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一期一会

本も人の出会いも一期一会。時々読者、時々物書き。好きな本やコミック感想を中心に、日常のつれづれと共につぶやいていきます。

<ビリー・クリフォード side>




翌日。
オレは仕事を休んで、ルークと二人新しい住まいを探す為、朝から不動産めぐりに精を出した。
今までオレが住んでいた部屋は1DK。
小さな吹き抜けのある部屋でそこに付随するロフトも気に入っていたが、さすがに兄弟二人で住むとなると荷物もそれなりに増えるし狭くなる。
ならば二人で快適に住める部屋を探そうと、不動産のオッサンを従えて物件めぐりをしているのだが、これがなかなかよい部屋が見つからなかった。
今日だけで、回るのはこれで5件目だ。
「こんどこそ、お気に召すと思いますよ」
何かに付けては、両手を揉み手するオッサンは、額に脂汗を浮かべながらも、オレの耳元で囁いた。
何度となく聞こえてくるセリフだ。
ホントなのか? 
ついツッコミたくなる所だが、そう思う度に横でルークのヤツがオレを睨むものだから、実際行動に移さないでいる。
間もなく、不動産屋のオッサンが運転する車がとあるマンションの前で止まった。
「とっておきのお部屋は、ここですよ」
オッサンは、今までよりさらに声を一オーブターブ声を上げて言った。
さっそく車を降りて、マンションの建物を仰ぎ見と、横から見る白いマンションは、2階まで広く、その上の階から階段状に幅が狭まって建っていた。
台形のようにも見える建物の台形のプロポーションは、周りの緑に建つ要塞のようだった。
悪くない。
河の側に建つマンションは、河川敷に添って伸びている道路のせいか、確か「道路斜線」というモノで建物の高さが規制されているのだなと解釈しながらオレは建物に入った。
「ここの213号室なんです。ここはスペシャルなお部屋なんですよ。なんたって河に向かって広いルーフバルコニーがあるんです。まあ、いうなればプライベートな庭、空中庭園ですね」
不動産屋のオッサンは、もみてしながら2階への階段を先に上がり部屋へと誘導した。
片側がオープンになった廊下の一番奥の部屋までいくと、オッサンは鍵束から一つの鍵を取り出す。
スッキリしたデザインの玄関ドアを見ると、213と洒落たステンレスのヘアライン加工されたルームナンバープレートが、なんだかとてもしっくりきた。見とれていると、オッサンの訝しむ声が聞こえた。
「あれ? おかしいですね」
「どうしたんですか?」
ルークがオッサンに尋ねると、不可思議な顔のまま、ぼそりと呟いた。
「いや……鍵が開いているんです。まさか泥棒……」
いや。泥棒って。誰も住んでいなければ、何も取られるモノもないだろ。
オレは心の中でツッコミをいれたが、オッサンは一人蒼くなっていた。
オッサンは恐る恐るドアを開けて玄関に入るので、オレとルークも従につくと、、大理石の玄関三和土の床の上にキチンとそろえられた靴が2足あった。小さいけれど、部屋の奥の方で誰かの話し声が聞こえた。
どうやら泥棒ではなさそうだ。
「すいません……どなたか先に来てたのですか?」
オッサンが中に向かって声を掛けると、声に気づいて、若い男が部屋から出てきた。


