アトリエ雑記…肖像画職人の徒然草/170110
【晴】《9日の続き》
もう夜の9時を少し過ぎているので、皆早く家に帰らないと明日の朝が辛くなる。
あまり眠くはなかったが近所の奴らと声を掛け合って帰路についた。
家までは目と鼻の先だが、月のない冬の夜道の暗さは、まるで墨を流したようだったから、歩き方にも少しコツがいるのだ。
道の左は逆川が流れていて、しかも落下防止用の柵がある訳でもないので、右側の塀に沿って一列で進み、前の奴の背中に目を向けていれば、よほど足元が悪くない限り転ぶような事はない。
八雲神社前の短い石橋を渡って直ぐを左に折れ、糸井染工の板塀を右手で触れながら、塀が直角に曲るのに合わせて右に曲ると、角に小さなお稲荷さんの祠が、闇の中になお黒々と沈んでいるので、そこはなるべく見ないようにして歩く。
塀はやがて柳田鉄工所の漆喰塀に変わり、少し行くと左手は柿沼と我が家の庭で広く開けるので、闇に押し潰されそうな圧迫感から解放される。
まず最初に柿沼のサヤ子ちゃんが列から離れ、次に私と京子ちゃんが皆に別れの挨拶をして列から抜ける。
柿沼の家や我が家からも、外の闇にこうこうと明りが漏れているから、列から離れてもあまり怖くないのだ。
我が家を過ぎると直ぐにクン坊とオチ坊の家なのだが、そこから表通りに出るまでの二軒ある糸井の家の辺りは、家と塀の間が狭くて暗い。
その上大きな柳の木があるので、この露地で一番怖い所だった。
私は列から別れる時、一番臆病なクン坊に、「あのさー、ここから家の玄関に入るまで、絶対にうしろを見たり走ったりしたらダメだぞ。それからオメエの家の前の柳の木の根っこの所な、死んでも見るんじゃねえぞ。そんな事するとな、オメエの家にずっと前に住んでいた福田のおじいちゃん、火事で焼け死んだ福田のおじいちゃんと、病院で死んだ福田のおばあちゃんが出て来てな、手をこうやって振ってな、オイデ、オイデって呼ぶから、絶対について行っちゃダメだぞ」と、今にも死にそうな声で言ってやるのだ。
クン坊は私の話がまだ終わらない内から、ウワンウワン泣いて身をよじりながら「やめてくんなよ晃ちゃん、俺絶対に夢見るんだから。夢見て寝小便するんだから」と哀願するのだった。http://www.atelierhakubi.com/
もう夜の9時を少し過ぎているので、皆早く家に帰らないと明日の朝が辛くなる。
あまり眠くはなかったが近所の奴らと声を掛け合って帰路についた。
家までは目と鼻の先だが、月のない冬の夜道の暗さは、まるで墨を流したようだったから、歩き方にも少しコツがいるのだ。
道の左は逆川が流れていて、しかも落下防止用の柵がある訳でもないので、右側の塀に沿って一列で進み、前の奴の背中に目を向けていれば、よほど足元が悪くない限り転ぶような事はない。
八雲神社前の短い石橋を渡って直ぐを左に折れ、糸井染工の板塀を右手で触れながら、塀が直角に曲るのに合わせて右に曲ると、角に小さなお稲荷さんの祠が、闇の中になお黒々と沈んでいるので、そこはなるべく見ないようにして歩く。
塀はやがて柳田鉄工所の漆喰塀に変わり、少し行くと左手は柿沼と我が家の庭で広く開けるので、闇に押し潰されそうな圧迫感から解放される。
まず最初に柿沼のサヤ子ちゃんが列から離れ、次に私と京子ちゃんが皆に別れの挨拶をして列から抜ける。
柿沼の家や我が家からも、外の闇にこうこうと明りが漏れているから、列から離れてもあまり怖くないのだ。
我が家を過ぎると直ぐにクン坊とオチ坊の家なのだが、そこから表通りに出るまでの二軒ある糸井の家の辺りは、家と塀の間が狭くて暗い。
その上大きな柳の木があるので、この露地で一番怖い所だった。
私は列から別れる時、一番臆病なクン坊に、「あのさー、ここから家の玄関に入るまで、絶対にうしろを見たり走ったりしたらダメだぞ。それからオメエの家の前の柳の木の根っこの所な、死んでも見るんじゃねえぞ。そんな事するとな、オメエの家にずっと前に住んでいた福田のおじいちゃん、火事で焼け死んだ福田のおじいちゃんと、病院で死んだ福田のおばあちゃんが出て来てな、手をこうやって振ってな、オイデ、オイデって呼ぶから、絶対について行っちゃダメだぞ」と、今にも死にそうな声で言ってやるのだ。
クン坊は私の話がまだ終わらない内から、ウワンウワン泣いて身をよじりながら「やめてくんなよ晃ちゃん、俺絶対に夢見るんだから。夢見て寝小便するんだから」と哀願するのだった。http://www.atelierhakubi.com/