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一期一会

本も人の出会いも一期一会。時々読者、時々物書き。好きな本やコミック感想を中心に、日常のつれづれと共につぶやいていきます。

<ルーク・シュヴァルツside >


16


そんなことを繰り返ししながらマンションに着く頃には、雨宿りをした甲斐もなく、僕もビリーさんもびしょ濡れになっていた。
マンションの側にきて、近くの駐車場から僕たちの213号室の部屋を確認してみたけれど、灯りはついていない。
やはり……弟さんはまだ戻っていないようだ。
がっくりしたような。それでいて、少し嬉しいような――。
微妙な気持ちが僕の中で広がっていたけれど、これはビリーさんには知れてはならない気持ちだと、一人で気持ちを押し込めた。
「早くもどってシャワー浴びないと風邪ひいちゃいますね」
僕はなんとなく、助言したが、ビリーさんの返事はなかった。
マンションの部屋を残念そうに見上げるビリーさんを窺ってみたけれど、、彼はマンションを見上げたままだった。
少しだけビリーさんが小さく見える。
支えてあげたい。
なぜだかそんな思いにかられるが、実際には何もできない自分がはがゆい。
ビリーさんは急に真面目な顔つきにもどり、走り込むわけでもなく、スタスタと無頓着そうに建物に入った。
部屋前にもどっても、やはり灯りはついておらず、玄関ドアに手をかけると、堅くロックされたままだ。
ビリーさんが確認するより早く、僕は思いつく限りのルークさんの助言をしていた。
「もしかしたら、アルフォンスさん、もう寝ちゃったのかもしれませんね」
自分でも馬鹿だと思う。そんなことを言ってみても、僕にはなんの関係も、得をするわけでもないのに。
けれど、嘘でもいい。ビリーさんが悩まずにいてくれるのなら、ほんの一瞬でも、僕の言う通りに話を聞いて頷いてくれるだけで、幸せだと思った。
僕は苦し紛れにそんな言い訳をしてみたが、ビリーさんの耳には僕の声など届いていなかったようだ。
ルークさんの部屋を確かめるわけでもなく、呆然と玄関に立ち尽くしている。
「濡れちゃいましたね。早く熱いシャワーを浴びて着替えないと」
僕の言葉も無視したままだった。。
ビリーさんはとりあえず靴だけ脱ぐと、濡れた服も脱がずに、廊下や部屋が濡れるのもおかまいなしに、ルークさんの部屋に入った。
「ビリーさん、先にシャワーを――」
僕が声をかけると、まるでそれを遮断するかのように部屋内部からドアをロックする音が聞こえた。
「ビリーさん!風邪ひきますよ」
「ビリーさん、せめて着替えだけでも…」
「ビリーさん!」
結局、朝までビリーさんは、ルークさんの部屋から出てこなかった。
仕方なしに僕は先にシャワーを浴び、自室のベッドに潜り込んだ。
時計はすでに夜中の2時半。
今日一日でいろんな出来事がありすぎた。
先輩に誘われたルークさんを見送り、ビリーさんは帰宅したが、戻らないルークさんを一緒に迎えに駅まで行き、不慮の事故だがビリーさんとキスをして、雨に打たれながらの帰宅した。僕はあの時の感触を思い出して、そっと自分の唇に手をかける。
ほんの少しかすっただけだけれど、ビリーさんの唇はやわらかかった。頭の中ではクローズアップされた彼の口元を思い出す。今頃になってどきどきと胸が高鳴ってきて、胸がきゅんとして、息をするのも苦しくてたまらない。
僕は自分のこんな気持になんと名前をつけてよいものかわからなかった。体は疲れているはずなのに、ビリーさんの事を考えると、一向に眠くならない。
結局僕は、朝方ルークさんが戻ってくるまで、一睡もできなかった。


