人事労務日記~所長のつぶやき~ -324ページ目

人事労務日記~所長のつぶやき~

人事労務コンサルティング事務所を経営する所長が日々の業務について思うことを綴ってます。

平成24年6月5日


 「人に悩みはつきもの」とよく言われます。

悩みも一つであれば、「グッと飲み込んで」

なんとか堪えたり、ときには馴染のバーに行って、

ママに愚痴を聞いてもらい、「酔いに紛らわす」

こともできます。


でも、悩みが二つ、三つと重なってくると、四六時中

どれかの悩みに囚われて、頭が一杯になり、身動きが

とれなくなってしまいます。

そんなときでも、しばらくの間であれば、なんとかしのげますが、

長引くと、どうしようもなくなります。


そんなときが、自分なりのストレス解消法の出番です。

私の場合は、家に帰って、妻と愛犬(パグ、♀)と一緒に

テレビを見ながらの晩酌がストレス解消法です。

一杯やりながらテレビ出演者の話振りに悪態をつき、

テレビ番組のお粗末さを嘆いてストレスを発散させます。


手軽で安上がりは方法です。

そばに黙って聞いてくれる人がいればですが・・・・

平成24年6月4日


 先週の土曜日、オフィスに出社し、作成途中の

「報告書」をパソコンで再開しようと、ファイルと開いたら

“何となんと、殆ど完成していた報告書がなくなっている”

のです。

今まで“セッセ、セッセ”と作業に励んだ成果物が

無くなっていました。


“イヤッ、実に慌てましたね!”

あちこちと原因を探しましたら、要は、報告書が殆ど

完成したので、不要となった参考文献を削除するとき、

誤って肝心の「報告書」も一緒に削除してしまった

ようなのです。

私は、妙に潔癖なところがあって、コンピュータ上で、

不要となったファイルとかメールとかを削除し、且つ

ご丁寧に「ゴミ箱」も完全に削除してしまう癖があるのです。


所員に聞いたら、“こうなってしまった以上、復元ソフト

(オフィスにはありません)でも元に戻るかどうか分からない”

ということでした。


実にショックでした。

やむを得ないので、また一から報告書を作り直しです。

“アアやんなちゃった!”です。

平成24年6月2日



昨日、久し振りに昔の友人達と飲み会を

しました。お互いの近況報告をする中で、

余り順調ではない人の話を聞くと、何となく

ホッとする自分に気がついて慌てたりします。


「人の不幸は蜜の味」という言葉があります。

人が他人の不幸を蜜の味だと考えるのは常に

自分の幸不幸を他人との比較によって確認

しており、人が不幸であることで自分の幸せさを

際立てさせる効果があるからだという人がいます。

自分だけをみて自分が幸福だと判断するほど

自信のある人はそう多くはないということでしょうか。


ところがそんな人の不幸を喜ぶ自分に気づいたとき、

もう一方で、そのあまりにも自分という人間の出来

の悪さに気がつき、悲しくなったりもします。

これはだれもが抱える自己矛盾ではないでしょうか。


こうした自己矛盾は、人によって「他人の不幸を

喜ぶ自分とそれを嫌悪する自分」のいずれを強く

思うかの違いはあっても、そのいずれか一方だけの

人はいないようで、

誰もが心の奥深いところに抱えているもののようです。

平成24年6月1日


 今日から6月です。

大多数の会社で、クールビズを始めており、

ノーネクタイのサラリーマンが随分増えました。

それにしても、超円高、株安と市場の混乱が

続いており、中小企業への悪影響が心配です。


私の口癖は「なるようになる」です。
ものごとを余り深刻に考えないようにしています。

小さくても会社を経営していると、日々頭を悩ます

ことがあり、それこそ心配事は尽きることがありません。

でも、一々そんなことに気を病んでいたら、

それこそ、「命が幾つあっても足りません」し、

「そんなに長くは無い人生」を楽しく過ごせません。


だから、何事が起きても、「なるようになる」と

気楽に考えるようにしています。

そうすると、不思議なもので、本当に「なるようになって」

しまい、何とか仕事を続けられています。




平成24年5月31日


 時間が経つのは、本当に早いものです。

今日で5月も終り、明日からいよいよ6月が

始まります。梅雨入りももう直ぐでしょう。

だから、今年も、新年を迎えてからもう直ぐ

半分が経ってしまいます。

そう思うと、“今年になって、何かした”という

こともなく、ただ毎日を平々凡々に過ごして

しまっていることにやや焦りを感じてしまいます。


時間といえば、その早さに驚く一方で、

過ぎ去った日々のアレコレや、子供の頃、

若かった頃のことなど、懐かしく思い出させる

ものでもあります。


そして私は、最近、どういうわけか小学校時代

ことをよく思い出すのです。

そして、子供時代に一緒に遊んだけれど、今は、

く付き合いのない人の子供の頃の顔を

思い浮かべては、「あの人はどうしているだろうか?」

と思うのです。


昔のことを良く思い出すというのは、

段々と歳を取ってきたということでしょうか?

