人事労務日記~所長のつぶやき~ -223ページ目

人事労務日記~所長のつぶやき~

人事労務コンサルティング事務所を経営する所長が日々の業務について思うことを綴ってます。

平成28年7月25日 


  私は、毎日地下鉄に乗って通勤しているのですが、

最近の電車内では多くの乗客がスマートフォンと

にらめっこしていて、かつて多数を占めていた新聞

を読んでいる人は、私以外には余り見かけません。
新聞を広げる人は,まるで絶滅危惧種に近いかの

ような印象さえ受けてしまいます。

  車内広告に目を移して見てみると,広告の空き

スペースが増えたような気がします。
地下鉄の利用者は増えているそうですから、

車内広告が減少しているのは広告主が乗客の目線に
敏感に反応していることを物語っているのでしょう。
 
  世間の様子はどんどん変わって行きます。

年配者は、新しい変化に対応して行くのをぐずぐずして
しまいますので、「こんな世間の変化についていくのが

大変だ、住みづらい世間になってきたもんだ」
と感じ始めています。

平成28年7月23日


 近年、医療現場でこんな言葉がしばしば

聞かれるそうです。
「まあまあ型」と「とことん型」。病気の完治を

目指す「とことん型」に対し、完治せずとも自分で

生活ができるようにする「まあまあ型」。

 病院経営管理などが専門の高橋泰・国際

医療福祉大教授は、
「75歳を過ぎるとまあまあ型を必要とする比率が

急速に高まる」が、「現在の日本には『とことん』型を

提供しようとする病院が多い」ことが問題だそうです。

 私もそんなに遠くない将来75歳となりますが、

若し何かの疾患で煩ったとしても、「まあまあ型」で

いいかなと今から思っています。


平成28年7月22日


  私はサラリーマンを辞めてからもう10年近く

経ちますので、退職時の感慨などもうはるか

彼方“忘却の淵”に行ってしまいましたが、

私の友人の中には第2、第3の職場も勤め上げ、

本格的なリタイア生活を迎えた人が随分と

多くなりました。


  そして実際にリタイア生活に入ってみて、会社

という「安定した居場所」を失うことが、思っていた

以上に大きな問題だと実感する人も少なくない

ようです。

 

 現代の60代はまだまだ若くて元気です。

現役サラリーマンのような仕事の仕方はもう

「卒業した」としても、これからは自分自身が

納得できる、そして充実した毎日まいにちが

送れる“何か”を見つけようと奮闘して行く

ことになるでしょう。

 

“がんばろう「熟年」!”

“見つけよう「男の居場所」!”

 

平成28年7月19日


 以前に花王の経営者が、「“選択と集中”と言って

いるだけでは、何も起こらない.選択する”ことは、

“捨てる”ことであり、選択する以上は何かを

捨てなければならない。何かにしがみついているだけでは、

世の中の変化にはついていけない。」

ということを言われていました。


 実に含蓄のある言葉だとは思いませんか?

たしかに、すでに満杯の杯にお酒をついでもこぼれて

しまうだけです。

新しいお酒をつぐためには、杯をまず空(カラ)に

しなければなりません。

 でも、「捨てる」ということが実に難しく、私なんかは

慣れ親しんだものほど捨てられません。

平成28年7月18日


 日経新聞のコラム「さらりーまん生態学」において、

大分前になりますが、作家の江波戸哲夫氏が

「企業には“なるほど男”と“そりゃ違う男”がいる。

前者は他人の意見を聞いてなるほどと受け止めて

から意見をいう男。

後者は最初からそりゃ違うね、と反論を始める男」

と書いておられました。

 

 確かに、私の社会生活でこれまで付き合ってきた

人たちを思い浮かべてみても、このように大別できる人

が多いとガテンがいきます。

今でも、「そりゃ違うね」と言い出した、

その得意そうな知ったかぶり顔が目に浮かびます。

 



