ。そんな事するとな、オメエの家にずっと前に住んでいた福田のおじいちゃん、火事で焼け死んだ福田のおじいちゃんと、病院で死んだ福田のおばあちゃんが出て来てな、手をこうやって振ってな、オイデ、オイデって呼ぶから、絶対について行っちゃダメだぞ」と、今にも死にそうな声で言ってやるのだ。

 クン坊は私の話がまだ終わらない内から、ウワンウワン泣いて身をよじりながら「やめてくんなよ晃ちゃん、俺絶対に夢見るんだから。夢見て寝小便するんだから」と哀願するのだった。http://www.atelierhakubi.com/

アトリエ雑記…肖像画職人の徒然草/170109

 【晴】《8日の続き》
「甘酒だって沢山飲むと酔っ払うんだからね」

 夜廻りが終わって皆で甘酒にありつき、ふうふうしながら夢中で飲んでいる時、京子ちゃんや他の女子が知った風な事を言い始めた。

「んな事ねえよ。甘酒じゃ絶対に酔っ払わねえもん。酔っ払うのは甘酒が出来そこなってドブロクになった時だもん」

 クン坊は時々大人のような事を知っているから不思議だった。

「それじゃあドブロクを飲んだ事があるんかい。飲んで酔っ払った事があるんかい」

 京子ちゃんが口を尖らせムキになってクン坊に食って掛かると、「あるさ。子供は飲んじゃダメって母ちゃんが言ってたけど、盗んで飲んで人見先生に診てもらったもん」

「子供が酔っ払って医者に診てもらえば不良だもん」

「不良じゃねえよ。だって一回だけだもん。顔が真っ赤になって息が苦しくなって倒れただけだもん」

 私は自分より年下のクン坊が、ぶっ倒れるほど酒を飲んだと聞くと、何だかクン坊が大人のように見えて奇妙な気持ちになった。

「ドブロクは作っちゃいけないんだからね。作ったのが分かると警察に連れて行かれるんだから」

 京子ちゃんは口ゲンカに負けるのが悔しくて、最後には警察まで引っ張り出して来た。

「んな事ねえよ。この辺の家じゃみんなドブロク作ってるもん。それだって警察に捕まった人なんか誰もいねえもん」

 クン坊も京子ちゃんに負けてはいない。

 実際にクン坊の言った通り、我が家はもちろん、この辺の家では大抵ドブロクを作っていた。

 本当は京子ちゃんの言い分を聞くまでもなく、法律違反なのは子供でも知っていたけれど、あまり罪の意識はなかったようだ。

 いずれにしてもドブロクの事なんか、私達子供には全く関わりのない事だった。http://www.atelierhakubi.com/

アトリエ雑記…肖像画職人の徒然草/170108

 【晴】
 年末から休みになっていた火の用心の夜廻りが、今夜からまた久し振りに始まるので、私達は昼間から少し興奮気味だった。

 寒い中を毎晩のように夜歩きしていると、時には嫌になってさぼりたくなったものだが、半月近く休んでいると、今度は逆に寒風にかじかむ手の感覚が、かえって懐かしくなるのだから不思議だ。

 今夜は年が明けて最初の夜廻りだから、終わったあとに甘酒が出ることになっている。

 それも酒かすを溶かしたのではなくて、本物の甘酒が飲み放題なのだ。

 去年は三杯飲んで終わりにしたので、今年は四杯は絶対に飲んでやると、密かに決意しているが、八代の七杯には負けそうだ。

 一杯でも多く甘酒を飲めるように、夕飯は控えめにしようと思っていたけれど、空腹には勝てずに目いっぱい食べてしまったのもいつもの事だった。

 午後7時少し前、満腹感に後悔しながら家を出て集合場所に向かった。

 家の前の道に出ると、オブチンとマー公そしてオチ坊がダルマのように着膨れして通り掛かったので、「行くん?」と声を掛けると、「うん」と同時に返事が返って来た。

 足元も見えない闇の中を八雲神社まで歩いたが、途中で何人もの友達と一緒になった。

 みんな久し振りの夜廻りを楽しみにしていたのだろう。
中には年末以来の奴もいたので、もうおめでとうと言うには少し照れ臭かったので、「オース」といつもの挨拶になってしまった。

 本殿階段下の参道には、もう20人以上が集合していて、この分だと今夜は40人以上の列が出来そうだった。

「晃ちゃん遅いよ、私なんか30分も前から来てるよ」

 うしろから京子ちゃんが声を掛けて来た。

 私は内心(うへえ~、今夜は京子ちゃんが一緒かよ)と思ったが、口には出さずに我慢した。

 火の用心の行列は女子が入っても悪くはないのだが、私は出来れば男女別々の列にしてもらいたかった。
なぜかといえば女子の掛け声はキンキンして耳障りだったのだ。http://www.atelierhakubi.com/