to be  continued……

<ルーク・シュヴァルツ side>


15



結局、ルークさんは戻ってはこなかった。
あれから僕はビリーさんと一緒に、最寄りの駅までルークさんを迎えに行ったけれど、終電を過ぎても彼の姿を改札口に見付けることはできなかった。
改札に誰もいなくなり、ホームとコンコースのライトが落とされた時のビリーさんの表情は、今でも忘れられない。がっくりと肩を落とし、沈んだ顔のビリーさんは見るからに疲れた顔をしていて、側で見ている僕は、何と声を掛けてよいものかわからなかった。
「なあ、ルークのやつ、もしかしたらタクシーかなにかで先にマンションに戻っているかもしれない。先輩なら車を持っているヤツがいて、送ってもらったのかもしれないし」
ビリーさんは、僕に同情されるのが嫌だったのか、無理して笑顔を作り、僕の先をマンションに向かってとぼとぼと歩きだす。
「そうですね。戻りましょうか」
気の利いた言葉も掛けられないまま、僕はビリーさんの後ろを従いて歩いた。
来た道と同じルートで帰宅するのは躊躇われたのか、ビリーさんは国道沿いの少し遠回りの道順でマンションへ向かう。僕もその順路の方が都合がよかった。さすがにまたあのカップルの淫らな声を聞きながら帰宅したくはないし、あのキスは不慮の事故だとしても、再びあの喘ぎ声の聞こえる環境の中、どんな態度をとってよいものか悩んでしまうだろう。けれど、そんな心配も不要だったかもしれない。雨が降り出したからだ。
流石に雨が降る中、野外でちゃつくカップルなんて、いないだろう。
行きはあんなに天気がよくて満点の星空が見えていたというのに。ポツポツとゆう雨音がしたと思ったら、大粒の雨がばしゃばしゃと降り始め、しめったアスファルトの雨のにおいが充満する前に、すでにそこらは水たまりが出来ていた。
もちろん傘など持っていない僕たちは先を急ごうと駆け足になったが、遠回りの道順でマンションに着くには、ここから10分以上はかかる。少しでも濡れないように雨宿りできるところはないかと、辺りを探した。
「ビリーさん、こっち! こっち!」
国道沿いの道は、車道分離帯、歩道と分けられていて、商店街のように庇が突き出た建物はほとんどなかった。
雨やどりをしようにも、それに役にたちそうなものはなかなか見あたらない。かろうじて歩道に等間隔で植栽された銀杏の木があるだけ。
それでも樹齢三十年以上は経つだろうという銀杏の木の下では、何もないところを歩くよりは、ずっといい。
僕はビリーさんの手を引くと、銀杏の木の下へ駆け込む。
一息つくと、また次の銀杏の木へと。
「次いきますよ」
「ああ」
「それ!」
手を繋いで次の銀杏の木の下までダッシュする。
それを繰り返しながら二人で進む。
僕は少しだけ楽しくなってきた。余裕もでてきて、ちょっとおちゃらけてみる。
少しでも濡れまいと、銀杏の木を両手で取り囲むようにする。当然、手をつないだままのビリーさんも一緒に木に寄り添うようにすり寄った。
「おい、なにをそんなに木に抱きついているんだ?」
「だってこうしないと、僕は体が大きいから濡れちゃうんですよ」
「それって、間接的にオレは小さいから雨に濡れないとでも言いたそうだな!」
「あは。ばれちゃいましたか?」
「おい!」
今まで沈んだビリーさんの顔に、少しだけ笑顔が戻る。
最初はおっくうがっていたビリーさんも、次第におもしろがって、僕たちはまるで子供のように木の下から木の下へ移る雨宿りを楽みながら先へ進んだ。
「さて、次行きますよ」
「おい、まて! 俺が先だ!」
僕はビリーさんの笑顔を見ていると、なんだか嬉しくなった。
なんでだろう。
こんな夜中に男二人、子供みたいに木から木へと雨宿りしながら帰宅するのが、なんだか楽しい。
ビリーさんからみたら不謹慎に思われるかもしれないけれど、僕は心のどこかで感謝していた。。
ビリーさんとこんな経験が出来た事に。
言い換えれば、今日戻ってこないルークさんに。



to be  continued……

<ビリー・クリフォード side>


14



駅までの道のりは、河川敷の脇にある遊歩道を歩くと、近道だ。迷わずオレとルカは、遊歩道を歩き、商店街を抜けて駅に向かうルートを選んだ。
「夜の散歩みたいで気持いいな」
「そうですね。夜風が冷たくて気持いいですね」
見上げると、空には満点の星。
時折頬をなでる気持ちよい風。先程までの気分が嘘みたいだった。
そういえば、東京に来て夜空を見上げるのは、久しぶりかもしれない。
初めて東京に来た日の夜、オレはホームシックのせいか、とてもルークに逢いたくて仕方なかった。
何かルークと繋がっていたくて、せめて遠く離れた田舎でも、空だけは繋がっているからな。と、一人暮らしを始めたワンルームマンションのベランダから空を眺めると、星は数える程しか出ておらず、いたくがっかりしたものだった。
けれど、ここは違う。
都内23区から離れているせいか、川沿いで近隣も緑が豊富なせいか、街灯が極端に少ない。
空を見上げると、田舎でル-クと見た空に比べて星は少ないけれど、都会の空にしては十分過ぎるほどよく見える。オレはルカと迎えに行くだけと外に出たのに、案外夜の散歩楽しんでいる事に気づいた。
「星がたくさん出てますね」
「ああ、そうだな。」
「僕、こんなに東京で綺麗に星がみえるとは思っていませんでした」
「ここは川沿いだからな。緑も多いし、建物が少ないからよく見えるんだろう」
オレはなんだか嬉しくなって、空を仰いで見ながら歩いている時だった。
「いてぇ!」
遊歩道に何カ所か設けられている車止めに気づかなくて、オレは思いっきり車止めのパイプにぶつかった勢いで後ろに転びそうになった。
「大丈夫ですか?」
瞬時にルカがオレの腕を掴み、抱き寄せられた。
「え?」
抱き寄せられた瞬間、互いの唇と唇が軽く触れ合った。偶然のできごとだった。
「す、すいません」
ルカはすぐにオレに謝ると、ばっと離れた。
謝らないといけないのはオレの方なのに。
先に謝れると、どういう態度をとってよいのものか、少しだけ悩む。唇が触れただけのアクシデント。けしてお互い意図したわけではない。今のは偶然なのだ。
すぐ横を歩くルカがオレを支えてくれなかったら、思い切り後頭部をぶつけてケガをしていただろう。
「いいや、支えてくれてさんきゅ」
オレはあえて何でもない振りをして、、さらりと礼を言って終わるはずだった。
ところが。

