人事労務日記~所長のつぶやき~ -247ページ目

人事労務日記~所長のつぶやき~

人事労務コンサルティング事務所を経営する所長が日々の業務について思うことを綴ってます。

平成27年6月10日


  この間私は、「結婚している中高年女性

の2割が、定年後は一人暮らしを望んでいる」

という住宅関連会社がまとめたアンケートを

見つけました。

  「六十五歳のときに一緒に暮らしていたい人は?」

という問に対し「配偶者と二人」と答えた人が男女

とも最も多かったのですが、その内訳は、男性の

68%に対し女性は約56%と10%以上の開きが

あり、又、「一人暮らしを望む」のは男性の約8%

に対し、女性は約22%と大幅に多かったのでした。


 また、「定年後はなるべく一緒に暮らしたい」と

答えたのは、夫の約50%に対し、妻は約27%と

半分程度。更に、「妻と一緒に暮らしたい」と夫の半数

が望んでいるのに対し、妻の7割が「別々の時も作りたい」

と答えていたのです。


 まぁ、“即離婚よ!”と言われるよりはマシでしょうが、

これらのアンケートから、奥様の旦那に対するウンザリと

した感情も透けて見えるのです。


 定年後も出来るだけ、現役のときと同じように「朝出かけ、

夕方帰る」のがよさそうです。

平成27年6月9日


  嫌味な上司や、なぜか横柄な同僚とか、

はたまた理不尽なクレーマーなど、世の中には、

不愉快な言葉を投げつける人は周りに何人か

いるものです。


 もちろん自分に非があるなら、それを認める

のは大事ですが、そういった人に限って謝ったり、

反省の弁を述べたりすると、更に追い打ちをか

けるようなことを言うものですよ。

  そんな連中からの心ない言葉の数々に対して

“言われっぱなし”というのは精神衛生上良く

ありませんし、かといってケンカしてしまうのはもっと

良くありません。


 だから、その場からは何とかいち早く抜け出し、

トイレにでも行って、人に聞こえないように、

ぶつぶつと言いたいだけの悪口を言うとスッキリ

しますよ。


 現役時代、私も何回か試してみました。

それで、何とかサラリーマンを続けられました。


平成27年6月8日


 四季に恵まれた日本は、人生の変わり目を

寿くように、木々の花々や緑が一斉に移り

替わります。


  そして、人生の変わり目に際し、昔から多くの

人が詩や歌を詠んできました。それらを振り

返ってみると改めて「別れの詩」には傑作が

多いことに気がついたりもします。

“花に嵐のたとえもあるぞ さよならだけが人生だ”は、

井伏鱒二による漢詩の名訳ですし、中島みゆきの

名曲『時代』の、“めぐるめぐるよ 時代はめぐる

 別れと出会いを繰り返し”も、心に染みてくる詩です。

そして、“今日は倒れた旅人たちも生まれ変わって

歩き出すよ”の部分は、聞くたびに元気が湧いて

来るようです。


  私も数多くの「別れ」を体験してきました。

その中でも一番辛い「別れ」は、仲良かった友人の

死でした。

多分、これからはもっと多くの「別れ」を経験して

行くことでしょう。

そして、その内に私自身が、この世から「別れ」る

ことになるのでしょう。




平成27年6月5日


  「親友のない人ほどさみしいものはない」と氏の

エッセイ集に書いています。
また、別のところには、「サラリーマンは孤独である」

とも書いています。


  65歳に達し、やっと長いサラリーマン生活を終え、

定年退職を迎えた団塊世代のサラリーマンの中には、

定年の祝杯をともに挙げてくれる友もなく、ひっそりと

会社を去って行く人もいるようですが、大勢の中で

ポツンと一人、友もなく、趣味もなく、家族運も悪く

、加えて職場では出世のチャンスもなかったとしても、

チンと最後まで勤め上げられた人は、きっと

「負けてたまるか」という内に秘めた強い心を

持っていたからでしょう。


  思えば、私が退職(定年前に辞めました)した

ときも、誰に見送られることもなく、定時にひっそりと

会社を後にしました。


 やっぱり寂しかったです。




平成27年6月3日


  今日は昼から雨があがりましたが、通勤時

は、結構雨が降っていました。

もう直ぐ、東京も梅雨に入るようです。


 私は、麻は比較的遅く、帰り早くに帰ります。

電車が混まない内に、座って通勤したいから

です。

でも、最近は何時も電車が込んでいるように

思います。

以前なら座れた時間帯が、むしろ混んでいる

のです。


 一つの理由は、若い新入社員が増えたことと

