遺産相続の際、結婚していない男女間に生まれた子(婚外子)の取り分を、結婚した男女の子(婚内子)の半分とする民法の規定について、
最高裁大法廷は、「法の下の平等を定めた憲法に違反する」との判断を下した。
裁判官14人の決定で、全員一致。
9例目の最高裁が法律を違憲とした例となる。

今朝9月5日の朝日新聞から、このような記事に目がとまる...

そもそもこの法律は、民法900条4号、親が死んだ後に残した財産(遺産)を、子が受け継ぐ(相続する)ときの取り分を定めた法。
今回の法廷では、子は親を選べないのに、生れたほうで差別されるのはおかしい。
人間それぞれ違いはあれど、法律的な権利や義務は等しいという"法の下の平等"に反するという見解を最高裁が示したわけだ。

そもそもこの法律は、1898年の「明治民法」に盛り込まれており、法律上の結婚を大事にするというこの国の芯の部分が柱にあったようである。
当時は"家制度"がしっかりあって、婚外子でも、家の新たな戸主となる跡継ぎとしての候補になれた。その候補にとゼロでなく半分の権利を与えたようだ。

この115年の間続いた規定を、違憲とした今回の大法廷決定。
これは、歴史的にみるとたいへんな判断ということになる。

ただ、大法廷が規定を合憲とする決定を出したのは1995年。
当時すでに諸外国では差別撤廃が主流だったようで、
欧米諸国ではかつて、キリスト教の影響から、婚外子の法的権利は認められていなかったにも関わらず、子どもの人権を守るために、1960年代から差別を無くす方向に進んでいた。
中国や韓国でもそれは同様で。
日本国内でも民法の改正が議論され、差別解消の機運は高まっていた。
しかし、国会に対応を委ね、規定に合憲のお墨付きを与えたのは95年決定であったわけだ。

その国会は、合憲判断のもと、法改正を怠った!
歴代の政権も差別解消の法案を提出せずにいた!
別にいいんだ!後回しでも大丈夫...国民が辛抱すればいい。
またこれだ!
18年間も延命したのは、司法、行政、立法すべての怠慢!

国連の人権機関も、日本政府に法律を改めるよう、何度も勧めていたらしい。

主要国では相続差別の撤廃がほぼ実現。
今回、大法廷が重ねて合憲判断を出す余地がなかったようだ。
結局、民意が、しびれを切らして怠慢な国の権力に動くことを促したのだ。

さ~これからだ。
大法廷は、「違憲判断の影響は決着済みの他の事案には及ばない」とはいうものの。
国民は、過去に決着した遺産分割の争いまで再燃する可能性も生れる。

福島第一原発の件もそうだが、
こういった知らない気づかないところで、本当に後回しにする事案が、
この国には山ほどあるようなそんな疑いすら持ってしまう。
小さなこと、経済や政治に影響のないこと。そういったことだからでなく!
国民の人権に関わること、だからこそ、まず真剣に検討してもらいたい。
他の国から促されたり、指導を受けたりする以前に、
この国のカタチ、方向、しっかりと国民の幸せを考えるならば、
そこに時間とお金をかけていただきたい。

なによりも、怠慢!これこそがすべての敵である。
トップに立つモノには、この言葉は理屈やいいわけにはならない。
こんなことを言っている間にも、権利を浅薄にされている人間が存在している。
それはいやだ!人権は法の下の平等がすべて。
そこに差別なんてことがあっては絶対にいけない...
熱くなってしまった。人権は、人間が平等に持っている権利だから、どんどん主張していいんだと思う。
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埼玉県越谷市や千葉県野田市など一帯で2日午後2時過ぎ、竜巻とみられる突風が発生。
越谷市で66人がけが、野田市でも1人が軽傷。547棟の建物に被害。

地球温暖化の影響で、今後突発的な竜巻やゲリラ豪雨は増える可能性があるそうだ。

温暖化によって海面水温が上昇すれば、水分の蒸発が進む。
大気が不安定となり、突発的な雨や竜巻の頻度が上がる。

日本は、四方を海に囲まれた島国。
これまで北米大陸でしか起きていないのでくらいに思っていた竜巻が、
いつ起きてもしょうがないというべき環境であることは事実である。それが日本列島なのだ。

竜巻は地表付近で別々の方向から吹く風によってできた渦が、上昇気流で持ち上げられてできる。
日本列島の南東側にある太平洋高気圧の縁を時計回りに回って湿った暖気が関東地方に流れ込んだ。
大気の状態が非常に不安定になり、上昇気流ができやすくなり、そこに上空と地表の寒暖差が加わった。
実は日本は、地球温暖化に敏感で厄介な大小の島が集まった国なのだ。

そんな日本の夏の平均気温が100年間で1.05度上がっている。
ヒートアイランド現象の影響も加わるため、さらに気温は上がる...

