人事労務日記~所長のつぶやき~ -340ページ目

人事労務日記~所長のつぶやき~

人事労務コンサルティング事務所を経営する所長が日々の業務について思うことを綴ってます。

平成23年10月27日


 先日、オフィスからの帰りの駅で、バッタリと

十数年振りである知人に合いました。


「縁は異なもの味なもの」という言葉があります。

誠に変幻自在な縁の有り様は、生きていく上で

何度も経験させられます。

縁を切るか深めるか、そんな局面に立つ場合も

あります。


昔、サラリーマン時代に仕事上のことで、

一度ならず同一人物から口汚く罵られたことが

ありますが、その際、その人とは「金輪際2度と会うまい」

と思い、心の中で縁切りしたことがありました。

その人の噂は他の人から聞く事が在りますが、

果たしてその人とは2度とお目にかからずにもう数十年が

経っています。


縁とは異なものであると同時にしつこい心の葛藤を

反映する場合でもあるようです。

平成23年10月26日


 

昨日は暑いほどでしたが、今日は一転、

寒い日となりました。

近畿地方では、木枯らし一号が吹いたと

伝えられています。

暑い厚いと言っていたのに、もう直ぐ寒い寒い

と言うのでしょう。

本当に月日の経つのは早いものです。



「時を経る」ということは、色々な場面で重要
な働きをするものです。
“失恋の悲しみも、事業の失敗による失意も”、
「時を経る」ことで軽減していきます。
ヒトも顔も「時を経る」ことで、顔つきが変って
くるようです。


「四十歳を過ぎたら自分の顔に責任を持て」と

云われることがあります。

“幼い頃の顔は百パーセントが遺伝でも、その後

どんな生き方を選ぶかで顔つきが変わってくる。

その顔付きを長年続けるうちに次第に定着し、

やがてその人の顔ができあがる。その年齢が
四十歳”

という意味のようです。



四十歳もとっくに過ぎた私は、いまでも
顔に責任が持てません。

残念!




平成23年10月25日


 作家の江波戸哲夫氏が、あるコラムに

「企業には“なるほど男”と“そりゃ違う男”

がいる。

前者は他人の意見を聞いて“なるほど”と

受け止めてから意見をいう男。

後者は最初から“そりゃ違うね”、と反論を

始める男」と書いておられました。

確かに、私のサラリーマン時代に付き合って

きた人たちを思い浮かべてみても、このように

大別できる人が多いなぁと今更ながら思ったり

しています。


そして、苦い味とともに思い出すのが、

“そりゃ違う男”の得意満面な顔です。

大事な会議で、満を持して調べてきたことを

話し出したら、即座に

“そりゃ違うね”と否定され、反論できなかった

悔しさ・・・・などなど、

サラリーマン生活を長くしてきた人なら誰しも、

多かれ少なかれこんな経験をお持ちだろう

思います。

平成23年10月24日


 先日、顧客先を訪問した帰り、ホームに滑り込んで

きた特急電車に乗りました。

乗り込んだ後、席を求めてチョッと電車の中をうろうろ

しましたが、漸く、空いている席を捜し求め、ヤレヤレと

思いながら、席に“どっこらしょ”と腰を降ろしました。


そして、席をリクライニングにし、眼と閉じてリラックス

していると、突然、通路を隔てた臨席の年配の男性が、

“失礼ですが、--さんでは?”と話しかけてきたのです。

何となんと、そこには、サラリーマン時代に一緒に働いて

いた人が奥さんと一緒に、私の隣の席に座っていたのです。

10年振りの再会でした。聞けば、その人は、もう仕事は

会社の定年で止め、今は、悠々自適の生活をしている

そうです。


その人と出合った日(月曜日)は、丁度奥さんと

箱根へ旅行に行き、その帰りとの事でした。

本当に人生は、思いがけないことが起こります。

若し、私がその日、仕事で遠方に行かなかったら・・・

若し、私の帰りの時間帯がチョッとづれていたら・・・

若し、私がタマタマホームに滑り込んできた特急に

   乗り込まなかったら・・・

若し、私の席が違う場所であったら・・・・


私の人生で、その人とは2度と出会うことはなかったでしょう。

「人生は、本当に偶然の積み重ね」かもしれませんね。

平成23年10月21日


  「ひとの人生には、三回だけ自由な

時期がある」と言います。
それは、小学校に入る前と、学生のときと、

そして定年後だそうです。



この3つの時期を「時間軸」で見てみると、

第1の幼少期は、生まれて「ものの分別」が

分るようになってから小学校までの大よそ3年

くらいでしょうか。


第2の学生の時期も、精々が2年くらいな

ものでしょう。


然し、第3の定年後の時期はとても長いのです。

定年後死ぬまで20年以上続く人も少なく

ないでしょう。

だから誰でもが、この時期をそれこそ「第2の人生」

言って、気合を入れてその過ごし方をあれこれ

模索することになるんでしょうね。


私も「第2の人生」を寄り充実させるように日々

精進しております。

”まぁ、どうも思うように行きませんか・・・・”

