人事労務日記~所長のつぶやき~ -342ページ目

人事労務日記~所長のつぶやき~

人事労務コンサルティング事務所を経営する所長が日々の業務について思うことを綴ってます。

平成23年9月29日


 指導する人が、指導される人にヤル気を出させる

言葉使いとして有名な話があります。


「勉強があまり出来なかった生徒に、担任の教師が

 言いました。“おまえは高校に進学するよりも、

 中学を卒業したら家業を継いだほうがいい”と。

 それでもその生徒は高校に進学しました。

 そこである先生と出会いましたが、その先生は

 “今から簿記の勉強をすれば税理士になれる”と

 励ましました。本人もその気になり、高校卒業

 一年目の19歳で見事合格したそうです。

 税理士試験は国家試験の中でも難関といわれる

 試験で、しかも全国最年少合格者(当時)というおまけ

 まで付いたそうです。」


 如何に指導する人の言葉使いによって部下のヤル気が

 引き出されるのか興味深い話ではないでしょうか。



平成23年9月28日


 毎日がそれこそ光が走るように流れていきます。

朝は、“もう8時だと急がないと”と焦り、夕方、

“やっと5時になったか”とホッとして、窓の外を見ると

もう空は薄暗く、夕暮れになっています。

こういう毎日を繰り返しながら、一週間が過ぎていきます。

そして一ヶ月,一年と、それこそ“あっという間”に

時間は過ぎていき、いつの間にか齢を重ねているのです。


そして

時間の過ぎるのは、年を取るほどに早く感じられます。

「もう40歳だ」と焦り、「あぁやんなちゃうな!もう50歳だ」

と嘆き、やっと定年年齢に達した60歳で心も落ち着いて

きて一段落。


そして、心が落ち着いた後は、達観の境地に達して

「楽しい天国待ち?」、と時の流れは綿々と

繋がっていくのです。


これからどうなるかとの不安を抱えながら、年月だけは

経って行きます。



平成23年9月27日


 つい最近、弊社オフィスの隣のビルに新規開店

した定食屋が早くも閉店してしまいました。

オフィスの近くは、中華、洋食、和食、牛丼、

立食そば屋などなど沢山の店が軒を並べている

激戦区です。


そんな中その店は、値段が安いわけではなく、

味で勝負するわけでもないといったコンセプトが

中途半端で、普段から客足は今ひとつでした。

でも朝早くから若い店長と奥さんらしき女性と更には

そのお母さんのような老齢の女性が一生懸命に

店を切り盛りしていました。

そんな店から、いつの間にか老齢の女性がいなくなり、

次いで女性の姿が見えなくなりました。

そして、とうとう閉店です。


「弱肉強食」のこの世の中ですが、

私の身の回りでも厳しい生存競争が繰り広げられて

いることを改めて実感させる出来事でした

平成23年9月26日


  ある日の夕方の帰宅電車、私が乗り込んだ

車内は結構混んでいました。

私は何時もの通り、空いている吊り皮に

ぶら下がりましたが、暫くすると隣からプーンと

アルコールの匂いがしました。

そして電車が次の駅に止まり、私がボンヤリと

プラットホームを歩いて行く人たち眺めていると

その中にアルコールの匂いを発散していた人を

見つけたのです。

その人は丁度定年を過ぎたくらいの年配の男性

でした。


はじめ私は、“平日の、然も夕方六時になる

前から酒を飲んで酔っ払うなんて、随分と気ままな

毎日を過ごしているもんだ。” と当たり前の感想を

持ちました。

でも、それにしてはプラットホームをトボトボと歩く、

「その人の後姿がどこか寂しげに」私には映った

のでした。そして、その寂しげな後姿を見てから

ハタと気づいたのです。

“きっとその人には、飲まなくてはやってられない、

なにか深い事情があったのだろう”と。


そして改めて思ったのです。

“「人生色々」、人は、はた目には分からない

「人それぞれの事情」を抱えて生きているんだなぁ”と。


平成23年9月24日


 今年は、3・11の東日本大震災以降、福島原発の脅威が

治まらない内に集中豪雨やら台風とかが相次いて来襲し、

日本はこれでもかこれでもかというくらい、次々と自然災害に

痛めつけられています。
東京も先日は台風15号襲来による帰宅難民騒ぎを演じて

しまいました。

他方、人災の方でも
南欧の小国ギリシャに端を発した財政危機はEU内の民間銀行

の経営を直撃し、金融危機の様相を強めながら世界経済を

震撼させています。
世界的な株式市場の暴落により「リーマンショック」並の金融不安

再燃が心配されるようになっています。
若し、このままEUの金融不安が世界的な金融市場の動揺へと

発展してしまった場合は、大震災など自然災害に痛めつけられた

日本は、列国以上に痛めつけられてしまうかもしれません。

そしてこんなとき、何より求められる「政治のリーダーシップ」は、

求めること自体に無理があるようにも思えてしまいます。

だから、私のような市井の片隅でひっそりと生きている者は、
”一体どうなるんだろう”と肩をすぼめながら、ヒタスラ嵐が

過ぎ去るのを待つしか手はないようです。

平成23年9月22日