to be  continued……


<ビリー・クリフォード side>



「ルーク、知り合いか?」
本当は、知り合いか? ではなく、双子がいたのか? と聞きたかったくらいだ。兄のオレよりも、こんなにルーク似ている男がこの世にいるなんて、信じられなかった。
ルークは鼻息も荒く、よくぞ聞いてくれたとばかり、口を開いた。
「ああ。ボクもビックリしたんだ。よく似てるよね。偶然同じ新幹線に乗っていて、席が隣だったんだよ」
ルークはさらりと言ったが、似ているってもんじゃない。もう一人のルークだ。
背丈から、髪型から、本当によく似ている。周りから見れば、よっぽどオレより兄弟に見えるだろう。
「……嘘だろ」
オレはルークの言葉をどこか上の空で聞いていた。
青年はまったくオレたちの心配をよそに、前で立ち止まると、ギターケースを軽く担ぎ直した。
「お疲れさまでした。この方がルークさんのお兄さんなのですか?」
はっきりとした日本語だった。てっきり、英語で話しかけられると思っていたオレは、虚をつかれたように目の前のルークによく似た青年に目を見張った。
「そうそう。これが兄です」
「初めまして」
ルークによく似た青年は、笑みを浮かべながら、軽く会釈した。
オレも軽く会釈をすると目があった。
あ。
違う。
蒼い。
蒼い瞳のルークだ。
「じゃ、お疲れさまでした」
「お互いがんばろうね」
蒼い瞳の青年は、挨拶だけするとギターケースを抱えたまま出口に向かう。
小さくなる足音と、後ろ姿までもルークそっくりな青年の後ろ姿を黙って見送った。
「あ、今の人もボクと同じ名前なんだって」
「ルーク……」
「どうしたの?兄さん」
「なんでもない……なあ、ルーク。お前達双子みたいにソックリだったぞ。まさかホントに双子じゃないだろうな」
「何を言い出すかと思ったら。もしそうなら、兄さんだって兄弟になるじゃない。死んだ母さんからは双子がいたとは聞いていないし。ボクも驚いたけれど、本当に赤の他人なんだって。彼は自分の音楽がやりたくて上京したらしいよ」
ギターケースを持っているのは、音楽をやっているからなのか。
オレは合点がいったが、蒼い瞳のルークが気になった。
……もう一人のルークか。
もう二度と会うこともないだろうが、音楽をやりに上京してきたのならば、成功して欲しい――。
再び小さくなるもう一人のルークの後ろ姿を見ながら、いつの間にかオレは祈らずにはいられなかった。
「それより兄さん、早く兄さんの家へ行こうよ」
ルークは寒そうに肩を縮めながら、口先を尖らせた。
「ああ……わかった」
オレはようやく我に返り、急いで帰路に就いた。


to be  continued……

room number 213


<ビリー・クリフォード side>




ちょうど会議が終わり、どっと疲れた体を引きずって自分のデスクに戻る途中のことだった。
慌ただしい仕事の最中、最愛の弟、ルーク・クリフォードから携帯にメールが入っていた。
液晶の画面には『新幹線に今乗ったよ!』と、ただそれだけ。
まったく。
我が弟ながら、我が儘なヤツ。でも、そこがまたいいんだけどな。
現金なもので、今までの疲れも、ルークからのメールで一気に吹っ飛ぶ。落とした肩も、疲れた顔も、あっという間に元気になって、じわりと目尻が下がるのが自分でもわかる。
オレは会社の廊下で同僚に顔をみせまいと、下を向いて顔をにんまりとさせた。
あと、この仕事を何十時間こなせばルークと会えるかな……なんて、ことを考えていた時だったので、会えると思うと小躍りしたくなる。俄然、やる気が起きて、オレは廊下を小走りに走る。
本当なら3日後にしか会えないはずなのに、それをイキナリ早めてくるだなんて、いかにもアイツらしい。
普段、ルークは自分から我が儘を言い出す事は多元にない。なのに、一旦言い出すとなかなか折れないヤツなのだ。それが自分の事ではなく、オレが絡む事ならそうなのだと気づいてから、正直少し嬉しかったりするのだが。
そう。
オレ達は兄弟でありながら恋人同士。
これは誰にも明かす事もできない秘密。
オレは一人にんまりさせた顔を引き戻し、できるだけ早く仕事を終えようとデスクに戻った。


