300系です。
 
我が家には理論がわからない、信じられないのに効果がある商品がいくつもあります。私も妻もこういう変なものが好きなのでついつい買ってしまいます。
 
今年、買った凄い物は交換不要の水道用フィルターです。水がおいしくなりました。しかも、このフィルターのおかげで水が柔らかく感じられ、お風呂が気持ちいいです。他にも、特別な土で作った陶器もいいです。料理や飲み物がおいしくなります。
 
どちらも、理論を書いた説明書があるのですが理解できません。(とても納得できるようなものではありません)
でも、効果は実感できる素晴らしいものです。なお、高価なので積極的にお薦めはしません。
 
仕事でも理屈はわからないけど、上手くいくことってありますよね。理論や計算、過去の経験にこだわる人が多いです。でも、初めてやることは今までの経験は通用しないことは多いです。初めて出来たものから理論が生まれることもあります。
 
設計は仕様の標準化が重視されていますが、これでは画期的なものは生まれないし、個性もなくなるでしょう。誰にでもできる仕事なら自分の値打ちがなくなりますね。
 
私は、若い人に、勘やひらめきに基づき、非常識と思われることをどんどん試してもらいたいです。失敗作の山ができるかもしれないけど、部下には好きなようにやらせています。彼が立派になれば、私の考えが正しいことが証明できるでしょう。
 
 
 
 
 
土曜日(11/10)にNet-PEの全国大会が東京で開催されました。

当日は全国から多くの方が集まり、講演など盛りだくさんでした。
その後の懇親会は1,2次会だけでなく、急遽3次会まで開催!
本当にNet-PEの結束力はすごいです。
 
参加者の中には、今年口頭試験を受けられる方もいらっしゃいました。
ぜひとも"今年"合格を勝ち取っていただきたいです。
 
参加して感じたのは、
 
これだけ"アツい"方々が大勢いらっしゃるいるとは!
 
その中に参加していることをうれしく思うと同時に、身が引き締まる思いでした。
この"アツさ"がもっと広がれば、もっとすばらしいことになると思います!!
 
参加された皆さんに"また来年"といわずに近いうちにお会いしたいですね。
すばらしいお話を、また聞きたいです。
 
今回の全国大会を準備された幹事の方々様、本当にお疲れ様でした。
 
とても有意義だった1日に感謝!!!
 
 
 
 
くろたかです!
 
先日、資格関係のセミナーがあり、そのお手伝いをさせていただきました。
その分の収入は、当然のことながら鬼嫁に持って行かれます。(汗)
 
しかし、今回は折角だから家族で食事でも行こうということに。
我が家の家族構成
 
鬼嫁、長女、次女、三女、くろたか、猫。
う~ん、男性は私と猫だけ。
 
当然、私に選択肢などあるわけはなく。
家族に聞きます。
 
くろたか「何を食べに行こうか?」
 
長女(反抗期)「カラオケ!」
次女(終始笑顔の癒し系)「わたがし!」
三女(生まれたときから反抗期)「別に・・・」
妻(鬼嫁)「そんなお金・・・家に入れて」
 
くろたか「・・・・・だ、だから」
 
この場を借りて反論。
 
長女へ:カラオケ?食べに行くって言ってるだろ!話を聞け!
次女へ:わたがし?この前行った食べ放題だろ!1200円出したのにわたがしばかり食べてんじゃないよ!
三女へ:別に?お前は、不良少女と呼ばれてか!(同世代感涙)
妻へ:・・・・いつもお世話になっております。(滝汗)
 
ふ~すっきりした。
取りあえず、猫には昨日いつもより高級な缶詰を買った。
 
さ、朝飯食べたら家族会議しよう。
 
っというか、すでに長女がいない。(まさかカラオケ?)
三女が走り回っている。(ほこりたつだろ、外に行け!)
次女が猫と遊んでる。(缶詰食うなよ。)
妻が韓国ドラマ見てる。(朝飯作れよ!)
 