竜巻のもとになる積乱雲が引き起こす"ゲリラ豪雨"は増加傾向が鮮明。
気象庁の分析では、全国の降水量観測点で1時間に50㎜以上の雨を観測した年間回数は1976~85年に比べて、直近の10年は3割以上も増加。
スーパーコンピューターを使った試算では、2076~95年は直近10年よりもさらに6割以上増える結果がでた。

また、竜巻の原因になったと見られる積乱雲について、特に巨大な雲で、内部の上昇地域に小さな低気圧を持つ"スーパーセル"であった可能性が高い。
今後都心で発生することも懸念される。

今月2日までに全国で出された今年の竜巻注意情報は992回。
近畿では108回で、そのうち101回が7月と8月に集中。
また9月は、地上の気温が依然として高く、上空に寒気が流入してくる季節の変わり目で、
一年で特に竜巻が多く発生するらしい。
それだけに実は、かなりの警戒が必要になってくるのだ。

豪雨の中、高速を走る車、目の前に大きな竜巻が現れ一面を飲み込みながら迫ってくる。
叫ぶ子供の声...車内はパニック状態。
家屋は壊滅し、地面に臥して頭を抱える住民の方々...

まるで映画のワンシーンを観るようなそんな出来事がテレビを通じて目に飛び込んできた。
そうなのだ!実際に起きてしまっていることなのである。

これは日本だけに関わることではない、日本だけがしっかり対策を練ればいいというわけでもない。
なんといっても相手は、自然が作り上げた巨大な猛獣なのだ。

私達国民は、さらに具体的な安全対策を政府に求め、
そして自らも地球温暖化に対してもっと知識をつけ、自主的な対応に一歩も二歩も踏み込まなければいけない時がきたのでは...などとっ考える。

映画「PACIFIC RIM(パシフィック・リム)」ではないが、世界が一つになって...本当にそういう時なのかもしれない...決してオーバーなことじゃないと思う。
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ドイツでは9月22日の総選挙に向けて、各政党が熱い選挙戦を繰り広げているようだ。
今、注目を浴びているのが、旧東ドイツに位置するLand Sachsen-Anhalt(ザクセン=アンハルト州)から立候補している社会民主党(SPD)Dr.Karamba Diaby(カランバ・ディアビー)候補。

ディアビー候補はセネガル出身。
ドイツ史上初のアフリカ系議員の誕生かと、
Reader's Digest(リーダーズ・ダイジェスト)ドイツ語版が22日、報じた。

ディアビー候補は1961年、セネガルのRégion de Kolda(コルダ州)Marsassoumに生まれた。
首都Dakar(ダカール)の大学を出た後、
1985年、ザクセン=アンハルト州のMartin-Luther-Universität Halle- Wittenberg/Luther University of Halle-Wittenberg(マーティン・ルター大学ハレ・ヴィッテンベルク)で化学を学び、博士号を取得。

1970年、故Willy Brandt(ヴィリー・ブラント)元首相が訪問先のポーランドの首都Warszawa(ワルシャワ)で、ユダヤ人ゲットー跡地でひざまずいて献花し、ナチス・ドイツ時代のユダヤ人虐殺について謝罪の意を表したのを見た日、SPDの党員になろうと決めたという。

その1年後には、Halle an der Saale(ハレ)の市議会議員に選出。

ディアビー候補は、ザクセン=アンハルト州のSPD政党名簿第3位である。
2009年の総選挙では、同州から上位3位までの候補者が連邦議会に当選。
ディアビー候補が当選するチャンスは大きい。

現在、620人の議員を抱えるドイツ連邦議会には外国にルーツを持つ議員が21人いる。
わずか3%。
ディアビー候補は、
「これからは、連邦議会も多様性の時代だ。黒人か黒人でないかは重要でない」と語る。

ドイツにおいて、外国にルーツを持つ人口は全体の約20%。
ディアビー候補は、この割合が政治的機会にも反映されるべきだと考えている。
また、教育環境の改善と環境保護にも意欲を見せる。
特に、外国人への教育と研修の必要性を説いた。

ドイツという国の中にあって、ドイツ以外のルーツを持つ国会議員が誕生するということは、
歴史的にも(現状では)信じられないこと、しかもアフリカ系ということは、これは未来へ繋がること。
ぜひとも、ディアビー候補から始まる新しいドイツ。期待したい。
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先日、タイのミュージシャン(DJ)から、バンドの音源がデータで大量に届いた。
ほとんどが、オシャレなもので、90年代のあの日本でいう渋谷系の面影もチラリ。
とても興味深いものであった。
日本の方が上だろう!なんて幻想を抱いていた時代とは異なり、
もうすでにタイ(東南アジア)の方が、独創的で斬新。
これは、こういった音楽の世界でも、目覚ましい進歩を実感するのである。