「兄さん! こっち!」
東京駅の八重洲口で人目もはばからず、ボストンバッグを抱えて大きく手を振るルークの姿を見付けた。
すでに時刻は日付も変わっており、ホールで3時間以上待たされたあげくの再会だった。
ルークと同じ新幹線に乗っていた乗客たちだろう。パラパラと乗客が改札口を出てくる中、ルークの大声でみんな注目していたが、本人はちっとも自覚していない。
嬉しいのか頬を少し紅葉させて改札を抜けてきたルークは、オレの姿を見付けると、一目さんにこちらへ向かって走ってきて抱きついた。
おいおい。こんなところで恥ずかしいじゃねーか。
オレは照れながらも、ルークを抱きしめた。
さすがに底冷えのするホールでは、3時間も待っている人なんてオレ以外にはいない。暖房はとうに切られており、体の芯から冷え切っていたオレに、抱きついたルークがひどく暖かく感じられた。
「ルーク! おせーよ!」
「ごめん。大雪のせいで新幹線が止まっちゃって。ボクだってこんなに時間がかかると思わなかったんだよ」
ルークに当たっても仕方がないのに。
オレは久しぶりにルークに会えると楽しみに喜こんでいた分、大雪で新幹線が一時不通になり、再会が遅れてしまうと言うアクシデントの怒りをどこにぶつけてよいものやらわからなくて、少し大げさに抗議した。
すでにルークは身長がオレより頭一つ分近く高くなっていて、文句を言うのにも、顔をいちいち上げて言わなくてはならない。
しばらく会わないうちに、また背がデカクなったな。

肩幅だってすでにオレよりあるかもしれない……。
本当はもっとくっついていたいのに、ルークとの背の差を気にして、オレは早々に離れた。
弟と離れて暮らすようになって一年。
たまにしか会えないけれど、会う度にルークの成長に驚かされるし、より凛々しくなってゆく弟をオレはどきどきしながら見ているなんて、コイツはきっと知らないと思う。
「待たせてごめんね。兄さん」
ルークがまっすぐにオレを見つめる。
素直に謝られると、なんと返答してよいものやらわからない。
「おう。さみーよ!」
オレは照れ隠しにぶっきらぼうに返事をするかたわら、ちょっとふざけてルークの頬にパンチを食らわすマネをする。ルークもふざけたオレに合わせるように組み手の防御の型をとると、その視線の奥に遅れて改札を抜ける一人の青年がオレの目にとまった。
「え? ルークが二人……?」
慌ててオレは目の前にいるルーク青年を見比べた。
嘘だろ。ルークが二人いるぞ!
ぎょっとしてもう一度よく見ると、ルークによく似た青年はギターケースを担いだまま、つかつかとオレたちの方へ向かってやってくる。
オレの視線と、ホールに響き渡る靴音に気がついて振り向いたルークは、青年にむかって片手を上げた。



to be  continued……

ルーク・クリフォード side




『本日は新幹線をご利用頂きまして誠にありがとうございます。当新幹線は終着駅東京を目指して向かっておりますが、あいにくの悪天候の為、しばらく運行を見合わせております。尚、他のダイヤの影響もあり、この先の運行は未定でございます。先を急がれる中大変恐縮ではありますが……』