アトリエ雑記…肖像画職人の徒然草/170107

 【晴】
 夕方に母の使いで、近くの堀江八百屋に七草粥の材料を取りに行くと、そこにいたほとんどの人達が同じ物を買っていた。

「晃ちゃんお母さんのお使いかい。えらいね」

 大抵の人が顔見知りなので気楽に声を掛けて来る。

 大家族の我が家の七草は、よその家のものがママゴトに見えるほど量が多いので、私は受け取る時に少し恥かしかった。

「ハイ、用意してあるよ。重いから落とさないようにしっかり持っていきな」

 堀江のおじさんから七草の入ったザルを受け取ると、私は急いでその場を離れた。

「ザルはあとで取りに行くから、置いておけばいいよ」

 おじさんの声を背中で聞いて、私は振り返りもせずに「ウン」と答え、ずっしりとしたザルを抱えて家に向かった。

「買って来たよ」

 私は玄関から入らずに勝手口にザルを置いて、手伝いの人と忙しそうにしている母に言った。

「ハイありがとう、重かっただろう」

「そうでもなかった」

「今夜は七草粥だよ。これを食べると風邪を引かないからね」

 去年も母は同じ事を言ったけれど、私はやっぱり風邪を引いた。
だから内心(ヘン、うそばっかり)と思った。

 それに私は七草粥があまり好きではなかったのだ。
なぜかといえば、七草の次の朝は昨日の残りが、決って出て来るからだ。

 出来たての七草粥は美味しいとは思うけれど、翌朝のやつは何だか間が抜けているような気がするし、何といっても飽きてしまう。

 それでも、正月の七日に食べる七草粥は、(あ〃、まだ正月なんだな)と思えるところは嫌いではない。

「ねえ、おかゆの中に餅入れてよ」

「本当はお餅入れないで食べた方がいいんだけどね」
母は少し文句を言いながらも、餅を焼いて入れてくれた。

「入れる前にお醤油つけてよ」

「おかゆに入れるのに、なんでお醤油つけるの」

「その方がおかゆも美味くなるんだから、お醤油つけてよ」

「変なことする子だねぇ」

 母が入れてくれた餅のお醤油が溶けて絡まったところの七草粥は、味が少し濃くなって美味しかった。http://www.atelierhakubi.com/

アトリエ雑記…肖像画職人の徒然草/170106

 【曇】
 元旦から毎日一度は餅を食べていても、決して飽きなかったので、母は弟と私に「お前達がいてくれるので本当に助かるよ。何しろまだ茶箱一杯残ってるんだから、一生懸命食べてちょうだい」と言って喜んでくれた。

 私達以外の家族の者が餅を食べるのは三が日位のもので、あとは見向きもしなかった。

 私と弟は、あんな美味いものをなんで食べないんだろうと不思議でならなかったが、その分沢山食べられるから、凄く得をしていたのだ。

 大抵は焼いて醤油をつけるだけで食べたけれど、時には納豆をつけたり大根おろしをつけたりした。

 意外と美味いのが弁当に持って行った餅で、少し多めにつけた醤油がよくしみて、冷たいけれど味が濃かった。

 いつも同じでは可哀想だと、母が大きな鉄ナベいっぱいのおしるこを作って、その中に焼いた餅を入れてくれた。

 つぶあんの田舎しるこだから物凄く美味かった。

 凄い量を作るので、私達が食べたあとは工場のストーブの上に乗せて、上り框にお椀と箸と口直しの漬物を置いておくと、「おっ、しるこだな。一杯ごちそうになるか」とか、結構大人にも人気があって、皆よく食べた。

 私は火鉢で餅を焼いてはナベの中に入れ、おしるこの番を引き受けて楽しんだ。

「へん、しるこだってよ。そんなもの食う奴の気がしんねえよ。しるこ食うくれえならおらあ飢え死にするよ」

 大酒飲みの雨貝さんが、ストーブの上のナベをチラッと横目で睨むと、憎らしそうにそう言って釜場の方に入って行った。

「ハハハッ、あいつには甘いしるこなんて、まるで親の仇と同じようなもんだろうな」

 父が面白そうに話すと、近くにいた職人さん達も愉快そうに笑った。

 私はこんなに美味いものが嫌いな人が世の中にいるという事実が、どうしても信じられなかった。http://www.atelierhakubi.com/