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人事労務日記~所長のつぶやき~

人事労務コンサルティング事務所を経営する所長が日々の業務について思うことを綴ってます。

令和3年5月15日

 

 小説家の源氏鶏太氏は、
「親友のない人ほどさみしいものはない」と

氏のエッセイ集に書いています。
また、別のところには、「サラリーマンは孤独である」

とも書いています。

 

 65歳に達し、やっと長いサラリーマン生活を終え、

定年退職を迎えたサラリーマンの中には、定年の

祝杯をともに挙げてくれる友もなく、ひっそりと会社を

去って行く人もいるようですが、大勢の中でポツンと一人、

友もなく、趣味もなく、家族運も悪く、加えて職場では

出世のチャンスもなかったとしても、キチンと最後まで

勤め上げられた人は、きっと「負けてたまるか」という内

秘めた強い心を持っていたからでしょう。

令和3年5月14日

 

   NHKの大がドラマの主人公、渋沢栄一氏の言葉として、

「四十、五十は鼻たれ小僧、六十、七十は働き盛り、九十

になって迎えが来たら、百まで待てと追い返せ」が伝えられています。

 

  同氏は明治時代に財界で活躍した方ですが、明治時代の

平均寿命でいうと、たぶん4050歳代は現在の年齢にすると、

8090歳代にあたるでしょうか。

反対に現在の7080歳代は明治時代では3040歳代と正に

壮年期になるのかもしれません。

 

  私なんかは身体のあちこちにガタが来て、ヒーヒー言いながら

生きていますが、明治時代なら未だまさに壮年期の真っ最中。

まだまだ頑張らなければならない(のかな?)。

令和3年5月13日

 

  人は生まれながらにして、生まれきた時代や生まれた

場所に始まり、就職、結婚などなど、運に影響されてしまう場

面に出会いながら生きています。

 

  そんな不確定要素が多い人生で「運がいい人」が、いつも運に

恵まれているように見えるのは、なにも「風任せの運」だけに頼って

いるわけでもないようです。きっと運が試される場面でないところでも、

人知れない努力の積み重ねがあるからこそ、偶々格好のチャンスに

出会ったとき、慌てず焦らず冷静に対応できチャンスをものにすることが

出来るのでしょう。

 

  それが人には運が味方しているように見えるのかもしれません。

「運も実力のうち」とは、もう随分昔の私のサラリーマン時代に

よく聞いた言葉です。

 

令和3年5月12日

 

  サラリーマン社会では、ドンドン出世して行けば行くほど

社内の人間は皆ライバルになる訳ですから、社内での

本当の友人っていうのはドンドンと少なくなっていきます。

 

  他方、出世は遅いけれど本人がそれを余り気に

していない人は、身から出るギラギラさもなく、何となく気楽に

付き合えるという感じを醸し出しているためか、周りから

好かれるということが多いようです。

 

  然し、サラリーマンで出世街道をひたすら走り抜ける人は

ひと握りで、大多数は「ほどほど組」で卒業して行きます。

だから、社内でもそこそこの友人に恵まれます。

令和3年5月11日

 

  私は、昔から寝付くのに苦労するタイプです。

ベッドに入って眠れないでいると「早く寝ないと明日が大変」

と焦り、何とか寝付こうとします。

 

  でも、寝返りの具合とかエアコンの温度とかあれこれ

試すもののどれも効果がなくて、寝付けません。

眠れないときは羊を数えると良いといいますが、

数えて眠れた事は一度もありません。

数えれば数えるほど頭が冴えてしまいます。

 

  眠ろうとすればするほど余計に眠れない。

その結果、翌朝は寝不足で頭がフラフラしてしまいます。

トホホ……。

令和3年5月10日

 

  今、日本を席巻している新型コロナウイルス騒動は、

引きこもり状態にある高齢者の生活にも、さまざまな

しわ寄せをもたらしています。私は仕事のため、毎日

出かけているから助かっている面もあるようです。

 

  高齢者が長く「自宅に引き籠って」生活していると、

活動量が低下し、筋力も衰えて疲れやすくなるそうです。

また、こうした身体機能の低下は、行動意欲や

認知機能の低下にも繋がるという専門家もいます。

更に、ベッドで横になる時間が増えることは、要介護状態

に近づくことを意味するとさえ指摘する人もいます。

 

  一方では、コロナウィルスの感染を防止するため

「外出しないで出来るだけ家に居るように」と言われ、

他方で「家に籠ると要介護状態になる」と言われたら、

“じゃどうするやぁいいの?”という高齢者の嘆き節が聞こえます……。

令和3年5月8日

 

  高齢者になって以前と比べると、私の日常生活上の不便さは

倍旧の状態になっていますが、加えて手に持っている物を落とす

頻度も、倍旧化してしまいました。

 

  落としても腰を曲げて拾うのが厳しいので、まさに「泣き面に蜂」

の思いをしています。

持とうとして手で掴んだものが、頻繁にポロッ、ポロッと手からこぼれて

いくのです。きっと手に脂がなくなったせいで、こぼれやすくなったんだろう

と思っているのですが、腰を曲げて、落とし物を拾おうとすると

サッと腰に痛みが走ることもあります。

 

 “これじゃ、涙ポロポロ、物ポロポロだ”といつも嘆いています。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

令和3年5月7日

 

 定年退職後に家にずっといる夫に、とうとうある日

妻がキレたそうです。

 

 それは、

「彼は妻が出かける時には、“どこに行くんだ?”

と訊き、妻が友人からの電話を切った後は“電話が長い”

と文句を言う。また彼が家にいる時には、食事は当然の

ように出てくるものだと待っている。そしてある日妻が

友人との食事会で夜遅く帰ってきたときに、

“こんなに遅くまで、何をしていたんだ”と

怒鳴った。」

 この彼の言葉を聞いて、遂に妻がキレたのでした。

令和3年5月5日

 

  コロナ禍の中でも季節は巡ります。

もう桜の時期が終わり、新緑の季節となりました。

 

 妻がすい臓癌で逝ってから今年でもう7回忌を迎えます。

癌を患い、最期の日々を自宅で過ごしていた妻が、

最後に眺めた桜が前の家に咲いた桜でした。

 

  明るい春の日差しの中、もう寝たきり状態となっていた

妻の介護ベッドを半分立ててやっと観られた桜。

病室にしていた小さな角部屋で、二人でただじっと眺めて

いました。妻の表情からは色んな思いが駆け巡っている

様子が窺えました。

 

  そして疲れた妻が、ベッドを元に戻して横になったとき

“桜、綺麗だった!有難う!”と呟いた言葉とその時の顔が、

桜の季節が来て、桃色の花を見るたびに頭に浮かびます。

 

令和3年5月1日

 

  それほど親しくない知人と電車の中で偶々巡り会ってしまい、

挨拶が終わったあとの電車に 乗っている数十分間。

こんな短くて長いような時間に、会話が続く人と続かない人は

いるようです。

 

 家族とかごく親しい人と一緒の場合、少しの間、互いに

沈黙したとしても、それほど気にはなりません。
しかし、まだ親しくない相手や、大事な仕事の付き合いがある

相手の場合、そんな沈黙は大変なプレッシャーとして受け止め

られてしまうでしょう。

 

  そこで沈黙を破るために懸命に会話のネタを探すのですが、

相手もネタを探していて、その結果、同時に話題を見つけ出し、

話しかけようとしたタイミングもバッチリあってしまって、
同時に,”今日の天気は・・・という言葉が出て、バツの悪い

思いをした……

といった経験は誰もがあることかもしれません。