渋沢栄一を主人公としたNHKで日曜日の放映される「晴天を衝け」もこの12月、残すところあと2回になった。

このドラマを見るまで私は渋沢栄一について何も知らなかった事を思い知らされた。

このブログで二度ほど彼について書いたが、調べてみれば見るほどこの人物の偉大さが分かった。

彼がその創立や創設の関わった会社や学校は今でも残っている物が多い。

その中でも一橋大学は特に深いかかわりがある。

渋沢栄一はその必要性を深く政府に訴え、東京商業専門高校を設立する。

しかし、明治政府は東京大学をはじめとした官立の大学を最優先して

商業や産業に関する専門性を学ぶ学校の大学昇格を阻んできた。

渋沢はこうした中でその必要を深く訴え、実学を学ぶことを建前としたその学校は大学に昇格する。

こうした実業教育を中心とした学校を作る事はいかに渋沢の先見性とその元とする考え方が

日本のその時代を超えたものであったかを示すものだと思う。

NHKの素晴らしいのは私を含めてこの渋沢栄一の実像を知る事が少なかった多くの日本人に

彼こそがいかに優れたリーダーであったかを知らしめるきっかけを作ってくれたことだと思う。

また徳川慶喜についての新たな人物像を示してくれたことも素晴らしいと思った。

草彅剛という俳優の名演技は本当に賞賛すべきものであった。

 

12月12日の番組では慶喜が鳥羽伏見の戦いの戦い以後江戸に逃げ帰った事の本人の述懐が述べられた。

これがもし、真相なら徳川慶喜の実像は大きく変わる事となろう。

渋沢栄一が慶喜を心の底から敬愛していたことは真実だし彼が死の病の時

慶喜が「そなたが生きていてくれたら真実を話そう」

と言ったことから渋沢が「徳川慶喜伝」を後世に残したことも大いに説得力がある内容だと心底思った。

自分が76歳を過ぎて、ますます、日本史の底知れぬ魅力と底の深さを実感することに感動し、かつ驚いている。

暫くぶりのブログだが息子俊輔の勧めもあったのでこれから、もう少しブログを書いてみたい。

今日はとりあえずこれまでとしたい・・。