「ええええーーーっ!」
ボクは放送のアナウンスを聞いて非難の声を上げた。
今までがやがやと賑やかだった車中も放送が始まったかと思うと静かになり、放送が全部終わらないうちに周りの人たちはボクと同じように一斉に声を上げた。
大学院の合格通知が届いたのを理由に、ボクは少しでも早く兄さんと会いたかった。
本当なら三日後だった出発を、勝手に今日に早めたのはボクだけれど……。
兄さんに逢えると思う逸る気持ちを抑えられなくて、気がついたら新幹線の切符を買っていた。なのに結果がこれでは、泣きたくなってくる。
「……ったく!!」
つい、僕は毒づいた。
もうすぐ兄さんに会えるというのに。まったく今日はついていない。
ひどく悔しがっているボクの様子に、隣の青年が声を掛けた。
「どうしたの?」
なんだかちょっと変な感じだ。自分と同じ顔で心配されると、妙な気分になる。ボクは少し顔を背けてなるべくそっけなく答えた。
「せっかく……もうすぐ会えると思ってたのに」
「もしかして恋人に会うの?」
青年は、興味津々に尋ねてきた。恋人が実の兄さんというのは、絶対の秘密だ。ボクはどう答えてよいのか思案を巡らしながら、言葉を濁した。 
「えっと、まあ……そだね」
「えーいいなぁ」
「君はいないの?」
「僕?……残念ながらいませんね」
青年は、大きなため息と共に、背中を深く座椅子にもたれかかった。
「そうなの? モテそうだけどな……」
自分そっくりの人が、モテないと嘆くのも、変な感じだ。客観的に見れば、外見は悪くないというのに。もしかしたら、彼はもの凄く性格が悪いとか――。
ボクは、青年の顔を覗き込みながら想像していると、なんだか興味が湧いてきた。青年もボクと同じ気持ちだったらしい。おずおずとだが、相変わらず流暢な日本語で尋ねてきた。
「名前、聞いてもいいですか?」
「ええ。いいですよ。ボクの名前はルーク・クリフォード」
その時だった。
「えーコーヒーにジュース、サンドウィンチにお弁当はいかがですか~」
ボクが名前を告げると、ちょうど車内販売のお姉さんがワゴンを押しながら通路を通りかかった。
「すいません。ビール!」
二つの声が同時に重なった。
ぷっ……ぷっ…
くっ…くっ……
気がついたら同時に同じモノを注文していた。どちらともなく顔を見合わせ、思わず噴き出した。
さっそく車内販売のお姉さんからビールを2本購入し、1本を隣の青年に手渡すと、青年は嬉しそうに受け取った。
「せっかくだから乾杯する?」
ボクが提案すると、青年もプルタブを開けて同意した。
「そうですね……でも何に乾杯?」
青年はしばし目を宙に彷徨わせたと思ったら、何かを思いついたらしい。よく通る声で「ルークの幸せに乾杯!」と、急に缶ビールを持ちあげた。
「ルーク……?」
「ああ、まだ僕名前言ってませんでしたね。僕も貴方と同じル-クなんです。ルーク・シュヴァルツ」
「ホント?」
「ええ」
まさか見た目の似たような容姿なのに、名前も同じだなんて。
ボクは目の前の青年が同じ名前と聞いて、一気に親近感が湧いた。
「じゃあ二人のルークの出会いを祝して、乾杯!」
コツンと、ボクもルークの缶ビールに軽くぶつけて乾杯をする。
これがボク達の初めての出会いだった。


to be  continued……


<ルーク・クリフォードside 2>



ボクはきょろきょろと辺りを見回し、また次の車両へと移動する為デッキに移ると、重い荷物がさらに重く感じられて大きいため息を一つついた。
はぁ。
この車両も空きはナシか……。
これで五両目だ。しょうがない。また別の車両を探そうかと狭い通路をUターンしようとしたところに、一人の青年と眼があった。
あれ? この顔。
金髪を短髪にして蒼い瞳。その上、すごい美形な顔立ち。まるで外人モデルと言っても過言ではない。歳はボクと同じくらい。相手もボクの顔が気になったのかじっと見つめていた。
無理もない。
だってボクらは鏡を見ているように、ソックリだった。
よく人間似ている人は世の中に三人いるとは言うが、もし、それが本当ならなんという偶然だろう。
一瞬声をかけようかと思うが、似ているからというだけで話は終わってしまいそうだ。
そのまま素通りしようとしたら、彼の横の座席に合皮のソフトケース入りのギターケースのようなものが鎮座しているのに眼が止まった。
「すいません、ここ空いてますか?」
気がつくとボクの方から声をかけていた。
「ああ……どうぞ。すぐにどけますので」
青年は軽く会釈をすると、座席にあったギターケースをどかす。
見かけに反してずいぶん流暢な日本語で受け答えをされて、正直ボクは驚いた。
「ありがとう」
とりあえず礼だけは言ってこう。
外見はどこから見ても日本人ではなさそうなのに。
ボクも、思わず日本語で話しかけたけれど、英語のほうがよかったのか? と、話しかけた後に少し後悔した。だが、正直言って、ボクは外見はまるっきり外人なのに、英語はあまり得意ではない。とりあえず、日本語が通じたのでよしとしよう。ボクに似た彼は、案外日本での生活が長いのかもしれないし、外見は外人でも、日本語漬けで育った環境なのかもしれない。。
まあ、いい。
ボクには関係ない。
たまたま上京する新幹線の中で、隣の座席になっただけなのだ。
ボクは荷物の鞄を座席の上の棚にしまうと、携帯片手に得意の早業で兄さんにメールを送った。
『新幹線に今乗ったよ!』
携帯の画面にはただそれだけ。
送信っと。ふふ……これでよし。ボクは少し笑みを浮かべながら送信ボタンを押した。
これでもうすぐ兄さんに会える。
ボクは嬉しくて仕方なかった。
「打つの早いですね」
横から声がしてボクは慌てて声の主を睨んだ。
「覗き見ですか」
「すいません。そんなつもりでは……貴方があんまり楽しそうだったのでつい……」
本気で怒ったわけじゃなかったのだが、青年は申し訳なさそうに謝った。青年が謝ると、なんだか自分に謝られている気がして、ボクは居心地が悪くなった。自分が自分に意地悪をしているような錯覚に陥る。
「別にいいけど……」
少しだけぎこちない空気が流れる。
気まずいなと思っていた所に、新幹線の車内放送時にかかる音楽がきらびやかに聞こえてくると、間もなく女性のアナウンスが流れてきた。


