人事労務日記~所長のつぶやき~ -341ページ目

人事労務日記~所長のつぶやき~

人事労務コンサルティング事務所を経営する所長が日々の業務について思うことを綴ってます。

平成23年10月13日


 「ひとの人生には、三回だけ自由な時期

がある」と言います。

それは、小学校に入る前と、学生のときと、

そして定年後だそうです。


この3つの時期を「時間軸」で見てみると、

第1の幼少期は、生まれて「ものの分別」が

分るようになってから小学校までの大よそ3年

くらいでしょうか。

第2の学生の時期も、精々が2年くらいな

ものでしょう。


然し、第3の定年後の時期はとても長いのです。

定年後死ぬまで20年以上続く人も少なく

ないでしょう。

だから誰でもが、この時期をそれこそ

「第2の人生」と言って、気合を入れてその

過ごし方をあれこれ模索することになるん

でしょうね。


でも、過ごし方は人それぞれ。

第2、第3の職場を探す人もいれば、もう働きたく

ないと悠々自適と家に引きこもる人もいます。

然し、どんな過ごし方をしようと結局は、家族の

協力が無ければ味気ない過ごし方になるようです。


結局、「何より大事なものは家族」ということに

気づくことになるようですね!



平成23年10月11日


 私は、テレビ好きで夕食時にはテレビを見ながら、

一杯やっています。

中でも、政治討論番組が好きで議論が白熱すると

一瞬飲むのを忘れて聞入ったりします。

しかし討論中には、必ず双方の言葉が噛み合わない

場面が出てきます。


質問する論者と答弁する論者の言葉がキャッチボール

されないのです。質問者がイエスかノーかを問いかけて

いるのに,答弁する側はそれには直接答えず,

その質問に関連する周辺状況の説明に終始するのです。

子どもが親に言い訳をしている姿と重なります

。直接に答えると弱みがあぶり出されるという懸念でも

あるのでしょうか? 

このような話を逸らしている風の答弁を聞いていると,

かえって疑念を抱かせてしまう場合もあります。


攻めと守りの立場は分かるのですが,テレビの後には

私のような沢山の庶民がその討論を見ています。

テレビ画面の後に居るこのようなモノ言わない庶民を念頭に、

明快で誰にでも分かるような堂々とした議論を期待

したいものです。

平成23年10月8日


 今日は3連休の初日です。

オフィスの入っているビルは外装の塗り替え作業を

していて作業員があわただしく行きかい、騒音を

撒き散らしています。


昨日は、久し振りに友人と飲みました。

今は悠々自適で、大学に聴講生として通っている

そうです。でも、定年後の人生は思っていたほど

快適ではなさそうです。


ある識者は、「定年退職後」の人生の過ごし方について、

次のように言っていました。

「定年後の人生を豊かに過ごすためには、二つのことが

とても大切です。
一つは、“手放す心をもつこと”。

過去の業績や肩書きに対するこだわりを捨て、新たな

出発をするつもりで積極的に生きること。
二つ目は、“感謝の表明”。

これまでの人生を謙虚に振り返り、自分が如何に

家族に支えられて生きてきたかを振り返ること。

そして、率直に“ありがとうと言える心”を持つこと。」


確かにその通りなのでしょうが、この2つをやり遂げるのは、

本人には相当のストレスがあるようです。

「会社でストレスを一杯に感じながら何十年と過ごし、

 目出度く定年を迎えてもストレスを一杯に感じながら

 過ごさなくてはならないとは・・・・」

サラリーマン人生も辛いものがあります。





平成23年10月7日


 ギリシアの債務不履行を睨んで欧州が

揺れています。

アメリカ経済の先行きが不安視されるのみならず、

中国経済も減速しています。

これからの日本の経済はどうなるんだろうと懸念を

強めている経営者が増えてきているようです。

今日も顧客先では、経営者が厳しい経営環境を

語っていました。


進化論を唱えたダーウィンは、「この世に生き残る

生き物は、最も力の強いものか。そうではない。

最も頭の最も頭のいいものか。そうでもない。

それは、変化に対応できる生き物だ」と語ったそうです。


「時々刻々と変る外部環境に応じて、自らも時々刻々

 と変化していく」 ――  生き残っていくには、多分

こういう「変化に対応できるヒトとか企業」なんだろうと

思います。

考えれば、私たちは、随分厳しい時代に生きている

ようです。

平成23年10月6日


 東日本大震災ほど「想定外」という言葉を

聞いた災害はなかったように思います。

“「想定外」の津波に襲われた結果、東京電力

福島第一原子力発電所の非常用電源まで

故障してしまった・・・・”と、記者会見で当事者が

「想定外」という言葉を連発した裏には、

「自分たちに責任はない」という気持ちがあるの

でしょう。


この「想定外」と似た言葉に「人事を尽くして天命を

待つ」というコトワザもありますが、

「想定外」にしろ、「人事を尽くす」にしろ、

前提としては「考えられることは全部やった」と

いうことが条件となります。

「全部やった」と言い切るそこには、ある種の不遜倣岸

なニュアンスを感じて しまいます。


「考えられることは全部やった」、

この言葉の「考えられること」は、「だれが」考えられる

のかが問題なのです。 
“自分は、「人間}が考えられることは全部やった”

言い切れる人は本当に居るんでしょうか?