「……あん……ん」
「んん……」

どこからともなく、鼻にぬけるような甘い喘ぎ声が聞こえてくる。
な、んだ? 今のは。
オレは慌てて周囲を見ると、河川敷にむかっての土手の草むらに、ところどころ、蠢くものがあった。
遊歩道は車は入ってこれない造りになっているので、日中ペットと散歩する人や、ジョギングする人の憩いの場になっているようだ。ところが、時間帯によっては少々違うようだった。
昼間は周辺の人の憩いの場になっている遊歩道も、少し土手を下りるとほとんど街灯もまばらで暗闇だ。
今まで星空ばかりを気にいていので、気づかなかったが、声の方を見ると、カップルらしい人影があちらこちらに確認できた。人影の中には、キスをしあう者、肩に腕をまわして抱き合う者、角度によっては男性らしい人影が、女性らしい人影の体をなで回している者までいる。
ここはどっかの公園じゃねぇ! イチャつくのなら、どこかのホテルでも行きやがれ!
オレは叫びたがったが、黙って握り拳を握りしめたままなんとか我慢した。
ふとルカを見ると、彼も周りの状況に気づいたらしく、下をうつむいていて、なんだかもじもじしている。
きっとルカも気づいたのだろう。
中学生がAVビデオを見たわけでもないのに。なぜかオレはそんなルカの態度が勘に触った。
「おい! ルカ。行くぞ!」
オレは礼も言うのもそこそこに、スタスタと駅にむかって歩き出した。


to be  continued……

<ビリー・クリフォードside>



  13


「ただいまー」
「おかえりなさい。ビリーさん」
「あれ?ルークは?」
「昼間、大学院の先輩がルークさんを呼びに来て出かけたきり、まだ戻ってこないんですよ」
「大学院の先輩?」
「ええ」
疲れた体を引きずって帰宅してみると、出迎えてくれたのはルカだった。
どうやらルークは出かけているらしい。
まだ入学式も終わっていないというのに、ルークにそんな親しい先輩がいるとは知らなかった。
――今まで何でも話してくれたのにな。
こんな時、たった一つしか違わない年齢さえも、疎ましく思う。
オレは社会人で。ルークはまだ学生。
歳は一つしか違わなくても、子供の時のように、ルークの友達はオレの友達、オレの友達もル-クの友達という単純な交友関係でなくなるのは、仕方がないのかもしれない。
歳を重ねる事にそれは当たりまえのことだろう、けれど、少しばかり普通の子供と違う環境で過ごしたオレとルークは、互いに依存心が強すぎた。特に恋人同士の関係となってからはその兆候が顕著かもしれない。きっとこれはルークもオレに対して同じだろう。
時計を見ると、すでに二十三時三十分を指していた。
そろそろ日付が変わろうとする時刻なのに、連絡一つよこさないルークを心配するのはもちろんのこと、心配するのを通り越してオレは少々腹を立てていた。
今までだって、オレよりルークの方が帰宅が遅いと言うことはなかった。
「ビリーさん、大丈夫ですよ。弟さんだってもう子供じゃないのだし」
ルカは気を遣っているのか、オレに助言してくれたけれど、それが妙に勘に触った。
「子供じゃない? アイツはまだまだ子供だ!」
「まあ、お兄さんからみれば子供でしょうけど。そんなに心配なのなら、携帯に電話してみてはどうです?」
「そんなのとっくにした!」
ルカに八つ当たりしてもしかたがないことだとわかっていても、オレは誰かに当たらずにはいられなかった。ルカはオレが苛立つ口調で返事をしても、普段通りの受け答えをしてくれる。怒らずに応対してくれる他人がいるのが、ありがたいと思う半面、どうせオレとルークのことは誰にも理解できないからだとも思う。
ルカはいくらオレがひどい口調で応対しても、のんびりとしたものだった。
「なら、居場所ぐらいはわかったんじゃないですか?」
「それがこうなるんだ」
オレはルカの目の前で、何度も繰り返した作業を再びやってみせる。おもむろに自分のポケットから携帯を取り出して、メモリーしてあるルカの携帯に電話する。すると小さくどこからか音楽が聞こえた。
オレはリビングルームからルークの部屋へむかうと、机の上で高らかに呼び出し音の鳴る携帯をつかみ、ルカに見せた。
「ああ……そういうことですか」
「ルークのヤツ。早くしないとそろそろ終電だって無くなるっていうのに」
「そうですね、心配ですね。まだ東京には慣れていないのでしょう?」
「まあ……な」
「携帯も忘れているようだし、もしかしいたら連絡を取りたくてもとれないでいるのかもしれませんね。なんなら駅まで迎えにいってきますか?僕も一緒に行きますよ」
迎えに行って、この怒りが納まるものではなかったが、マンションでイライラしながら待つよりは、前向きな考えだと思う。今はルカの提案が、最善策のように思えた。
「え? いいのか?」
「もちろん。曲を作るのにも飽きたし、ちょうど気分転換に散歩したいと思っていたんです」
「悪いな」
「じゃ、さっそく行きましょう」
オレとルカは話の成り行きで、一緒にルークを迎えに駅に向かうことになった。