日本経済は、現在ほぼゼロ成長。そんな中で暗中模索している内に、
東南アジア各国は毎年急激な経済成長を遂げている。

今朝の朝日新聞の紙面に、タイの最低賃金アップについてのトピック記事が掲載されていた。
タイは今年1月に最低賃金を全国一律でいっきに20%以上も引き上げて、1日300バーツ(約930円)に引き上げた。
2011年の総選挙で勝利したยิ่งลักษณ์ ชินวัตร/Yingluck Shinawatra(インラック・シナワトラ)政権の公約で、
昨年4月、第1段階としてบางกอก/Bangkok(バンコク)などもともと最低賃金が高かった7都県を300バーツに、残りの県はそれぞれ40%引き上げた。
そして今年1月、すべての県が300バーツに引き上げられて完全履行。

ราชอาณาจักรไทย/Thailand(タイ)では従来、地域ごとに最低賃金が定められ、地方に行くほど安かった。
これが、地方産業の競争力の源になっていた。
ところが、今回の政策で、規模の小さい企業ほど賃金上昇分を吸収する余力がなく、
調査したところによると、12.5%が工場閉鎖。
約30万社あるとされるタイの中小零細工場の5万~7万ヵ所が操業停止に追い込まれる可能性がある。
そこで、経営者は様々な対策を練って打開しようとしている。
しかし、賃金アップに応じて、タイ国内での労働力確保が困難になり、いよいよ海外へ発信が頻繁に育成されていくことだろう...

変化のスピードの激しい東南アジアの国々。
あの頃、バックパックをかついで旅をして感じた「途上国」という雰囲気はほとんどしなくなった。
特に首都・大都市に限って言えば、世界の諸都市に比べて遜色ないくらい発展しきった印象を受けるのだ。
日本での日常で目にする雑誌やファッション、また食材に至るまでなんでも手に入れることができる。

ただ、まだ街が汚れていたり、渋滞・騒音が激しかったりといったイメージはあれど、
それもその国特有のものということで納得することが適当のように思えたりする。
しかし、そんな街で何日か過ごしてみると、日本よりはるかに発展しているようなところもたくさんあるように思える。
社会的な格差が大きい分、金持ちはとんでもない金持ちが住んでおり、彼らのニーズを満たすべく、日本でほとんど見ないような超高級レジデンスが無数に建っている。
ホテルや病院の素晴らしいサービス、LLC(格安航空)の選択肢も日本より多くて便利。

バンコクにはいまや3万人を超える在留邦人が暮らしているようだ。
途上国に暮らすといっても、いまではほとんど不便はなく、
東南アジア諸国は、地理的にも近い先進国の日本をモデルとしている場合が多く、
日本のモノは普通にたくさん入っているし、サービスなどの面も注目され、ますます「日本化」していくような兆しがある。

日本は、もっとさらに東南アジア(しいては南アジアも)に注目(興味を持つ)し、さらに共同共生で新しい交流のカタチをどんどん模索していくべきである...

FMCOCOLO765(http://cocolo.jp/pages/timetable.php)の朝5時台には、そんなリアルなアジアの情報が現地の言葉で伝えられている。
今朝は、ශ්‍රී ලංකා ප්‍රජාතාන්ත්‍රික සමාජවාදී ජනරජය/Sri Lankā(スリランカ)。
සිංහල/simhara(シンハラ)語はわからないけれど、だけどムードが伝わってくる。
アジアの中の日本。私達はアジア人。改めてその関係の大切さを実感するのである。
先日のワークショップ・フェスティバル「DOORS」で、
講演をしたERIC(エリック)が、スペインの現状をいろいろとわかりやすく語ってくれた。
ちなみにエリックは、FMCOCOLO765のスペイン人DJ。
最近のスペインの問題である...

スペインという国は、イベリア半島にあり、
面積が、504,782km2。人口は、約4600万人。
その大きな面積の半島の南端にイギリス領Gibraltar(ジブラルタル)がある。
そもそもこのジブラルタル。スペインの国の中に存在しながら、
1704年8月4日、ジョージ・ルーク提督率いるイギリスとオランダの艦隊の支援の下、
オーストリアの軍人であるゲオルク・フォン・ヘッセン=ダルムシュタット(ヘッセン=ダルムシュタット方伯ルートヴィヒ6世の息子)指揮下の海兵隊がこの地に上陸。
交渉の末、住民は自主退去を選択。海兵隊はジブラルタルを占領。
フランス・スペイン連合軍はジブラルタル奪回のため艦隊をトゥーロンから派遣。
それを阻止しようとルーク率いるイギリス・オランダ海軍が迎撃に向かい、
フランス・スペイン海軍が撤退したことでジブラルタルは確保された。
いわゆる「マラガの海戦」でイギリス・オランダ軍に完全に包囲されることとなった。