 私は、朝晩の通勤時以外にお客様のところに

お伺いするときも電車を利用しますので、電車には

普通の人よりとても多くの回数乗っていることになります。

そして電車には、様々な人が様々な人生をぶら下げて

乗ってきますので、乗車機会の多い私は、乗車してくる

人の夫々の人生模様をほんの一瞬垣間見る機会も

とても多いことになります。


ある日の夕方の帰宅電車、私が乗り込んだ車内は

結構混んでいました。

私は何時もの通り、空いている吊り皮にぶら下がりましたが、

暫くすると隣からプーンとアルコールの匂いがしました。

そして電車が次の駅に止まり私がボンヤリとプラットホームを

歩いて行く人たち眺めているとその中にアルコールの匂いを

発散していた人を見つけたのです。


その人は定年を大分過ぎたくらいの年配の男性でした。

プラットホームをトボトボと歩く、「その人の後姿がどこか

寂しげに」私には映ったのでした。

そして、その寂しげな後姿を見てからハタと気づいたのです。

“キッとその人には、飲まなくてはヤッテラレナイ、なにか

深い事情があったのだろう”と。

そして改めて思ったのです。 “「人生色々」、

人は、はた目には分からない「人それぞれの事情」を抱えて

生きているんだろうなぁ” と。

平成23年9月21日


 西日本に甚大な被害を与えた台風15号が

関東に接近してきてます。

オフィスの窓ガラスには強い雨が打ち付けて

きます。

風も段々と強くなりました。

今日は早く仕事を切り上げて帰った方が良い

ようです。

早く帰って晩酌でもしながら、台風が通り過ぎる

のを待つことにします。


でも、こんな日はどうしても晩酌がすすんで

しまいます。

“酒でも飲んでウサを晴らさないととっても

ヤッテられない”

という心境になるからです。

でも、酒は飲みすぎてはいけません。


私は、酒を飲み始めてからもう数十年経ちますが、

最近は、休肝日を置くようにしています。

“酒好きの人や酒に強いと言われる人ほど、

 長くつきあうためには酒にチョッと距離を置いた方

がいい”

という話を聞いたからです。


「酒の飲めない人生」なんて考えられないから、

私は休肝日を置いて、チョッと酒と距離を置くことに

決めました。

平成23年9月20日


今日も市場が動揺しています。

一体これから世界は、そして日本はどうなる

でしょうか?


「悲観主義者は、機会の中に難しさを探す。

楽観主義者は、難しさの中に機会を見いだす」

との言葉がありますが、物事をどのように捉えるか

その人によって異なります。

そして、そのことが結果を大きく左右します。

よく引用される次のような話があります。

ある靴メーカーが未開の島に営業マン二人を

派遣したところ、一人は「この島では靴を履く者が

いないので見込みはない。靴は売れないだろう」と

報告し、もう一方は「この島は誰も靴を履いていない!

(たくさん売れそうだから)今すぐ大量に靴を送れ!」と

連絡したそうです。

同じ事実であっても捉え方によって、全く別の結論を

導くという良い例ですね。


私は、どちらかというと、悲観論者のようです。





平成23年9月17日


 「人の不幸は蜜の味」という言葉があります。

人が他人の不幸を蜜の味だと考えるのは常に

自分の幸不幸を他人との比較によって

確認しており、人が不幸であることで自分の幸さ

を際立てさせる効果があるからのようです。


自分だけをみて自分が幸福だと判断するほど

自信のある人はそう多くはないということでしょうか。

ところがそんな人の不幸を喜ぶ自分に気づいたとき、

あまりの自分という人間の出来の悪さに悲しくなる

ときもあります。

これはだれもが抱える自己矛盾ではないでしょうか?


脚本家の山田太一さんはエッセイの中で、

「他人は人の喜びを悲しみ、人の悲しみを喜ぶ。

だからせめて家族の中だけでも喜びを共に喜び、

悲しみを共に悲しめないものか・・・」と、

書いているそうです。

心から喜びと悲しみを共感できる人は、長い人生を

生きていくために必要なのかもしれませんね。


平成23年9月16日


 もう9月も半ばを過ぎましたが、未だ暑さが

続いています。

日中は30度を越える暑さに汗をダラダラと

流しながらの顧客周りとなっています。

でも朝晩は大分涼しくなってきました。やはり秋の

気配が近づいているのでしょう。

時間と季節は、人それぞれの思いとは別にタンタン

と移り変わって行きますし、人はドンドンと年をとって

行きます。喜怒哀楽という思いを引き連れながら・・・・


ところで、最近は「他人への思いやり」という言葉が

とても空虚に響く時代になってきたような気がします。

朝晩の通勤電車では、いつもこんな思いを

させられています。

障害のある方とかお年寄りとかが乗り込んできても、

優先席でヒタスラ寝たふりを続ける人たちを見るにつけ、

“そんな窮屈な思いをしてまでどうして席を譲らないの

だろう”と不思議にさえ感じます。


優先席に座っているのですから、「優先席の対象と
なっている人が席の近くに来たら席を譲る」、

こんな当たり前のことがどうして行われないのでしょうか?