to be  continued……


<ルーク・クリフォードside>


12



「誰かな? ちょっと出てきますね」
ボクはマグカップをハイデリヒさんに手渡すと、玄関の方へ向かいドアの鍵穴から外を覗いてみた。
白衣姿で眼鏡をかけた青年が、廊下で腕組みをして睨んでいる。
誰だろう? 
ボクはこんな青年は知らないし、ルカさんの知り合いなのかな。
とりあえず出てみようと決心し、ボクは玄関ドアのロックとチェーンを外すとボクは青年に尋ねた。
「あの……ウチに何かご用ですか?」
おずおずと尋ねると、白衣の青年は緊張した面持ちで答えた。
「ここにルーク・クリフォードさんはいらっしゃいます?」
ボクの名前を知っている。いったい、誰なのだろう。
「……はい。ルーク・クリフォードは、ボクですが」
「君がそうなの?」
青年は、ボクの返事を聞くなり、大げさに驚いていた。
失礼なヤツだ。当人を前にして、それはないだろう。ボクはじろりと相手を見やりながら「ええ……何か?」と、わざと不機嫌な声を出した。
青年はきっちりと着込んだ白衣の襟元をビシっとただすと、急にマジメな顔つきになり、ボクの両手を取って叫んだ。
「お願いです。ウチの研究室のサークルに入ってください!」
「はぁ?」
「いや、こんなのルール違反だとわかっています。でも、このくらいのことをしないと、僕たちサークルは生き残れないんです」
青年はいきなりボクの両手を掴むと、必死な形相で頼み込む。
「ちょ、ちょっと待ってください。何の事です?」
「僕たちのサークルの存続が掛かっているのです。是非、『物質融合サークル』に入ってください」
まるで泣きつかんばかりにすり寄って来る青年を、ボクはどうあしらってよいのかわからなかった。
物質融合サークル? なんだ? それ。物質学の研究に違いないだろうけど、なんでボクがそんなところに誘われるのだろう。もしかして、兄さんの会社関係の人だとか――。
ボクはふと、兄さんが会社で物質学関係の仕事をしているのを思い出していた。
それなら、なぜ兄さんでなく、ボクを尋ねてくるのだろう。そもそも、どこでボクの名前を調べてきたのだろうか。
ボクは話を聞きながら、もう一度相手を確かめようと考えた。
「あの……君はボクの名前を知っているようですが、ボクは君を知らないんです。君は?」
「ああ、突然すいません。僕はルークさんが今度入学する大学院の者です。教授に聞きました。まだ十代だけれど、大学を優秀な成績で飛び級で卒業した学生が入学してくると。今日はこれからミーティングがあるのですが、ルークさん、今日は何か予定はありますか?」
「予定は……特に…」
ボクはとっさに言い訳を何か考えようとしたけれど、特に思いつかなかった。
見たところ、よくわからない青年だが、どうやら同じ大学院の学生だと言うし、『物質融合サークル』と言うナンセンスなネーミングだと思うが、正直、興味がわかなかったわけではない。
「未定ですか! なら、是非! ウチの教授には、面接の時に会ったと聞いています。今日なら教授も研究室に一日いますしどうですか? 初対面でサークル勧誘と敬遠されるかもしれませんが、時間があるのなら研究室の見学だと思えばいい。是非私と一緒にまいりましょう!!」
強引だと思った。
この人、馬鹿じゃないの? とも思った。
でもその10分後。
ボクはまんまと彼の口車に乗せられて、ルカさんを一人残して、部屋を後にした。