悩ましき一日の始まりだ。
 
う~ん、そりゃそうと技術士ブログってこれでいいのか?
次の方、よろしくどうぞ。
 
 
 こんにちは。46歳の新米技術士です。
 技術士になって良いことがたくさんあります。その一つに仲間の技術士との懇親会があります。(懇親会といっても平たく言えば飲み会ですが…)
 その場では色々な話を聞くことができ、とても楽しく過ごすことができます。ある時は新興国の脅威を語らって日本の将来を憂い、ある時は扱いが困難な部下の接し方に共感を覚え、またある時は過去の仕事の苦心惨たんぶりを披露して悲憤の嘆息をもらし、またまたある時には次のイベントへ向けて意気軒昂と愉快な企画を提案し合って気勢をあげます。
 このような懇親会の場では技術士の試験に関する話題も出ます。その話題の中で論文の書き方についての良書があるという話がありました。それは本田勝一氏の「日本語の作文技術」という本です。その本を紹介した技術士の熱い想いと賛美の言葉に触れて「自分も読みたい」と思い、その場でメモを取りました。
 イメージ 1
 後日、本を購入して読んで熱く紹介した理由がわかりました。その本の中では理解されやすい日本語を書くための技術が盛り込んでありました。句読点はどの位置に打つべきなのか、修飾語と被修飾語の語順はどうあるべきかなど実に論理的に書いてありました。日頃深く考えもせずに日本語で文章を作っていた私にはとてもためになりました。こんな素晴らしい本と出合うには技術士との懇親会を除いてはありえません。会社のメンバーとの飲み会で話題になることはまず無いでしょう。ましてや家では本の話なんぞせいぜい漫画の「ワンピース」が関の山です。
 私にとって技術士との懇親会は知的な刺激を与えてくれるワクワクする場なのです。次回は誰からどんな刺激をもらえるのか?今からとてもに楽しみです。
以上
「マラソンでカンパ訴えた山中教授 事業仕分けで苦しんでいた?」という記事を目にした。
 
iPS細胞研究でノーベル医学・生理学賞を受けた山中教授は事業仕分けで苦しんでいたとのこと
である。
 
民主党政権に交代した09年、科学技術予算は容赦なく事業仕分けの対象になり、山中教授のプ
ロジェクトも、その1つに挙げられたそうである。
これに対し、山中教授は、ほかの研究者らとともに会見を開き、日本は海外より10~20年遅れ
た環境で研究しているとして、仕分けを「想像を絶する事態」だと強く批判した。
 
結果的には、50億円が確保されたが、3分の1にまで減額されたらしいとのことだった。
 
50億円といえば相当な額であるが、職員200人の人件費や最新の機器代、マウス飼育費などのほ
か、海外で特許を取るためのお金もいる。京大のiPS細胞研究所は、世界に先駆けて、iPS細胞
の実用化を目指している。それには、多額のコストがかかるようだ。
 
iPS細胞で期待される再生医療は、日本は、アメリカの10分の1の予算しか出ないとされる。
また、海外の研究所は、山中教授の数倍の研究資金で回していると言われている。
 
山中教授が好きなマラソンで研究資金を募るようになったのは、相当の事情があるようだ。
 
だが、こういった逆境が、何らかの工夫やアイデアを生み出し、ここ一番の頑張りが、研究者
に素晴らしいインスピレーションをもたらしている側面もあるのではないかと思われる。
 
「スーパーコンピューター京」も事業仕分けで苦労したが、結果的には世界一という素晴らし
い快挙を成し遂げることができた。
 
逆境にあってこそ、人は飛躍できるのではないだろうか?と思う今日この頃である。
 

 
先週定時後すぎに部長が突然騒ぎ出しました。
理由はABC社(部長とは古い付き合いのある会社)から材料Xを部下のものに紹介したがどうなってる?
という内容のメールが部長宛てに送られて来たからでした。

部内の担当の人も心当たりが全くなかったので部長もどうしようかなぁ~と思い悩んでいたところ
たまたま私が同じ材料を別メーカーで検討しようとしていたのが耳に入り白羽の矢が当たりました。

部長「同じ材料やるなら、このABC社はしっかりしたメーカーだしちゃんと技術データもつけてくれている。
    以前から付き合いあるがこちらの希望にも真摯に対応してくれるところだから考えてくれんか?」
私  「そうですか、わかりました。どういうデータか見たいのでメール転送してもらえますか。」
部長「ありがとう!あっやるならNDA(秘密保持契約)結んでちゃんとやってくれよ。」
私  「はぁ」

