
「鳥葬」
投げつけたらそれはバラバラになってしまった。飛び散らず破片にもならなかったけれど粉々に砕け散ってしまった。
ぬいぐるみを引き裂いたときとは違う。綿は出てこないしそこまで柔らかくもない。中心には芯のような一筋があった。私はその中心ごと叩き壊そうとして、それは思ったよりもずっと容易いことだった。
こんな弱いものだったのか。
これほど脆いものだったのか。
後悔よりも呆気なさを強く感じて、けれど、さて、これからどうしたものかと途方にくれた。
相談なんてできないよな、ひとりで黙って片づけてしまうしかないんだよな。
私の前歯は治療したばかりで裏側に金属のブリッジがついている。舌先でなぞると異質物がそこにあるってわかる。気分が悪い。
おい、気分が悪いんだよ、わかるかお前?
その気分の悪い前歯で、たったいま、私が壊したものに噛りついてみる。
柔らかい。傷んだ果物みたいだ。いや、傷んだ果物は差し込む前歯を押し返さないから、こいつはまだ傷んでいない。頰をつねると温もりまである。
なんでもいいや。こいつは死んでる。どうしようもなく、こいつは死んでる。
その日は朝から気分が悪かったから私は目につくなんでもを壊そうとしたけれど、高価な食器や調度品には手が出なかった、なくなるとすぐに不便になる電灯もさわれなかった。なんだって破壊する狂人に憧れたのに存外、冷静な自分がいたのでがっかりした。
私は私の生活そのものは壊せなかった、生活に付着するストレスは破壊対象だけれど、自らライフラインを断つことはできない。私の苛立ちなんてそんなものだ。
くだらねぇって呟いて、着たままのパジャマを脱ぎ捨てる、それからニルヴァーナのTシャツをかぶる。カート・コバーンの真っ青な眼が写された一枚。
ニルヴァーナなんて聴いたことないけれど、こいつは27歳のときにライフルで自分の頭を吹き飛ばした。
私にもショットガン用意してよ、ねぇ、おまえ。
首筋をつかんで持ち上げる、泣き声はあげなかった。
そうそうそれでいいの、いい子いい子、静かにしてろって言ったじゃない。
窓の外は青空だった。東から西へ伸びた飛行機雲が見える。半分は爛れて消えながら、それでもどうにか青みのなかに傷跡を残していた。
私は。私は、どうにもややこしくなった肉塊をバスケットに詰め込んで、せめての慈悲を授けようと考える。ベランダに咲いていた花、萎みかけていた花、そんなものを適当に引き抜いてバスケットに放り込む。
非常階段を使う。エスカレーターは誰と乗り合わせるかわからないし、誰かに見られるわけにもいかない。
この屋上階なら人は来ない、くるのは鳥くらいだ。カラスがよくせせら嗤うような声をあげ、地上の私たちを見下ろしている。
屋上階にて。
私はバスケットを置き去りにする。永遠に眠ったかつての生き物が冷たくなってゆく。
呆気ないなぁ。私の子供なら、もう少しタフなものだとばかり思ってた。
死んじゃったものはどうしようもない。毎日毎夜、力の限りに泣き喚いて私を眠らせないのが悪いんじゃない。私が産んだんだから、あんたをどうしようが私の勝手でしょう?
カラスが数羽、遥か上を旋回していた。空腹なんだろう。
ほらやるよ、骨までしゃぶり尽くして、この肉の塊を。
私はその柔らかい二の腕に噛みつき、押し返す力は弱くなっていた、私は思う、こいつは徐々に、完全に、死に包まれているのだと。
血が滲み、骨が見えた。思ったよりもずっと軟らかな骨はまるで冷めたフライドチキンのように折れた。前歯のブリッジが骨を跳ねて微かに音を立てる。
見上げる。カラスが群れを成しつつある。私が肉塊から離れるのを待っている。空腹なのか矯正もあがる。
食え。私は思う。跡形もなく片付けてくれ、存在そのものをなかったことにしてくれ。
私はバスケットを抱え、両手を伸ばす。天に向けて亡骸をかかげた。
すべて食え、おまえら。
葬儀は終わりだ。
真夏を思わせる太陽が南から私を睨んでいた。私は裸のままお尻のポケットに差し込んでいたナイフを握る。そしてバスケットを置いた隣に寝転んだ。平らになると全身が青に包まれているような気がした。
なにもかも、これで終わり。
私はその切っ先を喉元にあてがう。周遊するカラスたちは死の気配に敏感な死神のように群れに群れる。
さあ食え。私は思って目を閉じる。それでも瞼に映る青だけは最期まで消えなかった。