to be  continued……

room number 213




――ねえ、ボク達の出会い、覚えてる?


あの日、初めて出会った時のことを


一緒に過ごしたあの部屋のことを


今もあの思い出の鍵はここにあるよ――






<ルーク・クリフォードside> 



ボクは東京に向かう新幹線の中、自由席の空きを探して車中をうろついていた。
今日は大雪。
わざわざこんな日に出かける輩なんてそういないだろうから空いているだろうと思っていたのに。現実はそう甘くない。



こんなはずなら指定席を取ればよかったのかな。
でも、お金はあまり使いたくない。これから東京で兄さんと暮らす為に少しでもお金はとっておきたい。


ボクの名前はルーク・クリフォード。今年十九歳になる。
名前のとおり、ボクは日本人ではない。

ここ日本で、田舎の育ちだったボクと兄さんは、この容姿のせいもあっていつも異端児だった。加えて優秀な頭脳。周りはいつもボク達の事を特別扱いしたがったし、実際ボク達兄弟はそうだった。

兄であるビリー・クリフォードは、若干二十歳で大学を飛び級で卒業し、近年バイオ研究に力を入れている某企業にぜひ特別社員とにと、研究員として迎えられた。

ボクも兄さんに負けないくらい勉学もできたし、同じように大学を飛び級で卒業できた。

卒業後はボクもすぐに職につくつもりだったのだが、兄さんから更にその上の大学院に進学することを薦められた。

「学費はオレがなんとかするから、お前はもっと勉強しろ」と。

ボクたち兄弟には両親はいない。

父はボクが生まれるとすぐに蒸発し、代わりに母がボク達兄弟を女手一つで育ててくれたが、過労のせいで無理がたたったのか、流行り病にかかるとあっけなくこの世を去った。両親もおらず、日本に身よりのなかった僕たち兄弟は施設で生活することを余儀なくされた。

両親がいない寂しさは幼いボク達にとって否めなかったが、ボクは兄さんと一緒にいることで、ずいぶんと救われた。結局、ボクは兄さんさえいればどこでもよかったのだ。
施設の生活は、想像していたよりひどいものではなかったが、僕たちはこの容姿と頭脳のせいでいつも特別扱いされ、いつも目立っていたし、それがとても嫌だった。まあ、それも仕方がないと思う一方、もう一つ人目につきたくない理由が別にあった。

ボクと兄さんは兄弟でありながら、恋人同士だったからだ。

今思うと単に寂しかったのだと思う。両親もおらず、学校や施設で良くも悪くも何かと注目を浴びることに慣れていない幼い子供がいろんな中傷や期待を受け止められずはずもない。

くじけそうになるのを。ボク達兄弟は互いに励まし合い、寂しい時は慰め合ってきた。最初はそれがどういうことかわからなかった。気がつくと、ボクが兄さんを求め、兄さんもボクを求めてくれる。とても自然ななりゆきだった。

施設の生活は集団生活が基本。いつも誰かの目を気にしながら行動しなければならないのが、とても苦痛でならなかった。
けれどこれからは違う。
人目をきにしなくてもいい。
ずっと兄さんと一緒にいることができる。

