第四章
4
「お茶でも入れようか。それともお腹が減ってる?」
部屋に荷物を運び終わったアルフォンスが、オスカー尋ねると、すかさず「お前のシチューが食いたい」と答えが返ってきた。
「シチューか」
「無理かな……」
急にオスカー声のトーンが小さくなった。まるで小さな子供だ。しゅんとなるオスカーを見ると、なんとなく可笑しくなった。
「無理じゃないよ。オスカーらしいね」
アルフォンスは小さく笑った。
「なんだよ。シチューが食いたいというのが、そんなに可笑しいか?」
「ううん。よかった。食欲があるのは、いいことだよ。少し時間がかかるけれど、待てる?」
「おう!」
アルフォンスはシチューを作る材料を確認し、「足りないものを買ってくるから」と部屋を出た。
よかった。一時オスカーは、必要以外は口も利かない。食事もほとんど取れなくて、心配したけれど、こ
れで少しは元気になるだろうか。
出来るだけ早く戻って、おいしいシチューを食べさせてあげたい。アルフォンス少しは表通りを出て店を
まわり、シチューを作るのに必要な食材を急いで調達し、アパートへの帰路を急いだ。
*
帰り道の途中だった。
いつの間にか、学生らしい青年二、三人が、自分の前を歩いていた。どこだったかこの後ろ姿は見覚えがある。
アルフォンスは彼らを追い越さず、知らない振りをしながらしばらく後を歩いていった。彼らは後ろを歩く
アルフォンスの存在に気づかず、楽しげに会話をしていた。
「しかし、まだアイツ口を割らないんだって?」
「ああ。ある意味、すげーよな。だから余計にフランツがイジメるんだよな」
……イジメ?
学生の会話に『イジメ』という単語が出てきて、アルフォンスは聞き耳を立てた。
「そうそう。そう言うお前も、今回は手伝ったんだろ?」
「まあな。手伝えはフランツのヤツがコンクールの一次試験はパスしてくれるよう、故意にしている教授に頼んでくれるって話しだからよ」
「お! それいいな。なんでもっと早く俺にもその話を教えてくれなかったんだよ」
「わりぃわりぃ。でも、お前の実力じゃ、一次予選はパスだろ?」
「まあな。それよりもフランツはやけにあの金髪の餓鬼を目の敵にしてないか?」
「それな。元々、アイツはルイズ教官にレッスンを申し込んでいたんだと。それを却下されたのが元らしい
ぞ」
「でも、それだけで火傷まで負わせるか?」
「ああ。それ知ってる。それには別の理由もあるらしい。なんでも先日、用があってルイズ教官を呼びに言ったら、金髪坊主がすごい演奏をしていたらしいぞ。しかもその弾いてた曲がラフマニノフ!」
「あ! わかった。もしかして、自由曲がフランツと同じとか」
「お前、よくわかったな」
「それだけで? ひでーな」
「アイツ、マジで優勝狙っているからな。なんせ俺ら四年生だろ? 先々の事が心配なんじゃね?ここで
優勝しとけばなんたって国際コンクールに出場出来るからな。それくらいあのお坊ちゃまだったらするか
もね」
「おお! 怖い! 俺、絶対アイツを敵に回したくねーぇ」
「それ言えてる!」
前を歩く学生は、後ろにアルフォンスがいるとも知らず、話に夢中でゲラゲラ笑い合った。
学生の話を聞きながら、アルフォンスは拳を握りしめていた。
きっと今の話は、オスカーのことだろう。アルフォンスには確信があった。
名前は出さなかったが、金髪の坊主や、ルイズ教官の名前があがり、そして決定的なのは、オスカーのラフマニノフの演奏だ。
先日、ルイズ呼びに来た学生がきっとフランツなのだろう。彼は練習室の外で、ルイズの演奏を聴いていたのかも知れない。
今の話が本当なら、フランツというヤツはなんて卑劣なヤツだろう。
優勝を狙っているのなら、正々堂々とコンクールで優勝すればいいものを、年下のオスカー大火傷を負わせてでまで、優勝したいとは。絶対許せない。
それまでにオスカーのピアノの才能は驚異だったのかもしれないが、非道にもほどがある。今の話では、学園内の教官も、汚職まがいの事をしている者がいるのだろう。
アルフォンスは大急ぎでアパートに戻った。
to be continued……