人事労務日記~所長のつぶやき~ -207ページ目

人事労務日記~所長のつぶやき~

人事労務コンサルティング事務所を経営する所長が日々の業務について思うことを綴ってます。

平成29年5月6日

 

  普通のサラリーマンは、22歳で大学を出てから

ビジネスマンとして仕事をし、結婚後は、その収入で

家族を養って行かなくてはなりません。

 

  大卒で就職し60歳で定年を迎え、定年後は

再雇用などで65歳まで勤務したとしてこの間43年間

にもなります。この43年間は多くの社員が、仕事中心

の生活をします。60歳定年後に嘱託社員として勤務した後も、

労働時間を減らして(勿論給料も減りますが)、会社での

負担を少なくしてみても、それでも仕事中心の生活はさ

ほど変わらないようです。

 

  そして65歳でリタイアした後に、やっとサラリーマンを

卒業して「残りの人生を奥さんと楽しく暮らそうか」と思うのが、

普通のサラリーマンの感覚かもしれません。

そして、その後の奥さんとの毎日一緒の生活がとても

大変だと気が付くのです。

「サラリーマン人生」の最大の試練です。

 

 

 

平成29年5月4日

 

  枝に一杯の花を着け、咲き誇っていた桜も、短い盛りの

時期を終えると次々と花を落とし、散って行きます。

今ではすっかり花を落とし、新緑輝く葉桜となっています。

 

  桜は、散ってしまうことが分かっていても咲くのをあきらめません。

分かっているのに“満開の花を咲かせよう!”とただ、ひたすらに

それだけを思って一生懸命咲こうとするのです。

そして満開に咲かせたら、あとは散って行きます。

 

  私が桜を最も美しく感じる瞬間は、この散り際です。ひ

らひらと風に吹かれて舞い散って行く花びらは、

“私の美しい姿を見せられて幸せだった、

 また、来年会いましょうね。さようなら!”

と別れを告げているかのようでした。

 

 

平成29年5月4日

 

  近年、医療現場でこんな言葉がしばしば聞かれるそうです。
「まあまあ型」と「とことん型」。

病気の完治を目指す「とことん型」に対し、完治せずとも自分で

生活ができるようにする「まあまあ型」。

 

  病院経営管理などが専門の高橋泰・国際医療福祉大教授は、
「75歳を過ぎるとまあまあ型を必要とする比率が急速に高まる」が、
「現在の日本には『とことん』型を提供しようとする病院が多い」ことが
問題だそうです。

  私もそんなに遠くない将来75歳となりますが、若し何かの疾患で
煩ったとしても、「まあまあ型」でいいかなと今から思っています。

 

平成29年5月3日

 

  「昔の成功体験を忘れられない」という現象は、

サラリーマン個々の定年後人生でも起こります。

仕事や会社中心の人生を送ってきた人ほど、

定年後をどのように過ごすかが大きな課題となります。

 

  会社や組織を背負って来た人ほど、ひとりの個人

として生きていくことに戸惑いが出るようです。

例えば、定年後の「肩書き」です。「よくある」と言われて

いるのが、定年後の一寸した集会でも

“私は、元○○会社の○○部長をやっていました

と自己紹介する例です。

 

  どうしても現役時代の栄光が忘れられないことと

「定年後の自分の肩書き」をきちんと見出せないことから、

こう言ってしまうのでしょう(私のようにサラリーマン時代に

大した肩書きが無かった人は、昔の「肩書き」には余り

執着しないのですが・・・・)。

 

平成29年5月2日

 

   人生には、「上り坂」、「下り坂」そして「まさか」の3つが

あるそうです。
私の場合は、人生の「晩節」に至り、「下り坂」をだらだらと

下っていると思っていたら、実際は「まさか」、「まさか」の連続坂

にぶち当たっていました。
人生の最終コーナーで、「まさか」に出会うとは思いもよらないこと
でした。

  でも、そんな人生のピンチも「仕事」をしているお蔭で何とか

乗り越えて来ました。

少なくても「仕事」をしているときは、それに没頭でき、「辛い思い」

を一時的にせよ忘れることができるからです。

 