平成23年10月5日


 昔ならたいてい上司は年上で、年輩者に敬意を

払うべきだという儒教的教えと、社内の組織が一致

していたのですが、最近はちょっと事情が変わって

きました。

部下が年上であったり、上司が年下であったり、

中には年下の女性が上司だったりすることもあるようで,

まるで下克上のような状況が身近になっています。


リストラされ、やむを得ず中小企業に中途で入社した

中高年は、厳しい会社生活を余儀なくされることも

あるでしょう。

然し、幾ら中途で入ってきた人とはいえ、若い幹部が、

年上の部下をどなりつける人がいれば、その人の

人間性が疑われます。

会社の多くは厳しい状況にありますが、日本人としての

価値観はそう簡単に変わるものではないからです。

上司は上司としての仕事、つまりその職能をこなして

いる人であり、部下は部下としての職能をこなしている

人で、いずれか一方が人間として優れているというわけ

でもありません。

もし、そうなら年齢が低いだけで、あるいは後からその

組織に加わっただけで人間として劣っているということ

になります。


だから、年下の男性や女性に仕えることになっても

正々堂々と向き合って「ベストを尽くした仕事を

すればよい」という当たり前の結論とになります。


平成23年10月4日


 この間の土曜日、オフィスに出かける前に駅の近くの

床屋に寄りましたが、随分混んでいました。

そして、たまたま混んだ床屋へ行き、待合室で待っている間、

何か不思議な気持ちに捉われました。


たまたま行った床屋で見ず知らずの他人と隣り合わせに座り、

見ず知らずの人と“何でこんなに混んでいるんだろう、

ついてないなぁ”とお互いに同じ思いに捉われていることが、

不思議に思われたのです。
同じ長いすに座った4人とは、たまたま私が“今日の朝は、

オフィスに行く前に床屋へ寄って行こう”と思い立ち、

然も何となく選んだ床屋へ行ったから、偶然にも顔を

会わせたのです。


私は、何時ものように床屋の後は、オフィスに出ますし、

他の人も夫々別々の用があるのでしょう。
夫々が、全く別々の人生を歩いていて、たまたま都会の

片隅の床屋で“ヒュン”とすれ違ったわけです。

あたかも隣を走っている新幹線に別々に乗り合わせた人が、

“ヒュン”とすれ違ったようなものです。また会いたいと思っても、

二度と会うことは出来ないでしょう。


「夫々の長い人生でのたまたまのすれ違い」

こう思うと何となく、その日の朝、床屋ですれ違った人たちの

顔にも「深い人生の皺」が刻まれていたような気もします。





平成23年10月3日



 「人の不幸は蜜の味」という言葉があります。

人が他人の不幸を蜜の味だと考えるのは常に

自分の幸不幸を他人との比較によって

確認しており、人が不幸であることで自分の幸さ

を際立てさせる効果があるからのようです。


脚本家の山田太一さんはエッセイの中で、

「他人は人の喜びを悲しみ、人の悲しみを喜ぶ。

だからせめて家族の中だけでも喜びを共に喜び、

悲しみを共に悲しめないものか・・・」と、

書いているそうです。

心から喜びと悲しみを共感できる人は、

長い人生を生きていくために必要なのかも

しれませんね。

平成23年10月1日


 人間の性格は、遺伝か環境かは昔から

随分と論争があります。

私なんかも、会社を辞めて、独立し、細々と

事務所経営に乗り出してから、

“随分態度が変わった”ように思います。


何といっても、サラリーマンは、会社に出勤しさえすれば、

給料が貰えます。勿論、最近は成果主義が大流行

なので、人事評価の結果によっては給料が下がると

いうことはあります。

然し、よほどの理由がない限り、解雇はされません。

「労働基準法」という働く者の強い味方があるからです。

だから、生活はある程度安定しますよね。


ところが、独立するとそうは行きません。

クライアントからの仕事の受注が無くなれば、収入も

無くなるのです。

生活は、当然不安定になります。

そうなれば、生きていくため、社会で活躍して行くためには、

「男はつらいよ」と心の中で叫びながらも、従来と“態度が

変わった”ようにしなければならないのです。