1713年にユトレヒト条約の締結によって戦争が終結。
その条約でジブラルタルはイギリス領として認められた。
その後は、たび重なるごとにその領有権(というか軍事基地として...)を争われているが、
現在はイギリス領という認識でいる。

そこで、そのジブラルタル政府は5日、
スペイン政府が魚礁建設への報復措置として通行税徴収や航空機の飛行禁止を検討していることについて、あたかも武力をちらつかせて脅迫する北朝鮮のようだ、と非難したようだ。

こういったことの理由をまた原因をエリックがジョークを交えて教えてくれたのだ。

対立が深まるきっかけとなったのは先月、
ジブラルタルが海にコンクリートのブロックを沈めて魚礁の建設を始めたことだった。
スペイン政府は、魚礁は自国の漁船を妨害するものだと反発。
報復として国境検問の強化を始めた。
その結果、ジブラルタルへの観光客が猛暑の中、6時間も待たされる事態となった。

さらにスペイン政府は、国境を通過する際に50ユーロ(約6500円)の通行税を新たに徴収することや、
スペインに資産を持つジブラルタル住民への税務調査、
さらにジブラルタルへ向かう航空機の飛行禁止などを検討していることを明らかにした。

こうした措置をスペインが検討していることについて、
ジブラルタルのFabian Picardo(ファビアン・ピカード)首席閣僚(首相)は、
「狂気の政治」だとし、「まるで北朝鮮のようだ」と非難した。

David Cameron(デーヴィッド・キャメロン)英首相の報道官は、この事態について首相が深く懸念しており、スペイン政府に説明を求めていく考えを明らかにした。

イギリスとスペインはともにヨーロッパ連合(EU)と北大西洋条約機構(NATO)の加盟国。
そんな中で、ジブラルタルの帰属問題は長年にわたって両国の懸案事項となっているわけである。

スペインという国は、あまりにも大きな国で、しかも何かと現在では国の経済的事情がよくないということばかりが、報道されてはいるが。
実は、それだけじゃなく、民族間や歴史的な背景から国内で、常にプライドをぶつけあっているということが現況として、深く深く生き続け継続しているのである。

その国のよいことばかりを知ってしまうと、リアルなことについつい耳を塞いでしまいがち。
平和への道を考える上で、こういった小競り合い(というわけではないが)が巨大な反発を招いてしまうのであれば、早くに対話することで解決してもらいたいとそう望む。

人間というのは、結局は、権力や権益、権利といった"権"に縛り守られていることに優越感を得てしまう生物なのだろうか...
南極海での捕鯨を巡り、日本が国際司法裁判所(ICJ)でオーストラリアに訴えられた裁判が、
16日に日本側最終弁論で主要な手続きを終えたようだ。

日本にとってはICJで争う初の訴訟。
判決は通常4~8か月後にでる。上訴はできない。

朝日新聞によると、
「商業目的で、殺さなくてもいい鯨を捕り続けている」と非難してきたオーストラリアに対し、
日本は調査目的の捕鯨に合法性があると主張した。

日本側代理人の鶴岡公二外務審議官は法廷で「日本の捕鯨は科学的知識を得る目的だ」と改めて主張。
オーストラリアの訴えが、そもそもICJで扱われる問題ではないとして却下するか、オーストラリア側の主張を退けるかのいずれかを求めた。

その一方で、来年から国際捕鯨委員会(IWC)で南極海の調査捕鯨の見直し議論が始まることにも触れ、
「必要ならば調査捕鯨の計画を修正する用意がある」と説明。

日本はこれまでの口頭弁論で、科学研究目的のため限定的な捕鯨を認めた「国際捕鯨取締条約」の条文をもとに、年数百頭捕鯨の正当化を主張。

一方でオーストラリアは、「実際は肉を売るための商業捕鯨で、科学的根拠はない」と非難。

日本は「鯨資源の保護のために必要で、殺さないと取れないデータもある。科学的成果も上げている」「科学には多様な意見があり、一つに定義できない」と反論。

もし日本に不利な判決が出ても、「北太平洋の捕鯨は裁判の対象外」という。
ただ、内容によっては捕獲量を減らさざる得ず、捕鯨の継続が難しくなる可能性はある。

オーストラリアは、不利な判決でも、日本に捕鯨禁止を求め続ける意向を示している。

裁判は2010年5月31日にオーストラリアが日本を訴えることにより始まった。
国際司法裁判所は2010年7月13日付で、オーストラリアに対し2011年5月9日までに主張を記した書面を提出するよう、日本に対し2012年3月9日までに反論を記した書面を提出するようそれぞれ命令。
オーストラリア政府は2012年3月10日に、日本からの反論を既に受け取っていたことを明らかにしている。
いずれの書面も、口頭弁論の日までは非公開。
両者の書面が提出されたことで、裁判所は双方への手続きの命令を行うこととなった。