平成28年7月16日


  昔の友人に突然に出会ったとき、相手が

あまりにも老けてびっくりするときがあります。

こんな場合は、視線を泳がしながら、取り敢えずは

今日的な話題でごまかし、うまい具合に取り繕う

のがよろしいようです。

 

  間違えてもしげしげとスッカリ変わってしまった相

手の姿に見入らないことです。

無礼な視線は、それほどに相手の気に触ることも

あるからです。

俗に「目は口ほどにものをいい」と言いますが、

相手を「老けたなあ」と思ったときは、視線がまさに

「目は口ほどに・・・・・」にと、その思いを相手に

伝えてしまうかもしれないからです。


 でも、相手も同じように考えているかもしれませんが・・・。

 

平成28年7月15日


 私の度忘れは、もうかなり年期が入っています。

最近「度忘れ」することが多いのは、人の名前は

勿論、会社の名前、駅の名前などなどの固有

名詞です。

 

 ついこの間も、取引先へ出かけたとき、いつも

乗り換える「駅」の名前がどうしても出て

来ませんでした。


 オフィスを出た後、最寄りの駅に向かいながら、

ずっと“乗換駅の名前はなんだっけ?“と考えて

いました。

ところが、いくら考えても出てこない。駅の様子や、

何駅目で乗り換えるかなどは、よーく知っているのに、

名前だけが出てこない。そして、しばらく経ってから

“そうだ「○○○駅」だった”とやっと思い出したのでした。

とても不便になりました。

平成28年7月14日


 私は6人兄弟の下から2番目で、幼い頃は

近所の子供たちの「がき大将」でしたが、

チャンバラごっこで遊び回ったあげく近くの「どぶ川」

に嵌まって死にそうになったり、算盤の選手だった

中学時代には股関節炎を患って長い闘病生活

を余儀なくされたりしました。

 

  特に中学生の多感な頃、病院の担当医から

“復帰するまで長い時間がかかること。学校は休学

しなければならないこと”を告げられたとき、ショックの

あまり涙が溢れ出たことを思い出します。

そして、その涙が手の甲にこぼれたとき、一緒に

聞いていた母が黙って手ぬぐいを渡してくれたときの

顔が今でも鮮明に浮かんで来ます。

 

 そんな母が亡くなってから随分と年月が経って

しまいました。

本当に「光陰矢の如し」です。

平成28年7月13日


 先日、営業で外回りをした後、オフィスへの

帰りに電車に乗りました。

運よく座れたのですが、隣の駅から乗り込んできた

女子高生らしい三人が席の前に立ち人間関係

について語り始めました

  “あの子たちと仲良くやってゆくのはとにかくたいへん”、

と真ん中の子が言うと、“ほんと、人間関係って

疲れる”と右の子が応じました。
そして、だから“独りが一番”と皆が異口同音に

繰り返したのです。

 私は、目をつぶりながら、半ば唖然としながら、

その話を聞いていました。
未だ10代の半ばで、人との付き合いを
止めたり、

限定したりしたら、心が未成熟なまま大人になって、

人の痛みが分からない変人が出来上がってしまう

のではないかと心配しました。


 余計なお世話ですが・・・


平成28年7月11日


 「雄弁は銀、沈黙は金」という格言があります。

これには「その場の状況によっては、余計なことは

言わない方が吉」という意味もあるそうで、

いわば、その場、その場の状況に応じ、臨機応変

に対応することの大切さを言い表しているそうです。

 

 政治家がちょっとした失言で失脚してしまう今の

世の中です。最近では、一般人でもツイッターで

ポロッとこぼしちゃったことで信頼を失ったり、

職を失ったり、契約を取り消されたりとその人の

人生が変わってしまうことも珍しくありません。



 こんな世の中を平穏無事に過ごして行くためには、

「何事が起きても慌てず、騒がず、先ずは一呼吸

置いてから対応すること」との昔からの教訓がとても

大切になってくるようです。