第五章
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その日の午後。
参加者は一次試験で全体の約三分の一ほどに絞られたが、二次試験の視聴者はホールに立ち見がでるほどの賑わいになった。二次試験から聞きに来ると言う一般の音楽ファンも多く、学園内も大勢の人々がおしかけていた。
二次試験は自由曲の演奏である。
学生といえどもその演奏は、一次試験に比べて、個人の音楽の色とでもいう個性が明らさまに表に出てくる。
何度もこのコンクールを聴きにくる人にもそれはわかるらしく、その様子は、演奏後の拍手の数を聞けばだいたいの察しはつくものなのらしい。
アルフォンスの順番は三十三番。最後の演奏だった。
控え室で待っていると、順番に演奏者が呼ばれ、いなくなっていく。
演奏の終わった参加者は控え室にはもどらず、他の演奏を聴く為に、そのままホールに向かう。
控え室には、とうとうアルフォンス一人になった。
アルフォンスは、一人になった控え室で考えていた。
編入して約半年。いろんなできごとがあった。田舎から上京し、オスカーと知り合い、やさしくしてくれるマーロウ教官やルイズ教官。教官らのおかげで今、自分はここにいることができる。
そして本当なら、オスカーはここにいたのかもしれない。
オスカーの分まで、頑張らなくちゃ。そう思うと、コンクールで優勝だとかはどうでもいいことのように思えた。
フランツだけには負けたくない。
フランツ以上の演奏をすること。それだけがアルフォンスの心を突き動かした。
「三十三番の方、どうぞ」
番号を呼ばれ、舞台の袖まで移動した。それから自分の順番が回ってくるのはあっという間だった。
「次の演奏は、三十三番。アルフォンス・シュバッツさん」
紹介されて舞台中央まで移動する。ぺこりとお辞儀をして、すぐにピアノの前の椅子に座った。
……オスカーの分まで頑張るから。
アルフォンスはゆっくりとピアノを弾き始めた。
自由曲はショパンの『幻想即興曲 嬰ハ短調』ショパンの残した楽曲でも有名な部類に入るだろう。
正確な右手のパッセージ。
大胆かつ優雅な旋律。
ピアノの前に座るまでは、フランツへの怒りで頭がいっぱいだったのに、弾き始めると、どうでもよくなっていく。
アルフォンスの思考が、ショパンの旋律と重なり、ピアノを奏でる喜びと楽しさで気持ちがいっぱいだ。
もっと、透明に。
もっと、のびのびと。
弾いていくうちに、まるで鍵盤と自分の指が一体になった感触がして、ピアノが身体の一部になった感覚があった。
課題曲でのアルフォンスの演奏とは違い、非常に細やかな音と情熱的で歌い上げるかのような十六分音符の連打は、聴いているものを飲み込み、心地よい気分にさせる。
アルフォンスの演奏が終わると同時に、拍手の嵐が起きた。
一瞬、何が起こったのかわからなかったが、オスカーが客席で立ち上がると、周りのみんなも立ち上がって拍手をした。
アルフォンスはお辞儀を何度もして、舞台から去った。
to be continued……