平成28年7月14日
私は6人兄弟の下から2番目で、幼い頃は
近所の子供たちの「がき大将」でしたが、
チャンバラごっこで遊び回ったあげく近くの「どぶ川」
に嵌まって死にそうになったり、算盤の選手だった
中学時代には股関節炎を患って長い闘病生活
を余儀なくされたりしました。
特に中学生の多感な頃、病院の担当医から
“復帰するまで長い時間がかかること。学校は休学
しなければならないこと”を告げられたとき、ショックの
あまり涙が溢れ出たことを思い出します。
そして、その涙が手の甲にこぼれたとき、一緒に
聞いていた母が黙って手ぬぐいを渡してくれたときの
顔が今でも鮮明に浮かんで来ます。
そんな母が亡くなってから随分と年月が経って
しまいました。
本当に「光陰矢の如し」です。