2012年11月20日、国際司法裁判所規程第63条を援用し、
国際捕鯨取締条約の解釈に利害関係のある第三国としてニュージーランドが裁判所に訴訟参加を求めた。

書面手続きの後、今年6月下旬にオーストラリア側から口頭弁論を始め、双方が主張を交互に展開した。

国際捕鯨委員会(加盟国82カ国)の内、捕鯨推進国は34カ国あり、
伝統的文化を持ち食糧として捕鯨をしている国々には、ロシア、日本、ノルウェー、アイスランド、フェロー諸島(デンマーク自治領)、カナダなどが挙げられる。
未決定(中立)国は中華人民共和国など3カ国存在する。
アメリカ合衆国は、国内少数民族の先住民生存捕鯨は是認しているが商業捕鯨には反対しており、
そのように国内に捕鯨推進派・捕鯨反対派の両者を抱える国も珍しくない。
一方で捕鯨国のカナダは、国際捕鯨委員会を脱退している。

捕鯨反対国には、商業鯨油目的の捕鯨を行っていた元捕鯨国のオーストラリア・フランス・スペインなどのEU加盟諸国、ラテンアメリカ諸国(反捕鯨の立場を鮮明にしているアルゼンチンやブラジルなどが主導するかたちで、他のラテンアメリカ諸国も反捕鯨の立場で足並みをそろえている)。
ほかニュージーランド、インド等が中心となっており、これに与するNGOも多い。

いろいろとそれぞれの国の思惑を(軽く)チェックしてみると、
それぞれ国境を越えた環境・経済・民族・領海・文化・宗教などの問題がややこしく内包している。
それだけにそれぞれの考え方の違いが露骨で、時として各々不寛容な論調に陥りやすいのであろう。
それだけに前進を求めても堂々巡り。どう進めていけばいいのか...

また、捕鯨反対派のなかには、クジラの巨大な脳容積や、音波によって同族間の緊密なコミュニケーションをとっているらしいこと、ヒトと同様の哺乳類である事を挙げて、
「知能が高い動物を食べるのは残酷である」と食のタブーとする意見がある。

この辺りはイデオロギーの問題になるし、それじゃ知能が低い動物はいいのか?といった論争にもなってしまう。

私は、鯨を食べるということを(味覚的に)好まないので、ピンとこないことも多々ある。
ただそれぞれの国家間の歴史的文化の相違ということがあくまで基本にあり、
それを度外視しての訴訟になるなら、双方歩みよることはできないのであろう。
やはり妥協することも大切だろうし、元々は捕鯨国であったオーストラリアからの強硬な姿勢には少し疑問も感じるが、日本もやみくもに、日本はそういうものなんだ!という主張は違うとも思う。

ただヨーロッパを中心とした世界の主流が捕鯨反対の傾向にある。
それだけに、もう捕鯨を主張することは新しい世界の流れではないのかなぁ~
とはいっても国際司法裁判所で日本が訴えられているわけである。
それだけにその対応に注目をしなければいけないのでは...。
判決の結果はいかに??
環太平洋経済連携協定(TPP)の18回目の交渉会合が11日間の日程で始まった。

しかもマレーシアのコタキナバル。
そう2年ほど前に訪れたボルネオ島のマレーシア・サバ州の州都のあの素敵な街。

マレーシアの政府は25日までの交渉日程を発表。
一部分野では日程を先行し、
各国の利害がぶつかる、物品の市場参入など「関税」、外国人投資家への差別撤廃や紛争解決の方法など「投資」、独禁法などによるカルテルの防止など「競争政策」などの7つの作業部会は22日までに交渉を終える。

著作権や特許の保護期間、模倣品対策など「知的財産」は23日に終わり、
24日まで続くのは、関税撤廃の対象とする産品の基準など「原産地規制」、
公共事業の入札ルールなど「政府調達」など5つの作業部会で、
そこから日本は参加することとなる。
後半からの参加は、USA議会で参加承認の手続きが終わる23日からようやく交渉に加わることができるため。

日本を除く11カ国は、5月のペルー・リマでの会合後も、「投資」や「原産地規制」など分野別に、少なくとも3回の中間会合を行ってきた。
その結果、10月に大筋合意し、年内に妥結(最終合意)するという目標を実現するには、今回の会合でどれだけ議論を深められるかがカギとなる。

最終日の25日には「ジャパンデー」にあてられ、日本の要求を説明。
会合終了後は、各国の首席交渉官らによる記者会見があり、次回の日程やその先の見通しが示される予定。

マレーシア政府は、先月29章あるTPPの協定文のうち、
「政府調達」や「税関手続き」など14章については「実質的に終了」したと発表。
ただこれらの分野でも、各国の利害が絡み合う項目を後回しにしている。

難航必至なのは、関税撤廃をめぐる交渉。
二国間で例外をつくるケースが多い為に、農産物の関税維持を狙う日本は、
USAなどとの個別協議を8月上旬から開始。
10月の合意にさて間に合うのか...