平成23年10月20日


人生とゲームというのは似ているところも

あるようです。
「ゲームは楽しむため」という目的が

はっきりしています。


だから、人生もゲームをするように、そのまま

楽しめればよいのですが、そうはいきません。
長い人生を生きていれば、やりたくないことも

しなければならないし、失敗することもあり、

その失敗した過去を消し去ることもできません。
気にくわないからといって、リセットしてやり直す

わけにもいきません。

この辺のところがゲームとは異なり、人生の

厳しさでしょう。
そうした、素直に楽しめない部分、苦しさも

含めて、抱え込んでしまいながら、ゲームを

続けざるを得なのが人間の生き方なのでしょう。


だとすれば、人生はかなり難解なゲームだと

いうことになります。

平成23年10月18日


 昨今は、定年退職後も働きたいという人が

定年退職者の過半数を超えるそうです。

「生涯現役」、これが「働き蜂」とか「企業戦士」とか

云われて現役時代を過ごした「私たち世代」の理想

なのかもしれません。

だから、私のように、定年になってからも、現役として

仕事を続けている人も少なくないようです。


然し、「現役を続ける」には、それなりの苦労も

あるのです。

例えば、長時間パソコンに向かって細かい字を

見ていたり、書類と格闘したりするのが、段々と

苦痛になってきます。

先ず初めに、とても目が疲れてきます。

そして次に、頭も痛くなってきます。だから、仕事

への意欲が満々でも身体がいうことをきかず、

仕事を続けられなくなってしまう羽目に陥ってしまいます。


そんなときは、仕方がないので仕事を中断し、

苦痛を払い除けなければなりません。

それも出来るだけ早く払い除けなければなりません。

放っておくとと苦痛が段々と酷くなり、ついには慢性化

てしまうからです。


年をとるのも辛いものが在ります。






平成23年10月17日


 先週の金曜日、サラリーマン時代の友人3人と

久し振りに飲み会をしました。
昔話に花を咲かせたり、段々と短くなっていく

これからの生き方について語り合ったりと

楽しいひと時を過ごせました。


飲みながらの話は、今までの自分の辿ってきた

道程とか共通の知人の動向とかにわたり、あたかも

夫々の人生を覗き見るような興味がありました。

そして覗き見たとき、その人生があまり順調では

ないようだとなぜか心の奥深いところで、ホッとする

自分に気づいたりします。


「人の不幸は蜜の味」という言葉があります。

人が他人の不幸を蜜の味だと考えるのは常に

自分の幸不幸を他人との比較によって確認しており、

人が不幸であることで自分の幸さを際立てさせる効果

があるからのようです。

自分だけをみて自分が幸福だと判断するほど自信の

ある人はそう多くはないということでしょうか。

平成23年10月15日


 この間テレビで、ブランドの品物が高い

割引率で売られている店舗について

報道している番組がありました。

安く購入できるというので行列ができています。

でも、私は見ていて何か違うのではという思いが

してしまいました。
何だろうと考えてみると、「ブランドと安売り」という

ミスマッチに違和感を感じたのです。


これは、つまり「安売りされたブランド」となります。

値引きされたブランドの品物を持っていて、

はたして真っ当なブランド感覚が持てるのか

という疑問を感じたのです。


ブランド品を持つというのは、他の人に対する

優越感(高い品物を買えるということの自慢)

に浸りたいからだと思うからです。

確かに安く買うことができればお得でしょう。

でも、安いブランド品では「ブランドという価値」も

下がってしまうのでは?」と思うのは、

私が変人だからでしょうか?

平成23年10月14日


ここのところ、朝晩は冷え込むようになり、

木々の緑も黄色に色づき、メッキリと

秋らしくなりました。

また、ここのところ、市場が暴落を続け、

「世界同時不況への突入か?」とマスコミが

騒ぎ、まるで末世のような暗い世情が

続いています。


そんなやりきれない思いのとき、こんな人の

騒ぎなどにはまるで無頓着に、晴れ渡った

秋の青空の中にユッタリと漂いながら

動いていく白い雲を眺めていると、

ささくれ立った心がなぜか和んできます。


昨日は、昔からの古い友人達と新宿で

痛飲しました。

久し振りにどういう風に帰ったのか思い出せない

ほどでした。

でも、そんなに痛飲しても心の中は、何か

ポッカリと穴が開いているような感じも残って

います。


今年は、とても嫌な年で終わりそうです。