  人は死ぬまで「仕事」を続けられることが一番ハッピーなのかも

しれないと思っています。

 

平成29年5月1日

 

  私は、毎日地下鉄に乗って通勤しているのですが、最近の

電車内では多くの乗客がスマートフォンとにらめっこしていて、

かつて多数を占めていた新聞を読んでいる人は、私以外には

余り見かけません。
新聞を広げる人は,まるで前世の遺物に近いかのような印象

さえ受けてしまいます。

  車内広告に目を移して見てみると,広告の空きスペースが

増えたような気がします。
地下鉄の利用者は増えているそうですから、車内広告が減少

しているのは広告主が乗客の目線に敏感に反応していることを

物語っているのでしょう。
 
  世間の様子はどんどん変わって行きます。年配者は、

新しい変化に対応して行くのをぐずぐずしてしまいますので、

「こんな世間の変化についていくのが大変だ、住みづらい

世間になってきたもんだ」
と感じ始めています。

 

平成29年4月28日

 

  桜の「花言葉」の一つに『私を忘れないで』という言葉があります。

これは、1 年に 1 回、それも僅かな期間しか人に注目されない

桜の寂しさを表している のかもしれません。

 

  私は桜を見る度にこの桜の寂しさを想い、また人生の半ばで心

ならずもこの世を去って行った妻の無念さを想います。

 

  私たちは人生の節目に桜を見ることによって、過去に対する

惜別の思いを募らせて行 きます。私も、いつも散って行く桜を見ると

妻との別れの切なさが込み上げてきます。

 

平成29年4月26日

 

   仕事をしている際には、さしあたってのことをやり終えて,

時間の空きができることがあります。

何をどうするか,その焦点が定まらなくて,ぼうっとしていると、

やがて落ち着かない気分になります。
 

  「走っていないと倒れてしまう」という忙しない気持ちが、

身についているからでしょう。
「貧乏性」ともいわれています。

 

  だから「貧乏性」の私は、この空き時間ができるといつも

「しょうもない」ことを始めだし、一旦始めると止めるに止められず、

自分で自分を罵る羽目になったりしています。
 

 

平成29年4月25日

 

  オフィスの窓から見える桜は、すっかり花を散らし今はみずみずしい

新緑となっています。
月日の経つのは本当に早いのですが、私は今も10年前も変わらず、
家と事務所の間を朝晩往復して毎日を過ごしています。

 

  私生活の方は随分と変わってしまいましたが、仕事は皆様のお蔭で

変わりなく続けさせて頂いております。

   仕事をしている際には、さしあたってのことをやり終えて,時間の空きが

できることがあります。
何をどうするか,その焦点が定まらなくて,ぼうっとしていると,やがて

落ち着かない気分になります。

 

   「走っていないと倒れてしまう」という忙しない気持ちが、身について

いるからでしょう。「貧乏性」ともいわれています。

だから「貧乏性」の私は、この空き時間ができるといつも「しょうもない」こと

を始めだし、一旦始めると止めるに止められず、そのため他のことが出来ず、

自分を自分で罵ったりしています。

 

平成29年4月24日

 

    昨年12月に千葉の方で,不幸な出来事が起こっています。
パーキンソン病で要介護3、歩行には杖が必要な72歳の男性が,
住まいの老人ホームから3キロメートル離れた大病院に行きました。
帰る段になって,あいにく介護タクシーを呼ぶために必要な現金の
持ち合わせがなかったため,その病院に呼んでくれるように頼みました。

 

  然し、病院では対応できないと断られたため、諦めて歩いて帰路

につきました。
12月下旬のその日,老人ホームから行方不明で捜索願が出されました。
1月下旬になって,病院から1.5キロメートルほど行った川の側で,
遺体となって見つかったそうです。死因は凍死ということでした。
 病院がタクシーを呼んであげてさえいれば,この人は亡くならずに済んだ
かもしれません。
   

   病院にとっては、ほんのちょっとした余計なことだったのですが、

同様なことが今後多数増えると対応できなくなると考えたようです。

いちいち患者の帰りのことまで気遣ってやる必要はないと考えた

のかもしれません。
それでも,もし・・・・と思ってしまいます。