人事労務日記~所長のつぶやき~ -372ページ目

人事労務日記~所長のつぶやき~

人事労務コンサルティング事務所を経営する所長が日々の業務について思うことを綴ってます。

平成22年8月10日


 台風の影響なのか、今日の通勤時も

雨が振っていました。

まいにち毎日、「通勤をして、お客のところへ行って、

オフィスで情報整理して・・・」などを繰り返していると

何となく「疲れたなぁ!」という感じが強くなります。

ここのところ、暑いせいもあると思いますが、普段より

チョッと「疲れ感」が強いような感じがします。


何かと忙しい毎日を送っていると、ふと「疲れたなぁ」と

感じてしまうことは誰にでもあるのかもしれません。

そんなとき、私は、つい「どこか遠くへ行きたい…」と

遠い目をしてしまいます。


私が「疲れたなぁと感じた時にふと行きたくなるところ

は《鄙びた温泉》です。

地方都市の片隅にあるような温泉にブラッと行って、

ユックリと温泉に入って、美味しいお酒と料理を

食べたら、なんといいだろうと思うのです。


その気になれば、いつでも行けそうなのですが、

イザ行こうかと思うと、億劫になってしまって中々実現は

しない私の「癒し願望」です。

平成22年8月9日


 昨日の夜から雨は今朝の通勤時まで

続きました。結構降りましたね。

今日の朝は、客先に自宅から直行しました。

運良く、私が出かけるときは雨が止んでいました。

昼ごろ客先を出て、オフィスに向うときも雨は

チョッと降りましたが、傘を指さないのでも済む程度

でした。

だから、ここまでは“今日は、運が良いな”と思って

いましたが、その後の電車がイケマセン。


今は「夏休みも真っ盛り」であるため、普段の電車で

見かけるサラリーマンや学生の姿が少なくなり、

替わって、「小さい子がチョロチョロしている家族連れ」が

目立って多くなっているのです。

今日の京浜急行の社内もそうでした。

「優先席」を「家族席」と間違えている家族連れが席を占拠し、

大騒ぎです。

おばあちゃんが孫を自分の腿の上に抱き上げ、孫の靴が

隣に座っていた私の足を汚していても知らん顔です。

その内に、男の子が手すりにぶら下がり足をバタバタ

させたり、女の子が漫画の本を大きな声で読み出すなど

もう保育園なみの騒ぎとなりました。


私は、電車が隣駅に滑り込むと辟易として、乗り換えました。

下りるとき、家族連れのリーダー役である30過ぎの母親を

ジロッと睨みましたが、全く効果はなく却って睨み返されて

しまいました。






平成22年8月7日


今、夏休みシーズンが真っ盛りで、海外へ出かける

家族連れも多いそうです。

でも、今回の不況で職を失った人とその家族にいることに

心を痛めます。

中には、子供の夏休みの思い出作りにお金を工面して

行楽地に向ったパパもいることでしょう。


こんな川柳があるそうです。

「浴びるほど飲んでも忘れぬ貸した金」。

これに対して、「浴びるほど飲んでも忘れぬ借りた金」という

のもあるんだそうです。

私は、他人との間での個人的な金の貸し借りは全くしませんが、

もしするとすれば気にして忘れないのは「借りた金」の方だろうなと

思っています。

なぜなら、他人に金を貸すときは返してもらうことを前提としない

レベルに止めようと思っているからです。


「お金を貸して、友人を失う」という事例は数多く耳にしたり、

目に見たりします。だから、お金の絡む人間関係はどうしても

敬遠してしまうのです。

平成22年8月6日


 今日も暑いです。

毎日暑い日が続いています。

余り食欲もないので、お昼は近くのコンビニ

で買った「そうめん」を食べました。


ここのところ、気分が勝れないのは暑さだけが

原因ではありません。

一向に上向かない日本の景気も憂鬱にさせり

大きな要因です。

春先は輸出型大企業を中心に業績の回復が

報じられていましたが、ギリシャ問題を期とした

欧州の動揺とアメリカの景気回復の遅れ懸念など

から雲行きが怪しくなってきました。

ここで、企業の業績回復が頓挫してしまえば、

国民生活への影響ははかりしれません。


こんな懸念から日本の株式市場jは、下落傾向を

強めています。

民主党政権になってから市場が上げ相場になったことが

ありません。

欧州にしろ、米国にしろ、中国・韓国にしろ、日本のライバル

がみんな通貨を安くし、輸出主導による景気回復を志向して

いるのに日本の為政者からは何の発言も聞かれません。

目先の自分のことに汲々としているようです。


本当に困ったもんだ!


平成22年8月4日


 まいにち毎日本当に暑い日が続きます。

今日も暑い!

お昼に近くのお店に行きましたが、それだけで

汗だくです。

今日は、これから電車に乗ってチョッと遠いところに

出かけなければなりません。

電車に乗っても中学生の集団とか、家族連れの小さい

のがウロチョロしたりとどうもビジネスをする雰囲気が

ありません。


でも、こんなときにも零細企業は、働かなければ

なりません。

市場は、円高の株安です。

こんな経済の緊急時にも政治からは何の反応も

ありません。

国家の危急時よりも自分の代表選挙の方にしか興味が

ないのでしょうか?

こんなときこそ、政治の出番なのですが・・・・・

困ったもんだ!

平成22年8月3日


 今日も暑いですね!