平成24年5月30日


 5月も明日で終わりです。

月に入社した新入社員も、そろそろ

会社や仕事に慣れてきた頃ではないでしょうか?


の時期になると、

「この仕事は、私がやりたかったことだろうか」

という疑問が生じ、悩む社員も出てきます。
これは、「やりたい仕事」と「現状の仕事」に

差があることから生まれる悩みです。

そして同時に、厳しいビジネスの世界の中で、

「やりたい仕事」と「自分にできる仕事」の差を

実感し、苦しむ社員も出てくることでしょう。

然し、

何事につけ、このような「差」を意識することは、

自己を成長させ、会社を発展させる原動力

となります。

「差」を意識して初めて、その「差」を埋める

ための努力・意識が芽生えるからです。


でも、

最近は、「差」を意識しても、その「差」を

埋めようとせず、最初から諦めてしまう人も

いるようです。
ゆとり教育の効果(?)なのでしょうか?


平成24年5月29日


 私は、テレビ好きで夕食時にはテレビを見ながら、

一杯やっています。

中でも、政治討論番組が好きで議論が白熱すると

一瞬飲むのを忘れて聞きいったりします。


しかし討論中には、必ず双方の言葉が噛み合わない

場面が出てきます。

質問する論者と答弁する論者の言葉がキャッチボール

されないのです。

質問者がイエスかノーかを問いかけているのに,

答弁する側はそれには直接答えず,その質問に関連する

周辺状況の説明に終始するのです。


子どもが親に言い訳をしている姿と重なります。

直接に答えると弱みがあぶり出されるという懸念でも

あるのでしょうか?

このような話を逸らしている風の答弁を聞いていると,

かえって疑念を抱かせてしまう場合もあります。


昨日の東京電力の福島原発事故を検証する国会の

「事故調査委員会」での管前総理の答弁も

自己弁護と他人への責任押し付けばかりが

目立ったレベルの低いものでした。

またまた、ガッカリさせられてしまいました。

平成24年5月28日


 会社を定年退職すると、交友関係が極端に

少なくなると言われます。

会社で知り合った友人達との付き合いがなくなる

からでしょう。



でも、「人生には別れの数だけ出会いがある」とも

言われるように、私たちは自分で思っている以上に

出会いの機会にも恵まれているようです。

だから、新しい出会いを拒みもせず、「一期一会」

生涯に一回しかない出会いの機会)と喜んで

迎え入れて行けば、「別れ」の数が多い人ほど

「出会い」の数も多く、豊かな人生が送れると

言えるのかもしれません。



でも、私みたいな偏屈人間には、偶々出会った

見知らぬ人と親しく言葉を掛け合い、新たな

交友関係を結んで行くのは、それこそ宝くじに

当ることより難しいように思えてしまいます。

だから、私は余り豊かな人生は送れないのかも

しれません。

平成24年5月26日


 ここのところ、随分と暖かい(厚い?)日が

続いています。

街を歩くサラリーマンも上着を脱いだワイシャツ姿

の人を多く見かけるようになりました。


昨日の昼飯時に出かけた近くのレストランで、
会社の上司の話に盛り上がっているサラリーマンの

一団がいました。
その姿を見るにつけ、「この上司は、部下とのこういう時が、
人生の花なんだろうな」と思ったりしました。

最近、「人の夢とは?」と尋ねるテレビ番組も見かけます。
中年サラリーマンのささやかな夢は、「仕事の後の一杯」

だそうです。
でも、こんなおじさんサラリーマンの楽しみが、OLにも

感染しているようで、
居酒屋には若い女性の姿も随分と目立つようです。
「仕事の後の一杯」は、老若男女を問わず、庶民の

ささやかな夢に広がったようです。


勿論、私のささやかな楽しみも「仕事の後の一杯」です。
但し、居酒屋ではなく、家に帰っての「一杯」ですが・・・・

平成24年5月25日


 私は犬を飼っています。

牝のバグです。

「ハナコ」は、とてもお茶目で元気な

賢い子です。


朝、私を起こすことから「ハナコ」の一日が

始まり、その後、私の出勤の見送り、

帰宅の出迎えと続きます。

そして、「晩酌」に付き合って私の愚痴を

聞いたあと、夜は、寝転びながらテレビを

見ている私と一緒にうたた寝します。

テレビの騒音や鼾に耐えながら私の腕枕で

うたた寝していた「ハナコ」も、11時になると

ムックリと起き上がり、

“さぁ、寝るわよ”と私に目配せして、トコトコと

自分の寝床に歩いて行きます。

私も自分のベッドにもぐりこみます。

これで「ハナコ」の一日が終わります。


私は、毎日まいにち、こんな平凡な生活を

繰り返しながら、ドンドンと歳をとって行きます。