平成22年7月31日
今日は、7月最後の日です。オフィスへの道すがら、
電車の中や、道路を歩きながら、携帯に夢中になっている
若い人を良く見かけます。
こういう人たちを昔は、「ながら族」と言っていました。
「ながら族」とは、何と懐かしい言葉でしょう。
尾崎一雄「退職の願い」(1964)に、「ながら族」という
ことばが出ています。
ラジオを聞きながら新聞を読み、傍ら妻や子供の話に
応答する、というようなことをよくやって、子供から、
「お父さんだってながら族だ」と云われたものだ。
ラジオを聞きながら勉強する癖をたしなめられた末娘の
反撃であった。「うんそうか。この頃そんな言葉があったな」
(『暢気眼鏡』新潮文庫(1994.3.40刷) p.193) 。
この小説は東京オリンピックの年に発表されました。
ここでは一種の流行語、という感じで書かれています。
小林信彦『現代〈死語〉ノート』によれば、「ながら族」は
1958年の流行語で、テレビやラジオの音楽をききながら
勉強をするのが習慣になった若者たちをさすことば。
日本医大の木田文夫教授が〈ながら神経症〉と命名
したのが広まったといいます。
私の若いときには、一斉を風靡した言葉でしたが、
今は殆んど聞く事がありません。
「ながら族」が、あまりにも一般化したためでしょうか?