朝、自宅から客先に直行し、立ち食いそばで昼食を

済ませてオフィスに出ました。

勿論、汗ビッショリです。

そんな中、ラジオの伝える国会情勢を聞きましたが、

議員さん達は、冷房の効いた建物中で居眠りをし、

どこかに出かけるにも冷房の効いた車で移動しています。

まるで、天国ですね。だから、みんな必死になって選挙に

うかりたいと思っているのでしょう。


今回の参議院議員選挙は、ドラスティックな結果となりました。

今回の選挙につきましては、人夫々によりさまざまな意見と

感慨があるかと思いますが、中でも政治家、政党の動きに

失望している人は、選挙に出かけること自体が苦痛で

あったかもしれません。


義務感から選挙に出かけ、消去法で一人の政治家や政党を

選んで投票することほど辛いことはないでしょう。

それは、“まずい”と分かっていながら仕方なく食べる料理の

ようなものだからです。

こんな普通の国民の思いをどれだけ議員さん達は分っている

のかと議員の動静を伝える報道を見るたびに疑問を感じるのです。




平成22年8月2日


 今日から8月の業務が開始です。

この時期は、夏休みシーズン真っ盛りとなり、

電車の乗っていてもいつもの風景と異なり、

必ず行楽地などへ向う家族連れと乗り合わせます。

早めに帰る帰宅時にも、いつもは座れるはずが

行楽帰りの家族連れに席を占拠されていたり

します。そして、“あぁ、早く夏休みが終らないかなぁ”

と思いながら、立つ羽目になります。


今日は、その上通勤時に利用している都営新宿線が

人身事故で、急遽運転を停止してしまいました。

そこで、急遽振替輸送のJR線に乗り換えることに

しましたが、それがまた大変でした。

乗り換え客で、ゴッタ返していたのです。

サラリーマン客に混じって、このような事態に馴れていない

家族連れが混じっているのですから、余計混乱に拍車が

かかっってしまいました。

お蔭でオフィスに辿り着いた時は、疲労困憊状態で

且ついつもより1時間近くも遅れてしまいました。


本当に今日は「ついていない朝の通勤」となって

しまいました。









平成22年7月31日


 今日は、7月最後の日です。オフィスへの道すがら、

電車の中や、道路を歩きながら、携帯に夢中になっている

若い人を良く見かけます。


こういう人たちを昔は、「ながら族」と言っていました。

「ながら族」とは、何と懐かしい言葉でしょう。


尾崎一雄「退職の願い」(1964)に、「ながら族」という

ことばが出ています。  

ラジオを聞きながら新聞を読み、傍ら妻や子供の話に

応答する、というようなことをよくやって、子供から、

「お父さんだってながら族だ」と云われたものだ。

ラジオを聞きながら勉強する癖をたしなめられた末娘の

反撃であった。「うんそうか。この頃そんな言葉があったな」

(『暢気眼鏡』新潮文庫(1994.3.40刷) p.193) 。 


この小説は東京オリンピックの年に発表されました。

ここでは一種の流行語、という感じで書かれています。

小林信彦『現代〈死語〉ノート』によれば、「ながら族」は

1958年の流行語で、テレビやラジオの音楽をききながら

勉強をするのが習慣になった若者たちをさすことば。

日本医大の木田文夫教授が〈ながら神経症〉と命名

したのが広まったといいます。


私の若いときには、一斉を風靡した言葉でしたが、

今は殆んど聞く事がありません。

「ながら族」が、あまりにも一般化したためでしょうか?

平成22年7月30日


 私は、電車に乗って仕事に出かけることが多い

のですが、電車の中では、殆んどの若い人は、

携帯に見入っています。

中には、道を歩きながら携帯でメールを見たり、

打ったりしている人もいます。

男女を問わず携帯に見入り、自分の世界に

閉じこもっています。

だから、周りの人への関心が無いか、とても希薄に

なっているのです。


こんな世の中になってどれほど経つんでしょうか。

日常の立ち居振る舞いが傍若無人になっている人を

度々見受けるようになったのも気になります。

 これは、公私のけじめをつけるという緊張感がなく

なってきたことの裏返しなんでしょうか。

戦後の「個を大切に」という風潮が日本古来の他への

思いやりという伝統を虫食い状態にしてきたのかも

しれません。


このように変ってしまった背景には、近所の口うるさい

オジサンとかオバサンとかがいなくなってきたことも大きく

影響しているのかもしれません。


政治は混迷し、経済も元気なく、人々のモラールさえも

下がってきている日本は、一体どこへ向っているんでしょうか?



平成22年7月29日


 猛暑が続いています。

昨日は、昔のサラリーマン時代の友人たちと

久し振りの飲み会をしました。


乾杯後、順番に近況報告となり、当たり障りの

ない話で盛り上がりました。

そして、第2の定年退職を迎えた友人の番となり、

朴訥と語り始めました。


“もう十分働いたので、暫くはノンビリと好きなことをして

過ごしたいと指折り数えて第2の定年の日を待ち望ん

でいたが、実際に定年となり、待ち望んでいた「楽しい生活」

を満喫するようになると、その「楽しい生活」は長続きしなかった。

すぐに、そんな生活にも飽きが来た。そして飽きが来ると、段々と

「好きなこと」もしなくなってしまった。

そんなとき、心の中に芽生えたのが “現役時代に戻りたいなぁ”

という「どうしょうもない欲求」だった。そして、その「どうしょうもない欲求」

が、日々友人を悩ませた」そうです。


久し振りの飲み会で、酒の酔いに任せてその友人がシミジミと

こんなことを語っていました。


結局「人は、身体の条件が可能であれば、社会の一員として

働いているときが、一番の幸せなのかもしれない」と改めて

思った夜でした。