平成23年10月6日
東日本大震災ほど「想定外」という言葉を
聞いた災害はなかったように思います。
“「想定外」の津波に襲われた結果、東京電力
福島第一原子力発電所の非常用電源まで
故障してしまった・・・・”と、記者会見で当事者が
「想定外」という言葉を連発した裏には、
「自分たちに責任はない」という気持ちがあるの
でしょう。
この「想定外」と似た言葉に「人事を尽くして天命を
待つ」というコトワザもありますが、
「想定外」にしろ、「人事を尽くす」にしろ、
前提としては「考えられることは全部やった」と
いうことが条件となります。
「全部やった」と言い切るそこには、ある種の不遜倣岸
なニュアンスを感じて しまいます。
「考えられることは全部やった」、
この言葉の「考えられること」は、「だれが」考えられる
のかが問題なのです。
“自分は、「人間}が考えられることは全部やった”
と言い切れる人は本当に居るんでしょうか?