あれだけ長期に渡って公論してきたTPPの案件。
メデイアなどを通じて知ったことを伝えられ、一喜一憂するのは当事者の製作者たち。
農業だって農家、工業だって中小工場の経営者。
その方々のリアルな意見や叫びが、どこまで中央に届いているのか...って。

結局、頂上の人が代表として国を背負って交わす交渉も、
それは本当に根っこの根っこで命を耕す人々にしっかりと連動しているのか?ということ。

あくまで、私達の元に届くのは、メデイアを通じて伝わるデータ。
そこで決定していくことが、もしかして、私達の国で起きてしまうようなことと同じように、
世界中で拡大してしまうのかと思うと...それが当たり前になってしまうことは恐怖だなぁ~と思う。こういうことは民族や宗教や関係なく。人間・人権として。

TPPを達成することが善だとか悪だとかということがなく。
前進するということは、きっと何かが犠牲になりながらも、希望に向かっているという事実には納得しなければいけないこと、それもこの国を守るスタイルであることは間違いない。

ただ、根っこの根っこで培いそして命を削って生きてきた人達の生きがい、生き様までは否定できないはずだ。

競争社会である。日本は世界は。
しかし共存していくなら、運や諦めやそんなことで片づけない、未来へ向かった解決をそして前進を、頭のいい上の上の方の方々がアイデイアを立案していただくことを望む。
「えっ!!?」というような斬新なアイデイアを期待する。
別に他人事じゃない。それは今チャンスがある皆さんだから。

しかし、こんなことならTPP交渉会合取材とかで、コタキナバルに行きたかった!
また行きたい!とにかく普通に行こう!素敵な街だもん♪
東京外国語大学の岡田昭人教授は、
「教育の機会均等」について研究されている。

朝日新聞の記事から、
岡田教授は研究の中から「戦後日本では、国レベルの教育改革議論において、階層間格差がほとんど取り上げられなかった」ということが分かってきたそうだ。

戦前の不平等な学校制度が廃止され、戦後は平等主義に基づく6・3・3・4制が採用。
「教育基本法には、すべての国民は人種、性別、経済的地位に関わらず、等しく、その能力に応ずる教育を受ける機会が保障されると明記された。」

当時はそう信じて、そういう具合だと、ただ普通に教育を受けてきたけれど、
やれ競争だ戦争だとかメデイアは煽り、私は、少年は少年なりにそのシステムそのものの不自由さを感じていたものである。

「近年の教育改革は学校教育に市場原理を導入。親と子の"選択の自由"を拡大することによって競争をかき立てる方向に進んでいる。家庭は経済力と情報力を精いっぱい駆使し、少しでもレベルの高い教育を獲得しようとする。その結果が期待に反するものとなっても自己責任とみなされがちだ。」

ある調査によると、公立小・中学に通う子供を持つ保護者の6割が教育格差を「当然だ」「やむをえない」と考えているらしい。
また、土曜授業を行う学校週6日制も、経済的にゆとりのない家庭の方が賛成する割合が高くなっている。

「背景にうかがえるのは、格差社会が子供の教育にまで暗い影を落としている現実だ。日本の教育界では、能力の違いによって子供たちを差異的に扱うこと自体を"差別"とみなす風潮があり、その中で家庭環境と教育格差を関連付けて考えることも問題視する捉え方が形成されたためだ。これは他の先進諸国では見られない特徴である。」

小学校の運動会でも順位をつけないとか、「みんなが1等賞!」とか、そういった意識の刷りこみをされた子供が、成人して社会に出た時に、その放り出された大海原でどのように対応できているのであろうか...また政府はそういった未来を予測する新しい教育上の法律や条例や保障を、具体的に連想しているのだろうか?なんて考えてしまう。
今の状況に対応するだけ、教育の自転車操業。
教育とは本来、そんなものではない。強い体力と精神力を子供の時に養うというか、自立心だったり、集団の中で生きるということ、そこで競い凌ぎ合うということ。
高度経済成長期に生れ育った私達世代は良いのか悪いのか、ボタンの掛け違いは頻繁にあっても、競争や戦争というキーワードの中でそういったことは実感しながら少なからず日常を過ごすことはできてきたようにも思える。

