2週間に一度の病院での長い点滴の時間に何か読むものをと思い、見つけたのが大野高校時代の私の最大の友人であり、同僚であったY田氏(当時、教頭)がまとめてくれた冊子であった。 Y田氏への感謝の思いを込めて彼の残してくれたその内容を記録しておこうと思った。
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・以下はその冊子の書き写しである。
ー秋の全校収穫祭で最高級品といわれる「おたふく型」マツタケを見つけた生徒-
はじめに
本校は岩手県の北、青森との県境に近い洋野町大野にある。
全校生徒188人、各学年2クラスの普通科のみの学校である。町からの学校給食があり、町長が会長を務める大野高校振興協議会が財政的支援も行っている。
生徒のほぼ90%が洋野町出身、地元二つの中学校の69%が本校に入学してくる。
卒業生の進路は岩手大学を含めた国公立大学に五名(平成18年度入試)、短大、専門学校への進学は42%で残り58%は就職、就職率は100%である。部活動では卓球部が8年連続インターハイ出場、平成12年には卓球競技シングルスインターハイ優勝がある。
明るく素直に育ってほしい。親を大切にし、目上の人を尊び、ひたむきに努力する人、そして、挨拶の出来る人、今社会が忘れかけている「人間性の回復」を旗印に大野高校は全校あげて努力している。「小さな学校でもこんなことが出来る」「小さな学校だからできることがある」地域と保護者、学校が一体となって特色ある学校づくりに邁進している。
里山の復活「全校マツタケ山づくり
一目的
人間が長い時間をかけて育て守ってきた自然と人々の生活がよく調和した美しい風景、これが里山の風景である。大野村(現在洋野町)ではこの豊かな森や自然を村人が時間をかけて切り開き維持してきた。しかし現在、高齢化も進み、手の入らない荒れた里山も見受けられ、ましてや若い世代の生徒達はこの自然の恵みを感じたり体験することも少なくなってきている。
昭和30年代までの炭焼きが盛んな時代には、里山は完全に整備され、一木一草に至るまで人々の暮らしに活用されてきた。そして、維持された里山には山菜やキノコが至る所で採れ、しかも安定して繁殖していた。キノコの王様であるマツタケもその例外ではない。
大野高校はこうした自然環境の復活や保全を環境教育としてとらえ、全校生徒によるマツタケ山づくりを計画した。また、生徒達が人生の大先輩である保護者や地域の方々と一緒に作業を行い、ふれあい、汗を流すことによって、先人が切り開いてきた里山の豊かな自然とその恵みに感謝しながら。若い力を里山の整備に向ける。そして自然と共生する人間の生活を考えながら地域の産業にまで結びつく意識を育てようと試みた。
二 経緯
このプロジェクトが計画されたきっかけとなったのは、京都のマツタケ博士(吉村文彦先生)との出会いにある。前年度の開校記念講演会で先生は全校生徒を前に話された。
「マツタケは今やマツクイムシによる松枯れで、健全な生育が北に移ってきており、岩手の県北が日本の砦となる。そして岩手のマツタケは日本一の貴重なものとなる。また、マツタケは赤松林を下草や灌木を除去し、腐葉土を取り除き、キャッチボールの出来るような、女性がハイヒールを履いて日傘をさして歩けるような、手入れの行き届いた林にすれば、おのずと他の菌に負けずに生えてくる」・・・これを受けて翌年度の春から準備が始まった。
三 内容
総合的な学習の時間の利用と岩手県教育委員会「夢と活力あふれる学校づくり支援事業」の予算を活用
山の整備はなかなか大変なものである。灌木の伐採、枝打ち、下草刈りなど。
しかし、なんといっても一番労力がかかるのが伐採の後始末と腐葉土の掻き出しである。
これは機械でもできない。人の手、特に大勢の人の手が必要なのである。この部分を生徒に担ってもらうことにした。総合的な学習の時間を利用し、全校整備、学年整備、そして、全校収穫祭と五回の企画で実施した。収穫祭は終日事業年、それ以外は午後の二時間の実施となった。また、平成17年度初めて企画された「夢と活力あふれる学校づくり支援事業」に応募し、62万円の予算を頂いて実施にこぎつけた。
この事業は、地域や保護者の協力や学校との連携が大きな基盤となっている。
学校から車で二十分の所にある久慈平岳は地元の方の私有地である。
これまで本校が地域との連携を積極的に構築してきた結果としてその地を整備地として無償で借り受けることが出来た。また、伐採や整備地の看板造り、収穫祭の炊き出しなど地域、保護者の協力が大きな支えとなった。
おわりに
「大野高校はこの行事をきっかけにして岩手全体にマツタケ山づくりが広まっていき、新しい産業が始まり我々若者も岩手に残りたくなるかもしれない」
「一年前は思いもよらなかった山の整備。大変だったけど自然は真心を持って大切にしていけば応えてくれる」
「自然のままにほおっておくことだけが自然を守る事ではない」
生徒の心にはマツタケとはまた違った収穫があったように思われる。
事前・事後の同一アンケートにおいても有意差検定を取るまでもなく自然・地域に対する意識の高まりが見られた。
実験や体験を通じた学習は生徒にとっても教師にとっても両刃の剣である。それを教育活動の実りある道具として用いるには多くの事前準備とシュミレーション、失敗の想定などが必要である。生徒が安全にしかも自ら自由に取り組んでいるという実感を持たせながら活動するフィールドを演出することは大変難しい。しかし、運よくそれが叶うと彼等が演じた舞台から生徒がそして教師もが新鮮で思わぬ感動を得るのである。
大野高校の生徒は素朴で真面目である。現在の社会は飛びぬけた個性と競争に打ち勝つ賢い精神力を持つ若者を求めている。時代から取り残されそうな大野高校の生徒達の優しさ、それが実は、本来人間が取り戻さなければ人間らしさであり、将来秦の逞しさに変化していく事を信じて、あえて素朴な子どもたちをこれからも育てていきたい。
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この文章は平成18年3月に文部科学省教育課程課編集
中等教育資料⑤NO840 中学校・高等学校の実践をサポート
に選ばれて掲載されたものの一部を抜粋して作成して頂いたものである。
生涯の最大の友人そして同士。心がいつも一体であったY田先生に
心からの感謝と尊敬の思いをお伝えしたい・・・。
有難うございました。