人事労務日記~所長のつぶやき~ -243ページ目

人事労務日記~所長のつぶやき~

人事労務コンサルティング事務所を経営する所長が日々の業務について思うことを綴ってます。

平成27年8月13日


 人は、歳をとればとるほど角が取れ0て

丸くなると言われていますが、現実にはそんな

ことはありません。

むしろ、歳をとればとるほど頑固になって、

人のいうことを聞かなくなります。


 なにしろ、年を取って来ると、頭の中は

昔のままの自分をイメージしていますが、

身体はそうは行きません。年を取るに連れて、

言うことをきかなくなって来ます。


  そして、身体がいうことをきかなくなってくるに

連れ、気持ちの方も余裕がなくなり、「我慢が

きかなくなったり、短気になったり」するのです。


 私も最近とみに怒りっぽくなったように思います。


平成27年8月12日


 時間といえば、その早さに驚く一方で、過ぎ去った

日々のアレコレや、子供の頃、若かった頃のことなど、

懐かしく思い出させるものでもあります。


  そして私は、最近、どういうわけか小学校時代

のことをよく思い出します。

子供時代に一緒に遊んだけれど、今は、全く付き

合いのない人の子供の頃の顔を思い浮かべては、

「あの人はどうしているだろう」と思うのです。


  私の頭の中では、何時までも子供時代の顔です。

だから、二度と戻らない顔だけに懐かしく思うのかも

しれません。

平成27年8月11日


  仕事や会社中心の人生を送ってきた人にとって、

定年後をどのように過ごすかが大きな課題です。 

会社や組織を背負って生きてきた男性ほど、

ひとりの個人として生きていくことに戸惑いが

出るようです。

れを端的に表すのが、定年後の名刺の

「肩書き」だそうです。


 「よくある」と言われていることですが、自分の

住む地域でいろいろな活動に参加しても

“わたしは、元○○会社の○○部長をやって

いました”と自己紹介する例が、とても多いそうです。

どうしても現役時代のクセが抜けきらないことと

「わたしという個人」をきちんと見出せないことから

こう言ってしまうのかもしれません。


「偉い人、会社 離れれば ただの人」


とはよくいったものです。

平成27年8月10日


 私は最近、酒を飲みすぎた翌朝など

テキメンに身体が不調となります。

テレビやパソコンの文字も随分と見え

にくくなりました。

加齢に伴う症状(老眼など)が、

“気のせいかな?”という程度

から“確実に加齢のせいだ”に変わって

来たような気がします。


  物忘れもひどくなりました。

何かしようとしていても、その途中で

ボンヤリとしたり、別のことを考えたりすると、

もう「その前に」何をしようとしていたのか

思い出せません。


 ぼんやりと何かを考えていると

電車の駅も乗り過ごしてしまいます。

随分と不便になりました。



平成27年8月8日


  実社会とか人生では色々と

不公平や不平等な事も多いのですが、

時の流れと加齢だけは多少のスピード

の違いは有っても、基本的に万人に

対して平等にその現象が現れてくる

ようです。


  物忘れは、そのうちの一つと言われますが、

私の場合は、ここのところ、とくに酷くなり、

本当に加齢現象なのか聊か心配になって

います。


 私は、近視用のめがねをかけているのですが、

近くのものをはっきりと見るためよくめがねを

はずしますが、その後そのめがね探しで

一仕事をしてしまいました。

本当に厄介なことになりました。


平成27年8月7日


  ひとには、みんな懐かしい「想い出」があります。

「生まれ育った郷里・・・・、懐かしの新婚旅行・・・、

みんなで行った家族旅行・・・・。」

などなど、折に触れ、甘酸っぱく、そして切なく

想い出します。
そして時々、無性に「あの場所に、もう一度行って

みたい!」と思うのです。

 まさに「“ふるさと”は、ひとの心のよりどころ」です。

私も、毎日まいにちの慌しい生活の中でちょっと

疲れたときや、ムシャクシャしたときなど、ひょんと

“ふるさと”のことが頭に浮かぶことがあります。

そして、 その頭の”ふるさと”には、いつもニコニコ

笑っている子供の頃の母親が居ます・・・・


 そのとき、いつも思います。「そのうち行って

みようかなぁ!」と。


でも、母親もずっと前に他界し、住んでいた家も

今はありません。

私の故郷は、心の中にだけにあります。



平成27年8月5日


  サラリーマンの世界では、うっかりと余計な

一言を言ったばかりに、後で痛い目に会って

しまう人たちが少なくありません。


  飲み会で、“今日は無礼講だから・・・”

という上司の言葉を真に受けて、止せばいいのに、

わざわざイランことを言って睨まれて、後で痛い

しっぺ返しを受けたことがある私なんかは、

今でも思い出すたびに苦いものがこみ上げて

来ます。


 「雄弁は銀、沈黙は金」という格言があります。

これには「その場の状況によっては、余計なことは

言わない方が吉」という意味もあるそうで、

いわば、その場、その場の状況に応じ、臨機応

変に対応することの大切さを言い表している

そうです。


  私にはどうもしっくり来ませんが・・・


平成27年8月3日


  普通のサラリーマンは、22歳で大学を

出てからビジネスマンとして仕事をし、結婚後は、

その収入で家族を養って行かなくてはなりません。


 大卒で就職し60歳で定年を迎え、定年後は

再雇用などで65歳まで勤務したとしてこの間

43年間にもなります。

この43年間は多くの社員が、仕事中心の

生活をします。


 60歳定年後に嘱託社員として勤務した後も、

労働時間を減らして(勿論給料も減りますが)、

会社での負担を少なくしてみても、それでも

仕事中心の生活はさほど変わらないようです。


  そして65歳でリタイアした後に、やっとサラリーマン

を卒業して「残りの人生を奥さんと楽しく暮らそうか」

と思うのが、普通のサラリーマンの感覚かもしれません。

でも、その後が実は大変なのです。

平成27年8月1日


 今、「帰宅拒否症」が静かに広がって

いるそうです。

本来なら安らぎの場所であるはずの家に、

なぜ帰りたくなくなるのか?

それは、自宅にいる妻との関係、また家の

雰囲気を決める妻の態度や行動に原因が

ある場合が多いんだそうです。


 でもそれ以上に問題なのが、「マイホーム

なのに自分の居場所が無い、ひとりになれる

場所がない」と漠然とそう感じている男性

サラリーマンが少なくないことだと言われています。


部屋という引きこもる場所があるからだそうですが、

よくよく考えてみると、父親には家の中で

引きこもる場所がないのが普通なのかもしれません。

つまり、最近の住まいには「男の居場所」が無い

のではないでしょうか?

「自宅に居ても、居心地が悪い、だから家に帰り

たくない」

なんとも寂しい話しです。



 子供の「引きこもり」の一つの要因には、子供

平成27年月31日


 最近、電車の中などで小さなリュックを背負った

年配の男性をよく見かけます。

身体は丈夫そうですが、何か物足らなそうな顔

をしています。

「きっと定年退職した方だろうとな」といつも

思っています。


 世間には、定年退職をした後、することが

なくなり、むなしい思いをしている人たちが沢山います。

その中で、かつて大きな会社の部長さんをしていた人は

こう言います。

“月に一〇万円の給料でいいから働く場所が

ほしいんです。朝になって目が覚めたら、出かける

ことのできるところがほしい”と。


 勿論、これはこの元部長さんに限った話では

ありません。あらゆる企業の多くの元サラリーマンが、

定年後には同じような境遇に置かれているといっても

よいかもしれません。 

だから、小さなリュックを背負ってどこかに出かけるのでしょう。