元気な年寄りが、退職をして行楽に出かける

からでしょう。


 でも、それだけでもないようです。

働き盛りの青年が血まなこで、優先席を探し、

我先きにと座るからです。

座った後は、パソコンに熱中するか、寝たふりを

して、後で乗ってきた障害者や年寄りには

「我関せず」の態度です。


 そんな姿を見ていると、いつも悲しくなります。



平成27年6月2日


 私のサラリーマン時代の知人は、もう殆どが

リタイア生活に入っていますが、実際にリタイア生活に

入ってみて、会社という「安定した居場所」を失うことが、

思っていた以上に大きな問題だと実感する人が少なく

ないようです。


  家は、ずっと昔から妻のお城になっているから、夫は

家には居られないのです。

現役時代は、「会社人間」としてあまり家にはいません

でしたから、家はずっと妻の「お城」になっていたのです。

然し定年後、夫が突如その「お城」に“家の主は元々

自分だ”とばかりに当り前のように居座ろうとするから、

長い間「お城」の主であった妻の抵抗に会うことに

なるようです。


  だから、定年後もやはり旦那は家以外の自分の

居場所を何とか探さざるを得ないようです。

「人生は、いくつになっても厳しいものです。」

平成27年6月1日


 私が幼い頃のご飯は、殆んど毎日、

昼食はサツマイモで、夜ご飯はスイトンでした。

たまにおふくろが“今日はご馳走だよ”と言って

出してくれたご飯には、麦と砂利が沢山入って

いました。

 白米だけのご飯は、滅多に出ないご馳走でした。

ごくたまに、何かの記念日とかに白いご飯が食卓に

出ました。

そして、その白いご飯を目にしたときの嬉しさは、

今でも頭に焼き付いています。、また、白いご飯を

ちゃぶ台に出したときのおふくろの得意気で、

嬉しそうな顔と共に今でも頭に浮かんできます。


  そのおふくろが亡くなってから随分と「時」が

経ちました。

そして、今はいつでも食べられる白いご飯は、

余り食べないようになってしまいました。


 「今は昔」の懐かしい想い出です。

平成27年5月30日


 第一生命保険の「第26回サラリーマン川柳」では、

「いい夫婦  今じゃどうでも  いい夫婦」

という作品が大賞を獲得したそうです。


  世間では、呼吸がぴったり合った者同志の

夫婦を「似たもの夫婦」と呼びます。
夫婦が長い間、同じ屋根の下で生活を共にしていると、

性格、意見その他もろもろの仕草までがよく似て

来るようです。

夫婦本人同志はさほど気にも留めていないのでしょうが、

他から見れば、「似たもの夫婦ね。顔つきまでそっくり」

などと言われることもあるようです。


  およそ環境の影響とは大したもので、喜びや悲しみ

共にして、長い間生活を一緒にしてくるといつの間にかに、

お互いの身体に垢みたいなものが染みついてくるのかも

しれません。

平成27年5月29日


 このごろ、ずいぶん忘れっぽくなって

きたように思います。

特に人の名前が思い出せません。

その人の顔は、すぐに頭に浮かんで来る

のですが、名前が出て来ません。

“ああ、あの顔だよ・・・、ほらほら、あの人、

ウーン!何という名前だっけ!“ってな具合で、

一人でイラつくことシバシバです。


 滅多に会うこともなく、日頃思い浮かべること

もない珍しい人ならいざ知らず、

数日前に会ったばかりのよく知っている人の

名前を思い出せないときなどは、かなり

ショックです。


 そんなときは、後で何と言うこともなく名前が

浮かんでくるのです。

頭が思う通りには動いてくれないようです。

平成27年5月28日


 私は、歯の治療のため近所の歯医者に

通っていますが、ある日、その歯科医院の

待合室で、『ゆうゆう』という雑誌を目にし、

暇に任せて読んでみました。


雑誌では、“長年連れ添った夫への手紙”

を特集していました。未だ生きている夫への手紙、

もう死別してしまった夫への手紙などなど。


  恨みつらみを綴った手紙も多数ありました。

長年連れ添った奥方に「顔を見るのもイヤ、同じ

空気を吸うのもイヤ、洗濯の際に下着に触るのも、

洗うのもイヤ」と思われないためには、

どうしたら良いのでしょうか? 


 奥方の長年の恨みつらみをチャラにするような妙案は、

思いつきませんが、少なくても、それまで会社中心

生きてきた男性諸氏の方から、今までの「奥様の

思いやり」に心から感謝し、「これからも宜しくお願い

します」とか、「これからは僕も家事をするから」とか、

そんな言葉を投げかけて見るのも良いかもしれませんよ。