アトリエ雑記…肖像画職人の徒然草/170112 | アトリエ雑記…肖像画職人の徒然草

アトリエ雑記…肖像画職人の徒然草/170112

 【晴】《11日の続き》
「お帰り、寒かったろう。早くお風呂に入りなさい」

 母に促されて、私は風呂場に行こうと階段の下から台所に入ったが、台所から風呂場に続く廊下の壁に、二番目の兄がクレヨンで描いた幽霊の絵がある事を思い出し、急いでコタツの部屋にいる母の所に逃げ戻っていった。

 その絵は兄が姉をおどかすために描いたもので、描き上がった絵の上を壁に似た色の布を被せ、ヒモを引くと捲くれ上がって絵が見えるように細工したものだ。

 物凄く臆病な上の姉が風呂に入る時をねらって、兄がその仕掛けを動かすと、結果は予想をはるか上回って、姉は絶叫と共に失神してしまった。

 最初は何が起ったのか分からずにオロオロしていた母達も、事情が飲み込めると兄をこっぴどく叱ったのは当り前だったが、直ぐに消すように厳命したにもかかわらず、クレヨンで描いた絵は、いくらやっても完全に消す事が出来ず、よく見るとボーッと壁に浮かび上がるので、かえって恐ろしかった。

 いつもは見ないようにしてそこを通り過ぎるのだが、その夜はクン坊を怖がらせておきながら、その事を思い出した自分も、何だか背筋が寒くなるほど怖くなってしまったのだ。

 いぶかる母に、「ねえ、福田のおじいちゃんとおばあちゃんの幽霊を見た事ある?」と聞くと、母は「私は見た事ないけど、茂夫は見たって言ってたよ。母屋から工場に帰る時に、あの柳の木の下に二人が立っていて、茂夫にニコッと笑いながら挨拶したんだって。きっと近所の人達にお世話になったから、その御礼に時々出て来るんじゃない」と、まるで出るのが当り前のように言った。

 私はそれを聞くと、何だか今までの怖さがどこかに消えてしまい、元気の頃の二人を思い出して心が暖かくなった。

 私は何も言わずに、一人で風呂場に向かった。http://www.atelierhakubi.com/