to be  continued……


<ルーク・クリフォード side>


11


遮光カーテンの隙間から、朝日が差し込む。
ボクの部屋は一番北側のはずだから朝日はそう入ってこないはずなのに、天空率が高い北側に高窓があるせいか、それとなく明るい。
すでに時が朝なのはわかっていたが、ボクは夕べの余韻を楽しみたくて、隣にいるはずの兄さんに手を伸ばした。
先日注文したボクのベッドがくるやいなや、すぐに使ってみたくて、それを理由に夕べも兄さんと身体を重ねた。すぐに愛する人のぬくもりを感じたい時に感じる事ができるのは、今まで離ればなれに住んでいたボク達にとっては、幸せなことだ。
けれど半分まどろみながら手を伸ばす先には、ボクが感じたいはずの幸せはなかった。
「んん……兄さん……」
空を描くむなしい手の先が行き着いたのは、すでに冷たくなったシーツの上。
きっと悪ふざけをしているのだと、ボクは何度か兄さんの名前を呼びながらベッドの隣を探ってみたけれど、返事はなかった。
「あれ……兄さん?」
引っ越しを理由に休暇をとっていた兄さんが今日から出社だと言うことも、一緒に住めるということに舞い上がってボクはすっかり忘れていた。
――そっか……。今日から会社だったんだね。
いつも一緒だったからすっかり忘れていたけれど、こんな時に、兄さんは社会人で、ボクはまだ学生だったのだと嫌でも思い知らされる。
たった一つしか違わない年齢も。とても兄さんが遠い人に思えてならない。
――仕方ない……か。
ボクはベッドに横になったまま皺になったシーツを愛おしそうになでてみた。
夕べも兄さんとここで……。
考えると、自然に笑みがこみ上げてくる。
兄さんは社会人で。ボクはまだ学生で。
時間がかみ合わない事もあるだろうけど、それでも今までよりは一緒に時を過ごす事ができるのがとても嬉しくて、ボクは声を出さないで肩を振るわせ笑った。
きっと今、ハタからボクの顔を誰かが見たら、すごい顔をしているに違いない。
だが、誰に気兼ねするわけでもなく、兄さんと過ごせる幸せをしばしかみしめたくて、ボクは裸のままダブルベッドの上で大の字になって夕べの悦びを思い出していた。
しばしすると、急激に空腹を覚えた。
ボクは気を取り直し、ジーパンとシャツを身にまとうと、朝食を摂ろうとキッチンへ向かった。

すでに日は高くなっているのにルカさんはまだ寝ているようだった。確か彼はミュージシャン志望だとか言っていた。
夕べも夜遅くまで、アンプを通さないエレキギターでコードを押さえる音が時々部屋から聞こえていたから、きっと起きるのは昼過ぎだろう。
彼はどんな音楽を作る人なのだろう。まだ彼の作る音楽を僕は聴いたことがない。
見た目で人を判断するのはよくない事だろうけど、いかにもロックやパンク系でない音楽をやっているのは確かだろう。そのうち聞かせてもらえるだろうか。
そんなことを、まだ起きたばかりのよく回らないあたまでぐだぐだと考えていると、再び空腹を感じた。
そうだった。お腹がすいて、キッチンに立ったのだとようやく思い出し、厚切りパンをトースターにほうり込むと、買ったばかりのコーヒーメーカーでコーヒーを淹れた。
しばらくすると香ばしい豆アロマで部屋中が一杯になる。ゆっくりと深呼吸をして、僕はコーヒーの香りを楽しみながらマグカップに注いでいると、リビングルームに面したルカさんの部屋のドアがゆっくりと開いた。
ルカさんは、まだ全部開ききらない瞳で、ぼーっと立ち尽くしていた。容姿も背格好もそっくりだと、なんだが数分前の自分をみているようで、ボクはいたたまれなかった。
「ルカさん、おはよう!」
すっかり目の覚めたボクは、元気にそう挨拶すると、ボサボサ頭をかきながら、ルカさんはソファアの隅にゆっくりと座った。
「……お、おはようございます」
「今、コーヒー淹れたところなんです。ルカさん、いかがですか?」
「ああ……僕の分もあるのなら、頂けますか?」
起きたばかりで頭が回らないのだろうが、こんな時にでも、丁寧な日本語を流暢に話すルカさんが不思議でならない。
そう言えば彼はどうして日本にいるのだろう。
ドイツ出身だと聞いたけれど、その他の事は知らないままだ。音楽をやりたいと言っていたが、わざわざ日本でなくとも母国でだって出来るだろうに。
尋ねてみようか。
そう思い、ボクが口を開こうとした時に、玄関のチャイムの音で、その決心はかき消された。



to be  continued……



<ルーク・シュヴァルツ side >


10


マンションから歩いて十分ほど行くと最寄りの駅があった。駅の途中には大きな駐車場付きのホームセンターがあったり、小さめだけれど商店街もあったりと、買い物するには不自由さは感じなさそうだ。
これから住むには、なかなかよい住環境かもしれない。
僕たち三人は、ホームセンターでカーテンや食器を買い込み、電気屋でノートパソコンを注文し、アンティークショップでしゃれたベッドとデスクセットを見て回った。
普段こんな風に友達と一緒に連んで買い物などしたことはなかったけれど、だれかと一緒にものを見て回り、一緒にモノを選ぶと言うのはとても楽しいことなのかもと思い知った。
「お! これ、カッコイイじゃん」
ちょうどアンティークショップで注文して店を出ようとした所に、ビリーさんがレジの横に陳列された銀製の十字架のキーフォルダーを見付けた。
「ねえ、兄さん。これおそろいで買って部屋の鍵をつけたらよくない?」
「ナイスアイデアだ。ルーク」
僕たちはおそろいでキーフォルダーを購入した。
こんな調子で、僕たちは、次々と必要な品を買いそろえて行った。