兄さんは一足先に東京で社会人生活をしていて、ボクも大学院が東京にあるため、一緒に生活できるんだ。

ボクは東京での兄との生活を夢見て、新幹線に飛び乗った。



to be  continued……



ピアノマン 


エピローグ


 コンクールから一ヶ月が過ぎた。右腕に大やけどを負ったオスカーも、少々腕に跡が残ったが、ようやく包帯が取れた。
 二次試験の結果から、最終選考に残ったのは、フランツとアルフォンス、他の学生の三名だった。翌日、最終選考の演奏が行われ、優勝したのはアルフォンスだった。
オスカーとの約束を果たせ、お互い兄弟だとわかって喜びはひとしおだったが、それを喜ぶ暇もなく、今は半年後の国際ピアノコンクールめざして、ルイズ教官の元で猛特訓中だ。
オスカーは特別なはからいで、学園内コンクールの特別審査賞をもらった。 アルフォンスがオスカーには内緒で、ルイズ教官とマーロウ教官にコンクール出場とは別枠でかまわないからオスカーに演奏する機会を与えて欲しいとお願いはしたのだが、まさか特別審査賞までもらえるとは思っていなかった。
オスカーも、最初は「特別審査賞なんてもらえない」と尻込みしていたが、審査賞の件は、アルフォンスがお願いしたわけではないと知ると、授賞式には素直に出席していた。
オスカーは、残念ながら今回のコンクールには正式に出場できなかったけれど、来年に向けてと、あれ以来、作曲と編曲の楽しさにも目覚めたらしい。 将来は演奏者よりも、作曲家の道を進みたいと作曲科のマーロウ教官の元で勉強を続けている。
フランツの姿は、あのコンクール以来、見ていない。
どうやら学園を退学になったらしい。アルフォンスがルイズ教官とマーロウ教官に働きかけ、彼と故意にしていた教官も、フランツの父からの不当な賄賂が表向きになり辞職した。
アルフォンスがオスカーに「何かフランツに言ってやりたい事とかなかったの?」と尋ねると、オスカーは「アイツも大学四年生になって最後のコンクールで失敗し、退学にまでなった痛手はおおきいだろ? 話もする価値はないヤツさ」と大人な返事が返ってきた。
学生時代は親の金の力でなんとかなったとしても、社会に出てみれば才能のないヤツは、いつかは潰れる。きっとフランツも自分の才能の限界はわかっていたのだろう。ある意味、可哀想なヤツなのかもしれない。

 その後オスカーは、マーロウ教官の家を出て、兄弟仲良くアルフォンスのアパートで下宿している。
 オスカーとアルフォンスは、本当の兄弟になった。名前も「オスカー」から「兄さん」と呼んでいる。ケンカした時は「オスカー」と呼び捨てにするが、それはそれで仕方がないだろう。
時々兄弟げんかもするけれど、今までけんかする相手がいなかったことを考えれば、兄弟けんかも楽しいものだ。だって最後はかならず仲直りし、今まで以上に仲良くなれるのだから。
週末は、母の待つ田舎へ一緒に戻ろうと話しているところだ。
 いつか将来は母親を呼び寄せてみんなで暮らす。それがオスカーとアルフォンスの目下の目標だ。

「ねえ、兄さん」
「なんだ? アルフォンス」
「あの曲、弾いてくれる?」
「おう」
 アルフォンスは兄さんと呼べる家族ができたことが、何よりも嬉しい。オスカーの弾くピアノの音色を聴きながら、幸せを感じるのだった。
end






