人事労務日記~所長のつぶやき~ -127ページ目

人事労務日記~所長のつぶやき~

人事労務コンサルティング事務所を経営する所長が日々の業務について思うことを綴ってます。

令和3年2月15日

 

  「ひとの人生には、三回だけ自由な時期がある」と言います。

それは、小学校に入る前と、学生のときと、そして定年後だそうです。

  

 たしかに、
 普通のケースなら小学校に入る前は、まだ「勉強」という義務は

ありませんし、テストを受けさせられることもありません。

近所の子供たちと屈託無く遊べる時期でもあるでしょう。

 

 学生時代前半の、就職活動を始める前も比較的自由な時期だと

言えそうです。

 

  そして、定年後も「ローン」や「子育て」、「責任ある地位」から

開放されて比較的自由な身分になれる時期です。

でも、この時期は、人によって実に様々なスタイルやら態様で

過ごすようでもあります。
 

令和3年2月12日

 

  今日は金曜日ですが、コロナ外食禁止期間なので、

家で「お一人様宴会」をします。

 私が今、気取って言っている「お一人様宴会」とは、

要は侘しい孤食を、気合いを入れた楽しい宴会に

するための「自分満足のtechnic」です。

 

  宴会ですから、豪華ではなくても品数は揃えな

ければいけません。帰りに行きつけのスーパーに立寄り、

刺身や焼き鳥やらシュウマイやらを買い揃えます。

 それらをちゃんとした食器に盛り付けて、取って置きの

酒を傾けつつ(テレビ画面の)女優さんをひやかしながら、

一人で盛り上がるのです。

 

  傍から見ているとチョット不気味かもしれませんが、

私は結構このスタイルを気に入っています。

令和3年2月11日

 

  仕事や会社中心の人生を送ってきた人には定年後を

どのように過ごすかが大きな課題です。

会社や組織を背負って生きてきた男性ほど、ひとりの

個人として生きていくことに戸惑いが出るようです。

 

  それを端的に表すのが、定年後の名刺の「肩書き」だそうです。

「よくある」と言われていることですが、自分の住む地域でいろいろな

活動に参加しても

“わたしは、元○○会社の○○部長をやっていました”と自己紹介

する例が、とても多いそうです。

 

  どうしても現役時代のクセが抜けきらないことと「わたしという個人」

をきちんと見出せないことからこう言ってしまうのかもしれません。

令和3年2月10日

 

  最近は、パソコンばかり使っているので漢字が書けなく

なってしまいました。このコラムを書いている内に、いきなり

思い立って「ひろうこんぱい」を漢字で書いてみようと試みました。

……が、結局、書けませんでした………

 

  「ひろう」は、「仕事で疲れた」と思い出して書けました。

「こん」も困ったって字を思い出して書けました。

でも「ぱい」が書けない。

「疲労困憊」の「憊」→→備える心ですよ……トホホ

令和3年2月9日

 

  いつの世も「人生楽ありゃ苦もあるさ」です。

辛いことの後には、きっと良いことが訪れます。

 

  だから先ずコロナというとんでもない「苦」から

始まった今年は、この後きっと「楽」が来るはずです。

 

  何しろ「水戸黄門様が主題歌で、そう歌っているですから、

絶対間違いない(はず……)です」。

 

令和3年2月8日

 

  先日の朝、混雑している通勤時の電車の中で、

私の前の席に、男の子を連れたお母さんが座っていました。

子供はやっと歩けるようになったぐらいの小さな子供でした。

 

  その子は、お母さんの膝の上にちょこんと座っていましたが、

とにかくお母さんの手から逃れて車内を自由に歩き回りたいとの

願望を持っているようでした。

だから、どうにかしてお母さんの膝から下りようと、必死に

もがいていたのです。

  それに対し、お母さんは、周りの迷惑になることを恐れ、そ

れを必死で止めようとしたので、満員電車の中で、はからずも

お母さんと子供の必死のバトル戦が展開されたのでした。

 

  そうこうしている内に目的駅に着いたらしく、この親子連れは

バタバタと下車して行ったので、このバトル戦もひとまずはそこで収束、

周りは静寂さを取り戻しました。

令和3年2月6日

 

 私の毎日は、人からみれば「日々平々凡々」に過ぎて行きます。

いつもと同じように朝が来て、いつもと同じように仕事をして、

同じように日が暮れます。

  でもその毎日の生活の中にも小さな喜びもあれば、悲しみや

憂いもあるのです。

 

  “今日のランチは久しぶりにあの店に行ってみよう”、

“明日はお酒が飲める日(13回をノンアルコールディーと設定

しています)だけど、つまみは何にしようか?”、

“今度の週末の朝はゆっくり寝よう”などなど

 

  「一年に一度の贅沢」のようなものではないけれど、日々

小さな幸せを噛みしめ乍ら、楽しんで過ごしています。

令和3年2月5日

 

  私は、いわゆるオジサンよりちょっと(大分?)年配のジイサンですが、

今あちこちでオジサンやジイサンの話題が出てきています。

きっと社会の一大勢力になったからでしょう。

 

  ところで、オジサンとはいくつ位から言うのでしょうか?

オジサンの正確な定義はなく、諸説紛々としていますが、ある調査によると、

オジサンの自覚症状は平均35歳位だそうです。

  ジイサンと呼ぶのかも曖昧な状況になっており、一般的には65歳からと

言われていますが、昨今の長寿化などから70歳とか75歳とか

色々言われています。

 

  こんなところにも「嫌なこと(オジサンとかジイサンとか呼ばれるのは誰もが

嬉しくはないはずです)は、白黒はっきりと決めないので曖昧にしておく」と

いう日本的な思いやりがあるのかもしれません。

令和3年2月4日

 

  「縁は異なもの味なもの」という言葉がありますが、

誠に変幻自在な縁の有り様は、生きていく上で何度も

経験させられます。

 

  縁を切るか深めるか、そんな局面に立つ場合もあります。

昔、サラリーマン時代に仕事上のことで、一度ならずに

同一人物から口汚く怒鳴られたことがあります。

その際、その人とは「金輪際2度と会うまい」と思い、

心の中で縁切りしたことがありました。

 

  その後その人の噂は他の人から聞く事がありましたが、

果たして私とは2度とお目にかからずにもう数十年が経って

しまいました。多分今後も一生会うことはないかもしれません。

 

  縁とは異なものであると同時にしつこい心の葛藤を反映する

場合もあるようです。

令和3年2月2日

 

  「ブラック企業」という言葉でこそ呼ばれなかったものの、

ブラック企業的な職場は昔からありました。

 

  戦後から高度成長期あたりの日本は、欧米に追いつけ

追い越せを合言葉に働いていた時代です。

サラリーマンも、ガムシャラに働くこと、夜遅くまで働くことに、

歪んだ優越感を感じ「うちの会社は、俺が支えているんだ!」

なんて自己満足を持っていました。

 

  そんな意識が、サラリーマンたちを過重労働

(仕事があろうとなかろうと夜遅くまで会社に残ること)に

駆り立てていたように思います。

勿論、私もそうでした。