そして数分後に部長からメール・・・

  前向きに検討よろしく!
  ---転送メール---
  Dear ○○-san
  ・・・
  ・・・
  (英文 約20行)


おっ部長 英語のメールを平然と送って来るなんてやるな!(汗)

私は英語がそれほど堪能ではないので亀のようなスピードで熟読を開始しました。
※普段は英語の論文をたまに読むくらいです。

ちなみにこのメール、近くにいたメンバー(TOEIC900点台2人)にも転送されていて
この2人はサクッと読み終わってああだこうだと私の周りで言い始めましたので
私は「ちょっと待って~」と言いながらアクセクしながら読んでました。

結局メールの内容を良く読むと部長が勘違いをしていたようで
他の人にバトンが渡りました・・・。

ちなみにこの勘違いは私が発見したので熟読の勝利!!(笑)


世の中のグローバル化の流れで英語勉強しないとなぁと思いながらも
使う機会ないしと敬遠してたのですが、突然のこの話。
そして平然と外国人とやり取りをする部長やメンバーをみると
技術力だけじゃなくちょっと英語も頑張ろうかなって思う今日この頃です。

 東日本大震災から1年半以上経ちましたが、9/3のNHK「クローズアップ現代」で津波火災が取り上げられていました。津波火災というと、港にあったタンクや流された自動車から燃料が漏れ出し引火したイメージが強かったのですが、番組ではそれ以外でも、自動車が原因で火災が起きる仕組みを指摘していました。

 その一つが、バッテリに繋がったままのオルタネータが海水に浸かることで電気が流れてしまい、それによって海水を電気分解して水素を発生させるというものです。しかも引火源は、当時の被災地映像でもよく見かけたクラクションの誤動作で、音を鳴らす際の放電により空気と混ざった水素に引火し爆発炎上する、という指摘でした。
 
 もう一つ、同じくバッテリに繋がったままのヒューズボックスが海水に浸かって火災を起こす例も紹介されていました。基板のプリント配線に使われた銅が腐食したとき、腐食部分が導体パターンを跨ぐことで設計にない配線を形成して電気を流してしまい発火する、という指摘でした。しかも、腐食が原因のため、津波が引いた後何日も経ってから火災が起こるそうです。
 
 私は普段、自動車部品の開発に携わっていますが、この件について全く知見を持っていませんでした。恐らく会社の同僚も知らないでしょう。想定外と言ってしまえば簡単です。でも、この問題は社会的な課題であり、技術士としてその解決に向き合わなければならないと考えています。技術士法第一条には、「科学技術の向上と国民経済の発展に資する」という文言があります。技術者は皆世の中を良くしたいからこの道に入った、技術士はその最たる存在の一つだ、と私は思っています。
 
 日本技術士会のWebサイトで、明日が技術士1次試験の試験日であることを知りました。技術士になる第1歩を踏まんとする皆さん、どうぞ全力で頑張ってください。そして試験の後でかまわないので、技術士になって何をするのか、社会をどうしたいのか、改めて考える機会を持っていただければと思います。
富山の30代機械部門技術士のK・Iです。
 
今日は私がなぜ技術士になろうと思ったのか,その身の上話を語りながら
今年度技術士2次受験者並びに技術士を今後目指される方の
モチベーションに繋げていただけたらと思います。
 
私は、東証一部上場企業倒産寸前のため
仕方なく会社を辞めました。
そして,当時も大不況真最中でありやむなく派遣会社で1年間業務を
行いながらやっと次の従業員15名の小さい会社への就職先を見つけました。
これは今から遡ること12年前のことです。

しかし、従業員15名の会社の規模が小さくなった私は、
非常に元請会社の社員に馬鹿にされ、
いつもこんにゃろ~とハングリー+悲観的になって
行きました。(人間不信)

そんな時に出会ったのが、技術士のお師匠様です。
そして私は、この「こんにゃろ~の精神」で
我武者羅に技術士の魔力に取り付かれました。(馬鹿にされてなるもんか)
その中で、私はすばらしい師匠とネッペという仲間ができました。