第五章



「今は、田舎で息子のアルフォンスと母子二人暮らしですが、私には他に家族がいました。夫ともう一人の息子です。家族で旅行へ行った帰りにとある列車事故に巻き込まれ、夫と当時二歳長男をを失いました。夫の遺体は見つかりましたが、いくら探しても長男の遺体は見つからなくて。当時の事故はかなり激しくて、遺体もバラバラに肉片が飛び散る有様で、身元の確認のできない被害者が他に大勢いらっしゃったんです。大人でもそんな感じでしたから、子供の遺体確認が必ずできるわけではなくて。事故で亡くなったと思っていた息子の名前は……オスカー」
 そこまで言うと、母は、じっとオスカーの顔を見た。きっと訊きたいことは山ほどあるのだろう。事故に遭ってから今までのこと。どうして、ここにいるのかを。
 もっと言うのなら、なぜ、今まで母を探してくれなかったのかと問い詰めたい所だろうが、事故当時はオスカーも幼い子供だった。
 母は尋ねたい気持ちを無理矢理胸の奥にねじ込むように、大きく息を吸い込むと、言葉を続けた。
「先程、オスカーが弾いた曲は、亡くなった夫が息子達のために作った曲なんです。それにオスカーは亡くなった夫の若い頃ににそっくりで……」
 母は、そこまで話すと涙をこぼした。
「そうだったのか……。事故に遭った時は、オレは、ほんの子供だった。事故のショックで記憶喪失になって、自分の名前も覚えていなかったからな」
 オスカーは瞳を伏せて、ぽつりと言い放った。辛い思いも山ほどしたに違いない。
 アルフォンスは母親の話を聞いて、合点のいく点が重なった。
 母から伝授されたクリームシチューが大好きなこと。幼い時、母が子守歌として歌ってくれたあの曲。こうして見ると、自分と髪色も瞳の色も同じだ。
「シュバッツさん、もしかして貴方の夫の名はアルベルトさんではないですか?」
 今まで黙って話のゆくえを聞いていたルイズ教官が口を挟んだ。
「夫をご存じなのですか?」
「やっぱり。直接教わったわけではないですが、私がまだここの学生の時お世話になった教官が、作曲家の友人が列車の事故で亡くなった。と悲しんでおられたを思い出しました。じゃあ、さっきオスカー君が弾いた曲もアルベルトさんの作った曲だったのですね」
「ええ、私も先ほどホールで聞かせてもらいました。オスカーが舞台に上がった時も信じられませんでしたが、まさかあの曲を演奏するとは夢にも思わなくて――」
 母は、涙が止まらないらしく、持っていたハンカチがぐっしょりと濡れていた。アルフォンスだって、母ほど泣きはしないけれど、動揺が抑えきれなかった。
 まさかオスカーが兄だったなんて――。考えただけでも、心臓がどきどきする。
「親父の作った曲だったのか。顔とかあんまり覚えていないんだけど、曲だけは強烈に覚えていたんだよな」
 オスカーは照れくさいのか、後頭部に当てた手のやり場をなくし、曖昧に笑っていた。
 蛙の子は蛙というが、オスカーにしろアルフォンスにしろ、音楽の才能があるのは父譲りなのかもしれない。
「そろそろコンクールの発表の時間だ。ホールに戻ろう」
 まだ再会の興奮が覚め止まない三人だったが、二次試験の結果を聞くために、再びホールに足を向けた。