僕はとても満足していたけれど、一つだけ気になる事があった。
この兄弟は、どうも仲がよすぎるのだ。
品物を手に取り、吟味するにも、ルークさんの手がビリーさんの肩や腰に手がまわっていたり、妙に二人の距離が近い気がする。
上京する新幹線の中で、簡単に両親がいないことは、弟のルークさんから聞いていたので、二人きりの兄弟だという環境はわかっていたのだが、兄弟ってこれが普通なのだろうか? 僕は一人っ子で育ったからよくわからないけれど。
おそろいのパジャマを買ったり、ベッドを買うにもダブルベッドだったり。
食器は僕に気を遣ってくれたのか、とりあえず三人おそろいのものにしてくれたけれど。
まあ、パジャマがおそろいというのも、兄弟であり得ない話ではないし、ベッドがダブルベッドなのは広い方がいいのかもしれないし。でも、ビリーさんのベッドはシングルベッドで別にあったよな……。
まあいい。
なんだってかまわない。
彼らはただのルームメイトなのだ。
不必要に詮索しない方がいい。
僕は自分に必要なものを買い込むだけ買い込むと、まだ買い物を続けるという兄弟と分かれて先に帰宅をした。
先に帰宅した僕は、安物だけれどとりあえず窓にカーテンをかけ、買ってきたお弁当を広げて食べると、疲れたためかうとうとと眠くなってしまった。
そのままちょっと休むつもりで床に寝ころんだ。

どのくらい時間がたったのだろう。
あれ……?ここはどこだっけ?
ああ。そうだ。僕は引っ越ししたんだった。
気がつくと部屋は真っ暗だった。窓辺だけ差し込む月明かりで、うっすらとそこだけ明るい。
電気をつけなくちゃ。
そう思い、起きあがろうとすると、なにやらギシギシと音が聞こえてくる。
な、なに……? この音。もしかして泥棒?
ビリーさんたちはまだ帰ってきていないのかな。
そう思っていると、小さいけれど、声が聞こえてきた。
「……ああ…ん……」
「くっ……ん……」
なにやら艶っぽい声だ。
テレビの声?
エロビデオでも見ているのか?
でも聞こえてくる方向が違うし、声のトーンが明らかに女性と違う気がする。
僕はすっかり目が覚めて、灯りもつけずに声のする方向に耳を向ける。
こう見えても僕はミュージシャン志望なので、耳はよい方だと自負している。
声の方向を探ると、テレビのあるリビングルームの方からではなく、明らかに隣のビリーさんの部屋から聞こえてくる気がした。
……もしかして……
僕は下世話だと思いつつ、ペッタリとビリーさんの部屋との壁に耳をつけた。
「……ルークぅ……! ああ……ん」
「兄さん、声出しちゃダメだって。いくらルカさんが寝ているからといっても聞こえちゃうかもしれないじゃないか」
「だって……あ……お前が……」
「ふふ……兄さん。そんなにボクがいい…?」
「ば、馬鹿……」
「ボクは嬉しいよ。これからいつでも兄さんとこうしていられるんだから。ルカさんに気づかれないように注意しなくちゃね。早く僕のダブルベッドが届かないかな……」
小さいけれど、時折ギシギシとベッドのスプリングのような音と共にそんな会話が聞こえてきた。
う、嘘だろ――!!!!!!
僕は思わず大声で叫びたくなった。
急に心臓がドキドキして口から飛び出そうなのを、驚いて奇声を上げそうになるのを、僕は必死で我慢した。
その時の僕の驚きといったらどうだろう。
昼間一緒に買い物していて、一瞬、おかしいなとは思ったけれど。
やはりあの直感は間違っていなかった。
ど、どうしよう……。
電気をつけたいけれど、なんだかそれさえもためらわれる。
このまま寝たふり……?
もしかして朝まで?
うう……なんだか泣きたくなってくる。
神様、僕は何か悪い行いでもしたのでしょうか?
僕が無言で十字架を切る合間にも、ギシギシといった物音は隣の部屋から聞こえてくる。
前途多難。
僕の引っ越し一日目の出来事だった。


to be  continued……

<ルーク・シュヴァルツ side >



大夫暖かくなったとはいえ、さすがに床にそのまま寝ると背中が痛い。僕は痛さで目が覚めた。
ぼんやりと床に寝転がったまま、毛布がわりのにくるまったコートをはぎ取る。改装が済んだばかりのクロス貼りの天井を見つめていると、河面に乱反射された光りが、斑な鱗のように輝いていた。
光りの鱗は、まるで生きているように跳ねていて、その調子が、なんとなくビリーさんの表情を彷彿されて、僕は一人頬をゆるめた。
昨日の事を思い出していると、玄関のチャイムが鳴った。
きっとあの兄弟だろう。
僕は顔ものっそりと立ち上がり、玄関ドアのチェーンと鍵を開けると、勢いよくドアが開いた。
「なんだ。お前、まだ寝てたのかー? 今日からオレ達もここに移るから」
「兄さん、ちょっとは荷物運んでよ」
ビリーさんの後ろの方から大きなダンボールを二つも抱えたル-クさんが、僕に気づくと顔を出してお辞儀をした。
「大丈夫ですか? 何か手伝いましょうか?」
僕が手を出そうとすると、ルークさんは笑顔で答えた。
「ああ、ルカさんありがとうございます。でも後は業者さんにお願いしてあるし。ルカさんの荷物は全部運び終わったの?」
「僕の荷物はギターだけだから。足りないものはこれから買い物に行こうかと……」
僕がおずおずと申し出ると、話を訊いていたビリーさんがわくわくした顔で近づいてきた。
「買い物するのか? なら一緒にいくぞ」
「すいません。この荷物はどこに入れればよいでしょう?」
アルフォンスさんの後にやって来た引っ越し屋のお兄さんが、ダンボールを山のように積んだカートを、狭い廊下で立ち往生しながら聞いてきた。
「兄さん、買い物もいいけど、まずは荷物を運び終わってからにしようよ」
「ああ……わりぃ」
「荷物はここの部屋。急いで頼むな」
ビリーさんは引っ越し屋のお兄さんに指示すると、昨日つけてもらった自分の部屋の鍵を開けに行った。