「このままでは、子供の学校機会や将来の職業選択の際に"勝ち組"家庭がますます有利になる。私達は今こそ教育の機会均等の意義を真剣に見直すべきではないか。」

「すべての人々に公平な教育機会が保障されてこそ、公正で健全な競争が生み出され、協調性のある安定した社会の実現が期待される。そのためにも、副教材費や給食費などの家庭負担の軽減、給付型奨学金制度の拡充、生涯を通じたセカンドチャンスの保障など、思い切った制度改革を早急に進めるべきだ。」

成人して、社会に出て、いわゆるサラリーマンも経験して、社会のしくみもなんとなくキャリアの中で理解することができるようになってきた。
成人してから学ぶことも多い...ただ、教育の中にそういったシステムが子供たちに受け止めやすいカリキュラムの中で行われているなら、私達成人の深層に形成されるものが若干違ってくるように思える。
さらに、教育を受けている時に、平等な立場で、何のしがらみも意識することなく、伸び伸びと学習を受けることができるのなら、そうなれば未来へ射す光は明らかに違うはずだ。

今日は祝日。早朝から子供たちの声が窓の外や上の階から聴こえ響きイライラしながらも考えた。
教育というものは、あくまで平等・均等なものであり、その中で知恵をつけ才能や精神力を純粋に養い、競い合って、強い持久力のある大人への過程を育むのである。
自分自身の少年時代も振り返り、教育の疑問にも色々様々考えていってもいいかな~なんて思ってしまった。ただし、優しく柔らかく...
今日の朝日新聞朝刊によると、
日本原子力発電の浜田康男社長は、11日、
福井県の敦賀原発1,2号機と茨城県の東海第二原発の3基について、
原子力規制委員会への再稼働申請を目指す意向を表明した。

敦賀2号機は、規制委員会が5月に原子炉建屋直下に活断層があると断定するなど、いずれも再稼働は見通せない。

そんな事情の中でも、日本原子力発電は、原発専業の企業。
3基を廃炉にすると経営が成り立たないため、再稼働に向けた準備を進める。
ちなみに、3基とも廃炉を決めれば、合わせて約2600億円もの損失になる。
その場合、純資産の約1600億円では損失をまかなえず「債務超過」に陥ってしまう。

企業(団体)というものは、所詮会社の経営を守るもの...という印象は、昨今の社会の流れを考えると逆行しているかのように思わるが、
国民や世論の感情を無視し、自らの利益を追求してしまう。
その世論が例え過少であっても、その人々のメッセージは絶対にリアルであり。
また経営の事情の中にいる人々(社員・関係者)のメッセージもそれはリアルなのではあるが。
お互いが指し向えて、それぞれの発想や事情を発しあっても、
やはり行司が存在しない実状では、なにも決定するはずがない。
それなら、権力のある方が、強硬すればいい。というのは違う。
なんかこの流れがどうも私は苦手なんだなぁ~

日本原子力発電は、敦賀2号機直下を走る断層について「活断層ではない」という調査報告書をまとめ、規制委員会に提出。活断層という判断を見直すように要求した。
しかし、規制委員会が活断層という判断を変えなければ、再稼働を申請しても認められない可能性が高い。
規制委員会は、日本原子力発電に対し、活断層が動いた場合に使用済み核燃料に対し、活断層が動いた場合に使用済み核燃料にどのような影響があるかを7月末までに報告するように命じている。
それに対し、浜田社長は、強硬の姿勢を変えず、近く行政不服審査法にもとづいて異議申し立てをする考えを示した。
行政訴訟に持ち込むと、裁判で時間を稼ぎ、廃炉などの判断を先延ばしもできる。

そんな中で、福井県敦賀市の河瀬一治市長は、活断層があると断定した規制委員会に対し、
「再度会合を開き、予断を持たず慎重に審議していただきたい」と審議のやり直しを求めるコメントを出した。
また規制委員会のメンバーの専門分野が偏っていることも指摘。
「より幅広い分野の専門家を審議に参加させるなど抜本的改善を図ってほしい」と注文をつけた。

そんな状況でもあくまで浜田社長は、「準備が完了したら申請したい」と...
運転開始から40年を超えている敦賀1号機、地元の茨城県東海村が再稼働に反対している東海第二も「再稼働を目指す」と述べ、保有する3基すべての申請準備を進める考えを示した。

それに対して、東海村の村上達也村長は「地元無視もいいところだ」と不快感をあらわにした。
東海第二原発が、6月中旬にフィルター付きベントと防潮堤の工事が始まったことに、
「説明もなく、再稼働前提の工事に一方的に着手した」と日本原子力発電に抗議したばかり。
「浜田社長は自ら村に来て説明したこともない。地元の理解を得ようとする意思が見られない」と厳しく批判。