私は長い長い寄り道をしました。しかしこの長い勉強時間と
師匠のご指導そして講師陣、受験仲間のおかげで、
こんにゃろ~の精神から自分を高める精神へ
この機械部門技術士というキーワードのもとで
いつのまにか変化を遂げていたように感じます。

最初に私に技術士の師匠が言われました、
「このままでは便利な設計者で終わりますよ。だから、
技術士受験を決意されたのですね。俺、こういうの好きだな。」と。
そして、技術士試験合格という第一関門をようやく昨年3月に突破できました。
技術士となり、今まで馬鹿にした態度をとっていた、元請殿社員が一変、
敬語に変わりました。
回りには高貴に映ったようですが、未だに私にはまだ
スタートラインにいるという感覚です。
技術士合格は,私が、技術士として
「自分を高める精神」という,メタモルフォーゼを追求できる精神論へのターニングポイントでもありました。

その中で、弱小企業へ転職して10年、
私の周りに技術士が一人もいないのもあるのかもしれませんが、
自分のコンプレックスを克服し、更に前進できたような気がします。
 
そして,今年4月,私は再び東証一部上場企業への転職を果たしました。
業界は全く変わりませんが,心の底に描いていた自分の一番やりたい業務。
すなわちこの業界のトップ事象に立ち技術の根底を決めることができる世界への躍進であり,
グローバルに活躍できるエンジニアへの第一歩を踏み出すことができました。
入社して否や東証一部上場企業の課長代理からのスタートです。

ただ、結論として感じているのは、自分が変われば
回りも変わるということです。

「自分を高める精神」
今後は「こんにゃろ~の精神」に変わる第2のキーワードです。
 
受験生の皆さん,そして今後技術士を目指される皆さん。
自己実現のため,今は苦しいかもしれませんが頑張ってください。
 
きっかけはなんでもいいんです。それで自分を高めることができ
そして変われるのですから。

気づいたら40歳半ばも超えそうなっている技術屋です。とは、いっても最近は

エンジニアというよりも、若い子たちのお世話をするのがやっとの状況ですが。

最近、社内の技術報告会がありました。若い後輩達といっしょになり、発表の

流れ作成、不足しているデータと追加実験内容の確認などの作業を、一緒に

なり進めてきました。その中で、ちょと自分でも関心しこと

数年前から、製造技術のロードマップ作成に1度/年程度取り組んでいますが、

数年前に「こんな技術開発が近く必要になるんだろうな・・・」とイメージし、資料

にまとめた内容が、最近になり現実に量産技術として必要になっていること

課題にぶちあたり、いろんなことを調査し、その結果として進むべき解決策が

数年前にイメージした技術だったりすると、ただ年とったわけじゃないな・・・と

少し優越感にひたったりして

製品開発においても、単発ではなく技術に繋がり、広がり、次の製品に繋げ

らえる技術開発が進められるようになり、「歳くうのも悪くないな・・・・」とちょっと

にんまり

 うちの会社の若者よ、一人前になり早く俺を楽にしてくれ・・・

 また、技術のまとめが嫌になり逃亡した君、早く出てきて楽になれ

 くよくよするな、前進あるのみだ。









40代の技術士です。職場では、若手技術者の育成に悩む管理者です。
 
突然ですが、私はカメラが好きです。マニアというほどではありませんが、デジタル一眼レフだけでなく、年に1回程度はフィルムカメラも使っています。職場では同年代(40代)の技術者とカメラの話でしばしば盛り上がります。同年代に「昔カメラ小僧」や「カメラ好き」が意外と多いことに驚きます。
 
一方、最近の若い技術者とカメラの話をすることは稀です。若い技術者でカメラに興味がある人の割合は相当少ないと感じます。デジタル化が進み、携帯電話やスマートフォンで写真が取れる現代では「カメラ」に興味を持つ人が少ないことは、必然なのかもしれません。
フィルムカメラの時代は、カメラを使う機会が貴重であり、写真をいかに撮ることが興味の対象でした。しかし、誰でも(携帯電話などで)気軽かつ簡単に写真が取れる時代になり、カメラに対する価値は確実に変わったと思います。
 
 ただ、若い技術者にとって、いまどきフィルムカメラを使う私のことは理解不能なんだろうと思うと、人材育成の悩みを忘れて、ちょっとだけ愉快な気分になります。