ここの部屋は8階建てのマンションの2階の角部屋。広いルーフバルコニーに面してリビングルームがある3LDKだ。
ゆわゆるファミリータイプの間取り。
8帖のマスターベッドルームと、6帖の洋間が2部屋あり、じゃんけんで部屋の割を決めた。
8帖のマスターベッドルームをビリーさん、残り2部屋をルークさんと僕が使う事になった。
僕の部屋は一番南側のバルコニーに面している6帖間。僕の部屋の隣がビリーさん、一番北側がルークさんの部屋。
がらんと殺風景だったリビングルームも、次々とビリーさんが使っていたという家具やテレビが手際よく業者の人に運び込まれ、あっというまに兄弟の引っ越しも済んだようだった。
「まずはカーテンを買わないとな。それからルークのベッドだろ。冷蔵庫や洗濯機、テレビにダイニングセット。このあたり一通りはオレが使っていたのがあるからいいとして、冷蔵庫の中もからっぽだしな。中身も調達しないと」
「兄さん、食器も足りないよ。それに僕のパジャマも」
「わかった。ルカ、買い物行くなら一緒にどうだ?」
「いいんですか? じゃ支度しますね」
どうぜ行く先も同じなのだ。ならば一緒に買い物するのも悪くはない。
僕も彼らの買い物にお供することにした。


to be  continued……



< ルーク・シュヴァルツ side>



こういうのを運命とでも言うのかな。
僕はたまたま上京する新幹線で自分そっくりな青年にであった。
その時だって驚いたのに、なんと彼とその兄さんと同居する事になった。
これって偶然?
運命?
どっちだっていい。
あの時の僕は自分でも驚くぐらい、なぜか興奮していた。
きっとあの兄弟もそうだろう。
僕は一人、まだカーテンもついていない部屋で、昨日の出来事を思い出していた。


        *


「ここの部屋、気に入ったからオレらも借りたいんだけど」
「え? 兄さん、ここにするの?」
「ちょっと待って下さい。先に契約を申し出たのは僕なのですけど」
かみ合わない会話をしながら、段々と険悪なムードになりそうかもと察していたところに、不動産屋さんのオジサンが妥協案を提示してくれた。
「なら三人でここに住んではどうだろう? 幸いここはファミリータイプの作りだし、この通り、リビングルームも広い。個室もちょうど三つある事だから、鍵をつければプライベートな空間は保持できるだろう。最近、ルームシュアするお客さんも多いんだよ」
「ホントか? オヤジ!」
「マジで?」
「いいんですか!」
あの時の二人の顔は忘れられない。
僕同様、あの兄弟もここの部屋が気に入っていることぐらいは、僕にだってわかったし、かといってならどうぞ。と先に賃貸すると申し出たのを取り下げたくはなかった。
「オレ達はそれでもかまわいけど……な? ルーク?」
「……うん。兄さんがいいというならかまわないけど。おじさん、鍵はすぐにつけてもらえるのですか?」
ルークがオジサンに質問すると、オジサンは営業向けの笑顔を見せた。
「ああ、君たちが決めてくれるのなら今すぐにでも手配しよう」
「ならボクもかまわないよ。兄さん」
兄弟は僕を黙って見ていた。結果は僕次第というところか。
自宅で曲を作る僕にとっては住環境はとても大事だ。
あれだけ部屋を見てまわったのに、気に入るところはなかったし、広かったらバンドの仲間とシュアすればいい。そう思って僕は不動産屋に返事をしたのだったが、この兄弟がシュアしてもよいと思ってくれるのならそれでもかまわない。家賃だって、生活費だって三分の一で済むのは、とても魅力だ。僕は二つ返事で頷いた。
「貴方達がかまわないと言うのなら、僕もいいですよ」
「やったー! 商談成立!」
兄は、弟と向き合って片手をパチンと叩いて喜んでいた。まるで親友同士みたいだ。一人っ子の僕としては、兄弟がうらやましくてしかたがなかった。
「オレはルークの兄貴、ビリー・クリフォード。よろしくな!」
「こちらこそ、僕はルーク・シュヴァルツです」
僕が改めて名前を名乗ると、ビリーはまじまじと僕の顔を見つめた。遠慮無しに顔を近づけるが、僕よりも背が低いので、背伸びして顔を覗き込まれる。ビリーの琥珀色の瞳に見つめられると、なんだか照れくさかった。
「ホントに名前もルークなんだな……。二人ともソックリだし」
僕は照れくさくて視線を外したが、ビリーは握手の手を求めながら、まじまじと僕の顔を見ている。
「兄さん、失礼だよ」
「かまいませんよ。僕も最初は驚きましたから」
「だけど、同じ姿で名前も同じじゃ、ちょっと困るかもね」
苦笑いしながら、僕でないルークさんが、ぽろりとこぼした。
確かに、紛らわしい。特にこれから同居するのなら、せめて呼び名だけでも解りやすくしたほうがいいかも。
「じゃあ、苗字で呼んでもらえます? シュヴァルツです。少しも言いにくいかな……」
僕が提案すると、ビリーさんがひらめいた顔をした。
「ルークって、確か新約聖書の聖ルカのことで『ルカニアから来た者』って意味があったんだよな。ケルト神話で光明神ル-は、日本では光って意味もあるし、アメリカじゃラッキー(幸運)とかけてLucky呼びするくらいだ。のルカとか、ルーとか、ラッキーとか、そのへんでどうだ?」
「なら、僕はルカがいいです」
「よし。じゃあ、ルカで決まりだ。これからよろしくな!」
正直、あの兄弟が一緒に住む事を願い出てくれたのは、シュアする仲間を見付ける手間が省けて、ラッキーだったのかもしれない。
まして上京する新幹線の中で偶然に会った彼と僕は、驚くほど似ていたから、これも何かの縁だと思った。
不動産屋のおじさんの計らいで、すぐに個室のドアに鍵がつけてもらえる事になり、僕はすぐさま駅のロッカーにあずけっぱなしのギターをとりに戻ってそのまま部屋に引っ越した。