日本原子力発電は、4月に約1000億円の借金返済が迫り、電力業界に保証をしてもらって借り換えた。
浜田社長は「各社に影響が及ぶ」と述べ、規制委員会と徹底抗戦する構えをみせている。

電力業界が再稼働にこだわる背景には、廃炉を促すための政府の取り組みの遅れもある。
経済産業省は、電力会社が廃炉に踏み切りやすいように廃炉の損失を長期間にかけて処理できるようにする方針。
しかし、廃炉費用を補助したり電力会社の経営難に対応したりする議論は進まず、電力業界の背中を押すだけの力はない。

となったら、企業は、自らで建て直すことを考えるわけで、結局は政府の対応の遅さが、問題なのであろう。

直接影響がないという幻想が蔓延る私達のような大阪という距離のある街で日常を過ごす人間にとっては、まさに他人事と思わせてしまうことなのかもしれない。
しかし、まだこんな状況?と想わせるようなことが毎日メデイアから情報として発信されているという事実は、その奥に潜むリアルな状況が山ほど発生しているということを連想してしまう。
それが、後になって噴き出すように露呈されていくことがまず恐怖なので、
今起きている現状を今の内に、後手にならず政府には積極的に対応してもらいたいと思う。
選挙で忙しい。各政党としては大きな勝負が待っている。
しかしそんな中でも人々の日常は動いている。
ということは、政府も稼働している(当然)。
ならば、選挙活動のさなかであろうが、しっかりとこういった事実、国の大問題を、速やかに対応して、
政府には、権利・権力・名誉よりも、本当の意味での国民一人一人の未来へ向けての平和を追求していってもらいたいものだ。
防衛省。いつの間にか庁から省に昇格。この意味ってなんだろう?なんて考えてしまう...

9日に閣議報告した2013年版防衛白書...

朝日新聞の情報によると、
その骨子の中に。

「中国の海洋進出に伴い、不測の事態を招きかねない危険な行動や、国際法と相いれない力による現状変更の試みがみられる。」

「北朝鮮の2月の核実験は重大な脅威。弾道ミサイル開発は昨年12月の発射で新たな段階に入った。」

と記されている。

そして、沖縄について。
「南西諸島の中央にありシーレーンにも近い。米軍駐留は日米同盟の抑止力を高め、アジア太平洋地域の平和と安定に大きく寄与」と記し、在日米軍の主要拠点として維持する方針を強調。

米軍機オスプレイについては、
「昨年の沖縄配備で在日米軍全体の抑止力が強化。安全や騒音で地元への十分な配慮を米側に働きかけている」とした。

ところが、沖縄県が昨年末の段階で、日米合意違反と指摘した318件の実態について防衛省は未回答。白書でも触れていない。

そんなことで、同じ日、
沖縄県の仲井真弘多知事が、菅義偉官房長官と小野寺五典防衛相に個別に面会。

今夏に米軍機オスプレイを沖縄県宜野湾市の米軍普天間飛行場に追加配備することは、「飛行場の危険性を増大させる」と計画を見直しや配置分散の実施を求める要請書を手渡した。
「馬耳東風では基地問題は解決しない。」
安倍政権で沖縄の負担軽減が進まない現状に苦言を呈した。
「沖縄が、お願いばかりをしていて、政府から返答はもらっていない。ちゃんと答えをいただきたい」と強調。

今日の大阪は、最高気温35度の予想。
まさに盛夏。暑い暑すぎる夏を体感している。

この季節になると、ただただあの素晴らしく美しい海を恋しく思い。
「沖縄に行きた~い!」といった感情に導かれてしまう。

その沖縄の美しい海が、そしてあの素敵な人達の日常が、
こういった国の勝手なエゴの中でストレスを感じて生きてしまっているという事実(もちろんすべての人では無いことは理解している)、本当に政府の改めた実直な対策を求めたい。

だからといって、国民として他人事な発想はするつもりはない。
どこか沖縄以外の地域が犠牲になるということになるというのであれば、その法律も含め、
国際的に議論を進めていくことが必要なのではないだろうか...

本当の平和を求めるものとして、争いごとが世の中から無くなればいいとは思っている。
ただ、あらゆるものが争いの元で歴史を積み上げてきてしまった社会に生きているというリアルがあるわけで、
それならば、深い議論・コミュニケーションがそこには絶対に必要になってくるのだろう。
それぞれの国の背景や環境。また民族性や宗教など、相容れないことも多々あろうが、
やはり、手を取り合うこと。感じ合うこと。
自分たちの利益だけでなく、すべての人間が平等に持つ生きる権利というものを先方に置いて。
柔らかく考えていければいいのに...なんて思う...のは簡単だけれどね(笑)