to be  continued……


第五章



「オスカー、さっきの曲は?」
 すぐさまアルフォンスは尋ねた。アルフォンスは尋ねながらも、まだ興奮した胸の高まりが納まらない。
 オスカーは、自身たっぷりと、にんまりと笑っていた。
「さっきのか? 題名はまだないけど、オレが編曲したんだ。気に入ってくれたか?」
「編曲って……。作曲者は誰?」
「聞かれてもよくわかんないんだよな。オレも知らないうちに耳に残っていた曲だし。でもいい曲だろ? 適当にアレンジしたんだ。あ、それともそーいうのは、コンクールではダメなのか?」
 オスカーは今まで得意げだった表情を、少し曇らせたその時だった。
「アル! アルフォンス!」
 名前を呼ばれて振り向くと、そこには田舎にいるはずの母の姿があった。
「母さん!」
 なんで、ここに母がいるのだろう。アルフォンスは母の姿がここにあるのを信じられなかった。便りはまめに出しているので、もしかしたらわざわざコンクールを見に、田舎から出てきてくれたのかもしれない。
 アルフォンスは舞台の上の自分を母が見てくれたのだと思うと嬉しくて、今すぐ抱きつかんとばかりに両手を広げたが、母はアルフォンスの隣にいたオスカーの姿を見ると、そのままアルフォンスの前を素通りしてオスカーを抱きしめた。
「ち、ちょっと。母さん」
 両手を広げたままの間抜けな姿で、アルフォンスが母を呼んだが、母は聞こえていない風だ。
「オスカーなの?」
 名前を聞かれたオスカーは、知らない壮年の女性に名前を呼ばれて驚いていた。
「どうしたの母さん。オスカーと知り合い?」
「やっぱりオスカー! 貴方、生きていたのね」
 アルフォンスの母は何も聞こえていないのか、オスカーを抱きしめて泣き始めた。
 オスカーにすがりつく初対面の女性を、オスカーはどうあしらってよいのかわからず、おろおろしていた。
「ちょ、ちょっと…待ってください。確かにオレはオスカーだけど」
 見るからに、オスカーは困惑していた。
「母さん、突然どうしたの?」
 アルフォンスも流石に母の様子がおかしいと声を掛けると、ようやく自分の粗相に気づいたのか、母はオスカーから手を引いた。
「アルフォンス、この人が貴方の兄さんなのよ」
 ……オスカーがボクの兄さん?
 何を言われたのか、理解できなかった。
 今まで家族になれたらいいなと。思った事は何度となくあった。最初はひとりぼっちのオスカーを慰める意のものが多かったけれど、途中からは断固となくその気持ちは強くなっていった。
「母さん、それホントなの?」
 まわりにいたルイズ教官もオスカーも、驚いた顔をしている。
 話の内容を察したルイズが、「往来の中で話す内容ではないようですから、よかったこちらに」と、いつも使っている教官室を案内してくれた。
ルイズが案内してくれた教官室の椅子に腰掛けた四人は、ルイズ教官がが入れてくれたお茶で、ようやく落ちついてきた。
 アルフォンスの母親は、今までの経緯を話し始めた。

to be  continued……


第五章



立ち上がったお客達もやがて落ち着きを取り戻し、静かにその場に座った頃、司会者がマイクを握って舞台に出てきた。
「プログラムに載っている演奏者はこれで終わりましたが、最後に、もう一人演奏する学生がいます。三十四番、オスカー・シューマン」
 名前を呼ばれたオスカーは驚きの顔でいたが、横にいたルイズ教官が「無理はせんでいい。今のお前のできる限りの演奏をして来い」と、舞台に送り出した。
 オスカーの右腕には、まだ包帯が巻かれていた。けれど、コンクール用の練習とまではいかないが、内緒でピアノ練習をしていたので、演奏する事自体は可能だ。ルイズ教官は、オスカーの性格を熟知していたのだろう。
 オスカーは覚悟を決め、舞台に向かい、ピアノの前でお辞儀をするとやがてゆっくり弾き始めた。
 それは皆、知らない曲だった。
 ゆっくりとしたテンポ。
 ユニゾンで始まった主旋律は、やがて高音部と低音部のメロディに分かれる。それはさざ波にも、草原にふく風のようにも聞こえ、聴いている者達を魅了する。コーダはどこか懐かしく心地よいメロディが繰り返され、耳に残った。
 やがてオスカーが弾き終わると、アルフォンスの時よりも、さらに盛大な拍手が送られた。
「……この曲だ」
「どうした? アルフォンス」
「ボクはこの曲を知っている」
「ルイズ教官、この曲は誰の作曲なんですか?」
「作曲はオスカーじゃないのか? 時々、この曲を練習の合間に弾いていたぞ」
「……そんなはずは」
 アルフォンスは耳を疑った。
 この曲はアルフォンスが子供の頃から、母が子守歌代わりに歌ってくれた曲だ。確か初めてこの学園に来たとき、誰かがピアノを弾いていた。今思えば、きっとあれはオスカーだったのだろう。
 舞台の上で照れくさそうに笑うオスカーを、信じられない顔でアルフォンスは見ていた。
 すべての演奏が終わると、審査結果が出るまでしばらく休憩が入った。
 アルフォンスとルイズ教官は、舞台にいたオスカーと誘い合い、ホールの外に出た。

to be  continued……