to be  continued……

<ビリー・クリフォード side>




「はい。今お客さんをご案内していまして」
若い男はきちんとスーツを着込み、驚いた顔をしていた。絵に描いたような営業マンの男は、何事かと口をとらがせている。
「え? お宅もですか?」
「じゃあ、あなたも?」
どうやら不動産の仲介した担当のミスで、同じ部屋の見学をダブルブッキングしたらしい。玄関先でごちゃごちゃ言っている不動産屋を無視して、オレは靴を脱いで部屋に上がり込んだ。
「兄さん、上がっちゃっていいの?」
ルークの気にする声が後ろから聞こえたが、オレはそのままリビング・ダイニングルームの親子ドアを開け放った。
思ったより広い。
目の前には味わいのある無垢のフローリングと、テラスドアが目に入る。その先には広いバルコニー。
「わぁ」
後ろから思わず歓声をあげるルークの声が聞こえて、オレはなんだか嬉しくなった。
「ルーク、こっちに来てみろ」
オレはルーフバルコニーに出見たくてルークに声を掛け、テラスドアのノブに手をかけた。
広がる蒼い空。
広がる蒼い川辺。
蒼くてキラキラ輝く水面に反射して誰かが立っているのが目に入った。
どこかでみた事のある後ろ姿。
あれ? これは確か……。オレはすぐに考えを巡らせた。
そうだ。昨日夜、東京駅で見送った後ろ姿だ。
「兄さん……先客がいたんだね」
ルークの話し声で気づいたのか、一人たたずむ先客がゆっくりと振り向いた。
そこには……あの蒼い瞳のルークがいた。
風に吹かれて、金髪をたなびかせて白いシャツを少しふくらませている。
「お前……なんでここに?」
「ルークさん!」
ルークが名前を呼ぶと、ようやく気付いたらしい。驚いた顔をしていた。
「あれ? ルークさん?お兄さんも」
どうしてここにもう一人のルークがいるのだろう。そう思って尋ねてみようと思ったところに、若い不動産屋さんの謝罪する声が聞こえてきた。
「あの……大変申し訳ないのですが……この物件は先程、このお客様からご契約の希望をお聞きしておりまして……」
「じゃあ、この部屋はもう借りれないのか?」
「ええ……大変恐縮ですがそうなります」
若い不動産屋の男の腰も声も小さくなってゆく。
「ここの部屋、気に入ったからオレらも借りたいんだけど」
「え? 兄さん、ここにするの?」
「ああ。今決めた。ここじゃだめか?」
「うん! ボクもここがいい。ここのバルコニー、すごく気持ちがいいんだもん。まあ、ボクは兄さんと一緒ならどこでもいいんだけどね」
ルークは嬉しそうに微笑んでいた。
「ルーク……」
オレたちが見つめ合っていると、その間を断ち切るようにもう一人のルークが割って入った。
「すいません。でも先に契約を申し出たのは僕なのですけど」
すぐにもう一人のルークが抗議した。
見た目は穏やかなようで、言いたい事はちゃんと言えるヤツなのか。
案外熱いヤツなのかもしれない。
これがもう一人のルークの第一印象だった。

to be  continued……